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番外編
夢のような
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可愛い息子・直純が信用していた妻に傷つけられ、私と直純の運命は大きく変わった。
直純を傷つけられ、自分がどれだけ不甲斐なかったかを目の当たりにして現実から目を背けたかったのか、あろうことか記憶喪失になり、直純を弁護士である磯山先生とそのパートナーである絢斗さんに託すことになったが、まさか自分も磯山先生と絢斗さんのご実家でお世話になるとは考えもしなかった。
直純を里子として愛情を持って育ててくれるだけで嬉しいのに、磯山先生もご実家の皆さんもみんな、私と直純を含めて大きな家族になったんだと口を揃えて言ってくれる。
両親を疾うに亡くし、妻と直純だけが自分の家族だと思っていた私には、どんどん広がっていく大きな家族に驚きもあったが、何より喜びの方が大きかった。
本当の息子のように接してくれて、どちらの家も心地いい。
私はようやく安住の地を見つけたのだと思ったら、心も身体も随分と楽になった。
あの日、磯山先生のご実家で直純と再会して、パパと呼んでくれた瞬間一気に記憶が戻った。
可愛い息子にパパと呼んでもらえて嬉しかったけれど、それ以上に直純が磯山先生と絢斗さんに心から愛されているのがわかってそれが嬉しかった。
あの日以来、私は遺伝子上の父親であり直純への責任があるのはもちろんだが、直純のお父さんは磯山先生だと思っている。
父とお父さんが存在することに、直純も理解していると思う。
だから、意識があるときには私を気にかけてパパと呼んでくれるが、眠りが襲ってきた無防備なときには必ず磯山先生の名前を呼ぶ。
それを悲しいとは思わない。それを直純が望んでいるのだから。
直純がいつも笑顔で幸せを感じられるような状況でいてほしい。
それが父の願いだ。
私は新しい人生を歩み始めた。
その第一歩が櫻葉グループへの転職だ。
ずっとやりたいと思っていた海外事業部に配属させてもらえることになり、その初日。
仕事に向かう賢将さんの車で櫻葉グループ本社まで送ってもらうことになった。
「最初から気負わず、まずは環境に慣れることが大事だからね」
医師である賢将さんの言葉は安心する。
「はい。頑張ってきます」
帰りも迎えにきてくれるという賢将さんにお礼を言って、ロビーへ足を踏み入れた。
秋穂さんに選んでもらったスーツのおかげがかなり注目を浴びている気がする。
緊張で足が震えそうになるのを必死に抑え、前もって用意してもらっていた社員証でセキュリティゲートを潜り、指示されていた通り社員用の待合室に向かった。
ここに海外事業部の上司が来てくれて、一緒にオフィスに向かう手筈になっている。
ノックすると中からどうぞと声が聞こえる。
約束の時間にはまだ早いが、もしかして待たせてしまったのかもしれない。
「遅れて申し訳ありません」
慌てて中に入り、頭を下げた。
「迫田くん、だね。大丈夫。遅れていないよ。私が君に会いたくて勝手に待っていただけだから気にしないでいい」
穏やかな優しい笑顔を向けられ、椅子に座るように案内される。
こんな対応をされたのが初めてで驚きつつ、言われた通りに席に座った。
見覚えのある人だけど誰だったっけ?
緊張しすぎて頭が働かない。
「さぁ、どうぞ。落ち着くよ」
目の前にコーヒーを出されて、勧められるままに口をつけた。
「あ、美味しいです」
鼻腔をくすぐる桜の優しい香りとコーヒーの香り。
私好みの少し甘いコーヒーが緊張を和らげてくれる。
「隣にあるうちのカフェで出しているコーヒーだよ。気に入ってもらえて嬉しい」
「隣にある……それは桜カフェ、ですか?」
「よく知っているね」
「はい。一度お土産で桜シフォンケーキをいただいたことがあってものすごく美味しかったので、いつか行ってみたいと思っていました。そうか、ここならいつでも行けますね」
って、採用されたばかりでカフェに行くことを楽しみにするなんて、初日からやる気がないと思われてしまったかも……。
失言だったかと思ったけれど、目の前の穏やかな人は変わらぬ優しい笑顔を向けてくれた。
「いつでも行ってくれて構わないよ。私も季節ごとに出るスイーツを目当てに通勤しているようなものだからね」
冗談ぽく言ってくれるその笑顔に私はホッとしていた。
その後もどんなスイーツが好きかという話で盛り上がり、私の緊張もどこかに消えてしまった。
しばらくして部屋をノックする音が聞こえた。
どうやら上司が来たようだ。
立ち上がり、上司を迎えると入ってきた上司が私たちを見て驚きの表情を見せる。
「社長、どうしてこちらに?」
「えっ!!」
社長?
