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5巻
5-2
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――王都の事変と同じころ。
ルナリアたちが残るバシュタールに、異様な一団が近づいていた。
「なんだあいつらは?」
城壁の監視塔から街道を見ていた兵士が胡乱な声を上げた。
薄汚れた鎧をまとい、旗や家紋を一切さらしていない様子は、傍目には野盗のようにも見える。しかし統率されたきびきびとした動きは、間違いなく正規の教育を受けた軍人のものだった。
「ルナリア殿下を殺せ!」
「あの女さえいなければすべてうまくいくんだっ!」
「謀反人でも、フェルベルー殿下が唯一の王位継承者にさえなればっ!」
彼らの正体は邪妖精に唆されたフェルベルー一派の貴族たちである。
ストラスブール侯アルベルトの敗北が明らかとなった今でも、第一王女フェルベルーと第二王女ルナリアが王位継承候補者であることは厳然たる事実なのだ。
ルナリアさえ死ねばフェルベルーが王位を継承する可能性は高い。
クラッツはおろか、配下の精鋭まで出払っているバシュタールは、確かにテロの標的としては格好の的かもしれなかった。
兵士は慌てて僚友に向かって叫ぶ。
「急いでマリーカ様に伝えるのだっ!」
「……甘く見られたものね」
バシュタールの行政を預かる官僚団の長マリーカは、報告を受けて不機嫌そうに呟いた。
正規軍がいないとはいえ、治安維持のための自警組織は残っている。
しかも彼らは長い間、生死をかけて妖魔と戦ってきた者たちなのだ。ここバシュタールで生き抜いているのは伊達ではない。
何より、ルナリア自身が一人で騎士団一個連隊に匹敵する。たかが寄せ集めの貴族軍数千程度が攻略などできるはずもなかった。
「下僕十三号、殿下と自警団に迎撃の用意を」
「イ――――ッ!」
マリーカの下僕の官僚たちは、すでに人として大事なものを失ったようである。彼らが幸せならそれもよいが。
「クラッツがいなければ、バシュタールを侵すことができると思うたか!」
留守番を任され、クラッツと離れて暮らす日々に鬱憤が溜まっていたルナリアは、ストレス解消の好機に嬉々として剣を取った。
哀れなのは浅はかな野心に踊らされた貴族たちであろう。彼らはてっきりバシュタールがもぬけの殻であると信じていたのだ。
「……なんだか様子がおかしくないか?」
「バシュタール卿はいないはずだろう? 兵だってろくに残ってないはずだ」
「でも城壁にいるだけでも五百はいるぞ?」
攻者三倍の法則という言葉があるが、貴族軍数千にとって、城壁という防御施設に籠った五百の軍勢はそれだけでも十分に脅威となる。
想定外の事態に彼らは戸惑ったが、今さらここで引き返すという選択肢はない。もともと計画性のない暴走なのだ。
「敵は張り子のトラだ! ひるむな!」
「ルナリア殿下を逃がすな!」
「勝利は我がものぞ!」
口ぐちに手前勝手な願望を口にしながら突撃を開始する貴族軍に、ルナリアは無情な宣告をする。
「死ね。無力な藁人形のごとく。旋風陣!」
魔剣ビスマルクから打ち出された魔力は、幾千の風の刃になって彼らに襲いかかった。
首が宙を舞い、腕が千切れ飛び、主を失った馬が制御を失って味方を踏みつぶしていく。
まさに地獄絵図そのものの光景である。
ほんの一瞬にして、都合のよい幻想は粉々に打ち砕かれた。
「押し出せえええええええええっ!」
ルナリアの号令一下、バシュタールの自警団が鬨の声を上げて城門を開く。
狩る者と狩られる者の立場はもはや完全に逆転していた。
「ひ、ひいいいいっ! 助けてくれ!」
「こんなはずは……こんなはずじゃなかったのにいい!」
「降伏する! 命だけはっ!」
「ここまでされる謂れはないっ! 私は名門の……」
「ごちゃごちゃ言わずにみんなまとめてぶっ飛べえええええっ!」
ルナリアのとどめの一撃が炸裂した。
森ごと吹き飛ばしそうな地上の一切を引き裂く暴風が、何をしに来たのかわからない反乱貴族を天空の彼方へと巻き上げていった。
「……殿下、誰がここまでやれと言いましたか」
「あはは……ちょっとストレスが溜まって……」
「後始末をするストレスもたっぷり味わってくださいね」
「勘弁してくれ」
マリーカとルナリアがそんな他愛のない会話をしていたときである。
運よく軽傷で済んだ貴族の男の一人が、聞き捨てならない愚痴を漏らした。
「せっかく陛下を除いたっていうのに……運が悪かったんだ」
「――今なんと言った?」
ルナリアの声が真剣なものに変わる。
もはや破滅は避けられないことを悟ったのだろう。開き直った男は愉快そうに大笑した。
「今頃はモートレッド殿の手で、クリストフェル陛下はあの世へ旅立っているだろうよ! もう遅いっ!」
「モートレッドごときに何ができるか」
人に嫉妬することは一人前だが、度胸も力量もない、多少魔導に長けているだけ。
ルナリアにとって、モートレッドとはそういう存在だった。間違っても国王暗殺など企むような大それた男ではない。
「モートレッド殿を馬鹿にするな! あんな平民あがりの粗野な野獣などを重用する陛下に罰を与えるのはあのお方しかいない!」
「殿下、これはただごとではありません」
さすがは下僕生産機だけあって、マリーカはいち早く、男が何者かに洗脳されていることに気づいた。
裏で糸を引いている者がいるなら、男の言うモートレッドとは、以前のモートレッドでない可能性が高い。
「父上が危ないっ!」
ルナリアは身を翻して馬屋へ向かうと、愛馬を飛ばして一路王都を目指した。
それを見送ったマリーカは、下僕たちに振り返る。
