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番外編
可愛い練習
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<side絢斗>
お父さんから家に来て欲しいと連絡があって、直くんを連れて実家に向かった。
玄関を開けるとすぐに保くんが出てきて、卓さんが抱っこしていた直くんを下ろすと嬉しそうにトタトタと保くんに駆け寄っていった。
卓さん、ちょっと嫉妬したりするかなって心配したけど、その時期はもう過ぎたみたい。
いつもお昼と仕事帰りに可愛い直くんに出迎えられているから余裕があるのかな。
保くんもすっかり顔色も良くて調子もよさそう。
よっぽど仕事が楽しいんだろう。
櫻葉グループは残業もないし、いつもお父さんが送迎していると言っていたからきっとお父さんも喜んでいるんだろうな。
そういえば私が高校生の時は毎日送迎してくれていたっけ。
帰りに今日の出来事を話すのが日課になっていた。
夕食の時にお母さんにも同じ話をするからお父さんは二度も聞かされて大変だったかもだけど、嫌だとは一度も言われたことがなかったな。
リビングに入って、私たちを呼んだ理由をお父さんに尋ねると、お母さんが直くんを連れてリビングから出て行った。
ということは直くんには聞かせられない話だってこと。
まだ赤ちゃんだけどあの子は賢いから慎重にしたんだろう。
テーブル席に移動してお父さんと保くんの向かいに卓さんと二人で座るとちょっと緊張感が漂っているのがわかる。
一体何の話だろう?
そっと卓さんに視線を向けるとなんとなく話の内容を察しているんじゃないかと思える表情をしていた。
もしかしたら私だけが知らない?
それが気になってお父さんに直球で尋ねてみた。
そうしたらお父さんが話し始めたのは直くんの名前のこと。
直純という本名で呼ぶと身体を震わせる。
あの時……保くんと直くんが初めて会った時も、保くんが直純と名前を呼ぶとピクッと身体を震わせて振り向いた。
そして、保くんだとわかって表情を緩めたんだ。
ああやって本名を呼ばれるたびに身体を震わせて、それが保くんじゃなかった場合、どんなパニックを起こしてしまうのか想像もつかない。それがトラウマと呼ばれるものなんだろう。
そのことに気づいたお父さんは、直くんの改名を考えたみたいだ。
これから長い人生で何度も何度も呼びかけられるたびに怖い思いをするより、今のこのタイミングで直くんが安心する名前に変えていた方が絶対に良いに決まっている。
私はもちろん賛成だ。
卓さんも名前のことは気になっていたみたい。だからお父さんの提案にすぐに賛成してくれた。
そして保くんも。
直くんの保護者全員が賛成したところで直くんの名前決め。
でもそれはもう決まっている。
<磯山直> それしかない!!
卓さんやお義父さん、それに昇くん、毅さんとも同じ漢字一文字。
誰がどうみても家族の名前だ。
戸籍上の名前は保くんの息子だから迫田直だけど、里親が預かっている間は里親の苗字を使うのが一般的だからこれからは<磯山直>として生活することになる。
卓さんが率先して動き、お父さんたちの友人の協力も経て直くんは<磯山直>としての人生を歩き始めた。
改名が正式に決まった夜、卓さんが紙吹雪でお祝いをして、美味しそうなケーキも買ってきてくれた。
直くんには<磯山直>が本当の名前だから間違っている方は忘れていいというと賢い直くんはその日はご飯を食べながら、お風呂に入りながら、そして寝る直前まで何度も<磯山直>という名前を練習していた。
その練習があまりにも可愛過ぎて私はその練習風景を動画におさめた。
――ちゅぐぅちゃ、いちょやま、なおー。いちょやま、なおー!
――ああ。直くん、上手だよ。
――いちょやま、なおー。たべりゅー!
――そうか、美味しいか?
――いちょやま、なおー。おいちーっ!
ふふっ、なんだか直くんが美味しそうみたい。
そしてお風呂の中でも。
私はお風呂の外から二人がお風呂に入っている様子を隠し撮り。
もちろん、二人の身体は映さずここは声だけ。
――ちゅぐぅちゃ、いちょやま、なおー。あらうー。
――どうだ? きもちいいか?
――うん。いちょやま、なおー。きもちいいー! ちゅぐぅちゃも、あらうー!
――おお、そうか。洗ってくれるのか、ありがとう。ああ……直くん。上手だな。
ちっちゃな手に泡いっぱい乗せて卓さんの手をせっせと洗っている直くんが可愛い。
なんだかアライグマみたい。
そしてベッドに入っても直くんの練習は続く。
――ちゅぐぅちゃ。なお、いちょやま、なおー。
――おお、すっかり上手になったな。
――じょーじゅ! じょーじゅ!
――じいじやみんなに会ったら、名前言えるかな?
――うん! いちょやま、なおー!
嬉しそうに何度も言いながら、直くんは眠りについた。
眠ってからも、夢の中で練習してみたみたいで、何度も口が動いてた。
「直くん、よっぽど名前が嬉しかったんだろうね」
「ああ、怖がらない名前になってよかったよ」
「今日の動画、みんなに見せていい?」
「そのつもりで撮ってたんだろう?」
やっぱり卓さんにはお見通しだ。
みんなの反応が楽しみだな。
直くんの可愛さはもちろんだけど卓さんとの会話に驚いてくれるかな。
お父さんから家に来て欲しいと連絡があって、直くんを連れて実家に向かった。
玄関を開けるとすぐに保くんが出てきて、卓さんが抱っこしていた直くんを下ろすと嬉しそうにトタトタと保くんに駆け寄っていった。
卓さん、ちょっと嫉妬したりするかなって心配したけど、その時期はもう過ぎたみたい。
いつもお昼と仕事帰りに可愛い直くんに出迎えられているから余裕があるのかな。
保くんもすっかり顔色も良くて調子もよさそう。
よっぽど仕事が楽しいんだろう。
櫻葉グループは残業もないし、いつもお父さんが送迎していると言っていたからきっとお父さんも喜んでいるんだろうな。
そういえば私が高校生の時は毎日送迎してくれていたっけ。
帰りに今日の出来事を話すのが日課になっていた。
夕食の時にお母さんにも同じ話をするからお父さんは二度も聞かされて大変だったかもだけど、嫌だとは一度も言われたことがなかったな。
リビングに入って、私たちを呼んだ理由をお父さんに尋ねると、お母さんが直くんを連れてリビングから出て行った。
ということは直くんには聞かせられない話だってこと。
まだ赤ちゃんだけどあの子は賢いから慎重にしたんだろう。
テーブル席に移動してお父さんと保くんの向かいに卓さんと二人で座るとちょっと緊張感が漂っているのがわかる。
一体何の話だろう?
そっと卓さんに視線を向けるとなんとなく話の内容を察しているんじゃないかと思える表情をしていた。
もしかしたら私だけが知らない?
それが気になってお父さんに直球で尋ねてみた。
そうしたらお父さんが話し始めたのは直くんの名前のこと。
直純という本名で呼ぶと身体を震わせる。
あの時……保くんと直くんが初めて会った時も、保くんが直純と名前を呼ぶとピクッと身体を震わせて振り向いた。
そして、保くんだとわかって表情を緩めたんだ。
ああやって本名を呼ばれるたびに身体を震わせて、それが保くんじゃなかった場合、どんなパニックを起こしてしまうのか想像もつかない。それがトラウマと呼ばれるものなんだろう。
そのことに気づいたお父さんは、直くんの改名を考えたみたいだ。
これから長い人生で何度も何度も呼びかけられるたびに怖い思いをするより、今のこのタイミングで直くんが安心する名前に変えていた方が絶対に良いに決まっている。
私はもちろん賛成だ。
卓さんも名前のことは気になっていたみたい。だからお父さんの提案にすぐに賛成してくれた。
そして保くんも。
直くんの保護者全員が賛成したところで直くんの名前決め。
でもそれはもう決まっている。
<磯山直> それしかない!!
卓さんやお義父さん、それに昇くん、毅さんとも同じ漢字一文字。
誰がどうみても家族の名前だ。
戸籍上の名前は保くんの息子だから迫田直だけど、里親が預かっている間は里親の苗字を使うのが一般的だからこれからは<磯山直>として生活することになる。
卓さんが率先して動き、お父さんたちの友人の協力も経て直くんは<磯山直>としての人生を歩き始めた。
改名が正式に決まった夜、卓さんが紙吹雪でお祝いをして、美味しそうなケーキも買ってきてくれた。
直くんには<磯山直>が本当の名前だから間違っている方は忘れていいというと賢い直くんはその日はご飯を食べながら、お風呂に入りながら、そして寝る直前まで何度も<磯山直>という名前を練習していた。
その練習があまりにも可愛過ぎて私はその練習風景を動画におさめた。
――ちゅぐぅちゃ、いちょやま、なおー。いちょやま、なおー!
――ああ。直くん、上手だよ。
――いちょやま、なおー。たべりゅー!
――そうか、美味しいか?
――いちょやま、なおー。おいちーっ!
ふふっ、なんだか直くんが美味しそうみたい。
そしてお風呂の中でも。
私はお風呂の外から二人がお風呂に入っている様子を隠し撮り。
もちろん、二人の身体は映さずここは声だけ。
――ちゅぐぅちゃ、いちょやま、なおー。あらうー。
――どうだ? きもちいいか?
――うん。いちょやま、なおー。きもちいいー! ちゅぐぅちゃも、あらうー!
――おお、そうか。洗ってくれるのか、ありがとう。ああ……直くん。上手だな。
ちっちゃな手に泡いっぱい乗せて卓さんの手をせっせと洗っている直くんが可愛い。
なんだかアライグマみたい。
そしてベッドに入っても直くんの練習は続く。
――ちゅぐぅちゃ。なお、いちょやま、なおー。
――おお、すっかり上手になったな。
――じょーじゅ! じょーじゅ!
――じいじやみんなに会ったら、名前言えるかな?
――うん! いちょやま、なおー!
嬉しそうに何度も言いながら、直くんは眠りについた。
眠ってからも、夢の中で練習してみたみたいで、何度も口が動いてた。
「直くん、よっぽど名前が嬉しかったんだろうね」
「ああ、怖がらない名前になってよかったよ」
「今日の動画、みんなに見せていい?」
「そのつもりで撮ってたんだろう?」
やっぱり卓さんにはお見通しだ。
みんなの反応が楽しみだな。
直くんの可愛さはもちろんだけど卓さんとの会話に驚いてくれるかな。
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