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番外編
これが、僕?
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背中のファスナーがスーッと上げられる。
これは一人で着替えられそうな気が全くしない。
もしかしたら、恋人やパートナーに手伝ってもらう前提で作られているのかも……。
幸せな日に着用するためのドレスだからそうであっても不思議はない。
僕はお義母さんの手を煩わせることになってしまうな。
「さぁ、できたわ」
その声に目の前の大きな鏡に目を向けると、首から下は綺麗なドレスを着た女性に見えた。
でももちろん顔はいつもの僕のままだから似合うはずがない。
「あ、あの……」
絢斗さんは何もしなくても美人だからドレスも似合うかもしれないけれど、僕はどう見たって男だしこんなんじゃ史紀さんの結婚式をぶち壊してしまう。絢斗さんやお義母さんたちの勢いに押されてドレスの試着なんてしてしまったけれど、僕なんかに着られたらこのドレスだって可哀想だ。
大きな鏡に映った間抜けなドレス姿の自分を見て、一気に現実に引き戻された気がして鏡越しにお義母さんを見た。
やっぱり女装なんか無理です……そう言おうとしたのに、なぜか鏡越しに見えるお義母さんは笑顔だ。
「素敵! 保はやっぱりドレスが似合うわ」
てっきりがっかりされると思っていたのに、真逆のことを言われて驚きしかない。
「えっ? そんなことないです! 僕なんかが着たらドレスが可哀想です! やっぱり僕なんかはやめておいたほうが……」
必死にそう訴えたけれど、お義母さんは笑顔のまま変わらない。
「あのね、女性だってすっぴんで綺麗なドレスを着たら浮いてしまうものなの。ドレスを綺麗に見せるにはちゃんと整えなくてはね」
「整える……?」
「保は心配しないでいいから、そこに座っていて」
手を引かれ、試着室内に置かれていたスツールに座らされる。
「ちょっと待っていてね」
お義母さんはそれだけ声をかけると、試着室から出て行ってしまった。
僕は大きな鏡と向き合いながら、見慣れないドレス姿の自分を見つめ続けていた。
本当に似合わないな……。
女装というか、もはや仮装な気がする。
絢斗さんなら、史紀さんなら、綺麗に着こなせるんだろう。
はぁーーーっ。
大きなため息をついたところで試着室の扉が開いた。
お義母さんと一緒に入ってきたのは、一花くんのお母さんの麻友子さんだ。
こんなに似合わない姿を見られて恥ずかしい。一気に顔が赤くなる。
きっと笑われる。
けれど、麻友子さんの反応は想像していたものとは全く違った。
「あら、素敵! この色も形も保さんによく似合っているわ!」
「でしょう? うちの保は本当にドレスが似合うのよ」
麻友子さんとお義母さんが笑顔で僕を褒めている。
えっ? なんで? こんなに似合ってないのに?
二人の反応が信じられなくてただ茫然と見ていると二人が僕の元に近づいてきた。
「じゃあ、今からメイクとヘアセットをしていきましょうね」
ドレスが汚れないためか、大きなエプロンのようなものを首に巻かれ、鏡に映る僕はてるてる坊主みたいだ。
前髪をピンであげられておでこが全開になる。
いつも前髪を下ろしていたから自分でも見慣れない。
何も動けない状態で、お義母さんと麻友子さんが僕の顔に化粧水やらなんやらをつけていく。
「わぁ、もちもちでぷるぷるだわ」
「ほんと! 若いっていいわね」
「あら、沙都さんもお若いでしょ。肌なんてぷるっぷるだもの。ご主人に愛されてるってすぐにわかるわ」
「ふふ。それは麻友子さんも同じでしょ」
僕の肌に触れながらお義母さんたちが女子の会話をしている。
なんだかちょっと僕は場違いな気がする。
そもそも僕は自分の肌に何も手入れをしたことがない。
退院して緑川家にお世話になった時から、入浴剤入りのお風呂に入り、僕専用だと渡されたボディーソープと洗顔で洗い、風呂上がりに乾燥防止だと言われて渡されたクリームを顔に塗るようになった。
それが磯山家でも継続しているだけで至って何もしていないけれど、確かに退院してからはすこぶる肌の調子は良くなった。
いつも吹き出物ができていたのにそういえばここ数ヶ月見たことがない。
前に見たのはいつだったか……。
「保。いいと言うまで目を瞑っていてね」
「は、はい」
僕をがっかりさせないために目を瞑らせているのかもしれない。
肌の調子が良くなっても大元が変わらないのだから意味がないけどな……なんて思いながらも言われた通り目を瞑る。
「保、目を開けて」
恐る恐る目を開けたけれど、目の前に麻友子さんがいて鏡は見えない。
真剣な表情で何かをしているようだけど、何をしているかもわからない。
それからも目を閉じて、目を開けて、唇を少し開けて、と指示されるままに動き、その間、自分の顔は一切見えなかった。
「麻友子さん、どれがいいかしら?」
「やっぱりこれかしら?」
「そうね。アップもいいけど、保には下ろすのが似合うわ」
目を瞑ったまま、そんな会話が聞こえてくる。
アップ? 下ろす? なんのことだろう?
