圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

当たって砕く心意気

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 なんだその生ぬるい返事は。赤く腫れた鼻で鼾をBGMにして、人を押し倒そうとしやがったくせに、かっこつけんな。

「そうだよ。セイシュンとしたかった。これでいいか」

 事実を列挙すると、先輩は拗ねたように赤面しながら顔を顰めた。よしよし、先輩の羞恥心も露わにしてやったぜ。

「じゃあ、青姦とルームメイトが寝てる横でヤル以外に何かしたいセックスある?」

「ッ違うぞ! そんな意味で言ってない!」

 重要でない部分に食い付いてくる先輩。自身の性癖に納得いかないのか、泣きそうな顔でオレを見てくる。

「別にオレはいいよ。先輩が興奮するなら、会長や髭の前で掘られるのくらい我慢出来る」

「我慢しなくていい! い、いや、そうじゃない。そもそも、断じてそんな異常な性欲は持ち合わせてないぞ。セイシュンは俺をなんだと思ってるんだ」

 批難をしている訳でもないのに、むしろオレが引く程のド変態プレイでも全力で受け入れ、先輩色に染まる気満々だと言うのに、本心をさらけ出そうとしないとはいい度胸だ。

「じゃあ、どんなのが好きなんだよ。正直に白状しろ。ちなみにオレは経験浅くて選びようないから、教えるのは一通り試してからな」

 話題の変更は許さん。先輩の困り果てた顔をジッと見つめる。先輩の口を重くしていたモノが、そこには見えず、オレはニッと笑ってしまう。

「…………普通がいい。お前を他の奴に見せるのは、嫌だ」

「普通ね。正常位ってやつだよな。なら、こんな感じか?」

 先輩の膝の上にドンと腰を下ろしてみる。よく考えたら寝転がらないと駄目か、これじゃあ別の体位だ。

 間違いついでに足を腰に、腕を首に回す。すると、先輩は気まずそうな顔をした。

「この程度で照れんな、バカ」

「お前が色々と明け透けすぎるんだ」

「男同士が顔つき合わせて照れてるって、そっちの方が恥ずかしいだろ。気持ち悪い」

 いや、一般的には男同士が真顔でいちゃついてる方が気持ち悪いか。世間の目なんざ、この際どうでもいいが。

「オレの顔見ながらヤルのが好きなのか……先輩ってオレの顔、好きなの?」

 ケツがいいと言って、撫で回されるから、てっきりケツを見ながらヤリたいんじゃあないかと思っていた。

「ん、そうかもしれないな。お前の嬉しそうな顔とか、気持ちよさそうな顔はずっと見ていたいと思う」

 自分から振っといてなんだが、顔が好きだと真正面から言われると、少し複雑な気持ちになった。

 オレは父親似の自分の顔が嫌いだ。ガキの目から見ても最低の男で、息子の目で見れば最低の父親だった。先輩の事情を知ってしまった今では『地上最低の』とは言えなくなったが、そんな奴に似てくる自分の顔を好きにはなれない。

 胸中が顔に出てしまったのか、先輩が心配そうな表情を見せる。

「趣味悪いな、先輩」

 先輩の前にオレがへこんでどうする。精一杯、皮肉を込めた笑いを浮かべ言ってやると、困ったような顔で「お前には負けるよ」と言い返された。

「じゃあさ……ずっと見ててよ。オレの事」

 困った顔をしっかり見つめながら、オレは本題を切り出す。オレが何を言いたいのか伝わったらしく、先輩の目は途端に力を失う。迷いや戸惑いではなく、そこで一番色濃く居座っているのは諦めだった。

 何度もオレを苛つかせたソレと、今は冷静に向き合う。先輩と一緒に。

「俺もずっとお前と一緒にいたい。ずっと、お前を見ていたいと思う。でも、それは……出来ない」

「どうして?」

 ゆっくりと絞り出すように答える先輩の言葉を聞き終え、考えるまでもなく口が動く。今にも走り出してしまいそうな自分を押さえ込み、静かに問いかけると、先輩は一度だけ息を呑み、迷いのない真っ直ぐな目を向けてきた。

「たくさんの人を殺した。それはどうあっても正当化されるのはおかしい。ここで、真っ当な生活をさせて貰って気付けたんだ。俺は人として生きるべきではないと思う」

 あぁ、ぶん殴りたい。こんな真っ直ぐ迷いなく言い切りやがってふざけんな! でも我慢だ。

「じゃあ、卒業してから、どうすんの?」

 きっと、先輩が自分自身の区切りとして明確に線引きしているであろう『卒業』について聞くと、口にするべきか少し悩むような間を置いて先輩は沈黙を選んだ。

 それを見届け、オレはフッと息を吐いた。自分が冷静であるのを確認して、改めて先輩への気持ちを伝える。

「オレも先輩が好きだ。ちゅーもしたいし、エロい事も山ほどしたい。それから、一緒に色々な所行って遊びたいし、楽しかった事を一緒に思い出して笑いたい」

 引かれるかもって思って言えなかったけど、ずっとずっと一緒にいたいんだ。絶対に離れないって約束が欲しいくらいに。

「でも、諦めるよ。そうゆうの全部」

 先輩が申し訳なさそうに目を伏せる。掠れた声で「すまん」と、ようやく先輩の沈黙が破られた。

 あぁ、胸が痛い。

 よくも簡単に受け入れやがったな。もう少しくらい悩め! 

