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私の初恋
** はじめてのであい
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今日俺は珍しく土曜日にバイトが休みになり、花白家に向かって電車に揺られている最中だ。
緊張して手が小刻みに震えているし、昨晩は服選びに悩んだり手土産のお菓子だってこれで良かったのか何回も母さんに相談して挙げ句の果てには緊張でよく眠れなくて朝は寝坊寸前だった。
『次は三葉駅』
「っ!!!」
車掌さんの車内アナウンスに心臓が破裂しそうになりながらホームに入った電車のドアが開くのを待った。
三葉駅で降りるのはなかなか機会がないから気持ちは新鮮そのものだった。
ホームから出て駅の中に行くと俺を待っていてくれた。
「あっ、おはよう!樹君!」
「おはよう柚子、朝からここまで来てくれてありがとう」
「樹君緊張してる?大丈夫だよ、リラックスして」
「おう…」
「えへへ…よし、じゃあ行きましょうか!」
「おう」
柚子の後について歩き出した俺は緊張を解くために柚子の姿を凝視していた。
今日の柚子は可愛らしい桃色のカーディガンと白いレースのワンピースを身につけていた。
見れば見るほど柚子が可愛くて違う意味でドキドキしてきてしまった。
「くっ…可愛すぎて…一体俺はどうしたらいいんだ…」
「樹君?どうしたの?お顔が真っ赤だよ?」
「いっ、いや…なんでもない」
俺は首を思い切り振って自分の邪念を振り払った。
「商店街抜けたらすぐだからね」
「おう」
柚子の言う通り商店街を抜けて5分ほどで柚子の家に到着した。
「じゃあ開けるよ」
「おう…」
柚子が玄関の扉に手をかけると、俺は深呼吸をして気持ちを整えた。
「失礼します」
柚子に案内されて家の中に入ると上崎家とは雰囲気が違い室内は隅々まで清掃が行き届いていた。
柚子からスリッパを渡されてリビングに入るとリビング内にいた柚子の母親と姉らしき人物と小さな可愛い犬が出迎えてくれた。
「上崎樹です、今日はお招きいただいてありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた俺の視界には構って欲しそうにしっぽを振る小さな犬が映った。
「樹君いらっしゃい、遠慮せずにゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
頭を上げた俺は柚子のお母さんに手土産を手渡した。
「まあ、ご丁寧にありがとう」
「すみませんつまらないものですか…」
「気持ちだけで嬉しいわ、柚子、樹君をお部屋に案内してあげたら、その方が樹君も気が楽でしょうし」
「うん!」
俺が柚子について歩き始めると小さな犬も俺の後を追ってやってきた。
その愛らしさに思わずかがんで頭を撫でた。
クーンと気持ちよさそうに目を閉じて頭を擦り寄せてくる。
「可愛い…」
「ココアっていうの、前に写真では見せたけど会ったのは初めてだね、ココアも樹君に懐いてるよ」
「霧島さん家の犬より小さくてなんだか違う生き物を触ってるみたいだ」
「霧島さん家のワンちゃんは柴犬だったよね」
「ああ」
俺が立ち上がるとココアは寂しそうに俺にしがみついてきた。
その様子を見ていた柚子が柚子のお母さんにココアも連れていっていいか尋ねた。
「お母さん、ココアも連れていっていい?」
「いいわよ」
「ありがとう!」
柚子の柔らかい笑みを見守るように柚子の姉とお母さんも笑みを返した。
俺は小さく一礼するとリビングを後にして柚子の部屋にやってきた。
「お邪魔します」
「狭いけどどうぞ」
柚子の部屋は可愛らしい置物や動物のマスコットで飾られていた。木目調の机には教科書や楽譜が並べてあり女の子の部屋と自分の部屋の違いをはっきりと感じた。
「可愛い部屋だな」
「そうかな?あっ、お茶とお菓子持ってくるね」
柚子が部屋を出て柚子の部屋にはココアと俺だけになった。ココアは俺に歩み寄ると俺の膝の上に登ってきて体を丸くして座った。
「ほんとうに小さいな…黒糖丸とはサイズ感が違うぜ…可愛いな」