不思議に思っていると、頭に何かつけられた。
髪飾りか何かだろうか?
こんな短い男の髪じゃ意味もないだろうけど。
「きゃー! とってもいいわ! 素敵!」
僕の気持ちとは裏腹にお義母さんと麻友子さんはなぜか大盛り上がりしている。
「保、いいわよ。目を開けてちょうだい」
その声に、そっと目を開けると目の前に見たこともない美人がいてビクッと震えた。
「えっ?」
それが鏡だったことに気づいて頭が混乱する。
「この人……」
思わず鏡に手を伸ばすと鏡の中の人もこちらに向かって手を伸ばしてくる。
「えっ? えっ?」
「ふふ、保よ。美人でしょ?」
「うそ……っ、これが、僕?」
さっきまでの男はどこに行ったんだと思ってしまうほど驚くような美人が目の前で驚愕の表情を浮かべていた。
「さぁ、寛さんやみんなを驚かせちゃいましょう」
「あまりにも美人だから、みんな固まるわよ!」
嬉しそうなお義母さんと麻友子さんとは対照的に、僕自身も驚いたまま二人に手を引かれて試着室の扉に向かって歩いていく。
扉を開け、先にお義母さんが出ていきみんなに声をかけるのが聞こえる。
「みんな、見て!」
その声に足を震わせながら、麻友子さんと一緒に試着室を出ると茫然として固まったままのお義父さんたちと、大歓声をあげて駆け寄ってくる絢斗さんたちに迎えられた。
これは一人で着替えられそうな気が全くしない。
もしかしたら、恋人やパートナーに手伝ってもらう前提で作られているのかも……。
幸せな日に着用するためのドレスだからそうであっても不思議はない。
僕はお義母さんの手を煩わせることになってしまうな。
「さぁ、できたわ」
その声に目の前の大きな鏡に目を向けると、首から下は綺麗なドレスを着た女性に見えた。
でももちろん顔はいつもの僕のままだから似合うはずがない。
「あ、あの……」
絢斗さんは何もしなくても美人だからドレスも似合うかもしれないけれど、僕はどう見たって男だしこんなんじゃ史紀さんの結婚式をぶち壊してしまう。絢斗さんやお義母さんたちの勢いに押されてドレスの試着なんてしてしまったけれど、僕なんかに着られたらこのドレスだって可哀想だ。
大きな鏡に映った間抜けなドレス姿の自分を見て、一気に現実に引き戻された気がして鏡越しにお義母さんを見た。
やっぱり女装なんか無理です……そう言おうとしたのに、なぜか鏡越しに見えるお義母さんは笑顔だ。
「素敵! 保はやっぱりドレスが似合うわ」
てっきりがっかりされると思っていたのに、真逆のことを言われて驚きしかない。
「えっ? そんなことないです! 僕なんかが着たらドレスが可哀想です! やっぱり僕なんかはやめておいたほうが……」
必死にそう訴えたけれど、お義母さんは笑顔のまま変わらない。
「あのね、女性だってすっぴんで綺麗なドレスを着たら浮いてしまうものなの。ドレスを綺麗に見せるにはちゃんと整えなくてはね」
「整える……?」
「保は心配しないでいいから、そこに座っていて」
手を引かれ、試着室内に置かれていたスツールに座らされる。
「ちょっと待っていてね」
お義母さんはそれだけ声をかけると、試着室から出て行ってしまった。
僕は大きな鏡と向き合いながら、見慣れないドレス姿の自分を見つめ続けていた。
本当に似合わないな……。
女装というか、もはや仮装な気がする。
絢斗さんなら、史紀さんなら、綺麗に着こなせるんだろう。
はぁーーーっ。
大きなため息をついたところで試着室の扉が開いた。
お義母さんと一緒に入ってきたのは、一花くんのお母さんの麻友子さんだ。
こんなに似合わない姿を見られて恥ずかしい。一気に顔が赤くなる。
きっと笑われる。
けれど、麻友子さんの反応は想像していたものとは全く違った。
「あら、素敵! この色も形も保さんによく似合っているわ!」
「でしょう? うちの保は本当にドレスが似合うのよ」
麻友子さんとお義母さんが笑顔で僕を褒めている。
えっ? なんで? こんなに似合ってないのに?
