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日記帳を手放してから、私には穏やかな日々が戻ってきました。
やはりお父様には叱られましたが、叱られただけですみました。お父様自身、あんな醜聞の種を持っていたくはなかったのでしょう。我が家から離れてしまえば、あれが王子の日記帳だという信憑性も失われていくはずです。
王妃殿下に行方を聞かれたらどうすれば、と頭を抱えていましたが、きっとそんなことはありません。王妃殿下もあの日記帳のことは忘れたいでしょう。
「おやすみなさい、ミラ」
「はい、お嬢様。おやすみなさいませ」
もうすっかり全てが解決して、今日も晴れやかな気分でベッドに入りました。眠りもすぐに訪れます。
ですが、なぜか深夜に目が覚めました。
「なに……?」
心臓の鼓動が早いのです。自分が何に緊張しているのか、いえ、恐怖を覚えているのかわかりませんでした。
それでも恐ろしいものの気配に、私はベッドから起き上がり、シーツを抱きしめました。なにか、よくないものが。
「……っ!」
ミシリと音が聞こえました。
私は耐えられず、枕元の燭台に火を灯しました。ゆらゆらと揺れる光の中では、いっそう全てが恐ろしく見えます。それでも見ずにいられません。
「誰か……いるの?」
まさか。扉はきちんと閉まっています。部屋の中に誰の姿もありません。それでも安堵できず、天井を、床を、家具の隙間を凝視しました。
ミシリ、とまた音がします。
(外?)
窓の外から音が聞こえているように思いました。
ですがこの部屋は二階ですし、夜通し敷地を守る警備もいます。月も雲に遮られているようで、窓の外は暗いです。いくら手慣れた泥棒でも、明かりなしに登って来られるとは思えません。
けれど闇の中、ミシリ、ミシリ、と音がします。
風ならば窓も揺れているでしょう。そうではないのです。一定のリズムで、外壁を登るように、ミシリ、ミシリと聞こえるのでした。
「……」
私は震えながら燭台を持ち、ベッドから降りて窓に向かいます。燭台の明かりで向こうに気づかれてしまうかもしれない。そうは思いましたが、明かりのひとつもなければ、闇から恐ろしいものが襲いかかってきそうです。
遅々とした歩みで窓際に近づく頃には、すでに音は消えていました。やはり何か、外からの自然の音だったのでしょうか。
木の枝が壁を叩いていただとか、そういうことかもしれません。
日記帳の事があったせいで、神経が過敏になっているのでしょう。
(きっとそうだわ)
私はその木の枝でも探すような気分で、窓を燭台で照らしました。
「あ……?」
そこに肌色を見て、思わず身を引きました。
(枝……枝、じゃ、ない、これは……手のひら!?)
ヒッと喉が音を立て、耳元でごうごうと血の流れる音が聞こえました。燭台が落ち、慌てて拾い上げる間にも、窓を凝視していました。
手のひら。
ビタン、と窓を打ちました。
「いっ、いや……」
意思を持った手のひらが何度も、窓に打ち付けられます。そのあとで顔が見えました。
「……!?」
窓に額が押し付けられ、はっきりとその造作が見えました。それはつい先日見たばかりの、慈愛の微笑みを浮かべていた人でした。
「マリーアさん……?」
やはりお父様には叱られましたが、叱られただけですみました。お父様自身、あんな醜聞の種を持っていたくはなかったのでしょう。我が家から離れてしまえば、あれが王子の日記帳だという信憑性も失われていくはずです。
王妃殿下に行方を聞かれたらどうすれば、と頭を抱えていましたが、きっとそんなことはありません。王妃殿下もあの日記帳のことは忘れたいでしょう。
「おやすみなさい、ミラ」
「はい、お嬢様。おやすみなさいませ」
もうすっかり全てが解決して、今日も晴れやかな気分でベッドに入りました。眠りもすぐに訪れます。
ですが、なぜか深夜に目が覚めました。
「なに……?」
心臓の鼓動が早いのです。自分が何に緊張しているのか、いえ、恐怖を覚えているのかわかりませんでした。
それでも恐ろしいものの気配に、私はベッドから起き上がり、シーツを抱きしめました。なにか、よくないものが。
「……っ!」
ミシリと音が聞こえました。
私は耐えられず、枕元の燭台に火を灯しました。ゆらゆらと揺れる光の中では、いっそう全てが恐ろしく見えます。それでも見ずにいられません。
「誰か……いるの?」
まさか。扉はきちんと閉まっています。部屋の中に誰の姿もありません。それでも安堵できず、天井を、床を、家具の隙間を凝視しました。
ミシリ、とまた音がします。
(外?)
窓の外から音が聞こえているように思いました。
ですがこの部屋は二階ですし、夜通し敷地を守る警備もいます。月も雲に遮られているようで、窓の外は暗いです。いくら手慣れた泥棒でも、明かりなしに登って来られるとは思えません。
けれど闇の中、ミシリ、ミシリ、と音がします。
風ならば窓も揺れているでしょう。そうではないのです。一定のリズムで、外壁を登るように、ミシリ、ミシリと聞こえるのでした。
「……」
私は震えながら燭台を持ち、ベッドから降りて窓に向かいます。燭台の明かりで向こうに気づかれてしまうかもしれない。そうは思いましたが、明かりのひとつもなければ、闇から恐ろしいものが襲いかかってきそうです。
遅々とした歩みで窓際に近づく頃には、すでに音は消えていました。やはり何か、外からの自然の音だったのでしょうか。
木の枝が壁を叩いていただとか、そういうことかもしれません。
日記帳の事があったせいで、神経が過敏になっているのでしょう。
(きっとそうだわ)
私はその木の枝でも探すような気分で、窓を燭台で照らしました。
「あ……?」
そこに肌色を見て、思わず身を引きました。
(枝……枝、じゃ、ない、これは……手のひら!?)
ヒッと喉が音を立て、耳元でごうごうと血の流れる音が聞こえました。燭台が落ち、慌てて拾い上げる間にも、窓を凝視していました。
手のひら。
ビタン、と窓を打ちました。
「いっ、いや……」
意思を持った手のひらが何度も、窓に打ち付けられます。そのあとで顔が見えました。
「……!?」
窓に額が押し付けられ、はっきりとその造作が見えました。それはつい先日見たばかりの、慈愛の微笑みを浮かべていた人でした。
「マリーアさん……?」
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