古風な二人

八島唯

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第1章 目覚める二人

勝利する二人

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「二年生全滅......いや、一騎、一騎残っています!」
 体育委員会のアナウンスが流れる。憂衣那の肩に乗り、前を向くイ。すでに憂衣那以外の生徒は混戦の中で脱落していた。
 いうなれば手負いの騎馬である。
 ゆっくりと一騎がイたちの前に近づく。
 三人の騎馬の上に乗るガタイのいい女子生徒。腕を組みながら二人をじっと見つめる。
「私は三年の騎馬戦大将、三年C組沖原洋子。降伏するなら、ここで終了にしてもいいぞ」
 ざわざわと観客がざわつく。
「沖原さんって......」
「あの、インターハイでメダルとった......」
 すでに引退していたが、柔道部のエースである。インターハイでは女子五二kg級で銅メダルを受賞していた。すでに、大学への推薦も決めていた。
「すげえのが出てきたなぁ。どうするイ?」
 憂衣那の問いにイは無言で頷く。イ自身興味があまりない騎馬戦であったが、やはりそこは軍人。負け戦を適当に済ますことができないのは性分である。
「やるのか。無用なことを」
 そう沖原は告げると、右手を上げる。ゆっくりとイたちに近づく沖原の騎馬。
「それなら、一騎打ちで勝負を決めようじゃないか。行くぞ二年生」
 二つの騎馬が校庭の真ん中に対峙する。
 止めるものは誰もいない。
 しばしの沈黙――最初に動いたのは――三年沖原のほうだった。
 掛け声とともにダッシュして走り出す沖原の騎馬。両手を突き出し、その手は馬上のイを目指して突進する。
 柔道の組手。捕まれば引き寄せられ、あっという間にイは空中に――
 しかし、次の瞬間空中に投げ飛ばされるのは沖原の巨体であった。
 まるで吸い込まれるようにイの後ろに受け流される沖原。
 そこはさすが柔道部、地面に落ちる瞬間に受け身をとりダメージを最小限に抑える。
 しーんとなる、会場。
 そして次の瞬間すごい歓声が上がる。二年生だけではなく、三年生も。
 予期せぬ結果に感極まって――

「あたりまえですね。あの子――草野イに格闘戦で勝利することなど不可能なのだから」
 副会長が飲みかけの紅茶を止めながらそうつぶやく。
 騎馬戦は結局イたちが棄権したことによって、三年の勝利となった。しかし、イが残した印象はそれ以上のものであった。
「沖原さんは、それこそ柔道のプロですよ。何かの間違いでは」
「柔道のルール内で対戦すれば――」
 副会長はすっと立ち上がる。
「百に一つ沖原氏にも勝ちの可能性はあったかもしれないがね。上半身だけの戦いでは話にならない。草野イ――帝国陸軍の能力を軽く見てもらっては困る」
「......?」
 幹事は理解できない。たまに副会長はこのようなことをいう癖があることを思い出しながら。
「どちらに行かれますか?」
 副会長は扉のあたりで振り返りながら、幹事に答える。
「ちょっと、二人にあってみたいと思ってね。おなじ帝国軍人として」
 幹事は静かにうなずく。相変わらず変な人だな、と思いながら。

 
「......やってしまった......」
 屋上に伸びる階段。その中途にある踊り場にイ憂衣那がいた。
「かっこよかったじゃん!惚れてしまう!」
 ぽか、とイは憂衣那の頭を軽くたたく。
 目立たないこと、それが高校生活での最重要課題であったのに――あまりにも目立ってしまった。
「もう、普通の生活ができなくなる......」
「まあ、しょうがないわな。相手が突っ込んできたら、やる!が士官学校で身についているからな。体がうごいちまう」
 それにしても、メダル保持者を打ち負かしたのはまずかった。
 普段は静かでと読書好きのリスのような可愛いイちゃんが、冬眠明けの狂暴なクマのように恐れられる危険性が出てきた。何しろあのメダリスト沖原を抜き身で地面にたたきつけたのだから。
 まあ、人の噂も七十五日。
「しばらくたちゃあイのことなんて忘れるよ。大丈夫大丈夫」
「そうでしょうか」
 ぎょっとする二人。明らかに自分のものではない声がしたからだ。
 こつこつと階段を下りる足音。
 暗闇の中から、小柄な女子生徒の姿が浮かび上がる。
 肩ぐらいの長さの髪。眼鏡をかけた女子生徒。靴の色から三年生であることがうかがえた。しかし、二人に面識はない。なんとなく見たことはあるように気がするのだが――
「生徒会副会長、小池ゆさかといいます。お久しぶりです、お二方」
「久しぶり......?」
 二人の声が重なる。
 すっと、眼鏡をはずすゆさか副会長。
「こうすれば思い出してもらえますかね?――エリーアス=フォン=ヒルベルト中尉とローベルト=フォルクヴァルツ少佐」
 古風な飾りのついたモノクルを装着するゆさか。長い鎖がモノクルに揺れる。
 それを見て思い出す二人。
 びっと直立不動になり、敬礼をする。
「こ、これはコンラート=フュルステンベルク校長、いや副参謀長殿!」
 敬礼の音に重なるように、短い気合の声が鋭く空気を裂いた――
 
 
 
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