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家畜生活はじまりました!
危険な生徒会
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『小清水! 貴様は実に小さいな! その男がなんと答えようと事実は一つだ!』
向田が言い逃れを始めようとした矢先、扉の向こう側から突然の大音声が襲い部屋の中にまで轟いた。スパーンと見事に快音を響かせ、扉が開かれると、そこには二人の人間が立っていた。
「ご主人様、お帰りなさいませ!」
女装が向田に向けていた殺気を霧散させ、気色の悪い猫なで声を上げながら、扉の方へと駆け寄った。扉から現れた、形容しがたい男の元へと。
「私は全てを愛する男だ。何かを特別愛するのではない、愛情という情を計れるのならば、それを平等に与える、それが私だろう」
三妖怪が群がる男がきっと会長なのだろう。整った顔立ちに恵まれた体格、非の打ち所がない男ではあるが、その言動、滲み出る異常な思考、居るだけで場の空気を侵食する雰囲気、それらが元のスペックの高さを全て打ち消している。紛れもなく、この妖怪共の親玉だった。
会長の存在感は酷かったが、オレはそれより、その後ろに立つ奴に目を奪われた。会長に寄り添うように立つその姿は、正真正銘のメイドだったのだ。女装のような見るからにコスプレといった下品な格好ではなく、つま先から毛先まで、すべてに品格が備わっている。視線を上げるその些細な仕草まで上品で、思わず見とれてしまった。
由々式の言葉を借りるなら『美少女のメイド』と言う事になるのか……確かにその通りなのだが、そんな俗っぽい雰囲気はまるでなく、この荒涼とした圏ガクに咲いた一輪の華のようだった。
会長が妖怪共を引き連れて室内に入ると、その後ろに居たメイドも同じように生徒会室に足を踏み入れた。ごく自然な動作で、乱暴に開かれた扉を静かに閉じた。会長はこの部屋の奥にある一際豪華な机へと向かったが、メイドはその後を追わず、隣の部屋にあるらしい給湯室へと消えていった。ご主人様にお茶でも出すのだろうか。ぼんやりその後ろ姿を目で追ったままでいると、いつの間にか向田が隣に立っていた。
「あの方が六岡先輩だ。どうだ、美しいだろう」
まるで自分の事のように鼻高々に語る向田を当然無視していたのだが、こちらの事など一切気にしていないのか、ひたすら隣であのメイドの容姿を褒めちぎりだした。どうやら、かなり入れ込んでいるらしい。その言葉の断片を少し聞いてみると、メイドが不憫になってくる程の熱量を感じ、関わるまいと向田の隣を黙って離れた。
よく考えてみれば、この場から逃げ出すのに今は絶好のチャンスだった。妖怪共、いや生徒会の連中は揃って部屋の奥で馬鹿騒ぎをやっていて、オレの事はすっかり後回しになっている。
オレがこの部屋を出て行こうとすれば、向田が黙っていないだろうが、こいつだけならば問題はないのと同じだった。善は急げと、閉じられた扉に向かおうとした時、給湯室からメイドが豪華な台車に紅茶やら茶菓子を満載したタワーのような物を乗せて戻って来てしまった。会長の元へと持って行くのだと思っていたら、メイドはオレたちの元へとその台車を転がしてきた。
この部屋を見ても分かるが、会長は相当な金持ちのようだ。自分の世話をさせる為にメイドの一人や二人、連れていても全く不思議ではないように思えた。目の前のメイドは、他の妖怪メイドとは違い、その全てが洗練されており、格好だけでなく存在そのものが『本物』なのだと分かった。あれだけペチャクチャと喋っていた向田すら、その口を噤み、ただその姿に魅入っていた。
部屋の中心にあるテーブルに午後のお茶を準備し終えると、メイドはオレたちの方に向き直り、
「何、なんか文句でもある訳?」
唐突に不機嫌そうな声を発した。……どうしてか、その声に聞き覚えがあった。ほぼ無表情だったメイドの顔にじわりと嫌悪感が滲み、美しい顔が歪む、それを目の当たりにした時、オレの中で何かが弾けるように初日の記憶が蘇った。
このメイド、初日にオレを机に叩きつけた奴だ。こうやって表情を崩すと確かに見覚えがある。うわぁ、やっぱり圏ガクには夢も希望もなかった。一瞬でも見惚れてしまった自分をぶん殴りたい。とんでもない敗北感で一杯になってしまった。
「その間の抜けた顔なんとかしたら? 目障りなんだけど」
なんと言われようと、こんな女にしか見えない奴を殴れない。オレは無理でも、性根の腐った向田になら出来るかもしれないと、隣を見ると恍惚とした気持ちの悪い表情をして歓喜に身を震わせていた。それを見て、他人を当てにするのは止めようと、オレは深く反省した。
