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覚悟を決めよう!
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保さんの部屋を出て、私は直くんのいるPICUに向かった。
その階でエレベーターを降りるとちょうどPICUの入り口から榎木くんがと有原くんが出てきたのが見えた。
「榎木くん。有原くん」
「あ、磯山先生もあの子に会いに来られたんですか?」
「ああ。ちょっと別件で呼ばれていたからね、直くんの様子を見にきたんだよ。絢斗はまだいるかな?」
「はい。こちらからその様子をちょっと見てみませんか?」
榎木くんに案内されて大きなガラス越しにPICUの様子を見ると、絢斗が直くんのいるベッドの横に置かれた椅子に座り、直くんの目の位置まで身体を屈めて優しい微笑みを向けているのが見える。
直くんはまだ細い腕に管を一本つけているものの、元気そうな笑顔を見せ、もう片方の手には小さなウサギのぬいぐるみを握っている。
嬉しそうな笑顔の直くんに優しい笑顔を向ける絢斗は、穏やかで美しくまるで聖母のようだ。
「あの子……最初は不安そうにしていたんですが、緑川教授が優しく背中を撫でると嬉しそうに笑ったんです。声をあげたんですよ」
「まさか……」
「本当です。教授があやちゃんだよって教えたら『あーちゃ』って返してくれて……あの子、賢い子ですね」
「それに、教授が一目見てこれだって選んだウサギをものすごく喜んでずっと握ったまま離さないんですよ。何か通じるものがあったんでしょうね」
「絢斗と直くんが……」
保さんと林先生の話を聞いて覚悟を決めていた。
それでも本当に自分にやれるかとほんの少しの躊躇いがあった。
でも……この二人の姿を見たら躊躇いは消え失せた。
もう覚悟を決めよう。
私は直純くんの里親になる!
そして、保さん共々直くんの家族として愛情を持って育てよう。
一応家族として両親や絢斗の両親、そして毅たちにも話をしないといけないが、たとえ反対されてももう結論を変えることはない。
男同士のカップルが里親認定を受けるのは難しい時期もあったが、今ではそのような事例も多くなり子育てに協力者の多い私たちなら認められないことはまずない。ただ通常は認定から実際に引き取るまでに期間を要するが、ここは友人たちの大きな力を借りるとしよう。
完全に直くんの里親となる覚悟を決め、私は絢斗の元に向かった。
手指の消毒をして絢斗と直くんの元に向かうと、直くんは私をすぐに見つけてにっこりと笑った。
「――っ!!」
ああ、覚えていてくれたんだな。直くんは。
「卓さん。直くん、可愛いね」
「ああ。絢斗……早速で悪いが、この子を私たちで育てないか?」
「えっ? それって、養子ってこと?」
「いや、それはまだ。まずは里親として育てようと思う。直くんの父もそれを望んでいるんだ。実の父である保さんも一緒に家族だと思って、みんなで直くんを育てていこう。どうだ?」
「もちろん! ダメなわけないよ! 私……直くんが可愛くてたまらないよ。だから一緒に暮らせるなら嬉しい!」
「絢斗……よかった」
涙ぐむ絢斗を抱きしめると、直くんの口が
「あーちゃ」
と動く。
私が泣かせたと思っているだろうか。本当に賢い子だ。
「直くん。大丈夫だよ。あーちゃん、嬉しいんだ」
「あーちゃ」
懸命に伸ばしてくる小さな手を二人でそっと握ると、直くんは嬉しそうに笑っていた。
それからしばらく直くんの可愛い姿を二人で見守っていると、直くんがウサギのぬいぐるみを大切そうに抱きかかえたまま眠った。
「絢斗の選んだぬいぐるみ、気に入ったようだな」
