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仕事がしたい!
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<side賢将>
「夕食の時間まで好きに過ごすといいよ。何かあればいつでも声をかけてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
少しは一人で部屋で過ごす時間も必要だろう。
私は秋穂と共に部屋を出た。
「保くんのために準備した部屋、気に入ってくれたようでよかったな」
「ええ。それに直くんの部屋も喜んでいたわ。やっぱり父親なのね」
まだ自分が父親だということも、直くんという息子がいたことも、そもそも結婚生活というものも全ての記憶があやふやというか覚えていない状態だが、酷い状態だった直くんをPICUで見かけて以降、ずっと保くんの中に直くんという存在があるのは事実だ。おそらくだが、記憶の片隅には愛しい息子の記憶がうっすらと残っているのだろう。
今はその直くんが幸せになったと思うだけで保くんの心は救われているに違いない。
その後しばらくの間、私たちは保くんがいるからと特に気を遣うことをせず、普段と同じ時間を過ごしていた。
しかし、部屋に入ってそろそろ一時間半ほど経つ。
まだ体調は万全ではないから、少し休憩をさせた方がいいだろう。
「秋穂。飲み物を用意しておいてくれ。そうだな、緑茶にしようか」
秋穂に飲み物を頼み、私は一人で保くんの部屋に向かった。
ノックして、部屋の外から声をかけたがなんの応答もない。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
そっと扉を開けると、保くんは本棚のすぐ近くにある三人はゆうに座れるカウチソファに座り、真剣な眼差しで本を読み耽っていた。
机には最新式のノートパソコンも用意しておいたが、それよりも本か。
見舞いに本を持って行った時に大喜びしてくれていたからかなりの本好きだと思っていたが、これほどとはな。
必要ならもっと専門的な本を増やしてもいいかもしれない。
だが、一旦休憩をさせようか。
「保くん」
そっと近づいて声をかけると、本を落としそうになる程ビクッと身体を震わせて顔を上げた。
「わっ! あ、賢将、さん……」
「驚かせてすまない。一応ノックして声をかけたんだがね」
「すみません。本に夢中になってしまって気づきませんでした」
少し恥ずかしそうに言っているがここまで集中して読んでくれたら選んだ甲斐があったというものだ。
「そんなにその本は面白いかね?」
「――っ、はい! それはもう!!」
「そうか、それならよかった。そういえば、寛さんから聞いたが、櫻葉グループの面接を受けるって?」
元々海外での仕事を希望していたと聞いて、保くんには合う部署だと思っていた。
櫻葉グループの海外事業部なら、保くんの希望する仕事をさせてもらえるだろう。
今までの会社ではもう働くことは難しいのだから、心機一転やりたいところで自分の力を尽くせる方が余計なことを考えずに済む。
「はい。私の体調が良ければいつでも面接をしてくださるそうです。だから、できれば早く受けに行きたいと思っています」
「そんなに焦らなくてもいいと思うが……」
「いえ、ずっと仕事から離れているので仕事がしたくてウズウズしてるんです」
基本的に仕事が好きなんだろうな。
しかもずっとやりたかった仕事をさせてもらえる可能性がある場所での面接ならやる気になるのも無理はない。
「主治医の林先生も無理をしないなら仕事復帰してもいいと仰っていただけたので頑張ってみたいと思っています」
「そうか。保くんがやる気なら私は止めないが、医師として無理をしていると判断した時には休んでもらうよ」
「はい!」
やる気に満ち溢れている保くんの声に、これなら大丈夫だろうと安堵した。
「それなら、寛さんに連絡をしよう。寛さんが今回の面接の推薦人になっているから、寛さんから面接の詳しい日程が送られてくるよ。そこからは保くんの頑張りだ。私が連絡をしておくから保くんは少し休憩をしていなさい。リビングで秋穂がお茶を淹れているから」
「はい。お願いします」
保くんをリビングに送り、私は寛さんに連絡を入れた。
私からの連絡にすぐに保くんのことだとわかったのだろう。
開口一番保くんのことを聞いてきた。
そして先ほどの会話を寛さんに話すとすぐに櫻葉会長に連絡を入れてくれた。
そうしてあっという間に面接の日時が決まったのだった。
<side卓>
「みんなへの紹介も終わったし、そろそろ上にあがろうか」
「そうだ! 直くんにお土産持ってきたんだった! 直くん、美味しいの持ってきたから一緒に食べようね」
私の声かけに鳴宮くんが嬉しそうに直くんに語りかける。
「一星くんと陽太くんのもあるから食べてね」
「わぁ! ありがとうございます!」
甘いものがあまり得意ではない安慶名くんと成瀬くんの分はどうやらないらしい。
鳴宮くんからもらったスイーツの入った紙袋を見て中谷くんと波多野くんは一気に目を輝かせている。
「悪いが、あとは頼むよ。あとでまた顔を出すから」
「はい、大丈夫ですよ。こちらのことはお気になさらず」
