Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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3・裏切りと告白

片想いの相手

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 心臓が早鐘を打ち、体温が上昇する。
 何か言わなければならないのに、何を言っていいのか分からない。

 (雨宮さんが、私のことを、好き?)

 一年半も同じ職場で働いていたのに、千紗子は雨宮の好意に露ほども気付かなかった。
 千紗子には付き合っている恋人がいたし、それ以前に、誰もが振り返るくらいの端整な容姿を持った雨宮が、地味な自分を異性としてみることはない、と思い込んでいたのだ。

 (冗談、でしょ!?)
 
 「冗談でこんなことを言ったりしないよ、俺は」

 またしても心の内を読まれた千紗子の頬に朱が差す。
 雨宮は千紗子の頬に当てた手で、彼女の輪郭をそっとなぞった。

 (私のこと、からかってるの……?)

 「それにからかっているわけでもない。今の君にそんな酷いことをする男に見えるのか?」

 切なげな彼の表情に、千紗子の胸がキュッと苦しくなる。
 
 「でも、存外酷いヤツかもしれないな、俺は。弱った君に付け込んだんだ。君は俺に怒っていいんだ、千紗子」

 濡れたように光る瞳を揺らし、懇願するようにそう言われて、千紗子の息は止まりそうになった。
 置き去りにされた小犬みたいなその瞳に、千紗子の胸は乱される。
 
 瞳を閉じて頭を左右に小さく振った。

 「後悔なんて、していません」

 千紗子は小さく、けれどはっきりと口に出してそう言った。雨宮が目を見張る。

 「私が…私が自分で望んだことです。雨宮さんはそれを聞き入れてくれただけ。だから雨宮さんに怒ったりもしません」

 「千紗子……」

 「わたし、雨宮さんを利用したんです。辛さから逃げる為に、あなたを使った……謝るのはわたしの方なんです……」

 千紗子の開かれた双眸から、大きな雫がポロポロとこぼれ落ちる。
 
 「千紗子っ」

 雨宮の両腕が千紗子を勢いよく抱き寄せた。
 千紗子の頭を囲い込むように抱きしめた腕に力がこもる。

 「千紗子は悪くない。君に好意を寄せている俺には絶好の機会だったんだ」

 苦いものを噛んだような声色が頭の上から聞こえる。
 こぼれた涙が、彼の胸元に吸い込まれていく。
 千紗子は彼の腕の中で小さく頭を振った。

 「いいえ…ゆうべ雨宮さんがいてくれなかったら、きっと今ごろ、正気ではいられなかった…わたしっ、」

 嗚咽が込み上げて、グッと息を飲みこんだ。
 
 「いいんだ。泣いていいんだよ、千紗子。俺の前では強がらなくていい」

 優しく頭を撫でられて、こらえていたものが抑えきれそうになくて、背中がぶるっと震えた。

 雨宮は千紗子を囲っていた腕をそっと解くと、両手で彼女の頬を包み込んで上を向かせる。

 「我慢しない。ほら、いいから」

 そう言って、促すように千紗子のまなじりを唇で辿たどった。

 その瞬間、何かがプツリと切れた。 

 雨宮の両手に顔を挟まれて、上を向かされたまま、千紗子はわんわんと子どものように泣きじゃくった。

 目からは次々と涙が溢れ、頬を滝のように流れ落ちていく。
 彼女の頬を包む雨宮の手も濡れるけれど、それを気にすることも出来ないくらいに、千紗子は大声を上げて泣き喚いた。

 「裕也のうそつき…ひどい、ひどいよ…私たち結婚するって…ずっと一緒だって言ったのに……」

 涙と一緒に次から次へと想いが言葉となってこぼれ落ちる。
 雨宮は何も言わずに千紗子の額に唇を寄せた。

 
 号泣がすすり泣きに変わった頃、千紗子を胸に抱いた雨宮が、彼女の頭を撫でながらそっと耳元で囁いた。

 「俺は千紗子の笑った顔が好きだ。君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいいくらいに。だから今みたいに辛そうな君は見ていられない。俺のこと、利用しただなんて悔いる必要はないんだよ、千紗子」

 落ち着いたバリトンボイスが、柔らかな口調でそう告げる。
  
 どこかで聞いたその言葉に、千紗子は自分の記憶を手繰り寄せる。
  
 (どこかで…わりと最近…そうだ、あれは昨日美香さんと雨宮さんと三人で飲んでた時)
 
 『俺は彼女が幸せそうに笑っている顔が好きだから、それを壊したくない』

 寂しげにそう言っていた彼の片思いの相手が、まさか自分だったとは、あの時の千紗子には思いもよらなかった。


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