Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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2・彼氏と上司

先輩と上司

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 4つ上の先輩司書である河崎美香(かわさきみか)には、去年千紗子がこの市立中央図書館で働き始めた時から指導員としてお世話になっている。
 
 新人で入った時から業務やその他の細々としたことまで彼女から丁寧に指導を受けてきた千紗子は、今では大体のことを卒なくこなせるようになっていた。
 そして今、自分に仕事を教えてくれただけでなく常に気遣ってくれる美香のことを、千紗子は心の底から尊敬して頼りにしている。


 美香は、小柄で可愛らしい雰囲気の女性だ。
 前下がりの栗色のふんわりとした髪は、顎のラインで綺麗に内に巻いていてる。アーモンド型の瞳が生き生きと輝くと、年上とは思えないほど可憐。

 その可憐な容姿に反して、美香の性格は『竹を割ったよう』にハッキリスッキリとしている。
 裏表のないカラリとした性格とその多彩な表情から、親しみやすい雰囲気の彼女は、図書館を利用する方にとっては気軽に声を掛けやすいようで、いつも質問を受けている。忙しい時でも美香は嫌な顔一つせずに、丁寧に受け答えをするので、利用者の方々からの信頼が厚い。
 
 対して千紗子は、百六十三センチと少し背は高めのほうだけど、線は細く華奢な体付きだ。

 元来色白の為、うっかりすると血色が悪く見えるのが自分では嫌で、薄化粧の時もチークを欠かすことができない。
 垂れ気味な瞳は優しげな印象を持たれることが多く、その印象通り、彼女は自分の思ったことを前面に押し出すタイプではない。

 腰に届きそう髪は、持ち主の性格に似たのか、パーマもかからないほどの強情な直毛で、いったん寝癖が付いたら最後、シャワーしないと直せないのが難。
 その髪は二十四年間一度も染めたことがなくて、千紗子は自分でも野暮ったいかなと思いつつも、なんとなく染める気にはなれず、ずっとそのままにしている。業務中はいつも、邪魔にならいように後ろで一つにくくっているのが、すっかり定番スタイルとして出来上がっていた。

 そんな正反対二人だが、それが却って気が合ったようで、一年半経った今では、美香とは仕事のことだけでなくプライベートのことまで話すような親密な間柄になっていた。

 (美香さんみたいに可愛くて、自分の気持ちを素直に伝えられたらいいのに………)

 そんなふうに何度も思ってしまうくらい、千紗子にとって美香は憧れの女性なのだ。


 「始業時間です。ミーティングを始めましょう」

 柔らかなバリトンボイスに顔を上げると、上司の雨宮一彰(あまみやかずあき)が立っていた。

 彼は早番メンバー全員の注目が集まったところで、今日の業務分担の説明やイベントの時間など説明し始めた。

 「雨宮さん、今日も素敵ね」

 美香が千紗子の耳元に口を寄せて呟く。

 「今日も朝から目の保養が出来たわね。頑張ろう」

 続けて小声で言った彼女に、千紗子はコクリと頭を縦に振った。

 
 雨宮一彰、二十九歳。

 その若さにして図書館員の中で課長という役職についている。

 スラリとした体格で身長は百八十センチを越えているだろう。
 ほっそりとした輪郭の顔は驚くほど整っていて、こんな綺麗な男性が図書館にいるのか、と利用者に驚かれることが常だ。

 シルバーの細いフレームの眼鏡。その奥にある二重で切れ長な瞳は知的な印象だが、ほんの少し下に下がっているだけで、柔らかな雰囲気を醸し出している。
 少し長めの黒髪は、いつもきっちりとサイドに流されていて、ビジネスマンそのものだ。

 ビジネススーツをかっちりと着こなして仕事に向かうその姿は、大企業の社長秘書と言ってもおかしくない。胸元に図書館の名札が付いていなければ、誰も図書館員とは気付かないだろう。

 美香が「素敵」と呟いたのも納得できるほど彼の容姿は整っていて、その存在は密かに図書館職員だけでなく、すぐ側の市役所や保健センターの職員、更には図書館利用者の間でも人気を集めているのだ。

 (噂では利用者さんに告白されたことは一度や二度ではないとか………)
 
 そんな素敵な雨宮だけれど、浮いた噂は聞かず、毎日真面目に仕事に取り組んでいて、部下への指導も丁寧で分りやすい。職務に真摯な上司、というのが雨宮に対する千紗子の印象だ。

 いくら素敵な男性だとしても、雨宮は千紗子にとってはただの上司。
 仕事のことで話すことはあるけれど、プライベートの雑談なんかはほとんどしたことがなく、仕事から離れた会話と言ったら、最近読んだ本のことくらい。それだって、仕事柄まったくのプライベートとはいえないだろう。

 なんにせよ、千紗子にとっては裕也が一番で、雨宮は職場の上司以外の何者でもなかった。

 その耳に心地良いバリトンボイスは素敵だな、とは思うけれど。

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