「……厄介なことになったわね。とりあえずこいつらから聞き出せることは、全部聞き出しなさい」
「無礼な! この平民め、私に触るな!」
「悪いけど、手加減してもらえるなんて考えないことね。どうせすぐに殺して欲しくなるでしょうけど……好きなようにやっちゃいなさい」
「イ――――ッ!」
◆ ◆ ◆
右目に刺さったモートレッドの人差し指は、クリストフェルの脳にまで達していた。
モートレッドの息のかかっていない宮廷魔導士が招集され、クリストフェルの治療に当たったが、脳だけは治癒魔導でも再生できない。
クリストフェルは意識が回復しないまま高熱を発し、危篤状態に陥った。
(あらあら、あんな馬鹿にしてはよくやったじゃないの)
リューシアが怪しく笑う。
モートレッドのような屑でも、容易に歴史の流れを変えることができる。
それがテロという手段の本質であった。
(あとはルナリア王女のほうに向かった連中だけれど、うまくやったかしらね?)
国王という意思決定者を失った王宮は、誰もが迷走していた。
強大そうに見える国でも、実はたった一人を消すだけで容易く混乱させられる。
リューシアはそんな人間の弱さを熟知していた。
これでイェルムガンドはしばらく攻勢に出ることはできない。
現在の国際情勢を考えれば、この事件は途方もない影響を与えることになる。
覇権主義国家のアースガルド帝国がついに敗れた。
クラッツの勝利は周辺諸国にそう受け取られていた。
とりわけイェルムガンド王国の次に狙われそうな大国――大陸西方のパシバル王国などは、イェルムガンド王国の対応次第では参戦する気満々でいたのである。
――ところがそうはならなかった。
もしもクリストフェルが健在であれば、イェルムガンド王国はアースガルド帝国を追撃するか、あるいは自国に優位な講和を結んで幕引きを図ったであろう。
しかし国王が倒れた今、なんら益のない時間だけが過ぎていく。
こうなると周辺諸国もいらぬ火の粉を被る勇気はなかった。
アースガルド帝国を袋叩きにする機会を、イェルムガンド王国は失ったのである。
それは両国の戦争が泥沼のまま続いていくことを示していた。
まさに両国の天秤を操り、不毛な戦争を継続させるためにこそ、リューシアはイェルムガンド王国を陥れたのだった。
(これで少しは魔王陛下の溜飲も下がったかしら?)
ここまでは完全にリューシアの思い通りになっている。あとはもうひとつの目的を果たすだけなのだが……。
(タランティーノ公爵から、トリアステラはイェルムガンドにいると聞いたんだけどな……王宮にその気配はないし……どこで何をやってるのよ!)
なかなか連絡を寄こさない部下を問い質すために、タランティーノはリューシアに捜索を依頼していたのだ。
様々な思惑が交錯する王宮にクラッツが帰還するまでには、まだしばらくの時間が必要だった。
クラッツは一旦ストラスブール領に戻り、フェルベルーの身柄を確認し、旧ストラスブール家の家臣を再編して防備を整えていた。
いかにアースガルドを撃退したとはいえ、アルベルトを失い権力の空白地となったストラスブールを放置しておくわけにはいかなかったからだ。
もちろんこれはクラッツの手に余る実務であり、あくまでも王国から代官か新たな領主が派遣されてくるまでの暫定的な対応だった。
しかしその命令が発せられるよりも早く、クリストフェルは人事不省に陥ってしまった。
そのため国王不予という情報をクラッツが知ったのは、ルナリアが王都に向かってから数日も後のことであった。
「――スクルデ、お前に軍を預ける。敵が来たなら好きにしろ」
「本当に妾で良いのか?」
「何かあれば責任は俺が取る。行政に関してはブーマー、お前が差配しろ」
「……承りました」
ブーマーはアルベルトに仕えていた行政官で、ストラスブール陥落後はむしろ積極的にクラッツに協力していた。
妻と娘を愛するストラスブール育ちの男であり、現実というものをよく認識している、とクラッツは評価している。
もとい、実際に評価したのはベルンストではあるが。
アルベルトはああ見えて内政になかなかの手腕を有していた。
そのためストラスブールには、優秀な官僚団と領内の統治機構が手つかずで残されている。
クラッツが権限さえ与えておけば、ほぼ大過なく内政は回るはずであった。
「さて、間に合えばいいが……」
『まったく、たかが複数転移もいまだに制御できんとは情けない!』
「小面倒くさいのは苦手なんだよ……」
一人で王都に転移できれば良かったのだが、フェルベルーが泣いて同行を申し出た。
娘として、父に負担をかけたことに対する詫びを入れたいらしい。
残念なことにクラッツの技量では、フェルベルーという異物と一緒に転移することができないのである。
「そんなわけで頼むぞフリッガ!」
「任せてください。最大速力で移動しますから、振り落とされないように」
「風の結界くらいは張れるから心配するな」
「それでしたら本日中に着いてみせましょう」
グリフォンは飛行型の魔物のなかでも速度に優れる。スタミナを考えず一日無理をさせれば、二十四時間以内に王都へ到着することも決して不可能ではなかった。
「行くぞ!」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださ……きゃあああああああっ!」
風の結界に守られているとはいえ、視界が急速に上昇し加速していくのに驚いて、フェルベルーはクラッツに抱きついた。
「……せいぜいそのまま胸を押しつけていろ」
すでに幾度も身体を重ねた仲とはいえ、こういうことは男のロマンなのだ。
「な、何を急に言い出すのですか? この色魔!」
慌てて顔を赤らめるフェルベルー。
――イラッ!