「操、準備は出来たのか」
会長が女装を膝の上に乗せながら、メイドに向かって言った。メイドはオレたちに向けていた侮蔑の表情をリセットして、元の無表情、完璧な美少女の顔を会長に向けて、恭しく頭を下げる。
「はい、整っております。どうぞ、こちらへ」
メイドに促されるまま、会長は女装を抱きかかえたまま、机を挟んだオレの真ん前の椅子に腰掛けた。不思議と目を剥く事はなかったが、こいつらは何をしているんだという疑問で頭がパンクしそうになっていた。
会長の首に女装が絡みつき、唇に貪るよう吸い付いている。変態はその姿を物欲しそうに眺め、化け物はオレらの反応をニヤニヤしながら観察している。向田は初見ではないのだろうが、先ほどメイドに与えられた快感と、目の前の異常な雰囲気に当てられて、随分と情けない顔を披露していた。その中でメイドだけは変わらず無表情で、淡々とティーカップに紅茶を注ぎ、それぞれの席の前へ配膳をしていた。
「待たせてしまったな。遠慮は無用、いや、私は無礼だと考える。さあ君たち、早く席に着け」
喋るのには邪魔だろう女装をやんわりと引き離し、その口内に会長は舌の代わりか、自分の指を二本与えながら、空いた方の手を広げ、オレらにさっさと座れと脅してきた。女装は一瞬不満そうな顔を見せたが、こちらを艶めかしい視線で一瞥すると、会長の指を時折すすり上げるように音を立てて舐めはじめた。
紅茶を配膳し終わったメイドが、オレらの方へとやって来て、目の前の椅子を引いて着席を促す。出来れば全力で逃げ出したかったが、それを許す空気はどこにもなかった。渋々座ると、続けて向田も同じように隣に腰掛けた。
「で、君らは何者だ?」
会長がノンフレームの眼鏡越しに、鋭い視線を向けて来る。それに答えたのは、待ちに待っていましたという顔をした向田だった。
「一年の向田です。会長のご要望通り、夷川を連れて参りました」
まるで自分が連れてきたみたいな言い草に腹が立ち、机の下で思い切り足を蹴り飛ばしてやった。結構痛かったらしく、頬が小刻みに痙攣をしながら必死で表情に出すまいとしていて面白かったので、ついでに足の甲も踏みつけてやった。
まあ座った状態なので大した威力はないのだが、大人しくしているよりマシだ。この不快な空間から脱したく、用件を聞こうと口を開きかけると、
「ほう、そいつが『セイシュン』か」
会長が聞き捨てならない言葉を漏らした。
それはこんな奴から聞きたい言葉じゃない。オレは無意識に会長を睨み付けていたらしく、その背後に控えていた化け物を酷く刺激してしまっていた。馬鹿げた芝居を捨てて、恐らく本性である獰猛な顔がこちらを見据えている。
化け物が動き出さないよう、思わず立ち上がりそうになる自分を押さえ込んで、何も反論しないよう下唇を噛んだ。
「実に愛らしい反応をするじゃないか。随分とあの男に執心しているようだな、夷川」
癇に障る笑いを浮かべ、会長はそう問いかけてきた。オレの反応を面白がっているのだろう、それなら一切悟られないようにしてやる。心を冷静に、メイドがやったみたいに自分の顔から感情を削いでいく。
「あの男もお前を気に入っているようだ。よかったなぁ、相思相愛という奴だ」
オレをからかう為の嘘だと見え見えなのに、心が大荒れになってしまう。本当かもしれないと、会長の言葉の真意を知りたくて、さりげなくを装い顔を上げると一瞬で後悔に押し潰された。
「すまない、さっきのは冗談だ。金城はいつもあんな感じだ。誰彼構わず、な。しかし、お前の方は……冗談では済まされないようだな」
恥ずかしさを抉るように、会長の声はオレに大きなダメージを与える。けれど、恥ずかしさよりも、どこか心が寒くなるような、妙な感情の方が大きくて厄介だった。心が拠り所をなくしたみたいに、足下が揺らいでいた。目の前には問題しかないのに、まともに頭が動いてくれない。
「本当に愛らしい反応をする。顔を上げろ夷川、私を見ろ」
言われるまま会長へと視線をやると、女装が向田に向けていたような表情をこちらに向けていた。
自分の口から指をゆっくりと引き抜き、女装は会長の耳元で何かを囁く。会長はオレを真っ直ぐ見たまま、女装の髪をさっきまで舐められていた指先で梳いた。
会長の膝から腰を上げた女装は、何を思ってか、突然その場にしゃがみ込み机の下に姿を隠す。ぼんやりする頭で、その一部始終を眺めていると、妙な音が耳に入り込んできた。カチャカチャとベルトでも外すような音に、チャックを引き下げるような音。それに続いた溶けかけのアイスをしゃぶるような音に、血の気が一気に引いた。こいつら、本気で頭おかしい!
