Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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3・裏切りと告白

傷を癒して

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 千紗子の肩を抱いて優しく髪を撫でながら、耳元で囁くように雨宮が言う。

 「俺の気持ちは今は考えなくていい。何も考えず、千紗子はただ自分の心の傷を癒すんだ」

 労わるような柔らかな低音が、千紗子の耳をくすぐる。

 「俺は好きな相手以外に、こんな風に触れたりしない。自分の気持ちを千紗子に伝えたのは、それを千紗子に誤解してほしくなかっただけだ。だから、千紗子は俺の気持ちなんか気にすることはない」

 (それって、雨宮さんの気持ちなんて無視して、失恋を癒す為に利用しろ、ってこと?)

 あまりにも自分にとって都合が良すぎる提案だと思った千紗子は、半信半疑で雨宮を見上げた。
 訝しげな瞳を向けた千紗子に、雨宮は苦笑を浮かべた。

 「俺が得することがない、とでも思ってる?」

 千紗子はじっと雨宮を見つめる。

 「意外と信頼ないんだな、俺」

 「ははっ」と力なく笑った雨宮は、深い溜息をついてから、潤んだままの千紗子のまなじりに「ちゅっ」と音を立てて口づけた。

 「そうだな、俺にも利はある」

 雨宮は続きを話す前に、幾度か千紗子の濡れた頬にリップ音を立て、満足げに微笑んでから再度口を開いた。

 「こうして千紗子に触れることが出来る。ただの上司ではなく、一人の男として、な」

 「もちろん、」そこで一度言葉を切った雨宮の双眸が、千紗子の目をしっかりと捕える。

 「千紗子が嫌でなければ、だけど」

 そう問われて、千紗子は口ごもった。

 (私が嫌じゃなければ…?)

 嫌かどうかと尋ねられて、千紗子は初めてそれに思い到った。

 雨宮に『男女』として触れられたのは昨夜が初めてだ。
 忘我の中、雨宮に抱きしめられた時、千紗子はそれを嫌かどうかなんて考えもしなかった。
 ただ、濁流にのみ込まれまいと必死になって、救いを求めて必死に掴んだようなものだった。

 でも今は違う。

 今こうして再び雨宮の腕の中にいるけれど、千紗子に嫌悪感はない。
 千紗子の心は依然として、裕也の裏切りで受けた痛みと悲しみで満ちていて、気を抜くと目から涙が溢れそうになる。
 けれど、それも雨宮が思いっきり泣かせてくれたお陰なのか、自分を見失うほどの混乱はもうない。
 
 既に正気を取り戻した今の千紗子だけれど、こうして雨宮に触れられるのを嫌悪する気持ちは湧いてこない。
 それどころか、さっきから雨宮に抱きしめられて彼の香りを嗅ぐと、その香りに癒されるような気がしてくる。

 (ゆうべのことがあるからなのかしら………)

 恋人でもない男性に抱きしめられてもくちづけられても、抵抗する気すら起きないのはどうしてなのか。
 必死に考えても千紗子には分からなかった。


 自分の腕の中で、じっと黙って考え込んでいる彼女を見て、雨宮はフッと笑った。

 (こんな時まで真面目なんだな)

 自分の問いかけに、真剣に答えを探す千紗子の姿に胸が熱くなる。
 
 (『嫌だ』と一言言ってしまえば、これ以上触れられることもないものを)

 そんな簡単な言葉ですら、安易に告げてしまわない、彼女の不器用さが愛おしかった。

 
 「千紗子、髪がまだ濡れてるぞ」

 「はっ、はい」

 突然、それまでとは全然違う話を振られて、千紗子は動揺した。
 確かに、シャワーを浴びた後タオルで拭いただけの髪は、まだしっとりとしていて乾いていない。
 けれど、まださっきの雨宮の問いかけの答えが出ていない千紗子は、そのことばかりに思考を捕られて正直髪のことなんてどうでも良かった。

 けれど雨宮は、千紗子の髪を撫でながらブツブツと不満げに言う。

 「ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ。唯でさえ今の君はあまり心身万全とは言えない」
 
 「えっと……はい、すみません」

 今朝からずっと心配をかけっぱなしの千紗子は、なんとなく体が小さくなる。
 
 「ドライヤー持ってくるからちょっと待ってて」

 そう言って千紗子を囲っていた腕を離した雨宮は、おもむろに立ち上がり廊下の方へ歩いて行った。

 (雨宮さんが、私のことを好き…?どうして私は彼に触れられて嫌じゃない…?)

 困惑した千紗子の頭は、雨宮の言動ですっかり忙しい。
 そうやって、アレコレ考えているとすぐに雨宮がリビングに戻ってきた。

 「ほら、頭出して」

 そう言った雨宮の手にはドライヤーが握られている。

 「えっ!?あの、自分で出来ますからっ」

 「いいから。やらせて、ね?」

 おねだりするみたいに首を傾げて見下ろしてくる雨宮に、千紗子の心臓がドキンと跳ねた。

 見たこともない雨宮の仕草にすっかり心乱されてしまい、千紗子が口をパクパクさせていると、雨宮は勝手に彼女の髪にドライヤーの風を当て始めた。返事を聞くつもりなんてないのだ。
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