「うん。これで少しは寂しくないかな。また明日も会いに来ていい?」
「もちろん。今日はこのまま実家に話をしに行かないか?」
「里親のこと?」
「ああ。そうだ。直くんのためにも保さんのためにも早く進む道を決めたい」
「わかった。行こう」
そうして、私たちは病院を出てまずは私に実家に向かった。
「あらあら、どうしたの? なんでもない日に二人揃ってくるなんて珍しいじゃない」
「大事な話があって……。父さんはいるかな?」
「ええ。部屋にいるわ。呼んでくるから先に中に入っててちょうだい」
母はすぐに父を呼びに行き、私は絢斗とともに座敷に向かった。
大きな座卓の手前に二人で座り待っていると、父と母が揃って部屋に入ってきた。
「卓。急にどうしたんだ?」
「すみません。お二人に報告があって伺いました」
「報告?」
「はい。私たちは、里親になって子どもを育てようと思っています」
「――っ、お前たちが里親に?」
「はい。実は迫田保さんという貴船商会の人と知り合いまして……」
私は迫田さんと出会ってからこれまでの話を全て話した。
父は黙って話を聞いてくれて、母は静かに涙を溢していた。
「これは同情ではありません。直くんと実際に触れ合い、この子を心から幸せにしたいと思いました。いずれ実の父である保さんに返すことになっても直くんが幸せでいられればそれで私も絢斗も幸せなんです。できれば直くんの存在をまだ思い出せない保さんも一緒に父さんたちも大きな家族として直くんを育てたい。もし、父さんたちが反対しても私は里親になることを諦めません。ですから、相談ではなく報告に伺いました」
「もう、その直くんの親となる覚悟ができたということか?」
「はい。そうです」
「絢斗くんも同じ気持ちかな?」
「はい。私も卓さんと同じく、直くんを幸せにしたいと思っています。できたら、直くんにはおじいちゃん、おばあちゃんの存在もいてほしい。そう願っています」
「そうか……二人の気持ちが一致しているのなら私たちが反対することはないよ。里子だろうが、可愛い孫ができるのは嬉しいことだ」
絢斗のはっきりした言葉に、父と母が笑顔を見せてくれた。
その階でエレベーターを降りるとちょうどPICUの入り口から榎木くんがと有原くんが出てきたのが見えた。
「榎木くん。有原くん」
「あ、磯山先生もあの子に会いに来られたんですか?」
「ああ。ちょっと別件で呼ばれていたからね、直くんの様子を見にきたんだよ。絢斗はまだいるかな?」
「はい。こちらからその様子をちょっと見てみませんか?」
榎木くんに案内されて大きなガラス越しにPICUの様子を見ると、絢斗が直くんのいるベッドの横に置かれた椅子に座り、直くんの目の位置まで身体を屈めて優しい微笑みを向けているのが見える。
直くんはまだ細い腕に管を一本つけているものの、元気そうな笑顔を見せ、もう片方の手には小さなウサギのぬいぐるみを握っている。
嬉しそうな笑顔の直くんに優しい笑顔を向ける絢斗は、穏やかで美しくまるで聖母のようだ。
「あの子……最初は不安そうにしていたんですが、緑川教授が優しく背中を撫でると嬉しそうに笑ったんです。声をあげたんですよ」
「まさか……」
「本当です。教授があやちゃんだよって教えたら『あーちゃ』って返してくれて……あの子、賢い子ですね」
「それに、教授が一目見てこれだって選んだウサギをものすごく喜んでずっと握ったまま離さないんですよ。何か通じるものがあったんでしょうね」
「絢斗と直くんが……」
保さんと林先生の話を聞いて覚悟を決めていた。
それでも本当に自分にやれるかとほんの少しの躊躇いがあった。
でも……この二人の姿を見たら躊躇いは消え失せた。
もう覚悟を決めよう。
私は直純くんの里親になる!