 先輩の反応に覚悟が決まる。と言うか、完全にスイッチが入った。オレに絆された事を全力で後悔させてやる。

「楽しい事、全部諦めて、先輩に付いて行く事にするよ」

 極めて明るい声でそう言うと、目は伏せられたままなのに、先輩の体が硬直したのが分かった。

「楽しい事が何一つ出来なくなっても、一人になるよりはマシだからさ」

 オレが何を言いたいのか、なんとなく気が付いたのだろう。先輩の表情が怯えたように引き攣った。

「悩むのが面倒になって刑務所に入るなら、オレも入る。息するのも苦しくて逃げ出すなら、オレも一緒に死んでやる」

「馬鹿な事を言うな」

 怒っているのか、先輩の声は酷く低い。目の前で膨れ上がる暴力の気配に、オレは不敵に笑って挑発する。

「赤の他人に迷惑はかけないから、変な心配はいらない。恨み辛みは結構あるからなぁ、動機は十分だ。オレも身内ぶっ殺して同じ所に入るよ」

 バチンと右頬が爆ぜた。そう感じる程の衝撃に一瞬思考が飛ぶ。右手で頬に触れると、ジンジンと掌越しにも痛みが伝わってくるような熱を持っていた。

「そんな事、冗談でも口にするな」

 殴られた衝撃で逸れていた視線を正面に戻すと、怯えではなく怒りに震える先輩が、オレを睨み付けていた。

「冗談じゃねぇよ。あんたの為なら、親くらい殺す」

 また右から衝撃。距離が近いおかげか、まだ意識が吹っ飛ぶようなのは来ない。でも、鼻の奥が鉄臭くなり、痛みで麻痺した上を鼻血が垂れた。喋るのに邪魔なので、手の甲で擦り、思いきり鼻を啜る。喉に痰のように血が絡まったが、強引に飲み下す。

 コンディションを整え、もう一度、先輩と対面する。きっと、オレの悲惨な顔と同じくらい、いやそれ以上に先輩のダメージは大きそうだった。

「オレは先輩の為なら、自分だろうと殺す」

 とどめの一撃。グシャッと先輩が潰れた。潰れたように感じた。

 先輩はオレを引き剥がそうと暴れだしたが、両足でガッチリ腰をホールドしてあるオレは死んでも離す気はない。阿呆みたいな力で肩を掴まれるが、冷静でない先輩相手なら根性程度で拮抗出来た。何発か追加で殴られたが、それも根性で流す。

 駄々を捏ねる子供のように、先輩はオレを拒絶する。大男の地団駄を全身で受け止めるという、結構厳しめの状況だが、その一つ一つを冷静に根性で捌く。

 数分も経っていない。多分、一分にも満たなかったんじゃあないだろうか。先輩は力尽きたように抵抗を止めた。

 オレの荒い呼吸に先輩の嗚咽が混じる。だらりと下ろされた先輩の腕に、押さえるようにそっと手を置く。抵抗されるかもと思ったが、その気配はなかった。オレはゆっくりと、自分の血塗れの手で先輩の手を握った。

「なんで、なんでそんな、無茶苦茶を言うんだ」

 鼻を啜りながら顔を上げると、涙でぐちゃぐちゃになった先輩が居た。お互い酷い顔だなと、オレは笑おうとして失敗した。腫れて熱い頬の上をもっと熱い何かが流れ落ちる。

「しょうがねぇだろッ。先輩の人生ありえねぇくらい滅茶苦茶なんだよ! それに付き合おうとしたら、オレの出来る無茶全部ブチ込まなきゃ追いつけねぇだろが!」

 オレが握ったのか、先輩が握り返したのか、体にまで意識が届かず判断出来ないが、ただギュッと手に力が入った。

「俺なんかに付き合わなくていい。お前は俺の事なんか忘れていいんだ」

 先輩の震える声は、オレを見事にキレさせた。すると不思議と余裕のなかった頭が整理されて、体の隅々まで把握する事が出来た。痛みで腕に手に力が入らない。それが分かって、頭突きを食らわすのは勘弁してやろうと思った。

「先輩がすげぇ悩んでるのも……苦しんでるのも分かるよ。でもさ、一人でどれだけ悩もうが苦しもうが、答えなんて出ないだろ」

 出るわけがない。先輩がやらされていた事を償える行為なんて、この世に何一つないんだ。刑務所に入ろうが、先輩が自殺しようが、償いには全く足りない。

「先輩は舐めすぎだ。自分のやらかした事を甘く考えすぎだ」

 先輩が息を詰まらせる。本当は『先輩は何も悪くない』って言ってやりたい。自分も死ぬような目に遭わされ、無理矢理させられていた事だ。先輩のじいちゃんが言ってたみたいに、オレだってそう言いたいがそれじゃあ駄目だ。投げ捨てられるようなモノじゃあないんだ。

「先輩程度が一生懸命考えても、答えなんか出るわけないだろ。そんな事も分かんないのかよ」

 絞り出すように「言われなくても、分かってる」と弱々しく反論する先輩。オレは力の入らない腕を強引に動かし、先輩の手を払いのけ、その肩を強く揺さぶる。

「分かってねぇよ、全ッ然! 平気な顔して全部抱えて、一人で行こうとしてんじゃねぇよ、馬鹿野郎」

 ちゃんと目を見て話すべきなのに、体が勝手に動いた。先輩の頭を全力で抱きしめる。

「色んな奴が先輩の事、本当に一生懸命考えてるんだよ。刑事のオッサンも先生たちも、先輩の為に色々考えて動いてくれてる」

 オッサンも寮長も、先輩のじいちゃんが繋ぎ止めてくれた、先輩の可能性を信じてる。
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