Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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3・裏切りと告白

思いがけない告白

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 「どうして謝る?」

 千紗子の頭の上で低く呟く声からは戸惑いが伝わってくる。

 「千紗子」

 『きちんと訳を話せ』というように名前を呼ばれて、千紗子は下げていた頭をゆっくりと持ち上げた。

 「昨夜は、私の個人的なトラブルに雨宮さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 仕事の時の口調で謝罪を述べ、今度は先ほどよりも浅く頭を下げた千紗子に、雨宮は苦い顔つきになる。

 自分の感情を口に出すのが苦手な千紗子だが、決して口下手なわけではない。仕事中はむしろ相手が理解しやすいように丁寧かつ細やかに説明するので、同僚たちや利用者からも信頼されている。

 「私のことなんか構わずに、雨宮さんだけ帰って頂いて良かったのに、」

 「あんな所に、千紗子一人を置いて帰れるわけないだろっ」

 千紗子の言葉を雨宮の声が遮った。
 職場でそんなふうに声を荒げる彼を見たことがない千紗子は、驚いて口を噤みそうになったけれど、何とか言葉を続けた。
 
 「でも、ご自宅にまで押しかけることになってしまって、ただの部下なのに、こんなにご迷惑を掛けてしまって……」

 「俺は迷惑だなんて少しも思っていない。むしろ千紗子の方が俺と一緒にいたことを後悔しているんじゃないのか?」

 「私の方が?」

 「ああ」

 千紗子は、細い眉を寄せて雨宮を見つめた。
 雨宮は、困惑の表情のまま自分を見上げてくる千紗子の髪を一筋掬い上げて、その先に口づけを落とした。

 「なっ!」

 思っても見ない雨宮の行動に、千紗子心臓が跳ねあがる。
 千紗子の髪から唇を離した彼は、視線だけ持ち上げて千紗子を見つめた。
 否応なしに鼓動が早くなる。

 三十センチ足らずの近距離から上目使いで見つめる瞳は、濡れたように光っている。その瞳から目を逸らすことが出来ず、千紗子は無意識にソファーの反対側へ後ずさった。

 (また、からかいモードになったの!?)

 寂しげに眉を下げた雨宮が口を開く。

 「君をからかってるわけじゃないからな」

 「えっ、や、あの…」

 「俺が近付くのが嫌か?」

 「え?」

 「本当は後悔しているんじゃないか?」

 「後悔……」

 「ああ。ゆうべのこと」

 「ゆうべ……」

 呟いた瞬間、千紗子は雨宮の言いたいことを理解した。
 理解した途端、足の先から頭のてっぺんまで一気に熱くなる。

 全身を真っ赤にした千紗子を、真剣な顔で覗き込んでくる雨宮との距離が、いつのまにかさっきよりも近くなっている。
 千紗子の鼻先に、ふわりと爽やかな香りが香った。

 「ゆうべの俺とのこと、千紗子はどこまで覚えている?」
 
 真っ直ぐな瞳にそう問われたけれど、千紗子は「どこまで」と答えることが出来ない。
 深い悲しみと絶望から呆然としていた千紗子の記憶は曖昧で、細かいことなんて憶えていない。

 記憶にあるのは、与えられた刺激にただ身を委ねて、これまで味わったことのない程の快楽に溺れたこと。
 そして、それは全て自分が望んだ、ということ。
 
 それだけが自分の中でハッキリしていることで、他のことはぼんやりとしていて、思い出そうとしても思い出せない。
 実際、雨宮が千紗子のことを名前で呼ぶと言った時のことなどは、今も思い出せない。

 「弱っている君に、あんなふうに触れてしまったこと、俺は後悔していない」

 視線を彷徨わせながら口ごもってしまった千紗子に、雨宮はハッキリと言い切った。 
 その強い口調に、彷徨っていた千紗子の視線が雨宮に戻る。
 そこには、言葉と同じように強い意志を持った瞳があった。
 
 「どうして………」

 自然と、思ったことが口からこぼれ落ちる。 
 本来ならただの部下と上司である自分たちの間にあったゆうべの出来事は、一線は越えなかったとはいえ、完全に『男女の関係』と言えるものだった。
 これからも同じ職場で働き続けるのに、気まずくなる可能性だって充分ある。
 それを、雨宮ほどの人が『後悔していない』と断定するなんて、千紗子には理解できなかった。

 大きな手が伸びて来て、千紗子の頬にそっと触れる。
 驚いた千紗子が目を丸くした、その時。

 「―――君が好きだ」

 「!!」
 
 千紗子はハッと息を飲んだ。丸くなった目が更に大きく見開かれる。

 「ずっと前から千紗子のことが好きだった」

 思いがけない雨宮の告白に、千紗子の頭は真っ白になった。
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