44 / 87
第四章
3
しおりを挟む
「僕を殺す気か?」
咳がおさまらずその場に蹲るグラハムは、愉快そうに笑うアルにもっともな苦情を言う。主にやりすぎた私が「ごぇん」と謝ると、アルは呆れたような声で「謝る必要はない」と鼻を鳴らした。
「普通に起こそうとして何度氷漬けにされたことか。その挙句、何故起こさないと理不尽な要求をしやがるからこうなったんだ」
なかなか乱暴ではあるけれど、理由があるなら仕方ない。
アルの腕の中から改めてグラハムに朝の挨拶をすると、ようやく私に気付いたらしく、蹲りながらも顔を上げてくれる。
「フィーネ様もご一緒でしたか。お見苦しいところをお見せしました」
咳がおさまると、グラハムは何事もなかったように立ち上がり、空気を切るように腕を真横に振り切った。すると、辺り一面に広がっていた氷が一瞬で粉々に砕け、白い煙だけを残し消えてしまう。そして煙が消えると見慣れた真っ黒な服を着たグラハムが手品のように現れた。
「お待たせ致しました。では、参りましょう」
マジシャンのように一礼し歩き出したグラハムに、アルはため息をつきながら「鏡を見ろ」と短く指摘した。手品か魔法か分からないが、それでは直らなかった全力の寝癖を確認するようにグラハムは自分の頭を撫で回す。
「今日は集落をまわるんだろ。ちゃんと見られる格好をしていけ、領主様」
アルに苦笑されるとグラハムは「すいません、少し時間を下さい」と一言断り、湧水のところでスタイリングを始めたようだった。やれやれと言いたげに肩をすくめたアルは「外で待とう」と私を抱えたまま歩き出す。
「りょぉちゅ」
私のあやしい鸚鵡返しにアルは小さく頷いてくれる。
「今日は領地内の集落に張ってある瘴気避けの結界を張り直しに行くんだ」
「しゅぅ?」
「集落の数は十、そこに住んでる奴らも一番多いところで百より少し多いぐらいの規模だ」
初めての異世界散策。こちらの世界の集落を訪ねられるのだと思うと、思わず小さく声が出てしまった。どんな人たちがいるんだろうと期待が膨らむ。
「そんな大した奴らはいないぞ、なんせここは最下層だからな」
私の興奮を宥めるようにアルは困ったような顔を見せる。
「ここは地上にもっとも近い土地。上には居場所のない力の弱い奴らばかりが集まってくる」
「よぁい?」
「まあ、だから危険も少ないと言えるが……今は瘴気のせいで何が起こるか分からない」
アルはそう言うと少し真剣な雰囲気を滲ませ、ボールのように跳ねるぽちゃに向かって「しっかり守れよ」と激励を送った。
グラハムの仕度が整うまでの時間、アルは廊下に古い地図を広げて大雑把に領地内の配置を教えてくれた。昔は栄えていたらしく、地図の色々な所に真新しいバツ印がたくさん書き足されている。
「この土地は昔から元人間が治めている場所でな、100年ほど前までは普通に人間が滞在する町もあったくらい下界に似ていたらしい」
グラハムの前任者は有能だったのか、描かれている町々はどれも大きくて美しい。きっとそれらの町を束ねるこのお城もちゃんと機能していたに違いないと思わせた。
咳がおさまらずその場に蹲るグラハムは、愉快そうに笑うアルにもっともな苦情を言う。主にやりすぎた私が「ごぇん」と謝ると、アルは呆れたような声で「謝る必要はない」と鼻を鳴らした。
「普通に起こそうとして何度氷漬けにされたことか。その挙句、何故起こさないと理不尽な要求をしやがるからこうなったんだ」
なかなか乱暴ではあるけれど、理由があるなら仕方ない。
アルの腕の中から改めてグラハムに朝の挨拶をすると、ようやく私に気付いたらしく、蹲りながらも顔を上げてくれる。
「フィーネ様もご一緒でしたか。お見苦しいところをお見せしました」
咳がおさまると、グラハムは何事もなかったように立ち上がり、空気を切るように腕を真横に振り切った。すると、辺り一面に広がっていた氷が一瞬で粉々に砕け、白い煙だけを残し消えてしまう。そして煙が消えると見慣れた真っ黒な服を着たグラハムが手品のように現れた。
「お待たせ致しました。では、参りましょう」
マジシャンのように一礼し歩き出したグラハムに、アルはため息をつきながら「鏡を見ろ」と短く指摘した。手品か魔法か分からないが、それでは直らなかった全力の寝癖を確認するようにグラハムは自分の頭を撫で回す。
「今日は集落をまわるんだろ。ちゃんと見られる格好をしていけ、領主様」
アルに苦笑されるとグラハムは「すいません、少し時間を下さい」と一言断り、湧水のところでスタイリングを始めたようだった。やれやれと言いたげに肩をすくめたアルは「外で待とう」と私を抱えたまま歩き出す。
「りょぉちゅ」
私のあやしい鸚鵡返しにアルは小さく頷いてくれる。
「今日は領地内の集落に張ってある瘴気避けの結界を張り直しに行くんだ」
「しゅぅ?」
「集落の数は十、そこに住んでる奴らも一番多いところで百より少し多いぐらいの規模だ」
初めての異世界散策。こちらの世界の集落を訪ねられるのだと思うと、思わず小さく声が出てしまった。どんな人たちがいるんだろうと期待が膨らむ。
「そんな大した奴らはいないぞ、なんせここは最下層だからな」
私の興奮を宥めるようにアルは困ったような顔を見せる。