ココアは俺を愛らしい瞳で見つめると俺の指をペロッと舐めてきた。
落ち着いて考えたら俺は今、人生初の彼女の家を訪問するという一代イベントの最中なのだ。
ココアがいなければ緊張のあまり取り乱していたかもしれない。
「ありがとな、ココア助かったよ」
俺の呟きに小さな天使は首を傾げて反応を示してくれた。あまりの可愛さに悶えそうになる。
将来、環境が整ったら絶対に何か生き物と暮らそうと今日心に誓った。
「樹君、おまたせ!コーヒーにミルク足したんだけどカフェオレなら飲めるかな?私は樹君のより甘くしてきたよ」
ココアと俺の様子を見ながら部屋に戻ってきた柚子はテーブルにマグカップを二つ並べて、可愛らしい形のクッキーやチョコレートも続けて並べた。
「ありがとう柚子、悪いな何も手伝わなくて」
「ううん、いいの!樹君はお客さんなんだからもっと寛いで」
俺は柚子の言葉に甘えてクッキーを頬張った。甘い香りとバニラの味が口の中に広がって幸せな気持ちなった。
「うまいな」
「えへへ、昨日お姉ちゃんと焼いたんだよ!」
「そうなのか、柚子はお菓子づくりが上手だよな、本当に俺は幸せ者だぜ…そういえばお姉さんと会うのは久々なんだろ?俺なんかに時間を割いて大丈夫なのか?」
柚子のお姉さんは東京に住んでいてなかなか会えないと柚子から聞いていた、なのにそんなお姉さんが帰ってきているのに俺なんかに時間を割いて大丈夫なのか心配になってきた。
そんな俺の様子に気付いたのか柚子は笑顔で俺と向き合った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃんとは昨日たくさんお話したし、それに…」
「それに?」
「それに、お姉ちゃんに樹君を紹介したかったから樹君が今日来てくれてとっても嬉しいよ」
「そう言ってくれて俺も嬉しいよ、柚子とお姉さんは雰囲気違うよな」
「うん…よく言われる」
俺の何気ない一言を聞いた柚子が表情を曇らせたのはすぐに分かった。
馬鹿な俺は柚子が何故悲しそうな顔をしているのかまでは分からなくて意を決して柚子に尋ねた。
「柚子?どうかしたか?俺なんか嫌なこといったかな」
俺の言葉に柚子は首を横に振って慌てて笑顔を作った。
俺は柚子が何か我慢するときにこういう顔になることを知っているから余計に心配になった。
「柚子、我慢すんなよな…なんでも話してくれよ」
すると柚子は小さく頷いてから口を開いた。
「お姉ちゃんはね私と違ってなんでも出来るんだ…顔だって綺麗だし、私にないものをいっぱい持ってて…よく言われるの柚子ちゃんと雪菜ちゃんは似てないよね、雪菜ちゃんの妹なのに…って」
「そういうことか…」
「私はいくら頑張ってもお姉ちゃんには追いつけないし…」
俺の前で泣き出しそうになる柚子に手を伸ばして髪に触れた。柔らかい綺麗な髪がサラサラと俺の指を滑っていく。
「柚子が頑張ってるの俺は知ってるよ、毎日毎日ピアノだって写真だって一生懸命頑張ってる。誰かに比べられたって、優劣をつけられたってそんなの関係ない!柚子が頑張ったぶんだけ柚子の力になってるし、俺だってよく兄ちゃんと比べられるけどさ、そんなの気にしたことないぜ」
「うん…」
「それに、俺が好きなのはそういう一生懸命な柚子なんだからもっと自信持てよ!俺の好きな人はいつも明るくて笑顔が絶えない柚子なんだからさ!」
「樹君…ありがとう…うっ…」
「泣くなよ…ほらっせっかく美味しいお菓子があるんだから食べようぜ!」
泣き出した柚子の口にクッキーを食べさせた。膝の上のココアは当てふためく俺の姿を不思議そうに眺めていた。
泣き止んだ柚子は俺と話しながら幸せそうにクッキーを頬張っていた。柚子を見ているだけで自然と頬が緩んでしまう。
きっと柚子のことを自分が思っている以上に好きになっているんだろう。
そんなことを考えているといつの間にか柚子が俺の方を見ていて恥ずかしいにやけ顔を見られてしまった。
「樹君?どうかしたの?もしかしてココアが重たくて困ってる?」
「いや違うんだ!何でもないから気にしないでくれ」
「わかった、でも無理はしないでね」
「ありがとう」
「あっそういえば聞きたかったんだけど」
「何だ?」
「体育祭の日、みんなから何か言われなかった?」