安心して任せられる安慶名くんと成瀬くんにあとのことを任せて、志良堂と鳴宮くんを連れて私たちは自宅に戻った。
「夕食の時間まで好きに過ごすといいよ。何かあればいつでも声をかけてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
少しは一人で部屋で過ごす時間も必要だろう。
私は秋穂と共に部屋を出た。
「保くんのために準備した部屋、気に入ってくれたようでよかったな」
「ええ。それに直くんの部屋も喜んでいたわ。やっぱり父親なのね」
まだ自分が父親だということも、直くんという息子がいたことも、そもそも結婚生活というものも全ての記憶があやふやというか覚えていない状態だが、酷い状態だった直くんをPICUで見かけて以降、ずっと保くんの中に直くんという存在があるのは事実だ。おそらくだが、記憶の片隅には愛しい息子の記憶がうっすらと残っているのだろう。
今はその直くんが幸せになったと思うだけで保くんの心は救われているに違いない。
その後しばらくの間、私たちは保くんがいるからと特に気を遣うことをせず、普段と同じ時間を過ごしていた。
しかし、部屋に入ってそろそろ一時間半ほど経つ。
まだ体調は万全ではないから、少し休憩をさせた方がいいだろう。
「秋穂。飲み物を用意しておいてくれ。そうだな、緑茶にしようか」
秋穂に飲み物を頼み、私は一人で保くんの部屋に向かった。
ノックして、部屋の外から声をかけたがなんの応答もない。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
そっと扉を開けると、保くんは本棚のすぐ近くにある三人はゆうに座れるカウチソファに座り、真剣な眼差しで本を読み耽っていた。
机には最新式のノートパソコンも用意しておいたが、それよりも本か。
見舞いに本を持って行った時に大喜びしてくれていたからかなりの本好きだと思っていたが、これほどとはな。
必要ならもっと専門的な本を増やしてもいいかもしれない。
だが、一旦休憩をさせようか。
「保くん」
そっと近づいて声をかけると、本を落としそうになる程ビクッと身体を震わせて顔を上げた。
「わっ! あ、賢将、さん……」
「驚かせてすまない。一応ノックして声をかけたんだがね」
「すみません。本に夢中になってしまって気づきませんでした」
少し恥ずかしそうに言っているがここまで集中して読んでくれたら選んだ甲斐があったというものだ。
「そんなにその本は面白いかね?」
「――っ、はい! それはもう!!」
「そうか、それならよかった。そういえば、寛さんから聞いたが、櫻葉グループの面接を受けるって?」
元々海外での仕事を希望していたと聞いて、保くんには合う部署だと思っていた。
櫻葉グループの海外事業部なら、保くんの希望する仕事をさせてもらえるだろう。
今までの会社ではもう働くことは難しいのだから、心機一転やりたいところで自分の力を尽くせる方が余計なことを考えずに済む。
「はい。私の体調が良ければいつでも面接をしてくださるそうです。だから、できれば早く受けに行きたいと思っています」
「そんなに焦らなくてもいいと思うが……」
「いえ、ずっと仕事から離れているので仕事がしたくてウズウズしてるんです」
基本的に仕事が好きなんだろうな。
しかもずっとやりたかった仕事をさせてもらえる可能性がある場所での面接ならやる気になるのも無理はない。
「主治医の林先生も無理をしないなら仕事復帰してもいいと仰っていただけたので頑張ってみたいと思っています」
「そうか。保くんがやる気なら私は止めないが、医師として無理をしていると判断した時には休んでもらうよ」
「はい!」
やる気に満ち溢れている保くんの声に、これなら大丈夫だろうと安堵した。
「それなら、寛さんに連絡をしよう。寛さんが今回の面接の推薦人になっているから、寛さんから面接の詳しい日程が送られてくるよ。そこからは保くんの頑張りだ。私が連絡をしておくから保くんは少し休憩をしていなさい。リビングで秋穂がお茶を淹れているから」
「はい。お願いします」
保くんをリビングに送り、私は寛さんに連絡を入れた。
私からの連絡にすぐに保くんのことだとわかったのだろう。
開口一番保くんのことを聞いてきた。
そして先ほどの会話を寛さんに話すとすぐに櫻葉会長に連絡を入れてくれた。
そうしてあっという間に面接の日時が決まったのだった。
<side卓>
「みんなへの紹介も終わったし、そろそろ上にあがろうか」
「そうだ! 直くんにお土産持ってきたんだった! 直くん、美味しいの持ってきたから一緒に食べようね」
私の声かけに鳴宮くんが嬉しそうに直くんに語りかける。
「一星くんと陽太くんのもあるから食べてね」
「わぁ! ありがとうございます!」
甘いものがあまり得意ではない安慶名くんと成瀬くんの分はどうやらないらしい。
鳴宮くんからもらったスイーツの入った紙袋を見て中谷くんと波多野くんは一気に目を輝かせている。
「悪いが、あとは頼むよ。あとでまた顔を出すから」
「はい、大丈夫ですよ。こちらのことはお気になさらず」
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