「あらぁーん。ダメよ、まだお話、終わってないでしょ。まだ帰っちゃダ、メ、よ」
席を立とうとしたら、肩をがっしり掴まれ押さえつけられた。化け物の生臭い息が首筋にかかり、全身を寒気が襲った。化け物の手の温度が、自分の肩に染みこんでいく。吐き気がする。なんとか振り払おうとしたが、上から押さえ込まれてしまうと、完全にお手上げだった。
「うまそうな肌してんなぁ」
耳元で露骨に舌舐めずりをされ、抵抗するのを諦めかけていた自分に火が入った。ゆらゆらと昇る紅茶の湯気の向こうでは、変態までもが会長の膝元に縋り付こうとしている。あぁ、本当に知りたくなかったな。これから三年間を過ごす場所に、こんな胸くそ悪い奴らが居るなんて。
オレはフッと肩の力を抜いた。すると化け物も押さえつけていた手から力を抜き、オレの体を撫でるように手を胸元へと伸ばしてきた。
べっとりと汚泥を塗られている気分だ。無駄に蒸気を発散させているせいか、化け物の顔が徐々に近づいて来る気配が、手に取るように分かった。汚らしい舌をダラリと垂らし、オレの首筋か、頬か、それとも耳か……そこら辺を舐めようとしているらしい。
執拗に胸をじっとりとした手のひらで撫で回すこの馬鹿は、こちらのタイミングを計ったように耳元で合図を送ってくれた。
「お前には、おれのをたっぷりしゃぶらせてやるからな」
こんな連中に遠慮は無用、いや、会長の言うように無礼だ。
オレは手元のティーカップをその中身を化け物の顔面に投げた。咆哮のような絶叫と、無茶苦茶に振り回される腕から椅子を倒しながら逃れる。
狙いの定まらない化け物の拳は、オレの隣に居た向田の側頭部に当たり、盛大に椅子ごとぶっ倒れた。人を売り飛ばそうとした天罰だなと、向田の顛末を横目に、扉へ駆け寄ろうとした瞬間、横開きの扉が弾けるように室内に吹っ飛んできた。
向田が言い逃れを始めようとした矢先、扉の向こう側から突然の大音声が襲い部屋の中にまで轟いた。スパーンと見事に快音を響かせ、扉が開かれると、そこには二人の人間が立っていた。
「ご主人様、お帰りなさいませ!」
女装が向田に向けていた殺気を霧散させ、気色の悪い猫なで声を上げながら、扉の方へと駆け寄った。扉から現れた、形容しがたい男の元へと。
「私は全てを愛する男だ。何かを特別愛するのではない、愛情という情を計れるのならば、それを平等に与える、それが私だろう」
三妖怪が群がる男がきっと会長なのだろう。整った顔立ちに恵まれた体格、非の打ち所がない男ではあるが、その言動、滲み出る異常な思考、居るだけで場の空気を侵食する雰囲気、それらが元のスペックの高さを全て打ち消している。紛れもなく、この妖怪共の親玉だった。
会長の存在感は酷かったが、オレはそれより、その後ろに立つ奴に目を奪われた。会長に寄り添うように立つその姿は、正真正銘のメイドだったのだ。女装のような見るからにコスプレといった下品な格好ではなく、つま先から毛先まで、すべてに品格が備わっている。視線を上げるその些細な仕草まで上品で、思わず見とれてしまった。
由々式の言葉を借りるなら『美少女のメイド』と言う事になるのか……確かにその通りなのだが、そんな俗っぽい雰囲気はまるでなく、この荒涼とした圏ガクに咲いた一輪の華のようだった。