柚子が聞きたいことはすぐにわかった。
体育祭の日、他の生徒から何か言われなかったか気にしてくれているんだろう。
だけど、俺の頭の中はあの日の記憶が蘇って体中が熱くなってくる。
あの日の俺は一生懸命で周りのこととか一位にならなきゃとか考える余裕もなかった。
あの日、スタートラインでお題を選んだ俺は借り物競争のお題を読み上げた。
「左手の薬指に指輪をはめたい人」
その途端周りの生徒達から馬鹿にした笑い声が響き渡った。
理由は簡単だった。
それは皆が俺に彼女がいることを知らないからだ。
それに俺の隣にはイケメンで有名な岡本祐一郎がスタンバイしていた。
イケメンとモテない男、この戦いが周りの観客からは余計に面白い要素になっていたらしい。
岡本が引いたお題は愛している人だった。
俺だって彼女がいるんだから岡本とは対等な戦いだった。
勿論、仲のいい連中は俺に彼女がいる事を知ってるがクラスメイトの俺を馬鹿にする連中達はこのお題を聞いて葉月先生と俺の手繋ぎゴール姿を想像していたに違いない。
だけど俺が探しているのは葉月先生ではなくて俺のことを好きだと言ってくれる天使だった。
スタートの合図が切られると俺は先程まで俺を応援してくれていた柚子を迎えに走り出した。
「あれ?」
俺は思わず声に出して呟いた。
さっきまでいたはずの柚子の姿が何処にもない。
見渡しても見渡しても俺の探す天使の姿はなくて俺の頭に葉月先生の姿がよぎり始めた。
「そんなのっ嫌だ!!!」
俺は頭によぎった葉月先生の姿を掻き消して柚子の姿を探し始めた。
もう既に何人かゴールし始めた頃、俺の探していた柚子の姿が目に入った。
「柚子!!!」
俺の声に柚子だけじゃなくて周りの人まで振り返っていたがそんなことは気にしていられなかった。
ただあの時は柚子とゴールしたい…。
ただその想いだけだった。
あの後は確かに散々からかわれた。
中村や柏崎だけじゃなく岡本の彼女の梅原さんにも王子様みたいだったよなんて言われて恥ずかしくてむず痒い思いをした。
きっと柚子もクラスメイトからからかわれたりしたのだろう。
俺は柚子の問いに答えを出した。
「まあ、色々あったけど後悔はないよ」
「やっぱりなんか言われたの?」
「俺はいつもの調子でからかわれただけだから気にするなよ」
「私のせいでからかわれてない?私がその…」
「ん?」
「私…太ってるから…」
「へ?」
「恥ずかしいけど…乙ちゃんによく言われるの柚子はおっぱいが大きいって…」
「えっ!?…」
柚子は顔を真っ赤にして俯いた。
俺はなすすべも無く指をもじもじ動かして緊張を解そうと努力した。
「樹君も嫌でしょ…私が太ってるの」
「柚子!柚子は太ってない!その…胸はでかいかもしれないけど太ってないから!」
「ほんとう?」
「俺が嘘ついてると思うか?」
「ううん…でもね、最近気になって…去年より胸が大きくなってるから…太ったんだと思ってた」
俺は自分が男に生まれてきたこと嘆き始めていた。
柚子は真剣に俺に相談しているのに俺ときたら鼻血が出そうになるくらい頭の中は大混乱を起こしていた。
「去年より2サイズも大きくなってね…肩も凝り始めて困ってるの」
「柚子?それは男の俺が聞いても大丈夫な話なのか?」
「ん?」
「俺…そんな話聞いたの始めてだからさ」
「私も樹君にしか話してないの、乙ちゃんに言うと怒られるから」
「柚子…約束するからな」
俺はこの瞬間、心に誓った。
柚子と結婚するまで柚子には手を出さないと。
こんな純粋な天使を俺の手で汚すのはまだ早い。
柚子は俺の言葉に首を傾げていたがすぐに笑顔になってお菓子を頬張り始めた。
それからこの日は帰宅した柚子のお父さんに挨拶をして、柚子の家を後にした。
「駅まで送っていく」
「大丈夫だよ!」
「送っていくよ」
「大丈夫だってば」
「私が…側に居たいの!」
「じゃあよろしくお願いします」
駅まで柚子が送ると言い張って聞かなかったから柚子の言葉に甘えて駅まで手を繋いで歩いた。
何だかんだ柚子の甘えには勝てない俺はどんどん柚子を好きになっていっているのを実感する。
「柚子?」
「なあに?」
「好き」
「私も…大好きだよ」
俺は小さな柚子の手をぎゅっと握りしめた。
