虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

文字の大きさ
9 / 117

覚悟を決めよう!

しおりを挟む
保さんの部屋を出て、私は直くんのいるPICUに向かった。
その階でエレベーターを降りるとちょうどPICUの入り口から榎木くんがと有原くんが出てきたのが見えた。

「榎木くん。有原くん」

「あ、磯山先生もあの子に会いに来られたんですか?」

「ああ。ちょっと別件で呼ばれていたからね、直くんの様子を見にきたんだよ。絢斗はまだいるかな?」

「はい。こちらからその様子をちょっと見てみませんか?」

榎木くんに案内されて大きなガラス越しにPICUの様子を見ると、絢斗が直くんのいるベッドの横に置かれた椅子に座り、直くんの目の位置まで身体を屈めて優しい微笑みを向けているのが見える。

直くんはまだ細い腕に管を一本つけているものの、元気そうな笑顔を見せ、もう片方の手には小さなウサギのぬいぐるみを握っている。

嬉しそうな笑顔の直くんに優しい笑顔を向ける絢斗は、穏やかで美しくまるで聖母のようだ。

「あの子……最初は不安そうにしていたんですが、緑川教授が優しく背中を撫でると嬉しそうに笑ったんです。声をあげたんですよ」

「まさか……」

「本当です。教授があやちゃんだよって教えたら『あーちゃ』って返してくれて……あの子、賢い子ですね」

「それに、教授が一目見てこれだって選んだウサギをものすごく喜んでずっと握ったまま離さないんですよ。何か通じるものがあったんでしょうね」

「絢斗と直くんが……」

保さんと林先生の話を聞いて覚悟を決めていた。
それでも本当に自分にやれるかとほんの少しの躊躇いがあった。

でも……この二人の姿を見たら躊躇いは消え失せた。

もう覚悟を決めよう。

私は直純くんの里親になる!
そして、保さん共々直くんの家族として愛情を持って育てよう。

一応家族として両親や絢斗の両親、そして毅たちにも話をしないといけないが、たとえ反対されてももう結論を変えることはない。

男同士のカップルが里親認定を受けるのは難しい時期もあったが、今ではそのような事例も多くなり子育てに協力者の多い私たちなら認められないことはまずない。ただ通常は認定から実際に引き取るまでに期間を要するが、ここは友人たちの大きな力を借りるとしよう。

完全に直くんの里親となる覚悟を決め、私は絢斗の元に向かった。

手指の消毒をして絢斗と直くんの元に向かうと、直くんは私をすぐに見つけてにっこりと笑った。

「――っ!!」

ああ、覚えていてくれたんだな。直くんは。

「卓さん。直くん、可愛いね」

「ああ。絢斗……早速で悪いが、この子を私たちで育てないか?」

「えっ? それって、養子ってこと?」

「いや、それはまだ。まずは里親として育てようと思う。直くんの父もそれを望んでいるんだ。実の父である保さんも一緒に家族だと思って、みんなで直くんを育てていこう。どうだ?」

「もちろん! ダメなわけないよ! 私……直くんが可愛くてたまらないよ。だから一緒に暮らせるなら嬉しい!」

「絢斗……よかった」

涙ぐむ絢斗を抱きしめると、直くんの口が

「あーちゃ」

と動く。
私が泣かせたと思っているだろうか。本当に賢い子だ。

「直くん。大丈夫だよ。あーちゃん、嬉しいんだ」

「あーちゃ」

懸命に伸ばしてくる小さな手を二人でそっと握ると、直くんは嬉しそうに笑っていた。
それからしばらく直くんの可愛い姿を二人で見守っていると、直くんがウサギのぬいぐるみを大切そうに抱きかかえたまま眠った。

「絢斗の選んだぬいぐるみ、気に入ったようだな」

「うん。これで少しは寂しくないかな。また明日も会いに来ていい?」

「もちろん。今日はこのまま実家に話をしに行かないか?」

「里親のこと?」

「ああ。そうだ。直くんのためにも保さんのためにも早く進む道を決めたい」

「わかった。行こう」

そうして、私たちは病院を出てまずは私に実家に向かった。


「あらあら、どうしたの? なんでもない日に二人揃ってくるなんて珍しいじゃない」

「大事な話があって……。父さんはいるかな?」

「ええ。部屋にいるわ。呼んでくるから先に中に入っててちょうだい」

母はすぐに父を呼びに行き、私は絢斗とともに座敷に向かった。

大きな座卓の手前に二人で座り待っていると、父と母が揃って部屋に入ってきた。

「卓。急にどうしたんだ?」

「すみません。お二人に報告があって伺いました」

「報告?」

「はい。私たちは、里親になって子どもを育てようと思っています」

「――っ、お前たちが里親に?」

「はい。実は迫田保さんという貴船商会の人と知り合いまして……」

私は迫田さんと出会ってからこれまでの話を全て話した。

父は黙って話を聞いてくれて、母は静かに涙を溢していた。

「これは同情ではありません。直くんと実際に触れ合い、この子を心から幸せにしたいと思いました。いずれ実の父である保さんに返すことになっても直くんが幸せでいられればそれで私も絢斗も幸せなんです。できれば直くんの存在をまだ思い出せない保さんも一緒に父さんたちも大きな家族として直くんを育てたい。もし、父さんたちが反対しても私は里親になることを諦めません。ですから、相談ではなく報告に伺いました」

「もう、その直くんの親となる覚悟ができたということか?」

「はい。そうです」

「絢斗くんも同じ気持ちかな?」

「はい。私も卓さんと同じく、直くんを幸せにしたいと思っています。できたら、直くんにはおじいちゃん、おばあちゃんの存在もいてほしい。そう願っています」

「そうか……二人の気持ちが一致しているのなら私たちが反対することはないよ。里子だろうが、可愛い孫ができるのは嬉しいことだ」

絢斗のはっきりした言葉に、父と母が笑顔を見せてくれた。
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

恋人は配信者ですが一緒に居られる時間がないです!!

海野(サブ)
BL
一吾には大人気配信者グループの1人鈴と付き合っている。しかし恋人が人気配信者ゆえ忙しくて一緒に居る時間がなくて…

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】私の結婚支度金で借金を支払うそうですけど…?

まりぃべる
ファンタジー
私の両親は典型的貴族。見栄っ張り。 うちは伯爵領を賜っているけれど、借金がたまりにたまって…。その日暮らしていけるのが不思議な位。 私、マーガレットは、今年16歳。 この度、結婚の申し込みが舞い込みました。 私の結婚支度金でたまった借金を返すってウキウキしながら言うけれど…。 支度、はしなくてよろしいのでしょうか。 ☆世界観は、小説の中での世界観となっています。現実とは違う所もありますので、よろしくお願いします。

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...