二人の反応が信じられなくてただ茫然と見ていると二人が僕の元に近づいてきた。
「じゃあ、今からメイクとヘアセットをしていきましょうね」
ドレスが汚れないためか、大きなエプロンのようなものを首に巻かれ、鏡に映る僕はてるてる坊主みたいだ。
前髪をピンであげられておでこが全開になる。
いつも前髪を下ろしていたから自分でも見慣れない。
何も動けない状態で、お義母さんと麻友子さんが僕の顔に化粧水やらなんやらをつけていく。
「わぁ、もちもちでぷるぷるだわ」
「ほんと! 若いっていいわね」
「あら、沙都さんもお若いでしょ。肌なんてぷるっぷるだもの。ご主人に愛されてるってすぐにわかるわ」
「ふふ。それは麻友子さんも同じでしょ」
僕の肌に触れながらお義母さんたちが女子の会話をしている。
なんだかちょっと僕は場違いな気がする。
そもそも僕は自分の肌に何も手入れをしたことがない。
退院して緑川家にお世話になった時から、入浴剤入りのお風呂に入り、僕専用だと渡されたボディーソープと洗顔で洗い、風呂上がりに乾燥防止だと言われて渡されたクリームを顔に塗るようになった。
それが磯山家でも継続しているだけで至って何もしていないけれど、確かに退院してからはすこぶる肌の調子は良くなった。
いつも吹き出物ができていたのにそういえばここ数ヶ月見たことがない。
前に見たのはいつだったか……。
「保。いいと言うまで目を瞑っていてね」
「は、はい」
僕をがっかりさせないために目を瞑らせているのかもしれない。
肌の調子が良くなっても大元が変わらないのだから意味がないけどな……なんて思いながらも言われた通り目を瞑る。
「保、目を開けて」
恐る恐る目を開けたけれど、目の前に麻友子さんがいて鏡は見えない。
真剣な表情で何かをしているようだけど、何をしているかもわからない。
それからも目を閉じて、目を開けて、唇を少し開けて、と指示されるままに動き、その間、自分の顔は一切見えなかった。
「麻友子さん、どれがいいかしら?」
「やっぱりこれかしら?」
「そうね。アップもいいけど、保には下ろすのが似合うわ」
目を瞑ったまま、そんな会話が聞こえてくる。
アップ? 下ろす? なんのことだろう?
不思議に思っていると、頭に何かつけられた。
髪飾りか何かだろうか?
こんな短い男の髪じゃ意味もないだろうけど。
「きゃー! とってもいいわ! 素敵!」
僕の気持ちとは裏腹にお義母さんと麻友子さんはなぜか大盛り上がりしている。
「保、いいわよ。目を開けてちょうだい」
その声に、そっと目を開けると目の前に見たこともない美人がいてビクッと震えた。
「えっ?」
それが鏡だったことに気づいて頭が混乱する。
「この人……」
思わず鏡に手を伸ばすと鏡の中の人もこちらに向かって手を伸ばしてくる。
「えっ? えっ?」
「ふふ、保よ。美人でしょ?」
「うそ……っ、これが、僕?」
さっきまでの男はどこに行ったんだと思ってしまうほど驚くような美人が目の前で驚愕の表情を浮かべていた。
「さぁ、寛さんやみんなを驚かせちゃいましょう」
「あまりにも美人だから、みんな固まるわよ!」
嬉しそうなお義母さんと麻友子さんとは対照的に、僕自身も驚いたまま二人に手を引かれて試着室の扉に向かって歩いていく。
扉を開け、先にお義母さんが出ていきみんなに声をかけるのが聞こえる。
「みんな、見て!」
その声に足を震わせながら、麻友子さんと一緒に試着室を出ると茫然として固まったままのお義父さんたちと、大歓声をあげて駆け寄ってくる絢斗さんたちに迎えられた。
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