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「そうでしょう?」
「……ええ! そう、そうよね。そんなわけのわからない愛なんてないわ」
なんということでしょうか、マリーアさんの言葉は本当に私にとって天啓のようです。そうです、そうに違いありません。
私がどうかしていたのです。そしてその間違いは今、正されたのです。殿下が私を愛していたわけがないのです。あんな気持ちの悪い執着が愛であるはずがないのです。
「でも、いったいこれはどういうことなの……?」
「殿下は私と、そしてルアニッチェ様のことを思って、こんな嘘を書いたのですわ」
「マリーアさんと、私のため……」
「はい。ルアニッチェ様もご存知かもしれませんが、私の立場はよくありません。アルがいなくなってから、手のひらを返したように冷たくされたこともあります」
「まあ……」
マリーアさんは悲しげに息を吐くと、また日記帳の表紙を撫でました。
「そういったことは、実はアルがいた頃にもあったんです。私のような子爵家の娘が殿下に近づくなんて不敬だ、身分違いだと言われていました。もちろん私は気にしませんでした。だってあの方々はルアニッチェ様と違って、あきらかにアルに恋していましたもの!」
「そう……なの?」
「ええ! 私、わかるんです。私もアルに恋しているからわかるんです」
そうかもしれないと私はうなずきました。私が殿下に恋などしていないことを、マリーアさんはすぐに見抜きました。であれば、恋をしている人を見抜くこともできるはずです。
「どんな正論で責められても、醜い嫉妬から来ているのであれば気にする必要がないでしょう? でも、そのうち嫌がらせもされるようになりました。ドレスにワインをかけられたり、突き飛ばされることもありました」
「なんて酷い」
「ふふっ、でもそのおかげで私はアルの愛を確認できたのですわ。まとわりつく彼女たちはアルに徹底的に拒絶されて、中には夜会への参加を禁じられた令嬢さえいましたの」
「まあ!」
話を聞いていると、とてもアルバラート殿下のこととは思えませんでした。あのいつも難しい顔をした方が、マリーアさんを守るために動くなんて。
でもきっと事実なのでしょう。
マリーアさんと殿下はいつも一緒にいました。その間には愛がありました。ならば、殿下もマリーアさんのために心を砕いたはずです。
「だから私は嬉しかったのです。でもアルは、自分といることで私が危険にさらされることを気にしているようでした」
「そうでしょうね。愛した方のことだもの」
「きっと、死の床でも考えてくださったのだわ……」
ああ、と私は思わず嘆息しました。
全く理解したのです。こんな気持ちの悪い日記帳が存在している意味がわかったのです。
「ではマリーアさんが、殿下の恋人として扱われないように?」
「ええ。だって……」
マリーアさんが静かに目を伏せました。膝の上に置いた日記帳からわずかに指をずらして、腹部に触れます。
私はハッとしました。
そうです、殿下とマリーアさんには体の関係があったのです。
なんということでしょう。私はそこで本当に、心から、殿下の思いを理解しました。もしそこに殿下のお子がいるなどとなれば、マリーアさんが危険です。
私は内心慌ててこの部屋にいるメイドたちを見ました。皆、侯爵家に長く仕える者たちです。客人との話を外に漏らしてはならないとわかっているでしょう。
それに立ち位置から考えて、マリーアさんが腹部を示したことはわからないはずです。
「……そうね。殿下は、マリーアさんに幸せになってほしかったのね」
私は話をまとめてしまいました。いくら信用できるメイドしかいなくても、これ以上、この話をするのは危険かもしれないと思ったのです。マリーアさんのお腹に殿下のお子がいるならもちろん、いなくても危機感を持つ方はいるかもしれません。
できるなら、どこかに身を潜めるべきでしょう。
けれどそのためには、マリーアさんには殿下の形見が必要でした。心がすがるものが必要だったのです。
「ええ、それに、ルアニッチェ様の幸せも願ったに違いありませんわ。ルアニッチェ様のおかげで私とアルは結ばれたのですから」
それについては疑問があります。殿下に感謝されていた覚えなどありません。
ですがもしかすると、愛は与えられない代わりにと、知識を与えようとしてくれたのでしょうか?
