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<side賢将>
今日は午後が休診だということもあって、朝から並んで待っている患者が多かったが、なんとか十二時半には診察を終えられた。看護師たちを先に帰し、片付けを終えて秋穂と直くんが待つ病院に向かう。
その途中で秋穂と絢斗の好きなケーキ屋に寄り、とろとろプリンという柔らかいプリンをお土産に買った。
直くんの主治医の榎木くんとは、これから退院後の主治医が私になるということで情報を共有しているため、直くんが食べられるものも全て聞いているから安心だ。
ここのプリンは直くんくらいの幼い子でも美味しく食べられるように作られているから、きっと喜んでくれるだろう。
病院に着いた頃には午後一時半になっていた。
もう秋穂も直くんも昼食を食べ終えただろう。
そこで自分だけ別に食事を摂るのも憚られて、病院の食堂で食べてから病室に行くことにした。
食券を買い、Bランチを買う。
今日のBランチはサイコロステーキランチ。
病院食堂とは思えないほどの肉の美味しさに人気のランチだ。
残っていたのがラッキーだと思いながら、料理を受け取り食べているとトレイを手にした白衣姿の医師と目が合った。
「緑川先生。一人でお食事ですか?」
「ああ、林くん。君もかね?」
「はい。今日は少し診察が長引いてしまって……でも Bランチが残っていたのでラッキーでした」
「ははっ。君もBランチか。よかったらこっちに座ってくれ」
私が向かいの席を指さすと彼は嬉しそうにトレイを置いて座った。
林くんは私が大学で特別講座を持っていた時の教え子だ。
聖ラグエル病院で働いている榎木くんと林くんがそれぞれ直くんと保さんの主治医となってくれてありがたい。
「保さん、来週には退院できるそうだね」
「ええ。そうなんです。絢斗さんからお聞きになりましたか?」
「いや、卓くんが今朝連絡してきてくれたよ。それで退院後の住まいを決めるのに相談したいと言っていた」
「相談、ですか?」
「ああ、私たちも卓くんの両親も保さんを世話したくてね」
世話がしたい。その言葉に尽きるが、林くんは私の言葉に驚いたようだ。
「そう、なんですね……ちょっとびっくりしましたが、確かに保さんは今は一人暮らしをできるような状況ではありませんから、先生方が一緒に暮らしてくださるなら安心ですね」
「そうだろう。そう思って、保さんにどちらの家に世話になりたいか選んでもらおうと思っていたんだが、即答するのは難しいだろうということで試しに二週間ほど双方の家で生活をすることになったんだ」
「お試し同居、というわけですね。なるほど。それはいいアイディアですね。磯山先生のお考えですか?」
「いや、絢斗が考えたらしい。絢斗らしいだろう?」
「確かに。柔軟なお考えは緑川教授ならではですね」
この年になっても可愛い息子が褒められるのは嬉しいものだ。
ついつい笑みが溢れてしまう。
「それに先生方の家に住んでいれば、直くんとも会いやすいですね。それが何よりです」
「ああ、確かに。記憶がないとはいえ、保さんが直くんの実父であることは変わりないからな。直くんともあまり触れ合ってはなかったみたいだから、直くん自身も覚えてないかもしれないが、これから一緒に過ごす上で少しずつ距離を縮めるのも悪くない」
周りに信頼のおける大人たちがいれば、直くんも保さんと会ってパニックを起こすこともないだろう。
同じ時期に退院できるのもタイミングが良かったのかもしれない。
食事を終え、プリンを片手に直くんの病室に向かう。
一応ノックをして扉をゆっくり開けると、中から秋穂の声が聞こえる。
ああ、読み聞かせをしているのか。
懐かしいな。
ああやって絢斗にもよく読んで聞かせていたな。
二人の邪魔をしたくなくてそっと中に入ると、直くんを膝に乗せて絵本を広げて読んでいるのが見える。
そこでしばらくスマホで動画を撮影しながら、秋穂の<めでたし、めでたし>の声がかかるのを待った。
もう終わりぎわだったようで、少し待っていると秋穂の<めでたし、めでたし>の声が聞こえる。
すると、直くんは小さな手でぱちぱちと拍手をして、
「よかっちゃねー」
と秋穂を見上げる。
その様子があまりにも幼い頃の絢斗とよく似ていて動画を撮りながら見入ってしまう。
本当にこの子は絢斗と卓くんの子どもなんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
この子と出会えた奇跡に、そしてこの子を誕生させてくれた保さんに、私たちは感謝しなければいけないな。
涙が潤んでしまったのを必死に抑えてから静かなトーンで声をかけた。
「こんにちは、直くん」
「あっ」
私のことはどうやら覚えてくれているようだが、名前は難しかったのだろう。
さて、なんて呼んでもらおうか。
やっぱりここはこれしかない。
「直くん、私は直くんのおじいちゃんだよ」
「じいちゃ?」
「――っ、ああ、そうだよ」
拙い言い方が可愛くてたまらない。
寛さんにもこの呼び名を残しておいた方がいいかと思ったが、あちらには昇くんがいてすでにおじいちゃんと呼ばれているのだから、ここは譲ってもらってもいいだろう。
私にも可愛い孫がようやくできたのだから……。