それに反応したのはグリフォンを操るフリッガだった。
「おお~~っと手が滑ったああ!」
「って、いきなりバレルロールかよっ!」
「さらにそこからのアウトサイドループ! そして禁断の木の葉落としいいいいっ!」
「ひやああああああああああああああっ!」
甲高いフェルベルーの悲鳴を残して、三人と一匹のグリフォンはどこまでも青い東の空へと消えていった。
◆ ◆ ◆
アースガルド帝国の帝都に戻ったギュンターは、皇帝ヘイムダルの前に跪いて叩頭した。
「不甲斐なき戦果にて、まことに申し訳ございません」
「――よい、大義であった」
敗戦して戻ったにもかかわらずヘイムダルの機嫌は存外良かった。
仮に機嫌が悪いとしても、ここでギュンターを罪に問うことはできなかったに違いない。
第四軍団の軍団長カーベナルドが戦死し、第二軍団の軍団長スクルデはアースガルドを捨て、クラッツに味方してしまった。
現状でギュンターほどの指揮官を切り捨てられるほどに、アースガルド帝国の人材は豊富ではなかった。
それに、今なおアースガルド最強の剣士がギュンターなことに変わりはないのだ。
「それで、どうであった? あれは」
「あれ」が何を意味するのか、当然ギュンターは承知している。
アースガルド帝国の秘匿決戦兵器――絶対階梯防御。
人間の限界を遥かに上回る妖魔と戦うための切り札である。
これが成熟技術として普及した暁には、人間の国家はおろか、妖魔ですら恐れるに足りない。
問題はその不安定さにあったのだが……。
「間違いなく有用です。実戦でロズベルグの魔剣ゲルラッハと、バシュタール卿の一撃に耐えましたので」
「そうか。それで問題は?」
当然だ、と言わんばかりに尊大に頷いてヘイムダルは問う。
「やはり出力ですね。全力戦闘ではそうそう起動できません。それにゲルラッハのように物理攻撃と魔導攻撃を兼ね備えたアーティファクト相手だと、ある程度の損傷は覚悟しなくては」
「魔剣ゲルラッハか。確かに厄介だが、所詮は量産の利かぬ業物よ」
失われた技術の粋であるゲルラッハを再現することは、現在の刀工には不可能と言われている。
ロズベルグが一騎だけ奮戦しても、どうにもならぬのが国家間の戦争であった。
魔導技術が発達した今では特にそうだ。
「――それに面白い情報が入ってきた。イェルムガンドもなかなかどうして侮れぬ」
当初の予測より強力な戦術魔導を放ってきた、イェルムガンドの魔導士団の姿をギュンターは思い出す。
ケイオスの魔導防御がなければ、あの攻撃は到底耐えられなかったであろう。
「あの魔導のからくりが?」
「理解が早いな。触媒に妖魔を素材として使っているそうだ。応用できれば出力の問題も改善するだろう」
「素晴らしい。そうなれば、もはやバシュタール卿も恐れるに足りません」
正直なところ敗北に近い撤退を強いられて、ギュンターのプライドはいたく傷ついていた。
次に会う時には、きっと屈辱でクラッツの顔を歪ませてやる。
そんな蛇のようなしつこさもまた、ギュンターの強さの秘密であった。
武人としては、竹を割ったようにさっぱりとした未練のない態度もよいかもしれない。しかし戦士としては、そんな性質は害悪にしかならないとギュンターは信じている。
生き延びること、そして次に会ったならば必ず勝利すること。
それができない戦士はすぐに死んで、名を残すことなく消えていく。
――男と生まれたからには最強の名を手に入れたい。
剣で最強とか魔導で最強ではない、真の最強の座が欲しいのだ。
そして歴史に名を刻みたい。
だからこそ強さの質にこだわる必要を、ギュンターはまったく認めていなかった。
「あの脳筋男に敗北の味を教えてやりましょう」
「ふふふ……あのクラッツという男、イェルムガンドの英雄として名声は天に届かんばかりと聞く。さぞ敗北したときの衝撃は大きかろう」
アースガルド帝国は敗北などしていない。その証拠に国土を一寸たりとも侵されてはいない。
だが――。
「どうも小細工をした者がいるな。実は先ほど、クリストフェルが刺客の手にかかって重体との報告が入った」
