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番外編1 Holy Night Healing
仕事後の待ち合わせ
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祝日の割に人が少なかった今日、定時で仕事を終えた千紗子は、駅近のカフェで紅茶を飲んでいた。
期間限定だというクリスマスティには、数種類のスパイスや柑橘系のドライピールが使われているらしく、今日のように寒い冬にピッタリな紅茶だ。
千紗子はカップを両手で持ち冷えた指先を温めながらカップの中のミルクティにふぅっと息を吹きかけた。
図書館を同時に出ることになった美香と「良いクリスマスを」と言い合って別れた後、千紗子はバスに乗って駅まで帰ってきた。
駅でバスを降りた後、すぐに帰宅をしなかったのはここで待ち合わせをしているからだ。
紅茶に口をつけて一口飲むと、スパイスと茶葉の香りが鼻に抜ける。絶妙なバランスで配合されているのか、スパイスが茶葉の香りの邪魔をすることはなくてとても美味しい。
少し前までは、コーヒーと紅茶を飲む比率は半々だった千紗子だけど、近頃では紅茶を選ぶ機会が増えてきたのは気のせいではない。
(このスパイシーな感じと茶葉の香り…やっぱり一彰さんみたい)
自分が感じたことがすごく正しいような気がした千紗子は、くすっと小さな笑いを漏らした。
「何かおもしろいことでもあったのか、ちぃ」
「きゃっ!」
突然背後から耳元で囁いた声に、千紗子は飛び上がりそうなほど驚いた。
斜め上を振り向くと、悪戯に成功した少年のような笑顔を浮かべた恋人が立っていた。
「一彰さん……」
誰も気付かないだろうと思っていたのに、笑っていたのを見られてしまったのが一彰本人だった為、恥ずかしくなった千紗子は眉間にしわを寄せて、「もうっ」と怒った顔を作る。
すると途端に一彰は笑い顔を引っ込めて、「びっくりさせすぎたか?怒ってる?」と焦った様子を見せるから、千紗子は偽りの表情を解いて、くすくすっと笑ってしまった。
「怒ってませんよ。でもびっくりして紅茶をこぼすところでした」
「すまない。千紗子に火傷をさせてしまうところだったんだな。今度からちゃんと手元を見てからにするよ」
(いや、驚かさないで欲しいんですが…)
千紗子が一彰を横目に見ると、隣の席に腰を下ろそうとしている彼と目が合った。
「待たせてしまってごめんな。俺も定時で上がろうと思ってたんだけど、ちょうど他館からの問い合わせの電話が来てしまって…」
「ううん、気にしないでください。私もさっき来たところで、今やっと紅茶に口を付けたところですから」
「そうか?なら良かった。焦って火傷しないようにゆっくり飲んで」
そう言いながら一彰は持っていた鞄の中から一冊の文庫本を取り出して、読み始めた。
北欧調のインテリアの店内は、そこかしこがクリスマス仕様になっていてとても可愛らしい。ところどころに飾られたキャンドルの明かりが、クリスマスイブの夜を優しく包み込むように照らしている。
控えめな音量で流れるクリスマスミュージックを聞きながら、千紗子はゆっくりと紅茶を味わっていた。
一彰が本を広げたのは自分を急かさないためだと、千紗子はとうの昔に気付いている。
彼と付き合い始めてまだ日は浅いけれど、こういうふうに隣で別々のことをしているのに決して寂しくなどなくて、むしろ落ち着く気持ちになれるのが、千紗子は不思議だと思っていた。
家にいる時、ソファーで千紗子が読書をしている傍らで一彰がパソコンを広げて仕事をする時もあれば、逆の時もある。
お互いがお互いの集中を邪魔することはなく、でも千紗子がふと顔を上げると彼も千紗子の方を見て、軽いキスをくれたり頭を撫でたり、まるで風が木々を揺らすのが当たり前のような自然な仕草で、一彰はスキンシップを取ってくるのだ。
千紗子の方はまだそれに慣れずにその都度顔を赤くしてしまうのだけど、なんだかんだで彼の隣にいるのがどんどん心地良くなっていて、離れがたい気持ちになるのを止めることが出来そうにないのだった。
空になったカップをソーサーの上に戻したカチンという音の後、隣で静かに本が閉じられた。
「そろそろ行こうか?」
「はい」
立ち上がる千紗子の手を、当たり前のように一彰が取って、さりげなくエスコートする。
