虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

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安心して生活するために

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「安心して生活する環境を整えるにはまず仕事先だね。保さんが貴船商会でもかなりの戦力だということは聞いているが、今回のことは会社でも少なからず知れ渡っているし、保さん自身が記憶のない中でいろんな噂が飛び交う場所に居続けて仕事をすることはかなりのストレスになるだろう。それもかなり出張が多い部署だとも聞いている。退院できたとしてもすぐに一人で暮らさなければいけない状況は避けたほうがいいというのが主治医である林先生の見解なのだが、保さんは今の会社から転職することはどう思う? 今の会社に残りたいかな?」

「転職、ですか……。正直に言って以前の仕事は自分に向いていなかったのですが、与えられた仕事を放棄できなかったので必死に食らいついていたという感じだったので……」

やはり家族のことは何も覚えていなくても、仕事の辛さはしっかりと記憶に残っているようだ。

「それは同僚も話していたよ。子どもが生まれてから特に必死になっていた、と。保さんは家族を養うために無理をして頑張っていたんだと思うよ、辛い仕事を頑張れたのもきっと息子である直くんの存在があったからだろう。そのスマホに入っている写真がそれを物語っているよ。でも、ここでその部署に戻るのは保さんのためにもやめたほうがいいと私は思うけどね」

「そう、ですね……でも貴船商会にはどう言ったら……」

「それは心配しないでいい。私が顧問弁護士として会社側ときちんと話をしよう」

「ありがとうございます」

「いや、顧問弁護士として当然の仕事だから気にしないでいいよ。それで転職先のことだが、保さんはやってみたい仕事や業種はあるかな?」

私の言葉に保さんは少し悩んでゆっくりと口を開いた。

「私は……海外で英語を活かせる仕事がしたくて、高校の時に留学したこともあるんです」

「へぇ、それはすごいな。それで貴船商会に?」

「はい。でも、海外事業部への異動がなかなか認めてもらえなくて……今の部署で実績をあげたら異動できるかもと思って慣れないながらも頑張ってたんですけど、逆にそれで仕事を認められて国内出張を伴う忙しい部署に配属されて今度はそれをこなすのに必死になってました」

「それなら保さんの夢を叶えられる転職先を探そう。まだ退院まで時間はあるから見つかるよ」

「ありがとうございます、磯山先生がそうおっしゃってくださるとホッとします」

保さんの表情に少し明るさが見える。
こうして一つ一つ憂いをなくせたらいい。

「後は退院後の住まいだね。さっきも話したように今まで住んでいた家はそもそも保さんの記憶もほとんどないし、周りの環境から考えても住み続けるのは難しい。だから転職先への通勤も含めて新しい場所を探すことになるが、保さんが退院する頃にはおそらく直くんも我が家に住み始めているだろう」

「そんなに早く退院できるんですか?」

「子どもは回復力が著しいからね。今日には一般病棟に移れるようだよ。そこから検査をしながら様子を見て退院の運びになるだろう」

「そう、なんですね……」

保さんが見に行った時はまだたくさんの管をつけられていた状態だったからショックも大きかった。
今の直くんならもう少し落ち着いて会えるかもしれないな。

「保さんが直くんと一緒に住むことを希望するなら、我が家でしばらく暮らしてもらってもいいが、直くんにとっても新しい環境に慣れるのに必死だから、保さんにまで気遣いが回らない恐れがある。ただ、すぐに一人暮らしは危険だから誰かと一緒に生活をしてほしいというのが希望だが、保さんさえ良ければ私か伴侶の実家で暮らしてもらっても構わないよ」

「えっ、先生と奥さまのご実家にお世話になるということですか?」

「ああ。奥さまというか伴侶の実家だけどね」

「で、でも……他人の私がお邪魔になるのは……」

「さっきも話した通り、直くんと保さんも含めて大きな家族になりたいというのが私たち家族の総意だから、それは心配しないでいい。まぁ、とりあえずは転職先も見つけてからの話になるが、そういう案もあるのは覚えていてほしい」

「わ、わかりました。あの、でも本当にお邪魔ではないんですか?」

「もちろん。私は嘘はつかないよ。弁護士の名にかけて本当のことしか言わない」

私の両親も絢斗の両親も保さんを住まわせたいといえば、絶対に断らない。むしろ直くんの実父だから率先してお世話をしてくれる。保さんを一人暮らしさせるよりはずっといい。そう言ってくれる。

「少し考えさせてください」

「ああ、構わないよ。次に来るときは私の伴侶も連れてくるよ。その時にまたゆっくり話そう」

「は、はい。わかりました」

絢斗が男性なのは告げてはいないが、今聞かせて不安を煽るより実際に会った方が絢斗のことをわかってもらえるだろう。絢斗なら間違いなく直くんの親として安心してもらえるはずだ。
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