「イェルムガンド国王が?」
ヘイムダルは軽い口調で言ったが、恐るべき一大事である。
国王を頂点とする専制国家において、国王は絶対権力者であり、国政の要だ。
国王が倒れれば重要な案件はなにひとつ処理できなくなる。
クラッツたちが追撃できずにいるのはそのせいか。
「娘以外には弟妹もおらんから、ルナリア王女を摂政にするほかあるまいな。問題はこの政変に妖魔どもが関わった節があるということだ」
「まさか……我らの研究が奴らに知られたのですか?」
「いや、そうであれば直接我が国に介入してくるであろうよ。奴らにしてみれば人間同士を争わせる遊びなのかもしれん」
考えてみれば、妖魔を素材として捕獲していたのはイェルムガンド王国である。
あるいはそれで上級妖魔の誰かの恨みを買ったという可能性もあった。
実際リューシアも、トリアステラを探すついでにイェルムガンドを混乱させるくらいの気持ちだったので、ヘイムダルの想像は的外れというわけではなかった。
いずれにしろ、実力で人間を遥かに凌駕する妖魔が、長い沈黙を破って人間社会に介入を開始したのは間違いない。
「――ことを急ぐ必要がありそうだな」
「出力ばかりではありません。防御だけでなく攻撃力も上げていかなくては」
「またあの姉妹の尻を叩くことになるか……にしても、残念だがまだ妖魔と一戦交えるには早すぎる。この際、あの小僧に期待するのも一興というものか」
◆ ◆ ◆
「ふう、見えてきたわ」
「無理を言ってすまなかったな。着いたらゆっくり休んでくれ」
グリフォンから王都を遠くに見下ろして、クラッツはフリッガを労った。
すでにフェルベルーはクラッツの背中でまどろみの中である。
「さて、間に合うといいが……」
『王はあの宮廷魔導士長に害された、と言ってたはずじゃな?』
突然語りかけてきたベルンストに、クラッツは嫌な予感を覚えた。
(そうだが……何か気になることでも?)
『……ならば、なぜ王城から妖魔の気配がするのじゃ?』
巨大なグリフォンが空から迫ってくるのを発見した見張りの兵は惑乱した。
もちろんフリッガがグリフォンを愛騎としていることは知っていたが、何といっても今はアースガルドとの戦争中である。
「て、敵襲――っ!」
朝方の早い時間であったのも災いした。
人間の脳は深夜から未明にかけて、認識力が低下する。どれだけ警戒していても、夜襲が一定の成果を挙げるのはそのためだ。
前線から離れているという安心感と、突発的な出来事に対する認識力の低下が見張りの判断を狂わせた。
日頃の訓練の賜か、たちまち当直の兵士たちが臨戦態勢を整える。
魔導砲や巨大な投槍機が銃眼から突き出され、その照準をグリフォンへと向けた。
「やべっ、俺たち狙われてるぞ?」
「先触れも出しませんでしたからね……」
よく考えれば当然のことではあった。
本来、臣下が使者のひとつも出さずにノーアポで国王を訪問するなどありえない。
さらにイェルムガンド王国でグリフォンを飼い馴らした者など皆無である。
いきなり攻撃しようとするのはどうかと思うが、魔物であるグリフォンを警戒するのは仕方がなかった。
「と、とりあえず降りるか。こちらに攻撃の意思がないとわかれば、一旦は落ちつくだろう」
「その言葉、少しばかり遅かったですね」
「なにぃ?」
恐慌状態の人間ほど操りやすいものはない。
国王が倒れた非常時。未明という時間。戦時中の緊張感。
そして何より、離れていてもわかる、クラッツが放つ生存本能を刺激する恐怖。
もう少しばかりイェルムガンドを掻き回そうと狙っていたリューシアにとって、これは千載一遇の好機であった。
(敵だ! 敵を倒さないと自分が死ぬぞ!)
(撃て! 撃て! 撃て!)
「照準合わせ!」
「仰角よしっ!」
「方位よしっ!」
「装填完了、発射準備よし!」
大小百を超える射撃武器が、グリフォンを標的に一斉に火ぶたを切った。
(近づけちゃだめだ。国王陛下を守らなければ!)
(早く! 早く! 早く!)
