虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

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保さんと両親の対面

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「初めまして。卓の父の寛です。こちらは妻の沙都」

「あ、あの……わ、私はさ、迫田、保です。こ、この度は、ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」

父はできるだけ保さんを不安にさせないようにいつも以上に気遣って優しく声をかけていた。けれど、小柄で華奢な母はともかく、私と同じく190cm近い長身で逞しい身体をしている父の姿は、ベッドに座っている保さんには少し威圧感を与えてしまったかもしれない。保さんは緊張に身体を震わせながら、謝罪すると焦ったように頭を下げた。
その姿が痛々しくてなんと声をかけようか躊躇っていたのだが、いち早く動いたのは母だった。
優しい笑顔を向けたまま保さんのそばに近づくと、頭を下げたままの保さんに声をかけた。

「保さん、これを見てくださる?」

「えっ?」

母の突然の声かけに驚いた保さんが顔を上げると、母は保さんの目の前に自分のスマホを差し出した。

「あっ……わ、らってる……」

その声にそっとスマホを覗き見ると、そこには母に抱っこされて笑顔を浮かべる直くんの姿があった。
初めてPICUのベッドに寝かされていた直くんと対面した時とは明らかに違う、まだ痩せ気味ながらも赤いほっぺたで元気な笑顔の直くんに自然と笑みがこぼれる。

「ええ。とっても可愛らしい子で抱っこしたら笑ってくれたの。こんなに可愛い子を腕に抱けて幸せだったわ。保さん、こんなにも可愛い子をこの世に誕生させてくれてありがとう。私……本当に感謝しているのよ」

「――っ、感謝だなんてそんな……っ」

「いいえ、あなたがいなければこんなにも可愛い天使ちゃんを抱くことはできなかったんですもの。それだけで素晴らしいの。だから迷惑だなんて思わないで……。ねぇ、寛さん」

「ああ。沙都の言うとおりだ。私たちに可愛い天使と出逢わせてくれた保さんとは、これから大きな家族として過ごしていきたいと思っている。だから私たちに気遣いはいらないよ」

「あ、ありがとうございます」

保さんは母と父の言葉に涙を潤ませなながらホッとしたように笑っていた。

「それで、卓から聞いたのだが……保さんは海外での仕事を希望していたとか?」

父は保さんの様子が少し落ち着いたところでベッド横に置いてある椅子に母と並んで腰を掛け、優しく話しかけた。

「えっ? あ、はい。留学経験を活かして働きたいという夢だけはずっと持っていました」

「なるほど。ということは、英語には自信があるのかな?」

「自信があると言い切れるだけの自信はありませんが、日本に帰ってきてからも英語を忘れないようにずっと独学で勉強していましたし、今も仕事の傍ら英語の勉強だけは続けていました」

「そうか。それなら、櫻葉グループで働くのはどうだろう?」

「ええっ? さ、櫻葉グループって……あ、あの櫻葉グループですか?」

櫻葉グループといえば、現在保さんが働いている貴船商会の親会社である貴船コンツェルンと双璧を成す、日本経済界でもかなり上位に入る大きなグループだ。

「ああ、私はその櫻葉グループの顧問弁護士をしていてね。櫻葉の会長とも家族ぐるみで付き合いがあるんだ。櫻葉グループは海外で働く部署もたくさんあるし、保さんさえやる気があればいつでも推薦できるよ」

「そ、そんな……っ、私のようなものが櫻葉グループで働かせていただくなんて……」

「もちろん何の力もないまま推薦だけで採用される会社ではないよ。他の人たちと同じようにこれまでの実績や話もしっかり聞いた上で採用になるから、そのチャンスを与えられるだけだ。採用されるかどうかは保さん自身にかかっている。コネ入社などではないから心配しないでいい」

「私の力で……」

「そうだよ。退院して、仕事先を探す第一歩が決定しているというだけでも心強いだろう?」

櫻葉グループに採用されるのはかなりの狭き門だろう。
それでもそこに挑戦できるというだけで保さんのやる気にはなるはずだ。

「はい、ありがとうございます。私……自分のためにも、そして息子のためにも……退院できるように頑張ります」

「ああ、その意気だ。だが無理は禁物だよ。君は一人じゃない。私たちも、直くんも、みんなついているから」

「――っ、はい。ありがとうございます」

父がこれほど優しい言葉をかけるとは思っていなかったが、直接顔を合わせて話をしたことで保さんの為人を見極めたのだろう。

「退院した後の住まいも我が家に決めてくれて構わないよ。うちは卓ともう一人息子がいたが、どちらも家庭を持って出て行ってしまったから、部屋はたくさん空いているんだ。君が住んでくれたら我が家も楽しくなるよ。なぁ、沙都」

「ええ。気を遣わないで一緒に済んでくれたら嬉しいわ」

父の方から保さんを住まわせたいと言ってくれるとは思わなかったが、それほど保さんを気に入ったと言うことなんだろうな。

「本当にありがとうございます。あの、これからゆっくり考えさせていただきます」

「ああ、ゆっくり身体を休ませることが今は一番の薬だからね。それじゃあ、私たちは失礼しよう。また顔を出してもいいだろうか?」

「えっ、あ。はい。来てくださるのはすごく嬉しいです」

「そうか、それじゃあお邪魔させてもらうとしよう」

父は笑顔で母と一緒に立ち上がり、保さんに笑顔を見せ部屋を出ていった。

「後で伴侶とご両親を紹介するからまた顔を出させてもらっても構わないかな?」

「はい。大丈夫です」

何度も顔を出して申し訳ないと思ったが、父と母と話したことで少し気が楽になったのか、保さんは笑顔で了承してくれた。

そうして私は一度保さんの病室を出た。

父と母は病室から少し離れた場所で私が出てくるのを待っていたようで、すぐにそちらに駆けつけると開口一番母の怒りの声が飛んできた。

「卓、あなた何をしているの?」

「えっ? 急になん、ですか?」

あまりの剣幕に驚きながら返すと、母はなおも怒りの形相で言葉を続けた。

「保さんに病院着のままで居させるなんて! ちゃんとパジャマを選んで羽織も用意してあげないと! あれが絢斗くんなら病院着のままで居させるなんてことしないでしょう?」

「あっ!」

確かに母の言うとおりだ。
病院着が悪いと言うわけではないが、もし入院しているのが絢斗なら、病院着で診察を受けさせることなど絶対にしない。

「本当に、あなたは絢斗くんと直くん以外には気が回らないのね」

「申し訳ない……」

「いいわ。これから寛さんと一緒に選んでくるから。ついでに直くんの可愛いパジャマも選んでいいわよね?」

「えっ、あ、はい」

有無を言わさぬ母の勢いに私は了承するしかなかった。

「よかったわ! 寛さん、それじゃあお買い物に行きましょう」

母は嬉しそうに父の手を取ると、子どものような笑顔を見せた。

「あ、でも直くんのものは絢斗と秋穂さんも選びたいと言うかも……」

「わかってるわ。そこまでたくさん買わないから大丈夫!」

そうは言っているが、母のはしゃぎ具合に私は少し不安にならざるを得なかった。

「まぁ、ここは沙都に任せておけ」

「はい」

「さっきの櫻葉グループの話は私から会長に話をしておくからお前は気にしないでいい」

「わかりました」

父と母を見送り、もう一度直くんの部屋に向かう。
楽しく遊んでいるだろうか。
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