扉の手前のレジで千紗子が会計をしようとすると、一彰によって既に支払われた後だった。
祝日の割に人が少なかった今日、定時で仕事を終えた千紗子は、駅近のカフェで紅茶を飲んでいた。
期間限定だというクリスマスティには、数種類のスパイスや柑橘系のドライピールが使われているらしく、今日のように寒い冬にピッタリな紅茶だ。
千紗子はカップを両手で持ち冷えた指先を温めながらカップの中のミルクティにふぅっと息を吹きかけた。
図書館を同時に出ることになった美香と「良いクリスマスを」と言い合って別れた後、千紗子はバスに乗って駅まで帰ってきた。
駅でバスを降りた後、すぐに帰宅をしなかったのはここで待ち合わせをしているからだ。
紅茶に口をつけて一口飲むと、スパイスと茶葉の香りが鼻に抜ける。絶妙なバランスで配合されているのか、スパイスが茶葉の香りの邪魔をすることはなくてとても美味しい。
少し前までは、コーヒーと紅茶を飲む比率は半々だった千紗子だけど、近頃では紅茶を選ぶ機会が増えてきたのは気のせいではない。
(このスパイシーな感じと茶葉の香り…やっぱり一彰さんみたい)
自分が感じたことがすごく正しいような気がした千紗子は、くすっと小さな笑いを漏らした。
「何かおもしろいことでもあったのか、ちぃ」
「きゃっ!」
突然背後から耳元で囁いた声に、千紗子は飛び上がりそうなほど驚いた。
斜め上を振り向くと、悪戯に成功した少年のような笑顔を浮かべた恋人が立っていた。
「一彰さん……」
誰も気付かないだろうと思っていたのに、笑っていたのを見られてしまったのが一彰本人だった為、恥ずかしくなった千紗子は眉間にしわを寄せて、「もうっ」と怒った顔を作る。
すると途端に一彰は笑い顔を引っ込めて、「びっくりさせすぎたか?怒ってる?」と焦った様子を見せるから、千紗子は偽りの表情を解いて、くすくすっと笑ってしまった。
「怒ってませんよ。でもびっくりして紅茶をこぼすところでした」
「すまない。千紗子に火傷をさせてしまうところだったんだな。今度からちゃんと手元を見てからにするよ」
(いや、驚かさないで欲しいんですが…)
千紗子が一彰を横目に見ると、隣の席に腰を下ろそうとしている彼と目が合った。
「待たせてしまってごめんな。俺も定時で上がろうと思ってたんだけど、ちょうど他館からの問い合わせの電話が来てしまって…」
「ううん、気にしないでください。私もさっき来たところで、今やっと紅茶に口を付けたところですから」
「そうか?なら良かった。焦って火傷しないようにゆっくり飲んで」
そう言いながら一彰は持っていた鞄の中から一冊の文庫本を取り出して、読み始めた。
北欧調のインテリアの店内は、そこかしこがクリスマス仕様になっていてとても可愛らしい。ところどころに飾られたキャンドルの明かりが、クリスマスイブの夜を優しく包み込むように照らしている。
控えめな音量で流れるクリスマスミュージックを聞きながら、千紗子はゆっくりと紅茶を味わっていた。
一彰が本を広げたのは自分を急かさないためだと、千紗子はとうの昔に気付いている。
彼と付き合い始めてまだ日は浅いけれど、こういうふうに隣で別々のことをしているのに決して寂しくなどなくて、むしろ落ち着く気持ちになれるのが、千紗子は不思議だと思っていた。
家にいる時、ソファーで千紗子が読書をしている傍らで一彰がパソコンを広げて仕事をする時もあれば、逆の時もある。
お互いがお互いの集中を邪魔することはなく、でも千紗子がふと顔を上げると彼も千紗子の方を見て、軽いキスをくれたり頭を撫でたり、まるで風が木々を揺らすのが当たり前のような自然な仕草で、一彰はスキンシップを取ってくるのだ。
千紗子の方はまだそれに慣れずにその都度顔を赤くしてしまうのだけど、なんだかんだで彼の隣にいるのがどんどん心地良くなっていて、離れがたい気持ちになるのを止めることが出来そうにないのだった。
空になったカップをソーサーの上に戻したカチンという音の後、隣で静かに本が閉じられた。
「そろそろ行こうか?」
「はい」
立ち上がる千紗子の手を、当たり前のように一彰が取って、さりげなくエスコートする。
扉の手前のレジで千紗子が会計をしようとすると、一彰によって既に支払われた後だった。
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