一抹の違和感も、攻撃をやめさせる力とはならない。
恐怖と何者かの意思に衝き動かされ、指揮官は右手を振り下ろした。
「撃てええええええええええええええっ!」
ルナリアたちが残るバシュタールに、異様な一団が近づいていた。
「なんだあいつらは?」
城壁の監視塔から街道を見ていた兵士が胡乱な声を上げた。
薄汚れた鎧をまとい、旗や家紋を一切さらしていない様子は、傍目には野盗のようにも見える。しかし統率されたきびきびとした動きは、間違いなく正規の教育を受けた軍人のものだった。
「ルナリア殿下を殺せ!」
「あの女さえいなければすべてうまくいくんだっ!」
「謀反人でも、フェルベルー殿下が唯一の王位継承者にさえなればっ!」
彼らの正体は邪妖精に唆されたフェルベルー一派の貴族たちである。
ストラスブール侯アルベルトの敗北が明らかとなった今でも、第一王女フェルベルーと第二王女ルナリアが王位継承候補者であることは厳然たる事実なのだ。
ルナリアさえ死ねばフェルベルーが王位を継承する可能性は高い。
クラッツはおろか、配下の精鋭まで出払っているバシュタールは、確かにテロの標的としては格好の的かもしれなかった。
兵士は慌てて僚友に向かって叫ぶ。
「急いでマリーカ様に伝えるのだっ!」
「……甘く見られたものね」
バシュタールの行政を預かる官僚団の長マリーカは、報告を受けて不機嫌そうに呟いた。
正規軍がいないとはいえ、治安維持のための自警組織は残っている。
しかも彼らは長い間、生死をかけて妖魔と戦ってきた者たちなのだ。ここバシュタールで生き抜いているのは伊達ではない。
何より、ルナリア自身が一人で騎士団一個連隊に匹敵する。たかが寄せ集めの貴族軍数千程度が攻略などできるはずもなかった。
「下僕十三号、殿下と自警団に迎撃の用意を」
「イ――――ッ!」
マリーカの下僕の官僚たちは、すでに人として大事なものを失ったようである。彼らが幸せならそれもよいが。
「クラッツがいなければ、バシュタールを侵すことができると思うたか!」
留守番を任され、クラッツと離れて暮らす日々に鬱憤が溜まっていたルナリアは、ストレス解消の好機に嬉々として剣を取った。
哀れなのは浅はかな野心に踊らされた貴族たちであろう。彼らはてっきりバシュタールがもぬけの殻であると信じていたのだ。
「……なんだか様子がおかしくないか?」
「バシュタール卿はいないはずだろう? 兵だってろくに残ってないはずだ」
「でも城壁にいるだけでも五百はいるぞ?」
攻者三倍の法則という言葉があるが、貴族軍数千にとって、城壁という防御施設に籠った五百の軍勢はそれだけでも十分に脅威となる。
想定外の事態に彼らは戸惑ったが、今さらここで引き返すという選択肢はない。もともと計画性のない暴走なのだ。
「敵は張り子のトラだ! ひるむな!」
「ルナリア殿下を逃がすな!」
「勝利は我がものぞ!」
口ぐちに手前勝手な願望を口にしながら突撃を開始する貴族軍に、ルナリアは無情な宣告をする。
「死ね。無力な藁人形のごとく。旋風陣!」
魔剣ビスマルクから打ち出された魔力は、幾千の風の刃になって彼らに襲いかかった。
首が宙を舞い、腕が千切れ飛び、主を失った馬が制御を失って味方を踏みつぶしていく。
まさに地獄絵図そのものの光景である。
ほんの一瞬にして、都合のよい幻想は粉々に打ち砕かれた。
「押し出せえええええええええっ!」
ルナリアの号令一下、バシュタールの自警団が鬨の声を上げて城門を開く。
狩る者と狩られる者の立場はもはや完全に逆転していた。
「ひ、ひいいいいっ! 助けてくれ!」
「こんなはずは……こんなはずじゃなかったのにいい!」
「降伏する! 命だけはっ!」
「ここまでされる謂れはないっ! 私は名門の……」
「ごちゃごちゃ言わずにみんなまとめてぶっ飛べえええええっ!」
ルナリアのとどめの一撃が炸裂した。
森ごと吹き飛ばしそうな地上の一切を引き裂く暴風が、何をしに来たのかわからない反乱貴族を天空の彼方へと巻き上げていった。
「……殿下、誰がここまでやれと言いましたか」
「あはは……ちょっとストレスが溜まって……」
「後始末をするストレスもたっぷり味わってくださいね」
「勘弁してくれ」
マリーカとルナリアがそんな他愛のない会話をしていたときである。
運よく軽傷で済んだ貴族の男の一人が、聞き捨てならない愚痴を漏らした。
「せっかく陛下を除いたっていうのに……運が悪かったんだ」
「――今なんと言った?」
ルナリアの声が真剣なものに変わる。
もはや破滅は避けられないことを悟ったのだろう。開き直った男は愉快そうに大笑した。
「今頃はモートレッド殿の手で、クリストフェル陛下はあの世へ旅立っているだろうよ! もう遅いっ!」
「モートレッドごときに何ができるか」
人に嫉妬することは一人前だが、度胸も力量もない、多少魔導に長けているだけ。
ルナリアにとって、モートレッドとはそういう存在だった。間違っても国王暗殺など企むような大それた男ではない。
「モートレッド殿を馬鹿にするな! あんな平民あがりの粗野な野獣などを重用する陛下に罰を与えるのはあのお方しかいない!」
「殿下、これはただごとではありません」
さすがは下僕生産機だけあって、マリーカはいち早く、男が何者かに洗脳されていることに気づいた。
裏で糸を引いている者がいるなら、男の言うモートレッドとは、以前のモートレッドでない可能性が高い。
「父上が危ないっ!」
ルナリアは身を翻して馬屋へ向かうと、愛馬を飛ばして一路王都を目指した。
それを見送ったマリーカは、下僕たちに振り返る。
「……厄介なことになったわね。とりあえずこいつらから聞き出せることは、全部聞き出しなさい」