柚子はそれを笑顔で受け入れた。
今日も明日も明後日もきっと隣には柚子がいてくれる。それだけが俺の幸せだと心から思った。
緊張して手が小刻みに震えているし、昨晩は服選びに悩んだり手土産のお菓子だってこれで良かったのか何回も母さんに相談して挙げ句の果てには緊張でよく眠れなくて朝は寝坊寸前だった。
『次は三葉駅』
「っ!!!」
車掌さんの車内アナウンスに心臓が破裂しそうになりながらホームに入った電車のドアが開くのを待った。
三葉駅で降りるのはなかなか機会がないから気持ちは新鮮そのものだった。
ホームから出て駅の中に行くと俺を待っていてくれた。
「あっ、おはよう!樹君!」
「おはよう柚子、朝からここまで来てくれてありがとう」
「樹君緊張してる?大丈夫だよ、リラックスして」
「おう…」
「えへへ…よし、じゃあ行きましょうか!」
「おう」
柚子の後について歩き出した俺は緊張を解くために柚子の姿を凝視していた。
今日の柚子は可愛らしい桃色のカーディガンと白いレースのワンピースを身につけていた。
見れば見るほど柚子が可愛くて違う意味でドキドキしてきてしまった。
「くっ…可愛すぎて…一体俺はどうしたらいいんだ…」
「樹君?どうしたの?お顔が真っ赤だよ?」
「いっ、いや…なんでもない」
俺は首を思い切り振って自分の邪念を振り払った。
「商店街抜けたらすぐだからね」
「おう」
柚子の言う通り商店街を抜けて5分ほどで柚子の家に到着した。
「じゃあ開けるよ」
「おう…」
柚子が玄関の扉に手をかけると、俺は深呼吸をして気持ちを整えた。
「失礼します」
柚子に案内されて家の中に入ると上崎家とは雰囲気が違い室内は隅々まで清掃が行き届いていた。
柚子からスリッパを渡されてリビングに入るとリビング内にいた柚子の母親と姉らしき人物と小さな可愛い犬が出迎えてくれた。
「上崎樹です、今日はお招きいただいてありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた俺の視界には構って欲しそうにしっぽを振る小さな犬が映った。
「樹君いらっしゃい、遠慮せずにゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
頭を上げた俺は柚子のお母さんに手土産を手渡した。
「まあ、ご丁寧にありがとう」
「すみませんつまらないものですか…」
「気持ちだけで嬉しいわ、柚子、樹君をお部屋に案内してあげたら、その方が樹君も気が楽でしょうし」
「うん!」
俺が柚子について歩き始めると小さな犬も俺の後を追ってやってきた。
その愛らしさに思わずかがんで頭を撫でた。
クーンと気持ちよさそうに目を閉じて頭を擦り寄せてくる。
「可愛い…」
「ココアっていうの、前に写真では見せたけど会ったのは初めてだね、ココアも樹君に懐いてるよ」
「霧島さん家の犬より小さくてなんだか違う生き物を触ってるみたいだ」
「霧島さん家のワンちゃんは柴犬だったよね」
「ああ」
俺が立ち上がるとココアは寂しそうに俺にしがみついてきた。
その様子を見ていた柚子が柚子のお母さんにココアも連れていっていいか尋ねた。
「お母さん、ココアも連れていっていい?」
「いいわよ」
「ありがとう!」
柚子の柔らかい笑みを見守るように柚子の姉とお母さんも笑みを返した。
俺は小さく一礼するとリビングを後にして柚子の部屋にやってきた。
「お邪魔します」
「狭いけどどうぞ」
柚子の部屋は可愛らしい置物や動物のマスコットで飾られていた。木目調の机には教科書や楽譜が並べてあり女の子の部屋と自分の部屋の違いをはっきりと感じた。
「可愛い部屋だな」
「そうかな?あっ、お茶とお菓子持ってくるね」
柚子が部屋を出て柚子の部屋にはココアと俺だけになった。ココアは俺に歩み寄ると俺の膝の上に登ってきて体を丸くして座った。
「ほんとうに小さいな…黒糖丸とはサイズ感が違うぜ…可愛いな」
ココアは俺を愛らしい瞳で見つめると俺の指をペロッと舐めてきた。
落ち着いて考えたら俺は今、人生初の彼女の家を訪問するという一代イベントの最中なのだ。
ココアがいなければ緊張のあまり取り乱していたかもしれない。
「ありがとな、ココア助かったよ」
