古風な二人

八島唯

文字の大きさ
9 / 17
第1章 目覚める二人

最後を思い出す二人

しおりを挟む
 ふうふうと天を仰ぎ、トラックの芝の上に身を預ける二人。
 汗に濡れた体操着が芝生に張り付き、息継ぎの音だけが夏の空に吸い込まれていく。
「トラックを十二周半、合計五千メートルか。だいたいこれで二〇分きるくらい。短距離一〇〇メートルは一三秒弱。女子陸上選手の県大会記録だったらまあまあだが、『異世界』のときに比べれば雲泥の差だな。やはりこの――」
 そう言いながら憂衣那は自分のお腹をぽんと叩く。
「フィジカルが限界だな。いくら鍛えて、頭で動かせても女性の筋肉には限界があるっつ―ことだ」
 息もたえだえなイがむせながら同意する。
「......早く動かそうとしても、筋肉に負荷がかかりすぎて......ちょっと足がつったかも......」
 憂衣那はそっとイの足を取り、マッサージする。
「それにしてもなんでだ?普段はこんな激しい運動しないくせに。それも、全力で」
 ぐん、とイの足の甲を憂衣那は伸ばす。イは思わずうめき声を上げた。
「......いたぁ......この間、フュルステンベルク中将――いや、ゆさか副会長にされたこと覚えてる?」
 体育祭のあと、階段でおきた事件。
 二人を『異世界』から来たことを喝破し、そして銃弾を二人に放った。
「あのとき――私は瞬時に弾丸を避け、憂衣那はそれを受け止めた」
 ぎゅっと力を入れる憂衣那。ぐぅ、とイが反応する。
「脳が反応しても、フィジカル的には不可能だと思う。実際に全力で体力を使ってみたけど、女子陸上選手の上澄み程度しか動きは良くない。憂衣那もだよね。この体で私の足をねじれるほどの握力はないよね?」
「ないわけではないが――まあしないな。海軍軍人だった頃なら、頭だってねじ切れたと思うよ」
「なら――もしかして、『マシーネンフュルスト』の能力がこの世界でも発動できたのかと思った」
 無言になる憂衣那。なるほど、と一言いった限り再び右手に力をいれイの腿をマッサージする。
「『マシーネンフュルスト』の能力――たしかにな、それなら合点は行く――」


 憂衣那の回想。
 オストリーバは基本内陸国である。海軍は北の島国アングルハイム連合王国に著しく劣っていた。
 結果、潜水艦による通商破壊が海軍の戦略の基本となる。
「それも今日までの話である!」
 オストリーバ皇帝の演説。
 大海軍建艦計画を掲げ、戦艦や巡洋艦の建設に着手する。
 その目玉が戦艦『ラングトール』であった。
 竣工当時としては世界最大の主砲を持ち、巡航速度も巡洋艦並みのスピードを出すことができた。
 まさにオストリーバ海軍のフラッグシップである。
 その戦艦に副長として乗り込んでいたのがローベルト=フォルクヴァルツ少佐――『異世界』の憂衣那であった。
 霧の中、オストリーバ海軍の本拠地ガルンハーフェンを出港する戦艦『ラングトール』。その周りには二隻の軽巡洋艦と三隻の駆逐艦がいるばかりである。
 これが『大陸大戦』末期のオストリーバ海軍の総力であった。
 本来は潜水艦乗りのローベルト少佐。しかし、もはや通商破壊の段階ではない。
 まるで劇場の舞台のような戦艦『ラングトール』にたち、霧の中紫煙をくもらす。彼の瞳にはすでに終幕をさとる影が宿る。ゆらめく煙の向こうに覗く海は、どこか冷たく感じられた。
『艦隊はガルンハーフェンの封鎖を突破し、敵上陸部隊の根拠地となっているヴァルガルド半島を砲撃すべし。皇帝命令一二四四六号』
 ふん、と唇の端をわずかに持ち上げ、鼻先で冷ややかに息を鳴らした。
 もはや勝敗は決している。いまさら敵の根拠地を叩いたとてなんの意味があろうか。
 しかし、ローベルト少佐は理解していた。海軍はこの船――戦艦『ラングトール』がある限り、戦い続けなければならない。この船がある限り、負けることは許されないのだ。ならば答えは簡単である。
 この船の特攻を持って、オストリーバ海軍の幕引きを図ろうというのである。
 未練はない。これが軍人としての本望なのだろうから。
「しかし、もう一度会いたかったな――奴に。エリーアス=フォン=ヒルベルト、もう一度あって酒でも酌み交わしたかった。この戦いの前に」
 そう言うと、艦橋の中に静かに消えるローベルト少佐。
 その時が来るのは――その一三時間後のことであった。
『四時方向より敵艦爆連合発見!後ろを取られました!同航戦!対空戦闘用意!』
 そう、監視からの連絡を受ける司令部。
 司令官も艦長もゆるぎだにしない。
 艦隊を守る航空機が一機もない状態。遅かれ早かれ敵艦載機の襲撃を受けるのは規定事実であった。
 アングルハイム連合王国の艦上爆撃機が急降下爆撃を行う。また別な方向から飛来した攻撃機が魚雷を投下する。
 必死に対空射撃を行う戦艦『ラングトール』だったが、ついに最後の時を迎えようとしていた。
 爆弾の一発がついに弾薬庫に達し、誘爆して船体を吹き飛ばしたのだ。
 艦橋も横倒しとなり、海水が溢れこむ。
 その中で、悠然と立つローベルト少佐。司令部がほとんど壊滅したのにもかかわらず、彼だけは不沈艦のように――
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...