もっとも、それは些末なことでした。
殿下の行動のほとんどは、マリーアさんのために違いありません。
「わかったわ、マリーアさん。どうかこれを持っていって。殿下もそれを望んでいるでしょう」
それに事実がわかった今でも、私はやはりこれを手元に置いておきたくありませんでした。
マリーアさんの手の中にあれば、殿下もそれで満足するでしょう。王妃殿下の様子を思えば、この日記帳は王家にある間もきっとおかしな気配をさせていたのです。愛する人の元に行きたかったに違いありません。
マリーアさんは何度も礼を言って帰っていきました。
私はほっとしました。これでお父様に叱られたとしても、この日記帳を持ち続けるより怖くなどありません。
マリーアさんと殿下には悪いですが、真実の愛など他人からすれば呪いのようなものでしょう。
「……ええ! そう、そうよね。そんなわけのわからない愛なんてないわ」
なんということでしょうか、マリーアさんの言葉は本当に私にとって天啓のようです。そうです、そうに違いありません。
私がどうかしていたのです。そしてその間違いは今、正されたのです。殿下が私を愛していたわけがないのです。あんな気持ちの悪い執着が愛であるはずがないのです。
「でも、いったいこれはどういうことなの……?」
「殿下は私と、そしてルアニッチェ様のことを思って、こんな嘘を書いたのですわ」
「マリーアさんと、私のため……」
「はい。ルアニッチェ様もご存知かもしれませんが、私の立場はよくありません。アルがいなくなってから、手のひらを返したように冷たくされたこともあります」
「まあ……」
マリーアさんは悲しげに息を吐くと、また日記帳の表紙を撫でました。
「そういったことは、実はアルがいた頃にもあったんです。私のような子爵家の娘が殿下に近づくなんて不敬だ、身分違いだと言われていました。もちろん私は気にしませんでした。だってあの方々はルアニッチェ様と違って、あきらかにアルに恋していましたもの!」
「そう……なの?」
「ええ! 私、わかるんです。私もアルに恋しているからわかるんです」
そうかもしれないと私はうなずきました。私が殿下に恋などしていないことを、マリーアさんはすぐに見抜きました。であれば、恋をしている人を見抜くこともできるはずです。
「どんな正論で責められても、醜い嫉妬から来ているのであれば気にする必要がないでしょう? でも、そのうち嫌がらせもされるようになりました。ドレスにワインをかけられたり、突き飛ばされることもありました」
「なんて酷い」
「ふふっ、でもそのおかげで私はアルの愛を確認できたのですわ。まとわりつく彼女たちはアルに徹底的に拒絶されて、中には夜会への参加を禁じられた令嬢さえいましたの」
「まあ!」
話を聞いていると、とてもアルバラート殿下のこととは思えませんでした。あのいつも難しい顔をした方が、マリーアさんを守るために動くなんて。
でもきっと事実なのでしょう。
マリーアさんと殿下はいつも一緒にいました。その間には愛がありました。ならば、殿下もマリーアさんのために心を砕いたはずです。
「だから私は嬉しかったのです。でもアルは、自分といることで私が危険にさらされることを気にしているようでした」
「そうでしょうね。愛した方のことだもの」
「きっと、死の床でも考えてくださったのだわ……」
ああ、と私は思わず嘆息しました。
全く理解したのです。こんな気持ちの悪い日記帳が存在している意味がわかったのです。
「ではマリーアさんが、殿下の恋人として扱われないように?」
「ええ。だって……」
マリーアさんが静かに目を伏せました。膝の上に置いた日記帳からわずかに指をずらして、腹部に触れます。
私はハッとしました。
そうです、殿下とマリーアさんには体の関係があったのです。
なんということでしょう。私はそこで本当に、心から、殿下の思いを理解しました。もしそこに殿下のお子がいるなどとなれば、マリーアさんが危険です。
私は内心慌ててこの部屋にいるメイドたちを見ました。皆、侯爵家に長く仕える者たちです。客人との話を外に漏らしてはならないとわかっているでしょう。
それに立ち位置から考えて、マリーアさんが腹部を示したことはわからないはずです。
「……そうね。殿下は、マリーアさんに幸せになってほしかったのね」
私は話をまとめてしまいました。いくら信用できるメイドしかいなくても、これ以上、この話をするのは危険かもしれないと思ったのです。マリーアさんのお腹に殿下のお子がいるならもちろん、いなくても危機感を持つ方はいるかもしれません。
できるなら、どこかに身を潜めるべきでしょう。
けれどそのためには、マリーアさんには殿下の形見が必要でした。心がすがるものが必要だったのです。
「ええ、それに、ルアニッチェ様の幸せも願ったに違いありませんわ。ルアニッチェ様のおかげで私とアルは結ばれたのですから」
それについては疑問があります。殿下に感謝されていた覚えなどありません。
ですがもしかすると、愛は与えられない代わりにと、知識を与えようとしてくれたのでしょうか?
もっとも、それは些末なことでした。
殿下の行動のほとんどは、マリーアさんのために違いありません。
「わかったわ、マリーアさん。どうかこれを持っていって。殿下もそれを望んでいるでしょう」
それに事実がわかった今でも、私はやはりこれを手元に置いておきたくありませんでした。
マリーアさんの手の中にあれば、殿下もそれで満足するでしょう。王妃殿下の様子を思えば、この日記帳は王家にある間もきっとおかしな気配をさせていたのです。愛する人の元に行きたかったに違いありません。
マリーアさんは何度も礼を言って帰っていきました。
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マリーアさんと殿下には悪いですが、真実の愛など他人からすれば呪いのようなものでしょう。
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