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番外編2 男心と春の午後
増していく独占欲
しおりを挟む付き合い始めて三か月。千紗子は日に日に美しくなっていく。
これまでも、真面目な新人司書として同僚たちからの信頼はあったが、基本的に口数が少なく感情をあまり表に出さない彼女のことは、周囲の男性には地味に映るのか、千紗子個人に興味を持つ人はほぼいなかった。
しかしここ最近、彼女のことを口にする同僚の男性たちを、一彰はよく見かけるようになっていた。
彼らの会話は、どれも彼女に対して好意的なもので、業務のことだけでなく彼女自身の魅力を褒めるものもあった。
その会話に一彰が参加することはないけれど、内心面白くないことは確かだ。
これまで、自分の主張を声に出してすることがなかった千紗子が、少しずつ自分の考えや気持ちを表に出すようになったのは、純粋に良いことだと思う。
本来優しく、他人を傷付けないように気を遣う彼女だから、自己主張といっても、些細なものばかりだ。
そんな彼女の持つ美徳に、周囲の男性も気付かないほど愚かではない。
しかも千紗子が変わったのは、内面だけでなく外見もだった。
一彰がクリスマスに贈ったワンピースをきっかけに、千紗子は少しずつそれまでとは違う明るい洋服にも挑戦するようになってきた。
元来真面目で勉強熱心な彼女は、ファッション雑誌などを読んで、着こなしなどを研究したようで、前に比べると垢抜けた装いをに身をするようになった。
着るものの研究と同時にしたのか、化粧も少しだけ明るくなった。とはいえ、薄化粧であることに変わりはないけれど、自分にあったスタイルというものを少しずつ覚えているようだ。
さなぎが蝶に変わるように、美しく、そして強くなっていく。
千紗子本人はまったく気付いていないが、そんな彼女のことを司書としてだけでなく、異性として見る利用者もいることに、一彰は気が付いていた。
彼女に、目を奪われるのは自分だけでいいのに。
千紗子を他の男が見る度に、一彰は腹の底から湧き起こるどす黒い嫉妬を抱え、どうしようもないほど彼女を独占したい気持ちに襲われるのだ。
そしてその気持ちが煮詰まると、こんなふうに彼女に所有印を押してしまうのだ。
(重いよな……)
千紗子の横顔を見ながら、ふと思う。
正直、自分がこんなふうに重たい男だとは思わなかった。
数年前に付き合っていた恋人と別れてからは、恋愛ごとに時間を割きたい気持ちにならず、一定の相手を作ることはしていなかった。これまで何人かの女性と付き合ってきたが、そのどの女性とも長続きをしたことはなく、一年続けば良い方だった。
こう言ってはなんだが、自分が異性にもてることは分かっている。
自分ではそんなに優れているようには思えないこの容姿も、身長が高いせいなのか、多くの女性達には好ましく映るらしく、外見を見て寄ってくる女性を後を絶たない。
一彰に寄ってくる女性は、大抵は外見目当てだが、高校生のころまではそれに加えて、一彰を取り巻く環境も異性の興味を引く要因の一つだった。
一彰の両親は二人とも、知らない人から見れば華やかな世界に映るところで仕事をしている。
今はそこに妹も加わっているけれど、一彰自身は派手なことは好まず、アウトドアよりも読書が趣味のインドア派。映画を見たりショッピングをするのも好きだけれど、家に籠っているのも嫌いではない。そんな自分が、どちらかというと地味な性格だという自覚があった。
多くの女性達は、一彰の家族のイメージから一彰自身を勝手に想像し、理想の男性を彼の上から重ねたあげく、付き合い始めると、派手な世界に連れて行ってくれるわけでも、華やかな付き合いを提供してくれるわけでもない一彰に、勝手に飽きて勝手に幻滅し、そして勝手に離れて行くのだった。
大学で地元を離れると、家庭環境が原因の色眼鏡で見られることはなくなったが、結局彼の外見から、女性達は派手な付き合いを想像するらしく、一彰がその期待に応えられない分かると、すぐに離れていく。
『雨宮君は、思っていたのと全然違うわね』
そんな台詞を飽きるほど聞いてきた。
一彰の方も、そんな彼女たちを追って縋るほどの気持ちは持てず、あっさりとうしろ姿を見送ってきたのだ。
社会人になってからは仕事に集中する為に、真面目で堅実な印象を持たれるように外見にも気を配るようにした。
かっちりとしたスーツに、シルバーフレームの眼鏡は、そんな意識の中で選ばれた彼の鎧だった。
結果として、それも『出来る男』として女性たちの目を釘づけにしていることを、彼自身は知らないが。
そんなふうに、これまでは『来る者拒まず去る者追わず』な恋愛スタイルを繰り返していた一彰にとって、千紗子へ抱く気持ちは初めてのものばかりで、自分でも戸惑うことがある。
愛しい。守りたい。大事にしたい。
そんな気持ちと並行して、常に心の底にあるのは、『千紗子のすべてを自分のものにしたい』という強い独占欲だ。
(俺は自分で思っていたよりも、ずいぶん重い男だったんだな。千紗子が知ったらどう思うのか……)
「一彰さん……?」
控えめな呼びかけに、一彰は思考の淵から意識を戻す。
すぐ目の前に、窺うように覗き込む大きな瞳があった。
彼女の様子は、さっきまでの怒っていたものではなく、不安げな顔で瞳を揺らしている。
「ちぃ、どうした?もう怒ってないのか?」
「ううん…、一彰さんの方こそ、怒ってないの?」
「俺が?どうして??」
「どうしてって…ずっと黙ってるから……。私があんまりわがままだから、怒ったのかと思って……」
「千紗子がわがまま?」
一彰は目を丸くする。
「千紗子がいつわがままを言ったんだ?可愛いお願いなら耳にしたことはあるけど、それだって滅多に聞けないし。むしろわがままなのは俺の方だろ?」
一彰の返答に、今度は千紗子が目を丸くする番だ。
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