俺の呟きに小さな天使は首を傾げて反応を示してくれた。あまりの可愛さに悶えそうになる。
将来、環境が整ったら絶対に何か生き物と暮らそうと今日心に誓った。
「樹君、おまたせ!コーヒーにミルク足したんだけどカフェオレなら飲めるかな?私は樹君のより甘くしてきたよ」
ココアと俺の様子を見ながら部屋に戻ってきた柚子はテーブルにマグカップを二つ並べて、可愛らしい形のクッキーやチョコレートも続けて並べた。
「ありがとう柚子、悪いな何も手伝わなくて」
「ううん、いいの!樹君はお客さんなんだからもっと寛いで」
俺は柚子の言葉に甘えてクッキーを頬張った。甘い香りとバニラの味が口の中に広がって幸せな気持ちなった。
「うまいな」
「えへへ、昨日お姉ちゃんと焼いたんだよ!」
「そうなのか、柚子はお菓子づくりが上手だよな、本当に俺は幸せ者だぜ…そういえばお姉さんと会うのは久々なんだろ?俺なんかに時間を割いて大丈夫なのか?」
柚子のお姉さんは東京に住んでいてなかなか会えないと柚子から聞いていた、なのにそんなお姉さんが帰ってきているのに俺なんかに時間を割いて大丈夫なのか心配になってきた。
そんな俺の様子に気付いたのか柚子は笑顔で俺と向き合った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃんとは昨日たくさんお話したし、それに…」
「それに?」
「それに、お姉ちゃんに樹君を紹介したかったから樹君が今日来てくれてとっても嬉しいよ」
「そう言ってくれて俺も嬉しいよ、柚子とお姉さんは雰囲気違うよな」
「うん…よく言われる」
俺の何気ない一言を聞いた柚子が表情を曇らせたのはすぐに分かった。
馬鹿な俺は柚子が何故悲しそうな顔をしているのかまでは分からなくて意を決して柚子に尋ねた。
「柚子?どうかしたか?俺なんか嫌なこといったかな」
俺の言葉に柚子は首を横に振って慌てて笑顔を作った。
俺は柚子が何か我慢するときにこういう顔になることを知っているから余計に心配になった。
「柚子、我慢すんなよな…なんでも話してくれよ」
すると柚子は小さく頷いてから口を開いた。
「お姉ちゃんはね私と違ってなんでも出来るんだ…顔だって綺麗だし、私にないものをいっぱい持ってて…よく言われるの柚子ちゃんと雪菜ちゃんは似てないよね、雪菜ちゃんの妹なのに…って」
「そういうことか…」
「私はいくら頑張ってもお姉ちゃんには追いつけないし…」
俺の前で泣き出しそうになる柚子に手を伸ばして髪に触れた。柔らかい綺麗な髪がサラサラと俺の指を滑っていく。
「柚子が頑張ってるの俺は知ってるよ、毎日毎日ピアノだって写真だって一生懸命頑張ってる。誰かに比べられたって、優劣をつけられたってそんなの関係ない!柚子が頑張ったぶんだけ柚子の力になってるし、俺だってよく兄ちゃんと比べられるけどさ、そんなの気にしたことないぜ」
「うん…」
「それに、俺が好きなのはそういう一生懸命な柚子なんだからもっと自信持てよ!俺の好きな人はいつも明るくて笑顔が絶えない柚子なんだからさ!」
「樹君…ありがとう…うっ…」
「泣くなよ…ほらっせっかく美味しいお菓子があるんだから食べようぜ!」
泣き出した柚子の口にクッキーを食べさせた。膝の上のココアは当てふためく俺の姿を不思議そうに眺めていた。
泣き止んだ柚子は俺と話しながら幸せそうにクッキーを頬張っていた。柚子を見ているだけで自然と頬が緩んでしまう。
きっと柚子のことを自分が思っている以上に好きになっているんだろう。
そんなことを考えているといつの間にか柚子が俺の方を見ていて恥ずかしいにやけ顔を見られてしまった。
「樹君?どうかしたの?もしかしてココアが重たくて困ってる?」
「いや違うんだ!何でもないから気にしないでくれ」
「わかった、でも無理はしないでね」
「ありがとう」
「あっそういえば聞きたかったんだけど」
「何だ?」
「体育祭の日、みんなから何か言われなかった?」
柚子が聞きたいことはすぐにわかった。
体育祭の日、他の生徒から何か言われなかったか気にしてくれているんだろう。
だけど、俺の頭の中はあの日の記憶が蘇って体中が熱くなってくる。
あの日の俺は一生懸命で周りのこととか一位にならなきゃとか考える余裕もなかった。
