15 / 92
3・裏切りと告白
思いがけない告白
しおりを挟む
「どうして謝る?」
千紗子の頭の上で低く呟く声からは戸惑いが伝わってくる。
「千紗子」
『きちんと訳を話せ』というように名前を呼ばれて、千紗子は下げていた頭をゆっくりと持ち上げた。
「昨夜は、私の個人的なトラブルに雨宮さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
仕事の時の口調で謝罪を述べ、今度は先ほどよりも浅く頭を下げた千紗子に、雨宮は苦い顔つきになる。
自分の感情を口に出すのが苦手な千紗子だが、決して口下手なわけではない。仕事中はむしろ相手が理解しやすいように丁寧かつ細やかに説明するので、同僚たちや利用者からも信頼されている。
「私のことなんか構わずに、雨宮さんだけ帰って頂いて良かったのに、」
「あんな所に、千紗子一人を置いて帰れるわけないだろっ」
千紗子の言葉を雨宮の声が遮った。
職場でそんなふうに声を荒げる彼を見たことがない千紗子は、驚いて口を噤みそうになったけれど、何とか言葉を続けた。
「でも、ご自宅にまで押しかけることになってしまって、ただの部下なのに、こんなにご迷惑を掛けてしまって……」
「俺は迷惑だなんて少しも思っていない。むしろ千紗子の方が俺と一緒にいたことを後悔しているんじゃないのか?」
「私の方が?」
「ああ」
千紗子は、細い眉を寄せて雨宮を見つめた。
雨宮は、困惑の表情のまま自分を見上げてくる千紗子の髪を一筋掬い上げて、その先に口づけを落とした。
「なっ!」
思っても見ない雨宮の行動に、千紗子心臓が跳ねあがる。
千紗子の髪から唇を離した彼は、視線だけ持ち上げて千紗子を見つめた。
否応なしに鼓動が早くなる。
三十センチ足らずの近距離から上目使いで見つめる瞳は、濡れたように光っている。その瞳から目を逸らすことが出来ず、千紗子は無意識にソファーの反対側へ後ずさった。
(また、からかいモードになったの!?)
寂しげに眉を下げた雨宮が口を開く。
「君をからかってるわけじゃないからな」
「えっ、や、あの…」
「俺が近付くのが嫌か?」
「え?」
「本当は後悔しているんじゃないか?」
「後悔……」
「ああ。ゆうべのこと」
「ゆうべ……」
呟いた瞬間、千紗子は雨宮の言いたいことを理解した。
理解した途端、足の先から頭のてっぺんまで一気に熱くなる。
全身を真っ赤にした千紗子を、真剣な顔で覗き込んでくる雨宮との距離が、いつのまにかさっきよりも近くなっている。
千紗子の鼻先に、ふわりと爽やかな香りが香った。
「ゆうべの俺とのこと、千紗子はどこまで覚えている?」
真っ直ぐな瞳にそう問われたけれど、千紗子は「どこまで」と答えることが出来ない。
深い悲しみと絶望から呆然としていた千紗子の記憶は曖昧で、細かいことなんて憶えていない。
記憶にあるのは、与えられた刺激にただ身を委ねて、これまで味わったことのない程の快楽に溺れたこと。
そして、それは全て自分が望んだ、ということ。
それだけが自分の中でハッキリしていることで、他のことはぼんやりとしていて、思い出そうとしても思い出せない。
実際、雨宮が千紗子のことを名前で呼ぶと言った時のことなどは、今も思い出せない。
「弱っている君に、あんなふうに触れてしまったこと、俺は後悔していない」
視線を彷徨わせながら口ごもってしまった千紗子に、雨宮はハッキリと言い切った。
その強い口調に、彷徨っていた千紗子の視線が雨宮に戻る。
そこには、言葉と同じように強い意志を持った瞳があった。
「どうして………」
自然と、思ったことが口からこぼれ落ちる。
本来ならただの部下と上司である自分たちの間にあったゆうべの出来事は、一線は越えなかったとはいえ、完全に『男女の関係』と言えるものだった。
これからも同じ職場で働き続けるのに、気まずくなる可能性だって充分ある。
それを、雨宮ほどの人が『後悔していない』と断定するなんて、千紗子には理解できなかった。
大きな手が伸びて来て、千紗子の頬にそっと触れる。
驚いた千紗子が目を丸くした、その時。
「―――君が好きだ」
「!!」
千紗子はハッと息を飲んだ。丸くなった目が更に大きく見開かれる。
「ずっと前から千紗子のことが好きだった」
思いがけない雨宮の告白に、千紗子の頭は真っ白になった。
千紗子の頭の上で低く呟く声からは戸惑いが伝わってくる。
「千紗子」
『きちんと訳を話せ』というように名前を呼ばれて、千紗子は下げていた頭をゆっくりと持ち上げた。
「昨夜は、私の個人的なトラブルに雨宮さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
仕事の時の口調で謝罪を述べ、今度は先ほどよりも浅く頭を下げた千紗子に、雨宮は苦い顔つきになる。
自分の感情を口に出すのが苦手な千紗子だが、決して口下手なわけではない。仕事中はむしろ相手が理解しやすいように丁寧かつ細やかに説明するので、同僚たちや利用者からも信頼されている。
「私のことなんか構わずに、雨宮さんだけ帰って頂いて良かったのに、」
「あんな所に、千紗子一人を置いて帰れるわけないだろっ」
千紗子の言葉を雨宮の声が遮った。
職場でそんなふうに声を荒げる彼を見たことがない千紗子は、驚いて口を噤みそうになったけれど、何とか言葉を続けた。
「でも、ご自宅にまで押しかけることになってしまって、ただの部下なのに、こんなにご迷惑を掛けてしまって……」
「俺は迷惑だなんて少しも思っていない。むしろ千紗子の方が俺と一緒にいたことを後悔しているんじゃないのか?」
「私の方が?」
「ああ」
千紗子は、細い眉を寄せて雨宮を見つめた。
雨宮は、困惑の表情のまま自分を見上げてくる千紗子の髪を一筋掬い上げて、その先に口づけを落とした。
「なっ!」
思っても見ない雨宮の行動に、千紗子心臓が跳ねあがる。
千紗子の髪から唇を離した彼は、視線だけ持ち上げて千紗子を見つめた。
否応なしに鼓動が早くなる。
三十センチ足らずの近距離から上目使いで見つめる瞳は、濡れたように光っている。その瞳から目を逸らすことが出来ず、千紗子は無意識にソファーの反対側へ後ずさった。
(また、からかいモードになったの!?)
