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不倫なんて
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「香織、不倫ってしたことある?」
会社の昼休み。
行きつけのカフェで、ランチのサラダをフォークでつつきながら、同僚の円が突然尋ねた。
香織は唐突なその問いかけに驚き、口に含んでいたランチスープを吹き出しそうになった。
突然何を言い出すのか。
香織は紙ナフキンで口元を拭いながら怪訝な顔をした。
「不倫って……あるわけないよ、そんなの」
そんなもの香織にとっては、ドラマや小説の中での特殊な出来事だ。
不倫どころか普通の恋愛でさえ難しいのに。
「突然どうしたの?」
「ん?聞いてみただけ。好きな人に奥さんがいた場合、香織ならどうするのかなぁって」
なんの前触れもなくこんなことを言い出すなんて、さては不倫をテーマにした恋愛ドラマにでもハマっているな。
そんなふうに考えながら、香織はサラダのレタスを口に入れた。
「どうもしないよ……。そもそも奥さんがいる人は好きにならない」
「どうして?」
「もし好きになったとしても、奥さんがいるってわかった時点であきらめるし」
「へーぇ……香織はあきらめちゃうんだぁ……。その人が好きなら付き合いたいとは思わない?」
円は不思議そうに呟いて、スープカップに口をつけた。
付き合うも何も、奥さんがいる人とそれは有り得ない。
第一、平気で不倫をするような人とは付き合えないと香織は思う。
「思わないよ。もし自分が奥さんの立場だったら、やっぱりイヤだもん」
香織が白身魚のムニエルを切り分けながらそう言うと、円は軽く鼻で笑った。
「それはそれでしょ?自分が結婚した時は相手によそ見なんかさせなければいいじゃない」
円は自分が美人だということをじゅうぶんすぎるくらい自覚している上に、プライドが高い。
自信家で情熱家で恋愛に積極的な円のことだ。
自分が迫っておちない男なんていないとでも思っているのだろう。
そんな円に対して、気が小さくて少々人見知りな香織は、自分に自信がある円を羨ましいとは思うが、その自信が知らないうちに誰かを傷つけなければいいけど……と思う。
「一応言っとくけどさ……不倫なんてやめときなよ」
「なんで?」
円が『なんで?』と尋ねたことに、香織は驚いた。
人としての常識というか、道徳的な物事の善し悪しもわからないような子どもでもあるまいし。
なぜ人の物を盗んではいけないのかと言っているようなものだ。
「自分は良くても、そのせいで傷つく人が確実にいるんだよ。それにもしバレて裁判沙汰にでもなったらどうするの?」
「そんなヘマはしない」
どこからその自信が湧いてくるのか。
「相変わらず香織は小心者ね」
香織が真剣に忠告しているのに、円は笑って聞き流した。
「不倫だって恋愛よ?好きになった人にたまたま妻がいたってだけ。相手もその気になったなら、夫をちゃんと繋ぎ止めておけない妻が悪いんじゃない」
なんて自分勝手な見解だ。
自分のことは棚にあげて、不倫の責任は相手の妻にあるという考えには呆れてしまう。
「ああ、そう……」
香織は円には何を言っても無駄のようだと思いながら食事を進めた。
会社の昼休み。
行きつけのカフェで、ランチのサラダをフォークでつつきながら、同僚の円が突然尋ねた。
香織は唐突なその問いかけに驚き、口に含んでいたランチスープを吹き出しそうになった。
突然何を言い出すのか。
香織は紙ナフキンで口元を拭いながら怪訝な顔をした。
「不倫って……あるわけないよ、そんなの」
そんなもの香織にとっては、ドラマや小説の中での特殊な出来事だ。
不倫どころか普通の恋愛でさえ難しいのに。
「突然どうしたの?」
「ん?聞いてみただけ。好きな人に奥さんがいた場合、香織ならどうするのかなぁって」
なんの前触れもなくこんなことを言い出すなんて、さては不倫をテーマにした恋愛ドラマにでもハマっているな。
そんなふうに考えながら、香織はサラダのレタスを口に入れた。
「どうもしないよ……。そもそも奥さんがいる人は好きにならない」
「どうして?」
「もし好きになったとしても、奥さんがいるってわかった時点であきらめるし」
「へーぇ……香織はあきらめちゃうんだぁ……。その人が好きなら付き合いたいとは思わない?」
円は不思議そうに呟いて、スープカップに口をつけた。
付き合うも何も、奥さんがいる人とそれは有り得ない。
第一、平気で不倫をするような人とは付き合えないと香織は思う。
「思わないよ。もし自分が奥さんの立場だったら、やっぱりイヤだもん」
香織が白身魚のムニエルを切り分けながらそう言うと、円は軽く鼻で笑った。
「それはそれでしょ?自分が結婚した時は相手によそ見なんかさせなければいいじゃない」
円は自分が美人だということをじゅうぶんすぎるくらい自覚している上に、プライドが高い。
自信家で情熱家で恋愛に積極的な円のことだ。
自分が迫っておちない男なんていないとでも思っているのだろう。
そんな円に対して、気が小さくて少々人見知りな香織は、自分に自信がある円を羨ましいとは思うが、その自信が知らないうちに誰かを傷つけなければいいけど……と思う。
「一応言っとくけどさ……不倫なんてやめときなよ」
「なんで?」
円が『なんで?』と尋ねたことに、香織は驚いた。
人としての常識というか、道徳的な物事の善し悪しもわからないような子どもでもあるまいし。
なぜ人の物を盗んではいけないのかと言っているようなものだ。
「自分は良くても、そのせいで傷つく人が確実にいるんだよ。それにもしバレて裁判沙汰にでもなったらどうするの?」
「そんなヘマはしない」
どこからその自信が湧いてくるのか。
「相変わらず香織は小心者ね」
香織が真剣に忠告しているのに、円は笑って聞き流した。
「不倫だって恋愛よ?好きになった人にたまたま妻がいたってだけ。相手もその気になったなら、夫をちゃんと繋ぎ止めておけない妻が悪いんじゃない」
なんて自分勝手な見解だ。
自分のことは棚にあげて、不倫の責任は相手の妻にあるという考えには呆れてしまう。
「ああ、そう……」
香織は円には何を言っても無駄のようだと思いながら食事を進めた。
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