あ、そうだ! 見覚えあると思っていたのは社長だったからか。
青ざめる私の横で、社長と呼ばれた彼は笑顔で私を見た。
「驚かせて申し訳ない。社長を任されている櫻葉史紀だ」
自分の会社の社長の顔も知らないなんて呆れられたかもしれない。
そう思ったけれど、社長は咎めることもなく上司に笑顔を向けた。
「うちの海外事業部のホープがどんな人か見ておきたかったんだ。だけど、さすがだね。滝川くんの目に狂いはないよ。彼ならうちでいい仕事をしてくれるよ」
「社長のお墨付きなら安心ですね。迫田くん、社長も期待しておられるから頑張ってくれ」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
この出来事をきっかけに社長の史紀さんと親友になれるとはこの時の私は夢にも思っていなかった。
可愛い息子・直純が信用していた妻に傷つけられ、私と直純の運命は大きく変わった。
直純を傷つけられ、自分がどれだけ不甲斐なかったかを目の当たりにして現実から目を背けたかったのか、あろうことか記憶喪失になり、直純を弁護士である磯山先生とそのパートナーである絢斗さんに託すことになったが、まさか自分も磯山先生と絢斗さんのご実家でお世話になるとは考えもしなかった。
直純を里子として愛情を持って育ててくれるだけで嬉しいのに、磯山先生もご実家の皆さんもみんな、私と直純を含めて大きな家族になったんだと口を揃えて言ってくれる。
両親を疾うに亡くし、妻と直純だけが自分の家族だと思っていた私には、どんどん広がっていく大きな家族に驚きもあったが、何より喜びの方が大きかった。
本当の息子のように接してくれて、どちらの家も心地いい。
私はようやく安住の地を見つけたのだと思ったら、心も身体も随分と楽になった。
あの日、磯山先生のご実家で直純と再会して、パパと呼んでくれた瞬間一気に記憶が戻った。
可愛い息子にパパと呼んでもらえて嬉しかったけれど、それ以上に直純が磯山先生と絢斗さんに心から愛されているのがわかってそれが嬉しかった。
あの日以来、私は遺伝子上の父親であり直純への責任があるのはもちろんだが、直純のお父さんは磯山先生だと思っている。
父とお父さんが存在することに、直純も理解していると思う。
だから、意識があるときには私を気にかけてパパと呼んでくれるが、眠りが襲ってきた無防備なときには必ず磯山先生の名前を呼ぶ。
それを悲しいとは思わない。それを直純が望んでいるのだから。
直純がいつも笑顔で幸せを感じられるような状況でいてほしい。
それが父の願いだ。
私は新しい人生を歩み始めた。
その第一歩が櫻葉グループへの転職だ。
ずっとやりたいと思っていた海外事業部に配属させてもらえることになり、その初日。
仕事に向かう賢将さんの車で櫻葉グループ本社まで送ってもらうことになった。
「最初から気負わず、まずは環境に慣れることが大事だからね」
医師である賢将さんの言葉は安心する。
「はい。頑張ってきます」
帰りも迎えにきてくれるという賢将さんにお礼を言って、ロビーへ足を踏み入れた。
秋穂さんに選んでもらったスーツのおかげがかなり注目を浴びている気がする。
緊張で足が震えそうになるのを必死に抑え、前もって用意してもらっていた社員証でセキュリティゲートを潜り、指示されていた通り社員用の待合室に向かった。
ここに海外事業部の上司が来てくれて、一緒にオフィスに向かう手筈になっている。
ノックすると中からどうぞと声が聞こえる。
約束の時間にはまだ早いが、もしかして待たせてしまったのかもしれない。
「遅れて申し訳ありません」
慌てて中に入り、頭を下げた。
「迫田くん、だね。大丈夫。遅れていないよ。私が君に会いたくて勝手に待っていただけだから気にしないでいい」
穏やかな優しい笑顔を向けられ、椅子に座るように案内される。
こんな対応をされたのが初めてで驚きつつ、言われた通りに席に座った。
見覚えのある人だけど誰だったっけ?
緊張しすぎて頭が働かない。
「さぁ、どうぞ。落ち着くよ」
目の前にコーヒーを出されて、勧められるままに口をつけた。
「あ、美味しいです」
鼻腔をくすぐる桜の優しい香りとコーヒーの香り。
私好みの少し甘いコーヒーが緊張を和らげてくれる。
「隣にあるうちのカフェで出しているコーヒーだよ。気に入ってもらえて嬉しい」
「隣にある……それは桜カフェ、ですか?」
「よく知っているね」
「はい。一度お土産で桜シフォンケーキをいただいたことがあってものすごく美味しかったので、いつか行ってみたいと思っていました。そうか、ここならいつでも行けますね」
って、採用されたばかりでカフェに行くことを楽しみにするなんて、初日からやる気がないと思われてしまったかも……。
失言だったかと思ったけれど、目の前の穏やかな人は変わらぬ優しい笑顔を向けてくれた。
「いつでも行ってくれて構わないよ。私も季節ごとに出るスイーツを目当てに通勤しているようなものだからね」
冗談ぽく言ってくれるその笑顔に私はホッとしていた。
その後もどんなスイーツが好きかという話で盛り上がり、私の緊張もどこかに消えてしまった。
しばらくして部屋をノックする音が聞こえた。
どうやら上司が来たようだ。
立ち上がり、上司を迎えると入ってきた上司が私たちを見て驚きの表情を見せる。
「社長、どうしてこちらに?」
「えっ!!」
社長?
あ、そうだ! 見覚えあると思っていたのは社長だったからか。
青ざめる私の横で、社長と呼ばれた彼は笑顔で私を見た。
「驚かせて申し訳ない。社長を任されている櫻葉史紀だ」
自分の会社の社長の顔も知らないなんて呆れられたかもしれない。
そう思ったけれど、社長は咎めることもなく上司に笑顔を向けた。
「うちの海外事業部のホープがどんな人か見ておきたかったんだ。だけど、さすがだね。滝川くんの目に狂いはないよ。彼ならうちでいい仕事をしてくれるよ」
「社長のお墨付きなら安心ですね。迫田くん、社長も期待しておられるから頑張ってくれ」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
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