寂しげに眉を下げた雨宮が口を開く。
「君をからかってるわけじゃないからな」
「えっ、や、あの…」
「俺が近付くのが嫌か?」
「え?」
「本当は後悔しているんじゃないか?」
「後悔……」
「ああ。ゆうべのこと」
「ゆうべ……」
呟いた瞬間、千紗子は雨宮の言いたいことを理解した。
理解した途端、足の先から頭のてっぺんまで一気に熱くなる。
全身を真っ赤にした千紗子を、真剣な顔で覗き込んでくる雨宮との距離が、いつのまにかさっきよりも近くなっている。
千紗子の鼻先に、ふわりと爽やかな香りが香った。
「ゆうべの俺とのこと、千紗子はどこまで覚えている?」
真っ直ぐな瞳にそう問われたけれど、千紗子は「どこまで」と答えることが出来ない。
深い悲しみと絶望から呆然としていた千紗子の記憶は曖昧で、細かいことなんて憶えていない。
記憶にあるのは、与えられた刺激にただ身を委ねて、これまで味わったことのない程の快楽に溺れたこと。
そして、それは全て自分が望んだ、ということ。
それだけが自分の中でハッキリしていることで、他のことはぼんやりとしていて、思い出そうとしても思い出せない。
実際、雨宮が千紗子のことを名前で呼ぶと言った時のことなどは、今も思い出せない。
「弱っている君に、あんなふうに触れてしまったこと、俺は後悔していない」
視線を彷徨わせながら口ごもってしまった千紗子に、雨宮はハッキリと言い切った。
その強い口調に、彷徨っていた千紗子の視線が雨宮に戻る。
そこには、言葉と同じように強い意志を持った瞳があった。
「どうして………」
自然と、思ったことが口からこぼれ落ちる。
本来ならただの部下と上司である自分たちの間にあったゆうべの出来事は、一線は越えなかったとはいえ、完全に『男女の関係』と言えるものだった。
これからも同じ職場で働き続けるのに、気まずくなる可能性だって充分ある。
それを、雨宮ほどの人が『後悔していない』と断定するなんて、千紗子には理解できなかった。
大きな手が伸びて来て、千紗子の頬にそっと触れる。
驚いた千紗子が目を丸くした、その時。
「―――君が好きだ」
「!!」
千紗子はハッと息を飲んだ。丸くなった目が更に大きく見開かれる。
「ずっと前から千紗子のことが好きだった」
思いがけない雨宮の告白に、千紗子の頭は真っ白になった。
2
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
【完結】憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~
瀬崎由美
恋愛
アパレルブランド『ジェスター』の直営店で働く菊池乙葉は店長昇格が決まり、幹部面談に挑むために張り切ってスターワイドの本社へと訪れる。でもその日、なぜか本社内は異様なほど騒然としていた。専務でデザイナーでもある星野篤人が退社と独立を宣言したからだ。そんなことは知らない乙葉は幹部達の前で社長と専務の友情に感化されたのが入社のキッカケだったと話してしまう。その失言のせいで社長の機嫌を損ねさせてしまい、企画部への出向を命じられる乙葉。その逆ギレ人事に戸惑いつつ、慣れない本社勤務で自分にできることを見つけて奮闘していると、徐々に社長からも信頼してもらえるように……
そして、仕事人間だと思っていた社長の意外な一面を目にすることで、乙葉の気持ちが憧れから恋心へと変わっていく。
全50話。約11万字で完結です。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
諦めて身を引いたのに、エリート外交官にお腹の子ごと溺愛で包まれました
桜井 響華
恋愛
旧題:自分から身を引いたはずなのに、見つかってしまいました!~外交官のパパは大好きなママと娘を愛し尽くす
꒰ঌシークレットベビー婚໒꒱
外交官×傷心ヒロイン
海外雑貨店のバイヤーをしている明莉は、いつものようにフィンランドに買い付けに出かける。
買い付けの直前、長年付き合っていて結婚秒読みだと思われていた、彼氏に振られてしまう。
明莉は飛行機の中でも、振られた彼氏のことばかり考えてしまっていた。
目的地の空港に着き、フラフラと歩いていると……急ぎ足の知らない誰かが明莉にぶつかってきた。
明莉はよろめいてしまい、キャリーケースにぶつかって転んでしまう。そして、手提げのバッグの中身が出てしまい、フロアに散らばる。そんな時、高身長のイケメンが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのだが──
2025/02/06始まり~04/28完結
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる