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大好きだよ
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<side卓>
保さんの部屋から出て、直くんに会いに行こうとエレベーターを待っていると、到着したエレベーターから榎木先生が降りてきた。
「あっ、榎木先生」
「磯山先生、直純くん、今さっき一般病棟に移ったんですよ。それをご報告しようと思ってきたんです」
「ああ、そうでしたか」
できることなら一緒に病室に向かいたかったが、少しタイミングが悪かったな。
「直くん、寂しがってませんでしたか?」
「いいえ。絢斗さんと磯山先生のご両親も一緒でしたから」
「そうか、絢斗が来ていたのか。それに父と母まで」
「絢斗さんがお誘いしたみたいですよ。ふふっ、沙都さん。すっかり直くんにメロメロでさーちゃんって呼んでもらって嬉しそうにしていましたよ」
「母が、さーちゃん……」
「ええ。その呼び名も磯山先生がアドバイスなさってましたよ。相変わらず仲がよろしいですね」
「父が……それは、びっくりだな」
父と母には絢斗が何度かPICUで撮った写真や動画を送っていた。
母からはいつも喜びの返事が来ていたが、父も直くんのことを気にかけてくれていたようだ。
「部屋はどこですか?」
「6階の特別室をご用意しました。その方が時間を気にせずに面会もできますし、大人数でなければ宿泊もしていただけますから。その際はお声掛けください、ベッドを用意しますから」
「それはありがたいな。退院はいつ頃の予定ですか?」
「そうですね、この調子で行けば一週間ほどで退院できると思います」
「それはよかった。傷跡の具合はどうでしょう?」
「傷跡が綺麗に塞がるまでにはもう少し時間がかかるでしょうが、本人も痛みを感じないくらいには治っています。排泄やお風呂でも優しく触れれば問題ないです」
「機能的には問題ないんでしょうか?」
「それは経過観察も必要ですが、今のところは後遺症が残ることはないと思われます」
後遺症が残ることはない。その言葉に安堵のため息が漏れる。
ただ、恐怖は感覚的には残っているかもしれない。
将来そこに触れられるのを怖がらなければいいが、まだそれを考えるには時期尚早すぎるか。
「ご両親が帰られたら今度は絢斗さんのご両親がお越しになるようでしたから、磯山先生がご両親にお会いになりたいなら早めにいかれたほうがよろしいかと存じます」
「ありがとう。それじゃあ行ってみます」
榎木先生と別れ、直くんが移った部屋に向かった。
とりあえず部屋の扉を叩くと、すぐに扉が開き現れたのは父の姿。
「おお、来たか」
「はい。あの、絢斗は?」
「今、直くんと沙都と三人で遊んでいるよ」
「遊んでいる?」
確かに部屋の中からきゃっ、きゃっと幼い子の可愛い声が聞こえてくる。
そっと覗き込むと大きなベッドの上で直くんを中央に絢斗と母も座っている。
「んー、ぱくっ」
「きゃっ、きゃっ」
「ちゃーちゃ」
「はい、はい。んー、ぱくっ」
「きゃっ、きゃっ」
絢斗と母が交互に直くんが差し出す小さな手を唇で甘噛みして楽しませている。
「ちゃーちゃ?」
「ああ、沙都のことだよ。さーちゃんと言っているんだ」
「なるほど。絢斗はあーちゃでしたね」
「あの子は賢いよ。お前でもあんなにすぐには名前を呼べなかった」
父に直くんを褒められて、この上なく嬉しい感情が込み上げてくる。
「私も直くんと挨拶してきます」
逸る気持ちを抑えながら直くんのベッドに近づくと、すぐに絢斗が気づいてくれた。
「あ、卓さん」
「直くんと楽しそうだな」
「うん。こっちのお部屋に来れてよかったよ」
嬉しそうな絢斗と母の間で直くんがキョトンとした顔で私をみている。
直くんは私を覚えてくれているだろうか?
ドキドキしながら直くんの名前を呼んだ。
すると、直くんの小さな手が私に向かって差し出される。
「ちゅぐぅちゃ」
「えっ?」
「ちゅぐぅちゃ」
直くんが一生懸命私に何かを伝えようとしてくれているが聞き取れない。
なんて言ってくれているのだろう?