「無礼な! この平民め、私に触るな!」
「悪いけど、手加減してもらえるなんて考えないことね。どうせすぐに殺して欲しくなるでしょうけど……好きなようにやっちゃいなさい」
「イ――――ッ!」
◆ ◆ ◆
右目に刺さったモートレッドの人差し指は、クリストフェルの脳にまで達していた。
モートレッドの息のかかっていない宮廷魔導士が招集され、クリストフェルの治療に当たったが、脳だけは治癒魔導でも再生できない。
クリストフェルは意識が回復しないまま高熱を発し、危篤状態に陥った。
(あらあら、あんな馬鹿にしてはよくやったじゃないの)
リューシアが怪しく笑う。
モートレッドのような屑でも、容易に歴史の流れを変えることができる。
それがテロという手段の本質であった。
(あとはルナリア王女のほうに向かった連中だけれど、うまくやったかしらね?)
国王という意思決定者を失った王宮は、誰もが迷走していた。
強大そうに見える国でも、実はたった一人を消すだけで容易く混乱させられる。
リューシアはそんな人間の弱さを熟知していた。
これでイェルムガンドはしばらく攻勢に出ることはできない。
現在の国際情勢を考えれば、この事件は途方もない影響を与えることになる。
覇権主義国家のアースガルド帝国がついに敗れた。
クラッツの勝利は周辺諸国にそう受け取られていた。
とりわけイェルムガンド王国の次に狙われそうな大国――大陸西方のパシバル王国などは、イェルムガンド王国の対応次第では参戦する気満々でいたのである。
――ところがそうはならなかった。
もしもクリストフェルが健在であれば、イェルムガンド王国はアースガルド帝国を追撃するか、あるいは自国に優位な講和を結んで幕引きを図ったであろう。
しかし国王が倒れた今、なんら益のない時間だけが過ぎていく。
こうなると周辺諸国もいらぬ火の粉を被る勇気はなかった。
アースガルド帝国を袋叩きにする機会を、イェルムガンド王国は失ったのである。
それは両国の戦争が泥沼のまま続いていくことを示していた。
まさに両国の天秤を操り、不毛な戦争を継続させるためにこそ、リューシアはイェルムガンド王国を陥れたのだった。
(これで少しは魔王陛下の溜飲も下がったかしら?)
ここまでは完全にリューシアの思い通りになっている。あとはもうひとつの目的を果たすだけなのだが……。
(タランティーノ公爵から、トリアステラはイェルムガンドにいると聞いたんだけどな……王宮にその気配はないし……どこで何をやってるのよ!)
なかなか連絡を寄こさない部下を問い質すために、タランティーノはリューシアに捜索を依頼していたのだ。
様々な思惑が交錯する王宮にクラッツが帰還するまでには、まだしばらくの時間が必要だった。
クラッツは一旦ストラスブール領に戻り、フェルベルーの身柄を確認し、旧ストラスブール家の家臣を再編して防備を整えていた。
いかにアースガルドを撃退したとはいえ、アルベルトを失い権力の空白地となったストラスブールを放置しておくわけにはいかなかったからだ。
もちろんこれはクラッツの手に余る実務であり、あくまでも王国から代官か新たな領主が派遣されてくるまでの暫定的な対応だった。
しかしその命令が発せられるよりも早く、クリストフェルは人事不省に陥ってしまった。
そのため国王不予という情報をクラッツが知ったのは、ルナリアが王都に向かってから数日も後のことであった。
「――スクルデ、お前に軍を預ける。敵が来たなら好きにしろ」
「本当に妾で良いのか?」
「何かあれば責任は俺が取る。行政に関してはブーマー、お前が差配しろ」
「……承りました」
ブーマーはアルベルトに仕えていた行政官で、ストラスブール陥落後はむしろ積極的にクラッツに協力していた。
妻と娘を愛するストラスブール育ちの男であり、現実というものをよく認識している、とクラッツは評価している。
もとい、実際に評価したのはベルンストではあるが。
アルベルトはああ見えて内政になかなかの手腕を有していた。
そのためストラスブールには、優秀な官僚団と領内の統治機構が手つかずで残されている。
クラッツが権限さえ与えておけば、ほぼ大過なく内政は回るはずであった。
「さて、間に合えばいいが……」
『まったく、たかが複数転移もいまだに制御できんとは情けない!』
「小面倒くさいのは苦手なんだよ……」
一人で王都に転移できれば良かったのだが、フェルベルーが泣いて同行を申し出た。
娘として、父に負担をかけたことに対する詫びを入れたいらしい。
残念なことにクラッツの技量では、フェルベルーという異物と一緒に転移することができないのである。
「そんなわけで頼むぞフリッガ!」
「任せてください。最大速力で移動しますから、振り落とされないように」
「風の結界くらいは張れるから心配するな」
「それでしたら本日中に着いてみせましょう」
グリフォンは飛行型の魔物のなかでも速度に優れる。スタミナを考えず一日無理をさせれば、二十四時間以内に王都へ到着することも決して不可能ではなかった。
「行くぞ!」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださ……きゃあああああああっ!」
風の結界に守られているとはいえ、視界が急速に上昇し加速していくのに驚いて、フェルベルーはクラッツに抱きついた。
「……せいぜいそのまま胸を押しつけていろ」
すでに幾度も身体を重ねた仲とはいえ、こういうことは男のロマンなのだ。
「な、何を急に言い出すのですか? この色魔!」
慌てて顔を赤らめるフェルベルー。
――イラッ!
