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4・崩壊と甘癒
寄り道
しおりを挟む横抱きにされたまま、来た道を雨宮と戻る。
千紗子を運ぶ雨宮の腕には、彼女の持っていた鞄もしっかりと掛けられている。
黙ったまま駐車場まで戻ってきた雨宮は、器用に車のドアを開けて助手席に千紗子を座らせた。
運転席に乗り込んだ雨宮が黙ってエンジンを掛ける。
この時になって初めて、千紗子は自分がこれからどこに連れて行かれるのか疑問に思った。
「体調はどうだ?まだ辛いか?」
車を動かさずにエンジンを掛けたまま雨宮が聞いてきた。
車のエアコンから温かな風が吹き出して、千紗子の体を温める。
「…大分いいです。すみませんでした、結局雨宮さんにご迷惑を、」
「そんなことはいい。ゆうべあんなに苦しんでいた千紗子を見ていたのに、安易にここに帰した俺も迂闊だった」
「そんな…雨宮さんは悪くありません。全部私のことですから…」
「千紗子のことだから、だぞ」
「雨宮さん………」
雨宮にじっと見つめられ、千紗子は何も言うことが出来なくなる。
「千紗子が大丈夫なら、少し寄り道をして帰ろう」
『帰る』と言ったその場所がどこなのか、聞かなくても分かる。
「寄り道……」
「ああ。具合が悪くなったらすぐに言えよ」
そう言うと、雨宮は車を発進させた。
雨宮が連れて来た『寄り道』は大型ショッピングモールだった。
ここには食品を扱うスーパーマーケットや、衣料品、住居用品、文具、本屋など様々なテナントが入った複合施設になっている。
「ここ……?」
「当座必要なものをここで揃えよう」
「雨宮さんっ、そんなこと、」
雨宮の意図を察した千紗子は、彼を止めようと口を開いた。
「これ以上雨宮さんにご迷惑をお掛けするわけにはっ、」
「千紗子」
全てを言い終わる前に、雨宮の人差し指が千紗子の唇に当てられる。
「迷惑なんかじゃない。何度も言っているだろう?むしろこのまま千紗子が一人でどこかに行ってしまう方が、俺は気がかりで、きっと明日から仕事が手に付かないだろう」
(仕事が手に付かない雨宮さん……?)
そんな雨宮の姿は想像もつかない。
仕事をする雨宮は、いつも真摯で今より少しクール。
間違っても公私混同する上司ではないことを、千紗子はよく知っていた。
そんな雨宮が『仕事が手に付かない』と言うなんて、よっぽどのことなのかも、と考え込んでしまう。
(やっぱり真面目だな)
仕事のことを持ち出して、千紗子の気を引いた雨宮の目論見はしっかりと当たった。
そんな彼の思惑に嵌められたことなど全然気付かない千紗子を、雨宮は愛おしげに見つめる。
眉間にしわを寄せて考え込む姿が、可愛らしくもおかしくて、雨宮は「クスっ」と口の中で笑った。
「千紗子。とりあえず今は俺の言う通りにして。でないとここで口を塞ぐぞ」
にっこり微笑みながら顔を近付けると、千紗子の顔がみるみる赤くなっていく。
「く、口を塞ぐって、ここ、人が沢山いますっ!」
「ああ、人目がないところならいいのか」
納得、とばかりに頷くと、更に顔を赤く染めた千紗子が焦りだすのが分かる。
「そんなこと、言ってませんっ!!どこでもダメです!」
「じゃあ、大人しく買い物に付き合うんだな」
言うなり千紗子を置いて歩き出すと、後ろから焦ったように着いてくる。そんな彼女が可愛くて、雨宮は背中を震わせて笑いを堪えた。
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