反応できずに困って絢斗を見た。
「ねぇ、直くん……卓さんって言ってるんじゃない?」
「えっ?」
「なおくん、そうだよね?」
「ちゅぐぅちゃ」
笑顔で頷くようにもう一度その言葉を呼んでくれる。
ああ、そうだ。本当に私の名を呼んでくれている。
パパじゃなくていい、私の名は『ちゅぐぅちゃ』だ。
私は手を伸ばしてくれた直くんの身体をそっと抱きかかえて、その小さな身体を自分の腕の中に抱きしめた。
「ちゅぐぅちゃ」
「なおくん、大好きだよ」
「ちゅぐぅちゃ、ちゅき」
「――っ!!」
賢い直くんが私の真似をしただけだったとしても、今の言葉は最高に嬉しかった。
保さんの部屋から出て、直くんに会いに行こうとエレベーターを待っていると、到着したエレベーターから榎木先生が降りてきた。
「あっ、榎木先生」
「磯山先生、直純くん、今さっき一般病棟に移ったんですよ。それをご報告しようと思ってきたんです」
「ああ、そうでしたか」
できることなら一緒に病室に向かいたかったが、少しタイミングが悪かったな。
「直くん、寂しがってませんでしたか?」
「いいえ。絢斗さんと磯山先生のご両親も一緒でしたから」
「そうか、絢斗が来ていたのか。それに父と母まで」
「絢斗さんがお誘いしたみたいですよ。ふふっ、沙都さん。すっかり直くんにメロメロでさーちゃんって呼んでもらって嬉しそうにしていましたよ」
「母が、さーちゃん……」
「ええ。その呼び名も磯山先生がアドバイスなさってましたよ。相変わらず仲がよろしいですね」
「父が……それは、びっくりだな」
父と母には絢斗が何度かPICUで撮った写真や動画を送っていた。
母からはいつも喜びの返事が来ていたが、父も直くんのことを気にかけてくれていたようだ。
「部屋はどこですか?」
「6階の特別室をご用意しました。その方が時間を気にせずに面会もできますし、大人数でなければ宿泊もしていただけますから。その際はお声掛けください、ベッドを用意しますから」
「それはありがたいな。退院はいつ頃の予定ですか?」
「そうですね、この調子で行けば一週間ほどで退院できると思います」
「それはよかった。傷跡の具合はどうでしょう?」
「傷跡が綺麗に塞がるまでにはもう少し時間がかかるでしょうが、本人も痛みを感じないくらいには治っています。排泄やお風呂でも優しく触れれば問題ないです」
「機能的には問題ないんでしょうか?」
「それは経過観察も必要ですが、今のところは後遺症が残ることはないと思われます」
後遺症が残ることはない。その言葉に安堵のため息が漏れる。
ただ、恐怖は感覚的には残っているかもしれない。
将来そこに触れられるのを怖がらなければいいが、まだそれを考えるには時期尚早すぎるか。
「ご両親が帰られたら今度は絢斗さんのご両親がお越しになるようでしたから、磯山先生がご両親にお会いになりたいなら早めにいかれたほうがよろしいかと存じます」
「ありがとう。それじゃあ行ってみます」
榎木先生と別れ、直くんが移った部屋に向かった。
とりあえず部屋の扉を叩くと、すぐに扉が開き現れたのは父の姿。
「おお、来たか」
「はい。あの、絢斗は?」
「今、直くんと沙都と三人で遊んでいるよ」
「遊んでいる?」
確かに部屋の中からきゃっ、きゃっと幼い子の可愛い声が聞こえてくる。
そっと覗き込むと大きなベッドの上で直くんを中央に絢斗と母も座っている。
「んー、ぱくっ」
「きゃっ、きゃっ」
「ちゃーちゃ」
「はい、はい。んー、ぱくっ」
「きゃっ、きゃっ」
絢斗と母が交互に直くんが差し出す小さな手を唇で甘噛みして楽しませている。
「ちゃーちゃ?」
「ああ、沙都のことだよ。さーちゃんと言っているんだ」
「なるほど。絢斗はあーちゃでしたね」
「あの子は賢いよ。お前でもあんなにすぐには名前を呼べなかった」
父に直くんを褒められて、この上なく嬉しい感情が込み上げてくる。
「私も直くんと挨拶してきます」
逸る気持ちを抑えながら直くんのベッドに近づくと、すぐに絢斗が気づいてくれた。
「あ、卓さん」
「直くんと楽しそうだな」
「うん。こっちのお部屋に来れてよかったよ」
嬉しそうな絢斗と母の間で直くんがキョトンとした顔で私をみている。
直くんは私を覚えてくれているだろうか?
ドキドキしながら直くんの名前を呼んだ。
すると、直くんの小さな手が私に向かって差し出される。
「ちゅぐぅちゃ」
「えっ?」
「ちゅぐぅちゃ」
直くんが一生懸命私に何かを伝えようとしてくれているが聞き取れない。
なんて言ってくれているのだろう?
反応できずに困って絢斗を見た。
「ねぇ、直くん……卓さんって言ってるんじゃない?」
「えっ?」
「なおくん、そうだよね?」
「ちゅぐぅちゃ」
笑顔で頷くようにもう一度その言葉を呼んでくれる。
ああ、そうだ。本当に私の名を呼んでくれている。
パパじゃなくていい、私の名は『ちゅぐぅちゃ』だ。
私は手を伸ばしてくれた直くんの身体をそっと抱きかかえて、その小さな身体を自分の腕の中に抱きしめた。
「ちゅぐぅちゃ」
「なおくん、大好きだよ」
「ちゅぐぅちゃ、ちゅき」
「――っ!!」
賢い直くんが私の真似をしただけだったとしても、今の言葉は最高に嬉しかった。
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