それに反応したのはグリフォンを操るフリッガだった。
「おお~~っと手が滑ったああ!」
「って、いきなりバレルロールかよっ!」
「さらにそこからのアウトサイドループ! そして禁断の木の葉落としいいいいっ!」
「ひやああああああああああああああっ!」
甲高いフェルベルーの悲鳴を残して、三人と一匹のグリフォンはどこまでも青い東の空へと消えていった。
◆ ◆ ◆
アースガルド帝国の帝都に戻ったギュンターは、皇帝ヘイムダルの前に跪いて叩頭した。
「不甲斐なき戦果にて、まことに申し訳ございません」
「――よい、大義であった」
敗戦して戻ったにもかかわらずヘイムダルの機嫌は存外良かった。
仮に機嫌が悪いとしても、ここでギュンターを罪に問うことはできなかったに違いない。
第四軍団の軍団長カーベナルドが戦死し、第二軍団の軍団長スクルデはアースガルドを捨て、クラッツに味方してしまった。
現状でギュンターほどの指揮官を切り捨てられるほどに、アースガルド帝国の人材は豊富ではなかった。
それに、今なおアースガルド最強の剣士がギュンターなことに変わりはないのだ。
「それで、どうであった? あれは」
「あれ」が何を意味するのか、当然ギュンターは承知している。
アースガルド帝国の秘匿決戦兵器――絶対階梯防御。
人間の限界を遥かに上回る妖魔と戦うための切り札である。
これが成熟技術として普及した暁には、人間の国家はおろか、妖魔ですら恐れるに足りない。
問題はその不安定さにあったのだが……。
「間違いなく有用です。実戦でロズベルグの魔剣ゲルラッハと、バシュタール卿の一撃に耐えましたので」
「そうか。それで問題は?」
当然だ、と言わんばかりに尊大に頷いてヘイムダルは問う。
「やはり出力ですね。全力戦闘ではそうそう起動できません。それにゲルラッハのように物理攻撃と魔導攻撃を兼ね備えたアーティファクト相手だと、ある程度の損傷は覚悟しなくては」
「魔剣ゲルラッハか。確かに厄介だが、所詮は量産の利かぬ業物よ」
失われた技術の粋であるゲルラッハを再現することは、現在の刀工には不可能と言われている。
ロズベルグが一騎だけ奮戦しても、どうにもならぬのが国家間の戦争であった。
魔導技術が発達した今では特にそうだ。
「――それに面白い情報が入ってきた。イェルムガンドもなかなかどうして侮れぬ」
当初の予測より強力な戦術魔導を放ってきた、イェルムガンドの魔導士団の姿をギュンターは思い出す。
ケイオスの魔導防御がなければ、あの攻撃は到底耐えられなかったであろう。
「あの魔導のからくりが?」
「理解が早いな。触媒に妖魔を素材として使っているそうだ。応用できれば出力の問題も改善するだろう」
「素晴らしい。そうなれば、もはやバシュタール卿も恐れるに足りません」
正直なところ敗北に近い撤退を強いられて、ギュンターのプライドはいたく傷ついていた。
次に会う時には、きっと屈辱でクラッツの顔を歪ませてやる。
そんな蛇のようなしつこさもまた、ギュンターの強さの秘密であった。
武人としては、竹を割ったようにさっぱりとした未練のない態度もよいかもしれない。しかし戦士としては、そんな性質は害悪にしかならないとギュンターは信じている。
生き延びること、そして次に会ったならば必ず勝利すること。
それができない戦士はすぐに死んで、名を残すことなく消えていく。
――男と生まれたからには最強の名を手に入れたい。
剣で最強とか魔導で最強ではない、真の最強の座が欲しいのだ。
そして歴史に名を刻みたい。
だからこそ強さの質にこだわる必要を、ギュンターはまったく認めていなかった。
「あの脳筋男に敗北の味を教えてやりましょう」
「ふふふ……あのクラッツという男、イェルムガンドの英雄として名声は天に届かんばかりと聞く。さぞ敗北したときの衝撃は大きかろう」
アースガルド帝国は敗北などしていない。その証拠に国土を一寸たりとも侵されてはいない。
だが――。
「どうも小細工をした者がいるな。実は先ほど、クリストフェルが刺客の手にかかって重体との報告が入った」
「イェルムガンド国王が?」
ヘイムダルは軽い口調で言ったが、恐るべき一大事である。