あの日、スタートラインでお題を選んだ俺は借り物競争のお題を読み上げた。
「左手の薬指に指輪をはめたい人」
その途端周りの生徒達から馬鹿にした笑い声が響き渡った。
理由は簡単だった。
それは皆が俺に彼女がいることを知らないからだ。
それに俺の隣にはイケメンで有名な岡本祐一郎がスタンバイしていた。
イケメンとモテない男、この戦いが周りの観客からは余計に面白い要素になっていたらしい。
岡本が引いたお題は愛している人だった。
俺だって彼女がいるんだから岡本とは対等な戦いだった。
勿論、仲のいい連中は俺に彼女がいる事を知ってるがクラスメイトの俺を馬鹿にする連中達はこのお題を聞いて葉月先生と俺の手繋ぎゴール姿を想像していたに違いない。
だけど俺が探しているのは葉月先生ではなくて俺のことを好きだと言ってくれる天使だった。
スタートの合図が切られると俺は先程まで俺を応援してくれていた柚子を迎えに走り出した。
「あれ?」
俺は思わず声に出して呟いた。
さっきまでいたはずの柚子の姿が何処にもない。
見渡しても見渡しても俺の探す天使の姿はなくて俺の頭に葉月先生の姿がよぎり始めた。
「そんなのっ嫌だ!!!」
俺は頭によぎった葉月先生の姿を掻き消して柚子の姿を探し始めた。
もう既に何人かゴールし始めた頃、俺の探していた柚子の姿が目に入った。
「柚子!!!」
俺の声に柚子だけじゃなくて周りの人まで振り返っていたがそんなことは気にしていられなかった。
ただあの時は柚子とゴールしたい…。
ただその想いだけだった。
あの後は確かに散々からかわれた。
中村や柏崎だけじゃなく岡本の彼女の梅原さんにも王子様みたいだったよなんて言われて恥ずかしくてむず痒い思いをした。
きっと柚子もクラスメイトからからかわれたりしたのだろう。
俺は柚子の問いに答えを出した。
「まあ、色々あったけど後悔はないよ」
「やっぱりなんか言われたの?」
「俺はいつもの調子でからかわれただけだから気にするなよ」
「私のせいでからかわれてない?私がその…」
「ん?」
「私…太ってるから…」
「へ?」
「恥ずかしいけど…乙ちゃんによく言われるの柚子はおっぱいが大きいって…」
「えっ!?…」
柚子は顔を真っ赤にして俯いた。
俺はなすすべも無く指をもじもじ動かして緊張を解そうと努力した。
「樹君も嫌でしょ…私が太ってるの」
「柚子!柚子は太ってない!その…胸はでかいかもしれないけど太ってないから!」
「ほんとう?」
「俺が嘘ついてると思うか?」
「ううん…でもね、最近気になって…去年より胸が大きくなってるから…太ったんだと思ってた」
俺は自分が男に生まれてきたこと嘆き始めていた。
柚子は真剣に俺に相談しているのに俺ときたら鼻血が出そうになるくらい頭の中は大混乱を起こしていた。
「去年より2サイズも大きくなってね…肩も凝り始めて困ってるの」
「柚子?それは男の俺が聞いても大丈夫な話なのか?」
「ん?」
「俺…そんな話聞いたの始めてだからさ」
「私も樹君にしか話してないの、乙ちゃんに言うと怒られるから」
「柚子…約束するからな」
俺はこの瞬間、心に誓った。
柚子と結婚するまで柚子には手を出さないと。
こんな純粋な天使を俺の手で汚すのはまだ早い。
柚子は俺の言葉に首を傾げていたがすぐに笑顔になってお菓子を頬張り始めた。
それからこの日は帰宅した柚子のお父さんに挨拶をして、柚子の家を後にした。
「駅まで送っていく」
「大丈夫だよ!」
「送っていくよ」
「大丈夫だってば」
「私が…側に居たいの!」
「じゃあよろしくお願いします」
駅まで柚子が送ると言い張って聞かなかったから柚子の言葉に甘えて駅まで手を繋いで歩いた。
何だかんだ柚子の甘えには勝てない俺はどんどん柚子を好きになっていっているのを実感する。
「柚子?」
「なあに?」
「好き」
「私も…大好きだよ」
俺は小さな柚子の手をぎゅっと握りしめた。
柚子はそれを笑顔で受け入れた。
今日も明日も明後日もきっと隣には柚子がいてくれる。それだけが俺の幸せだと心から思った。
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