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父・保の決断
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保さんの部屋に入ると、彼は泣き腫らした目で私をみた。
「保さん。磯山先生をお連れしましたよ」
林先生のことは信頼しているのだろう。
小さく頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「弁護士の、先生……私……」
「大丈夫ですよ。気持ちが落ち着いてからで構いません。保さんが今、思っていることを素直に話してください。どんなことでもちゃんと聞きますから……」
できるだけ保さんの気持ちに寄り添えるように話しかけた。
保さんは病院に入院しているというのに、あの日から随分とやつれたように見える。
きっと精神的なものが大きいのだろう。
その上で、直くんの様子を見れば心がへし折られるのも無理はない。
あの子の姿は保さんが受け入れるにはまだまだ辛すぎる。
彼のベッドのそばに置かれた椅子に座り、彼が落ち着くのを待っていると、彼がスマホを握りしめていることに気づいた。
「保さん、どこからか連絡でも?」
「い、いえ。何も覚えてないんですけど、私のスマホに元気なあの子の写真が……。それをあんなにも辛い姿にしてしまったんだと後悔してもしきれなくて……つい、元気なあの子の写真を見てしまっていました」
「よければ、私にも見せてもらえませんか?」
私の言葉に、彼はすぐにスマホを操作しアルバムが見えるようにして渡してくれた。
「失礼しますね」
受け取ってみてみると、生まれた直後に撮ったのだろうか。
真っ白なおくるみに包まれた赤ちゃんの姿が映っている。
病院で撮られたのだろうか。何人かの赤ちゃんが一緒に映っているが直くんが光輝いて見える。
沐浴の練習をしている保さんの姿もある。
忙しかっただろうに、この時は直くんのために頑張っていたのだろう。
退院してからは寝顔だらけの写真。
本当に寝てからしか帰れなかったのだろう。
時折起きて笑顔の写真もある。
本当に可愛い。
こんなにも幸せそうな笑顔を保さんに向けてくれていた。
直くんは保さんが好きなのだろうな。
「どれもこれもかけがえの無い写真ですね。息子さんがこんなにも幸せそうなのは保さんを信頼している証拠ですよ」
「でも……私はこれをみても、まだ何も思い出せないんです。自分の息子なのに……。可愛いこの子を抱きしめてやる資格はないですよ……」
「保さん……今は自分を治すことを優先させましょう」
「えっ、でも……」
「子育てというのは、愛情はもちろん必要ですがそれ以上に体力も要るんです。お父さんが弱っていたら一緒に倒れてしまいます。今は一旦、自分のことだけを考えましょう。自分と向き合って、これからどうしていくのが一番いいのか、カウンセリングもしながら考えていきましょう」
「でも、その間この子はどうなるんですか?」
やはり父親だな。
覚えてなくても直くんの行く末を案じている。
「昔の子どもは血筋など関係なく、みんなで育てたものです。息子さんには可愛がって育ててくれる存在がいればしっかりと成長できます。ちゃんと保さんというお父さんがいることを話しながら、育ててくれる里親を探しますのでそこに里子に出しませんか?」
「里親……。里子って、それは養子、ってことですか?」
「いえ。里親制度は、養子とは違って、一定期間両親の代わりに子どもを預かって育てる親のことです。それが数ヶ月であっても、数年であっても実の両親にとって変わるわけではありません。あくまでも父親は保さんです。保さんも時折、息子さんと交流を持って父親だと話をしても問題ありません。そうして保さんも元気になってから息子さんの将来のために引き取るのか、そのまま里親と息子さんの間に養子縁組を行うか決めましょう。それだと今すぐに結論を出す必要はありません」
「それは、私がいつか父親に戻れるかもしれない、ということですか?」
「そうです。あなたは実際に直純くんの父親ですから」
私の言葉に保さんは、しばらく考え込んでゆっくりと口を開いた。
「今、自分の現状を考えると退院できても、働きながらあの子を育てていく自信は全くありません。ですが、自分の生活が安定して、あの子のこともちゃんと考えられるまで待ってもらえるのなら、あの子を、里子に……出したいと思います」
「保さん……よく決断されましたね」
涙を溜める彼の背中を優しく撫でながら、私はハンカチを渡した。
「直純くんを覚えていなくても、あなたはちゃんと父親としていい判断をしたと思いますよ」
「は、はい。ありがとうございます。先生……。あの子を可愛がってくれる里親さんを探してください」