そして、保さん共々直くんの家族として愛情を持って育てよう。
一応家族として両親や絢斗の両親、そして毅たちにも話をしないといけないが、たとえ反対されてももう結論を変えることはない。
男同士のカップルが里親認定を受けるのは難しい時期もあったが、今ではそのような事例も多くなり子育てに協力者の多い私たちなら認められないことはまずない。ただ通常は認定から実際に引き取るまでに期間を要するが、ここは友人たちの大きな力を借りるとしよう。
完全に直くんの里親となる覚悟を決め、私は絢斗の元に向かった。
手指の消毒をして絢斗と直くんの元に向かうと、直くんは私をすぐに見つけてにっこりと笑った。
「――っ!!」
ああ、覚えていてくれたんだな。直くんは。
「卓さん。直くん、可愛いね」
「ああ。絢斗……早速で悪いが、この子を私たちで育てないか?」
「えっ? それって、養子ってこと?」
「いや、それはまだ。まずは里親として育てようと思う。直くんの父もそれを望んでいるんだ。実の父である保さんも一緒に家族だと思って、みんなで直くんを育てていこう。どうだ?」
「もちろん! ダメなわけないよ! 私……直くんが可愛くてたまらないよ。だから一緒に暮らせるなら嬉しい!」
「絢斗……よかった」
涙ぐむ絢斗を抱きしめると、直くんの口が
「あーちゃ」
と動く。
私が泣かせたと思っているだろうか。本当に賢い子だ。
「直くん。大丈夫だよ。あーちゃん、嬉しいんだ」
「あーちゃ」
懸命に伸ばしてくる小さな手を二人でそっと握ると、直くんは嬉しそうに笑っていた。
それからしばらく直くんの可愛い姿を二人で見守っていると、直くんがウサギのぬいぐるみを大切そうに抱きかかえたまま眠った。
「絢斗の選んだぬいぐるみ、気に入ったようだな」
「うん。これで少しは寂しくないかな。また明日も会いに来ていい?」
「もちろん。今日はこのまま実家に話をしに行かないか?」
「里親のこと?」
「ああ。そうだ。直くんのためにも保さんのためにも早く進む道を決めたい」
「わかった。行こう」
そうして、私たちは病院を出てまずは私に実家に向かった。
「あらあら、どうしたの? なんでもない日に二人揃ってくるなんて珍しいじゃない」
「大事な話があって……。父さんはいるかな?」
「ええ。部屋にいるわ。呼んでくるから先に中に入っててちょうだい」
母はすぐに父を呼びに行き、私は絢斗とともに座敷に向かった。
大きな座卓の手前に二人で座り待っていると、父と母が揃って部屋に入ってきた。
「卓。急にどうしたんだ?」
「すみません。お二人に報告があって伺いました」
「報告?」
「はい。私たちは、里親になって子どもを育てようと思っています」
「――っ、お前たちが里親に?」
「はい。実は迫田保さんという貴船商会の人と知り合いまして……」
私は迫田さんと出会ってからこれまでの話を全て話した。
父は黙って話を聞いてくれて、母は静かに涙を溢していた。
「これは同情ではありません。直くんと実際に触れ合い、この子を心から幸せにしたいと思いました。いずれ実の父である保さんに返すことになっても直くんが幸せでいられればそれで私も絢斗も幸せなんです。できれば直くんの存在をまだ思い出せない保さんも一緒に父さんたちも大きな家族として直くんを育てたい。もし、父さんたちが反対しても私は里親になることを諦めません。ですから、相談ではなく報告に伺いました」
「もう、その直くんの親となる覚悟ができたということか?」
「はい。そうです」
「絢斗くんも同じ気持ちかな?」
「はい。私も卓さんと同じく、直くんを幸せにしたいと思っています。できたら、直くんにはおじいちゃん、おばあちゃんの存在もいてほしい。そう願っています」
「そうか……二人の気持ちが一致しているのなら私たちが反対することはないよ。里子だろうが、可愛い孫ができるのは嬉しいことだ」
絢斗のはっきりした言葉に、父と母が笑顔を見せてくれた。
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