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安心できる相手に
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「そちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
席に座ると、林先生が神妙な顔つきで私を見た。
「何か困ったことがありましたか?」
「実は、保さん……今日、こっそり病室を抜け出して、息子さんに会いに行っていました」
「えっ? それは記憶が戻った、ということですか?」
「いいえ。看護師たちの話を聞いたんだと思います。保さんの息子が小児病棟の集中治療室に入院している、と。保さんには一度気持ちが落ち着いて話をした時に、自分が既婚者であること。もうすぐ三歳になる息子がいることは話をしていました。自分に妻子がいたことを信じられない様子でしたが、看護師たちの話を聞いて会いに行ってみようという気持ちになったのかもしれません。ですが、息子さんの姿にやはり、その……ショックを受けたようで……もし、本当に自分が父親というのなら、自分には父と呼ばれるような自信がないと泣きながら私に打ち明けてくれました」
「それは、つまり……直純くんを手放したい、ということですか?」
「そうですね……正直なところを申し上げれば、保さんの今の状態では直純くんの容体が良くなって退院となった場合に保さん一人で養育することは難しいと思われます。保さんのご両親もすでに他界しておられますし、奥さまはあのような状態ですから、おそらく離婚の運びとなるでしょう。離婚については保さん自身もそれを望んでおられます。あの、それは可能なんですよね?」
「はい。保さんの状況でしたら、裁判で離婚は認められると思います。その上で、親権は保さんになるのは間違いありません」
通常、子どもの親権は母親に多少の非があったとしても、親権を取れるのは母親が多い。
実際、母親の不貞により離婚したとしても日々の養育が母親中心だった場合には母親がほぼ親権をとることができる。
しかし、直純くんの場合は母親が直純くんを死に至らしめようとした原因を持っており、一緒に居させた場合に直純くんの命の保証がないということで父親が親権を取れるのは確実だ。
けれど、父親が直純くんの養育権を放棄するのであれば、直純くんは養護施設に入ることになるだろう。
もちろんそれが不幸だというわけではない。命の危険を感じながら生活するより、同じ年頃の子どもたちと生活する方が幸せかもしれない。
「離婚については保さんの意思がはっきり出ているようですが、直純くんの養育は今この時点で結論を出しても後悔しないのでしょうか?」
「私が心配なのはそこなのです。保さんは自分に息子がいたことを忘れていましたが、今日息子さんの姿を見て、あの子を守れなかったことについての自責の念に苦しんでいます。だからといって今、息子さんの養育を放棄したら、自分の子どもを見捨ててしまったという別の後悔に襲われないかと……。そうならないためには保さん自身が安心できる相手に息子さんの養育を任せることができればと思いますが……。先生、どなたかご存知ないですか?」
「保さんが、安心できる相手、ですか……」
保さんには肉親がいない。
友人においそれと頼めるような案件でもない。
養護施設に養育をお願いするのは保さんの心が持たないかもしれない。
「そうですね……一度里子に出すのはいかがでしょうか?」
「里子、ですか……」
「ええ。保さんの心が落ち着いたら引き取ることを前提に一定期間養育してもらうことにして、保さんがどうしても直純くんを引き取る自信がないとなったらその時に改めて養子縁組をするということにするんです。それなら保さんがいますぐに結論を出すことを伸ばせますし、考える猶予ができます。いつでも会いたい時には面会できるようにしたら直純くんも保さんを忘れることはないでしょう。保さんもまだ直純くんという息子がいたこともあやふやな記憶のままですから、一緒に過ごしていく間に思い出すかもしれませんよ」
「そうですね……。保さん……直純くんに会ってからずっと自信がないからどうしたらいいかを磯山先生に相談したいと言っていたので、きっとホッとすると思いますよ。あの、里親に関しては先生が探してくださるんでしょうか?」
「ええ。保さんとも相談して、直純くんに会う方を探しましょう」