「わかりました。安心してください」
大粒の涙を流す彼に笑顔を向けながら、私はある覚悟をしていた。
「保さん。磯山先生をお連れしましたよ」
林先生のことは信頼しているのだろう。
小さく頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「弁護士の、先生……私……」
「大丈夫ですよ。気持ちが落ち着いてからで構いません。保さんが今、思っていることを素直に話してください。どんなことでもちゃんと聞きますから……」
できるだけ保さんの気持ちに寄り添えるように話しかけた。
保さんは病院に入院しているというのに、あの日から随分とやつれたように見える。
きっと精神的なものが大きいのだろう。
その上で、直くんの様子を見れば心がへし折られるのも無理はない。
あの子の姿は保さんが受け入れるにはまだまだ辛すぎる。
彼のベッドのそばに置かれた椅子に座り、彼が落ち着くのを待っていると、彼がスマホを握りしめていることに気づいた。
「保さん、どこからか連絡でも?」
「い、いえ。何も覚えてないんですけど、私のスマホに元気なあの子の写真が……。それをあんなにも辛い姿にしてしまったんだと後悔してもしきれなくて……つい、元気なあの子の写真を見てしまっていました」
「よければ、私にも見せてもらえませんか?」
私の言葉に、彼はすぐにスマホを操作しアルバムが見えるようにして渡してくれた。
「失礼しますね」
受け取ってみてみると、生まれた直後に撮ったのだろうか。
真っ白なおくるみに包まれた赤ちゃんの姿が映っている。
病院で撮られたのだろうか。何人かの赤ちゃんが一緒に映っているが直くんが光輝いて見える。
沐浴の練習をしている保さんの姿もある。
忙しかっただろうに、この時は直くんのために頑張っていたのだろう。
退院してからは寝顔だらけの写真。
本当に寝てからしか帰れなかったのだろう。
時折起きて笑顔の写真もある。
本当に可愛い。
こんなにも幸せそうな笑顔を保さんに向けてくれていた。
直くんは保さんが好きなのだろうな。
「どれもこれもかけがえの無い写真ですね。息子さんがこんなにも幸せそうなのは保さんを信頼している証拠ですよ」
「でも……私はこれをみても、まだ何も思い出せないんです。自分の息子なのに……。可愛いこの子を抱きしめてやる資格はないですよ……」
「保さん……今は自分を治すことを優先させましょう」
「えっ、でも……」
「子育てというのは、愛情はもちろん必要ですがそれ以上に体力も要るんです。お父さんが弱っていたら一緒に倒れてしまいます。今は一旦、自分のことだけを考えましょう。自分と向き合って、これからどうしていくのが一番いいのか、カウンセリングもしながら考えていきましょう」
「でも、その間この子はどうなるんですか?」
やはり父親だな。
覚えてなくても直くんの行く末を案じている。
「昔の子どもは血筋など関係なく、みんなで育てたものです。息子さんには可愛がって育ててくれる存在がいればしっかりと成長できます。ちゃんと保さんというお父さんがいることを話しながら、育ててくれる里親を探しますのでそこに里子に出しませんか?」
「里親……。里子って、それは養子、ってことですか?」
「いえ。里親制度は、養子とは違って、一定期間両親の代わりに子どもを預かって育てる親のことです。それが数ヶ月であっても、数年であっても実の両親にとって変わるわけではありません。あくまでも父親は保さんです。保さんも時折、息子さんと交流を持って父親だと話をしても問題ありません。そうして保さんも元気になってから息子さんの将来のために引き取るのか、そのまま里親と息子さんの間に養子縁組を行うか決めましょう。それだと今すぐに結論を出す必要はありません」
「それは、私がいつか父親に戻れるかもしれない、ということですか?」
「そうです。あなたは実際に直純くんの父親ですから」
私の言葉に保さんは、しばらく考え込んでゆっくりと口を開いた。
「今、自分の現状を考えると退院できても、働きながらあの子を育てていく自信は全くありません。ですが、自分の生活が安定して、あの子のこともちゃんと考えられるまで待ってもらえるのなら、あの子を、里子に……出したいと思います」
「保さん……よく決断されましたね」
涙を溜める彼の背中を優しく撫でながら、私はハンカチを渡した。
「直純くんを覚えていなくても、あなたはちゃんと父親としていい判断をしたと思いますよ」
「は、はい。ありがとうございます。先生……。あの子を可愛がってくれる里親さんを探してください」
「わかりました。安心してください」
大粒の涙を流す彼に笑顔を向けながら、私はある覚悟をしていた。
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