虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

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嬉しい知らせ

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<side賢将>

今日は保くんの面接の日。
朝食を食べながらも緊張している様子が窺える。

「普段通りで大丈夫だよ」

「は、はい」

まぁそうは言ってもなかなか難しいのかもしれない。

終わったら近くでお茶でもして帰ろう。

「は、はい」

まだ緊張の解けない様子の保くんとともに、秋穂を誘って一緒に面接場所である櫻葉グループの本社に向かった。
一緒にロビーまで向かい、受付で名前を告げると人事部の滝川たきがわくんが来て、保くんを連れていった。
滝川くんとは面識があるから任せて大丈夫だ。

ここから先は私たちにはどうすることもできないが、櫻葉会長には寛さんのほうから元妻の事件のことも、彼の状態も話してあることだからその点は気にすることはない。
そもそも本人が罪を犯したわけではないのだから、その点は考慮されてもいいはずだ。

保くんがずっとやってみたかった海外事業部での仕事に就いて、思いっきり仕事ができればいい。
それだけが望みだ。

「秋穂、隣のカフェで待っていようか」

「ええ、そうね」

櫻葉グループ本社の隣にある桜カフェは櫻葉グループが母体となって経営している桜をメインにしたスイーツカフェ。
和洋菓子はもちろん、飲み物も桜を取り揃えていて、一年中桜を楽しめるとあって男女問わず幅広い年齢層に人気がある。

やはり日本人は桜好きらしい。

秋穂は桜のシフォンケーキと桜茶を、私は桜の風味漂うコーヒーを注文し、しばしの憩いの時間を過ごす。

「ねぇ、賢将さん。合否はすぐにわかるのでしょう?」

「ああ、今日の面接は保くんだけだからな。面接後にすぐに結果を本人に伝えるようだ」

「きっと合格は間違いなしだから、このあとスーツを買いに行きましょう」

秋穂も私と同じく保くんが合格すると確信しているようだ。
だが、これは決して過信ではない。ここしばらく生活を共にして保くんの様子を見てきたからこその確信だ。

「そうだな。一応、以前住んでいた家から必要な荷物は運んだが、あの頃とは少し体型も変わっているだろうし、心機一転スーツを一新するのもいいだろう」

オーダーメイドもいくつか頼んで、できるまでの間は既製品を手直ししてもらったものを着てもらうとしようか。

保くんが家族で住んでいた家は、元妻の持ち家だったそうだが結婚を機に土地ともども保くんの名義に変えられていた。
おかげで卓くんたちも手続きがしやすくて良かったと言っていた。
あの家は、直くんのことが広まっていてそのままでは買い手がつかないということで必要な荷物を持ち出したのち、すぐに更地にしたようだ。

立地は良かったということもあって、すぐに土地の買い手はついたようだ。
更地にした代金よりも土地の代金の方がいくらか上回ったようで、保くんの手元に残ることになったが彼が受け取りに難色を示したため、息子の直くんがそれを受け取ることで合意したそうだ。

直くんが傷ついた慰謝料としてはかなり安いが、これで全ての縁が切れるとなればそれでいい。

しばらくして保くんからメッセージが送られてきた。
どうやら面接が終わったようだ。

ちょうどいいタイミングだったな。
二人でカフェを出て先ほどのロビーに向かうと、奥から保くんと滝川くんがやってくるのが見えた。
その表情を見ただけで彼の採用を悟った。

「賢将さん、秋穂さん」

「おめでとう」

「えっ! どうしてわかったんですか?」

「ははっ。保くんの表情をみればすぐにわかるさ。滝川くん、彼の優秀さを見抜いてくれたようだね」

隣にいた滝川くんに声をかけると、彼は大きく頷いた。

「迫田さんなら即戦力になると判断しました。私だけでなく、上層部の総意でもあります。必要な書類を揃えていただいて、来週から出勤していただくことになります。迫田さん、期待していますよ」

「は、はい。ありがとうございます! 頑張ります!!」

滝川くんからの激励に保くんは少しはしゃいでいるように見えた。
無理もないな。ずっとやりたかった仕事だ。

滝川くんと別れ、私たちはそのまま私の行きつけのテーラーに向かった。

「いらしゃいませ。緑川さま」

「少しご無沙汰していたね。早速だが、北条くん。彼のスーツが欲しいんだ。時間がないからパターンオーダーのものもいくつか頼むがそれ以外にもフルオーダーのスーツも頼みたい」

「承知いたしました。それでは採寸をいたします。こちらにどうぞ」

「は、はい」

慣れない場所に緊張しているようだが、北条くんに任せておけば大丈夫だろう。

「ねぇ、保くんのスーツ、私も選んでいいかしら?」

「構わないよ。保くんには嫉妬しないから好きに選ぶといい」

「あら、それはそれで少し寂しいかも」

笑顔で可愛いことを言ってくれる秋穂を抱き寄せてさっと唇を奪うと途端に頬を赤く染める。
本当にいつまで経っても私の愛しい秋穂は初々しい。

「手足が長くスーツの映える体型をなさっておいでです」

採寸室から出てきた北条くんは少し興奮気味に話していたが、確かに彼は身長こそそこまで高くはないが日本人離れした体型をしている。

「合う服はあるかな?」

「はい。あちらにかけておりますスーツがお客さまに近いスーツかと。あちらを迫田さまのおサイズに手直しいたします」

「わかった。じゃあ、保くん。あの中から好きなスーツを、そうだな……五着ほど選ぶといい。秋穂のセンスはいいからわからないことがあれば聞くといい」

「保くん、行きましょう」

「は、はい」

あまりにも楽しそうだと流石に少し妬けるが、ここは許そう。
その間に私は北条くんと保くんに似合うフルオーダーのスーツの生地から形まで全て決めた。

そうして、フルオーダーのスーツは二ヶ月後、パターンオーダーのものは三日で仕上げてくれるということになり、ネクタイやそのほか小物類はパターンオーダーのスーツとともに配送してもらうことにした。

スーツ選びにかなりの体力を消耗したようで、そのあとは三人でスイーツ込みの食事に行き、自宅へ戻った。

「明日、卓くんたちや、寛さんたちを誘って就職祝いのパーティーをしよう」

「えっ、そんな……私のために、いいんですか?」

「家族の喜びを分かち合うのは当然のことだよ。卓くんたちが来てくれるなら、直くんも一緒だから保くんも会えるよ」

「――っ、あの子に、会えるんですね」

記憶を失っていても直くんのことを心の底では忘れていない。
新しい出発が決まったその時に、直くんと会う。それが二人にとっていい門出となるだろう。
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