今日は午後が休診だということもあって、朝から並んで待っている患者が多かったが、なんとか十二時半には診察を終えられた。看護師たちを先に帰し、片付けを終えて秋穂と直くんが待つ病院に向かう。
その途中で秋穂と絢斗の好きなケーキ屋に寄り、とろとろプリンという柔らかいプリンをお土産に買った。
直くんの主治医の榎木くんとは、これから退院後の主治医が私になるということで情報を共有しているため、直くんが食べられるものも全て聞いているから安心だ。
ここのプリンは直くんくらいの幼い子でも美味しく食べられるように作られているから、きっと喜んでくれるだろう。
病院に着いた頃には午後一時半になっていた。
もう秋穂も直くんも昼食を食べ終えただろう。
そこで自分だけ別に食事を摂るのも憚られて、病院の食堂で食べてから病室に行くことにした。
食券を買い、Bランチを買う。
今日のBランチはサイコロステーキランチ。
病院食堂とは思えないほどの肉の美味しさに人気のランチだ。
残っていたのがラッキーだと思いながら、料理を受け取り食べているとトレイを手にした白衣姿の医師と目が合った。
「緑川先生。一人でお食事ですか?」
「ああ、林くん。君もかね?」
「はい。今日は少し診察が長引いてしまって……でも Bランチが残っていたのでラッキーでした」
「ははっ。君もBランチか。よかったらこっちに座ってくれ」
私が向かいの席を指さすと彼は嬉しそうにトレイを置いて座った。
林くんは私が大学で特別講座を持っていた時の教え子だ。
聖ラグエル病院で働いている榎木くんと林くんがそれぞれ直くんと保さんの主治医となってくれてありがたい。
「保さん、来週には退院できるそうだね」
「ええ。そうなんです。絢斗さんからお聞きになりましたか?」
「いや、卓くんが今朝連絡してきてくれたよ。それで退院後の住まいを決めるのに相談したいと言っていた」
「相談、ですか?」
「ああ、私たちも卓くんの両親も保さんを世話したくてね」
世話がしたい。その言葉に尽きるが、林くんは私の言葉に驚いたようだ。
「そう、なんですね……ちょっとびっくりしましたが、確かに保さんは今は一人暮らしをできるような状況ではありませんから、先生方が一緒に暮らしてくださるなら安心ですね」
「そうだろう。そう思って、保さんにどちらの家に世話になりたいか選んでもらおうと思っていたんだが、即答するのは難しいだろうということで試しに二週間ほど双方の家で生活をすることになったんだ」
「お試し同居、というわけですね。なるほど。それはいいアイディアですね。磯山先生のお考えですか?」
「いや、絢斗が考えたらしい。絢斗らしいだろう?」
「確かに。柔軟なお考えは緑川教授ならではですね」
この年になっても可愛い息子が褒められるのは嬉しいものだ。
ついつい笑みが溢れてしまう。
「それに先生方の家に住んでいれば、直くんとも会いやすいですね。それが何よりです」
「ああ、確かに。記憶がないとはいえ、保さんが直くんの実父であることは変わりないからな。直くんともあまり触れ合ってはなかったみたいだから、直くん自身も覚えてないかもしれないが、これから一緒に過ごす上で少しずつ距離を縮めるのも悪くない」
周りに信頼のおける大人たちがいれば、直くんも保さんと会ってパニックを起こすこともないだろう。
同じ時期に退院できるのもタイミングが良かったのかもしれない。
食事を終え、プリンを片手に直くんの病室に向かう。
一応ノックをして扉をゆっくり開けると、中から秋穂の声が聞こえる。
ああ、読み聞かせをしているのか。
懐かしいな。
ああやって絢斗にもよく読んで聞かせていたな。
二人の邪魔をしたくなくてそっと中に入ると、直くんを膝に乗せて絵本を広げて読んでいるのが見える。
そこでしばらくスマホで動画を撮影しながら、秋穂の<めでたし、めでたし>の声がかかるのを待った。
もう終わりぎわだったようで、少し待っていると秋穂の<めでたし、めでたし>の声が聞こえる。
すると、直くんは小さな手でぱちぱちと拍手をして、
「よかっちゃねー」
と秋穂を見上げる。
その様子があまりにも幼い頃の絢斗とよく似ていて動画を撮りながら見入ってしまう。
本当にこの子は絢斗と卓くんの子どもなんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
この子と出会えた奇跡に、そしてこの子を誕生させてくれた保さんに、私たちは感謝しなければいけないな。
涙が潤んでしまったのを必死に抑えてから静かなトーンで声をかけた。
「こんにちは、直くん」
「あっ」
私のことはどうやら覚えてくれているようだが、名前は難しかったのだろう。
さて、なんて呼んでもらおうか。
やっぱりここはこれしかない。
「直くん、私は直くんのおじいちゃんだよ」
「じいちゃ?」
「――っ、ああ、そうだよ」
拙い言い方が可愛くてたまらない。
寛さんにもこの呼び名を残しておいた方がいいかと思ったが、あちらには昇くんがいてすでにおじいちゃんと呼ばれているのだから、ここは譲ってもらってもいいだろう。
私にも可愛い孫がようやくできたのだから……。
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