国王を頂点とする専制国家において、国王は絶対権力者であり、国政の要だ。
国王が倒れれば重要な案件はなにひとつ処理できなくなる。
クラッツたちが追撃できずにいるのはそのせいか。
「娘以外には弟妹もおらんから、ルナリア王女を摂政にするほかあるまいな。問題はこの政変に妖魔どもが関わった節があるということだ」
「まさか……我らの研究が奴らに知られたのですか?」
「いや、そうであれば直接我が国に介入してくるであろうよ。奴らにしてみれば人間同士を争わせる遊びなのかもしれん」
考えてみれば、妖魔を素材として捕獲していたのはイェルムガンド王国である。
あるいはそれで上級妖魔の誰かの恨みを買ったという可能性もあった。
実際リューシアも、トリアステラを探すついでにイェルムガンドを混乱させるくらいの気持ちだったので、ヘイムダルの想像は的外れというわけではなかった。
いずれにしろ、実力で人間を遥かに凌駕する妖魔が、長い沈黙を破って人間社会に介入を開始したのは間違いない。
「――ことを急ぐ必要がありそうだな」
「出力ばかりではありません。防御だけでなく攻撃力も上げていかなくては」
「またあの姉妹の尻を叩くことになるか……にしても、残念だがまだ妖魔と一戦交えるには早すぎる。この際、あの小僧に期待するのも一興というものか」
◆ ◆ ◆
「ふう、見えてきたわ」
「無理を言ってすまなかったな。着いたらゆっくり休んでくれ」
グリフォンから王都を遠くに見下ろして、クラッツはフリッガを労った。
すでにフェルベルーはクラッツの背中でまどろみの中である。
「さて、間に合うといいが……」
『王はあの宮廷魔導士長に害された、と言ってたはずじゃな?』
突然語りかけてきたベルンストに、クラッツは嫌な予感を覚えた。
(そうだが……何か気になることでも?)
『……ならば、なぜ王城から妖魔の気配がするのじゃ?』
巨大なグリフォンが空から迫ってくるのを発見した見張りの兵は惑乱した。
もちろんフリッガがグリフォンを愛騎としていることは知っていたが、何といっても今はアースガルドとの戦争中である。
「て、敵襲――っ!」
朝方の早い時間であったのも災いした。
人間の脳は深夜から未明にかけて、認識力が低下する。どれだけ警戒していても、夜襲が一定の成果を挙げるのはそのためだ。
前線から離れているという安心感と、突発的な出来事に対する認識力の低下が見張りの判断を狂わせた。
日頃の訓練の賜か、たちまち当直の兵士たちが臨戦態勢を整える。
魔導砲や巨大な投槍機が銃眼から突き出され、その照準をグリフォンへと向けた。
「やべっ、俺たち狙われてるぞ?」
「先触れも出しませんでしたからね……」
よく考えれば当然のことではあった。
本来、臣下が使者のひとつも出さずにノーアポで国王を訪問するなどありえない。
さらにイェルムガンド王国でグリフォンを飼い馴らした者など皆無である。
いきなり攻撃しようとするのはどうかと思うが、魔物であるグリフォンを警戒するのは仕方がなかった。
「と、とりあえず降りるか。こちらに攻撃の意思がないとわかれば、一旦は落ちつくだろう」
「その言葉、少しばかり遅かったですね」
「なにぃ?」
恐慌状態の人間ほど操りやすいものはない。
国王が倒れた非常時。未明という時間。戦時中の緊張感。
そして何より、離れていてもわかる、クラッツが放つ生存本能を刺激する恐怖。
もう少しばかりイェルムガンドを掻き回そうと狙っていたリューシアにとって、これは千載一遇の好機であった。
(敵だ! 敵を倒さないと自分が死ぬぞ!)
(撃て! 撃て! 撃て!)
「照準合わせ!」
「仰角よしっ!」
「方位よしっ!」
「装填完了、発射準備よし!」
大小百を超える射撃武器が、グリフォンを標的に一斉に火ぶたを切った。
(近づけちゃだめだ。国王陛下を守らなければ!)
(早く! 早く! 早く!)
一抹の違和感も、攻撃をやめさせる力とはならない。
恐怖と何者かの意思に衝き動かされ、指揮官は右手を振り下ろした。
「撃てええええええええええええええっ!」
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