「ありがとうございます。では保さんのところに行きましょう」
林先生に案内されながら。私の頭の中は直くんのことでいっぱいになっていた。
「ありがとうございます」
席に座ると、林先生が神妙な顔つきで私を見た。
「何か困ったことがありましたか?」
「実は、保さん……今日、こっそり病室を抜け出して、息子さんに会いに行っていました」
「えっ? それは記憶が戻った、ということですか?」
「いいえ。看護師たちの話を聞いたんだと思います。保さんの息子が小児病棟の集中治療室に入院している、と。保さんには一度気持ちが落ち着いて話をした時に、自分が既婚者であること。もうすぐ三歳になる息子がいることは話をしていました。自分に妻子がいたことを信じられない様子でしたが、看護師たちの話を聞いて会いに行ってみようという気持ちになったのかもしれません。ですが、息子さんの姿にやはり、その……ショックを受けたようで……もし、本当に自分が父親というのなら、自分には父と呼ばれるような自信がないと泣きながら私に打ち明けてくれました」
「それは、つまり……直純くんを手放したい、ということですか?」
「そうですね……正直なところを申し上げれば、保さんの今の状態では直純くんの容体が良くなって退院となった場合に保さん一人で養育することは難しいと思われます。保さんのご両親もすでに他界しておられますし、奥さまはあのような状態ですから、おそらく離婚の運びとなるでしょう。離婚については保さん自身もそれを望んでおられます。あの、それは可能なんですよね?」
「はい。保さんの状況でしたら、裁判で離婚は認められると思います。その上で、親権は保さんになるのは間違いありません」
通常、子どもの親権は母親に多少の非があったとしても、親権を取れるのは母親が多い。
実際、母親の不貞により離婚したとしても日々の養育が母親中心だった場合には母親がほぼ親権をとることができる。
しかし、直純くんの場合は母親が直純くんを死に至らしめようとした原因を持っており、一緒に居させた場合に直純くんの命の保証がないということで父親が親権を取れるのは確実だ。
けれど、父親が直純くんの養育権を放棄するのであれば、直純くんは養護施設に入ることになるだろう。
もちろんそれが不幸だというわけではない。命の危険を感じながら生活するより、同じ年頃の子どもたちと生活する方が幸せかもしれない。
「離婚については保さんの意思がはっきり出ているようですが、直純くんの養育は今この時点で結論を出しても後悔しないのでしょうか?」
「私が心配なのはそこなのです。保さんは自分に息子がいたことを忘れていましたが、今日息子さんの姿を見て、あの子を守れなかったことについての自責の念に苦しんでいます。だからといって今、息子さんの養育を放棄したら、自分の子どもを見捨ててしまったという別の後悔に襲われないかと……。そうならないためには保さん自身が安心できる相手に息子さんの養育を任せることができればと思いますが……。先生、どなたかご存知ないですか?」
「保さんが、安心できる相手、ですか……」
保さんには肉親がいない。
友人においそれと頼めるような案件でもない。
養護施設に養育をお願いするのは保さんの心が持たないかもしれない。
「そうですね……一度里子に出すのはいかがでしょうか?」
「里子、ですか……」
「ええ。保さんの心が落ち着いたら引き取ることを前提に一定期間養育してもらうことにして、保さんがどうしても直純くんを引き取る自信がないとなったらその時に改めて養子縁組をするということにするんです。それなら保さんがいますぐに結論を出すことを伸ばせますし、考える猶予ができます。いつでも会いたい時には面会できるようにしたら直純くんも保さんを忘れることはないでしょう。保さんもまだ直純くんという息子がいたこともあやふやな記憶のままですから、一緒に過ごしていく間に思い出すかもしれませんよ」
「そうですね……。保さん……直純くんに会ってからずっと自信がないからどうしたらいいかを磯山先生に相談したいと言っていたので、きっとホッとすると思いますよ。あの、里親に関しては先生が探してくださるんでしょうか?」
「ええ。保さんとも相談して、直純くんに会う方を探しましょう」
「ありがとうございます。では保さんのところに行きましょう」
林先生に案内されながら。私の頭の中は直くんのことでいっぱいになっていた。
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