「ここは地上にもっとも近い土地。上には居場所のない力の弱い奴らばかりが集まってくる」
「よぁい?」
「まあ、だから危険も少ないと言えるが……今は瘴気のせいで何が起こるか分からない」
アルはそう言うと少し真剣な雰囲気を滲ませ、ボールのように跳ねるぽちゃに向かって「しっかり守れよ」と激励を送った。
グラハムの仕度が整うまでの時間、アルは廊下に古い地図を広げて大雑把に領地内の配置を教えてくれた。昔は栄えていたらしく、地図の色々な所に真新しいバツ印がたくさん書き足されている。
「この土地は昔から元人間が治めている場所でな、100年ほど前までは普通に人間が滞在する町もあったくらい下界に似ていたらしい」
グラハムの前任者は有能だったのか、描かれている町々はどれも大きくて美しい。きっとそれらの町を束ねるこのお城もちゃんと機能していたに違いないと思わせた。
59
あなたにおすすめの小説
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
異世界従魔具店へようこそ!〜私の外れスキルはモフモフと共にあり〜
渡琉兎
ファンタジー
日本での生活に疲れ切っていた犬山楓(いぬやまかえで)は、異世界が行った勇者召喚に巻き込まれてしまう。
しかし彼女は異世界系の作品を読み漁っており、異世界での生活に憧れを抱いていた。
「城を出て行くというのか!?」
「え? あ、はい」
召喚した異世界の王子に驚かれながらも、楓は自分の道を進むことを選択する。
授かったスキルは〈従魔具職人〉。
召喚された異世界では外れスキルと呼ばれるものだったが、そんなことは気にしない。
「それじゃあ皆さん、お元気で!」
憧れていた異世界での生活。
楓は自分のスキルで自由に生きていこうと決めた……のだが、実は楓の〈従魔具職人〉はスキルレベルが規格外の〈EX〉だった!!
楓の従魔具が従魔たちの人生を一変させる。
そんな楓の異世界生活は、忙しくも充実した生活になる……のかも?
※カクヨム、小説家になろう、アルファポリスにて掲載しています。
溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜
あいみ
ファンタジー
亡き祖母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。
困っている人がいればすぐに駆け付ける。
人が良すぎると周りからはよく怒られていた。
「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」
それは口癖。
最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。
偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。
両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。
優しく手を差し伸べられる存在になりたい。
変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。
目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。
そのはずだった。
不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……?
人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
何故か転生?したらしいので【この子】を幸せにしたい。
くらげ
ファンタジー
俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。
しかし…ある日、会社終わりに事故に合ったらしく…目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた!
しかも…【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!?
よし!じゃあ!冒険者になって自由にスローライフ目指して生きようと思った矢先…何故か色々な事に巻き込まれてしまい……?!
「これ…スローライフ目指せるのか?」
この物語は、【この子】と俺が…この異世界で幸せスローライフを目指して奮闘する物語!
めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜
ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました
誠に申し訳ございません。
—————————————————
前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。
名前は山梨 花。
他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
—————————————————
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる