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5・オンとオフ
ベッドの中で
しおりを挟む「俺は壁側で寝るから、千紗子は手前な」
掛け布団をめくると、雨宮はベッドの奥側に入る。
千紗子が躊躇していると、雨宮は自分の隣をポンポンと叩いて彼女を促した。
「ほら、千紗子。そこは寒いから早くおいで」
千紗子は緊張しながらも、ゆっくりとベッドの中に入った。
「じゃあ、電気を消すぞ。おやすみ、千紗子」
「………おやすみなさい」
電気が消されて部屋が真っ暗になる。雨宮は常夜灯は点けないタイプらしい。
千紗子は雨宮に背を向け体を少し丸めた状態で横になっている。極力端っこに寄っているし、幅の広いベッドなので、雨宮と体が触れ合うことはない。
けれど、手が届く距離で彼が寝ていると思うと、どうしても体が硬くなってしまう。
(眠ることなんて、出来そうにないわ………)
千紗子は暗闇を見つめながら、身じろぎ一つせずに息を詰めていた。
(明後日までなんて、無理かもしれない…。雨宮さんにも無理をさせているもの。なるべく早くここを出ていこう。)
なるべく早く雨宮を自分から解放したい。
それにはまず、自分がここから出て行かなければならないのだ。
(新しく住むところも、早く探さないと……)
千紗子は胸の前で右手を固く握りしめた。
「眠れないのか?」
突然低い声が背中から聞こえた。
「…はい。雨宮さんも?」
「ははっ、そうだな」
「すみません……」
この状況を作ったのは自分自身なのだから、自分が眠れないのは仕方ない、と千紗子は思っていた。
けれど、雨宮まで眠れないのでは、何のために『一緒のベッドで』と誘ったのか分からない。
「眠くなるまで、少し話でもしようか」
「はい」
千紗子が返事をすると、布団がもぞもぞと動いて、次の瞬間、千紗子は背中から雨宮の体に包みこまれた。
千紗子がハッと息を呑む音が、暗闇に響く。
体の後ろに熱の塊を感じた瞬間、千紗子の頭が真っ白になった。
「そんなに端っこにいたら、落っこちるぞ」
雨宮は千紗子の動揺なんてお構いなしに、彼女を自分の方へ引き寄せる。
千紗子の鼓動が一気に加速して、体中がカーッと熱くなる。
さっきまで以上に固まった千紗子の体を、雨宮の両腕が柔らかく包み込んでいる。
「離れてても眠れないなら、くっ付いていた方がいいだろう?その方が温かいし、話しやすいしな」
雨宮の変な理屈に返す言葉も、今の千紗子には見付からない。
「俺には妹が一人いる」
「え?」
何の脈絡もない雨宮の台詞に、千紗子の口から反射的に言葉が出た。
「妹は俺の二つ下だ。千紗子に兄弟はいるのか?」
「は、はい………」
「上?下?」
「下に弟と妹が一人ずつです」
問われるままに返事をする。
雨宮がいきなり家族の話をし始めたことに、千紗子は驚いていた。
職場では彼とプライベートな話なんてしたこともなく、彼のことでいつも騒いでいる先輩達からも、雨宮の家族構成の噂は聞いたことすらなかった。聞いたところでやんわりとはぐらかされる、とか。
プライベートが謎に包まれているところも、彼が噂の的にする要因の一つのようだ。
(いきなり兄弟の話なんて、雨宮さんどうしたのかしら…)
後ろから抱きしめられているから、千紗子には雨宮の顔は見えない。
「年は近いのか?」
「すぐ下の弟とは一つ差で、妹とは六つ離れてます」
「なるほど、千紗子がしっかりしているのは、昔から下の兄弟の世話をしてきたからなんだな」
「そんなことは……」
『ない』と言おうとした言葉を飲みこんで、千紗子は自分の子どもの頃を思い出した。
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