虐待されていた天使を息子として迎え入れたらみんなが幸せになりました

波木真帆

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番外編

大事な話

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この一ヶ月、緑川家にお世話になっている間、何度も磯山家の皆さんと集まって食事をする機会があった。
僕と息子の直を定期的に会わせて、直に父親としての僕を忘れないようにしてくれているというのはよくわかっていた。直も僕をパパと呼んでくれていたし、僕も直を息子だという気持ちは変わらない。

だけど、卓さんと絢斗さんに心からの愛情をかけてもらっている直は、会うたびに表情豊かに、そして子どもらしく元気に育っている。僕が育てていたらあんな表情は見られなかっただろう。

それを確認するたびに、いつか僕が直の父親に戻るのはそれが直にとっていいことなんだろうかという疑問が芽生えた。
もちろん直を息子として愛していることに嘘はないが、直のことを考えれば今のまま過ごすのがいいに決まっている。

いつか父親に戻るなんてことを考えるより、今の直にとって必要な人は誰かということを考えるべきじゃないか。
そう思った時、やっぱり直は卓さんと絢斗さんの元で愛情たっぷりに育てられた方が幸せなんだという結論に至った。

里子ではなく、正式に二人の養子にしてもらおう。
そう考えたら気持ちが楽になったというか、それが一番腑に落ちた気がした。

直が迫田直から、正式に磯山直になる。
そして、僕は……。

頭の中に思い描いた理想が現実になればこれほど嬉しいことはないけれど、それはさすがに贅沢すぎる願いだろう。でも、もしその夢が叶ったら……僕は、直との縁を繋いだままでいられる。
だから意を決して、寛さんと沙都さんに話をしてみたんだ。

直を卓さんと絢斗さんの養子にして、僕を寛さんと沙都さんの養子にしてほしいって。

心臓が張り裂けそうなほどドキドキが止まらなかったけれど、寛さんと沙都さんはそれを許してくれた。
そして、卓さんも、毅さんも、僕が磯山の姓になることを認めてくれた。

僕をたくさんの愛情でお世話してくれた賢将さんと秋穂さんには、相談もせず磯山の姓になることを話してしまって申し訳なく思ったけれど、お二人も僕の決断を認めてくれた。
それどころか、今までと変わらず息子のように扱うと言ってくれて嬉しかった。

そうして、僕は磯山保として、新しい人生を歩み始めた。

手続きも終わった初日、会社に名前の変更届を出した。
そして、その日のお昼時間、いつものように史紀さんがランチに誘いにきてくれた。

隣の桜カフェか、社員食堂でよく食事をする僕たちだけど、今日は何故か少しかしこまった個室に連れて行かれた。もしかしたら名前の変更届を出したのを知って、そのことを聞かれるのかと思った。

史紀さんにはこれまでのことも全て話してあるし、直のことも知ってくれている。
だから報告するつもりでいたけれど、こうして改まるとちょっと緊張してしまう。

個室に入って、一瞬の静けさにドキドキが止まらない。

これは僕から切り出すべきか……。

「あ、あの……」

意を決して顔を上げると、笑顔の史紀さんに肩をポンと叩かれた。

「保くん、緊張しすぎだよ」

「えっ?」

「大丈夫。あのことなら緑川さんからも磯山先生からもお電話いただいたよ。おめでとう、磯山保になれてよかったね」

驚く僕に、柔らかな笑顔を向けてくれて、僕は一気に涙が溢れてしまった。

「あ、ありが、とう、ござい、ます……」

ハンカチを差し出されて溢れる涙を拭い、顔を上げると、史紀さんも少し目が潤んでいる気がした。

「そのお祝いも兼ねて、今日はここのランチにしたんだけど、もう一つ大事な話があるんだ」

「大事な、話?」

「食事しながらゆっくり話そう」

テーブルに置いてあるブザーを押すと、もうすでに料理は注文されていたようで、次々に料理が運ばれてきた。
あっという間に料理でテーブルの上がいっぱいになり、ワイングラスも置かれていた。

「まだ仕事中だからノンアルだけど、乾杯!」

「か、乾杯!」

戸惑いつつも、一緒に乾杯をする。
ぐいっと半分ほど飲み干すと、一気に口内に葡萄の香りが広がった。

「これ、すごく美味しいから食べてみて」

勧められるままに美味しい食事を堪能していると、史紀さんがようやく本題とばかりに口を開いた。

「実はね……結婚式を挙げる事になったんだ。だから、保くんにもぜひ出席してほしい」

「えっ? けっ、こん?」

「うん、ずっと付き合っている人がいてね。やっと準備が整ったから結婚式を挙げる事になったんだ。家族と友人だけを集めた結婚式にするから保くんにもきてほしいんだよ」

「あの……会社関係の人は、呼ばないんですか?」

櫻葉グループの社長の結婚式ともなれば、それこそ大々的にやりそうなのに。

「結婚式には本当に祝福してくれる人たちだけにきてほしいんだ。僕の結婚相手は、男性だから」

「えっ!」

思わず大きな声が出た。

「あ、すみません」

「いいよ、驚かせたよね。だから一応個室にしたんだ。話も聞かれたくなかったしね」

以前、桜カフェで

――人を好きになるのに性別なんて関係ないだろう?

と話していた史紀さんを思い出す。きっとあの時もその人のことを思っていたんだ。

「あ、あの! 僕、ただ驚いただけでお相手が男性でも全然気にしません! というか、結婚したいほど好きになれる相手に出会えるだけで羨ましいというか、素敵な事だって思ってます! あの、だからすごくおめでたいことで……」

必死に思いを伝えようとしていると、目の前の史紀さんが大きな声をあげて笑い出した。
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