会長が妖怪共を引き連れて室内に入ると、その後ろに居たメイドも同じように生徒会室に足を踏み入れた。ごく自然な動作で、乱暴に開かれた扉を静かに閉じた。会長はこの部屋の奥にある一際豪華な机へと向かったが、メイドはその後を追わず、隣の部屋にあるらしい給湯室へと消えていった。ご主人様にお茶でも出すのだろうか。ぼんやりその後ろ姿を目で追ったままでいると、いつの間にか向田が隣に立っていた。
「あの方が六岡先輩だ。どうだ、美しいだろう」
まるで自分の事のように鼻高々に語る向田を当然無視していたのだが、こちらの事など一切気にしていないのか、ひたすら隣であのメイドの容姿を褒めちぎりだした。どうやら、かなり入れ込んでいるらしい。その言葉の断片を少し聞いてみると、メイドが不憫になってくる程の熱量を感じ、関わるまいと向田の隣を黙って離れた。
よく考えてみれば、この場から逃げ出すのに今は絶好のチャンスだった。妖怪共、いや生徒会の連中は揃って部屋の奥で馬鹿騒ぎをやっていて、オレの事はすっかり後回しになっている。
オレがこの部屋を出て行こうとすれば、向田が黙っていないだろうが、こいつだけならば問題はないのと同じだった。善は急げと、閉じられた扉に向かおうとした時、給湯室からメイドが豪華な台車に紅茶やら茶菓子を満載したタワーのような物を乗せて戻って来てしまった。会長の元へと持って行くのだと思っていたら、メイドはオレたちの元へとその台車を転がしてきた。
この部屋を見ても分かるが、会長は相当な金持ちのようだ。自分の世話をさせる為にメイドの一人や二人、連れていても全く不思議ではないように思えた。目の前のメイドは、他の妖怪メイドとは違い、その全てが洗練されており、格好だけでなく存在そのものが『本物』なのだと分かった。あれだけペチャクチャと喋っていた向田すら、その口を噤み、ただその姿に魅入っていた。
部屋の中心にあるテーブルに午後のお茶を準備し終えると、メイドはオレたちの方に向き直り、
「何、なんか文句でもある訳?」
唐突に不機嫌そうな声を発した。……どうしてか、その声に聞き覚えがあった。ほぼ無表情だったメイドの顔にじわりと嫌悪感が滲み、美しい顔が歪む、それを目の当たりにした時、オレの中で何かが弾けるように初日の記憶が蘇った。
このメイド、初日にオレを机に叩きつけた奴だ。こうやって表情を崩すと確かに見覚えがある。うわぁ、やっぱり圏ガクには夢も希望もなかった。一瞬でも見惚れてしまった自分をぶん殴りたい。とんでもない敗北感で一杯になってしまった。
「その間の抜けた顔なんとかしたら? 目障りなんだけど」
なんと言われようと、こんな女にしか見えない奴を殴れない。オレは無理でも、性根の腐った向田になら出来るかもしれないと、隣を見ると恍惚とした気持ちの悪い表情をして歓喜に身を震わせていた。それを見て、他人を当てにするのは止めようと、オレは深く反省した。
「操、準備は出来たのか」
会長が女装を膝の上に乗せながら、メイドに向かって言った。メイドはオレたちに向けていた侮蔑の表情をリセットして、元の無表情、完璧な美少女の顔を会長に向けて、恭しく頭を下げる。
「はい、整っております。どうぞ、こちらへ」
メイドに促されるまま、会長は女装を抱きかかえたまま、机を挟んだオレの真ん前の椅子に腰掛けた。不思議と目を剥く事はなかったが、こいつらは何をしているんだという疑問で頭がパンクしそうになっていた。
会長の首に女装が絡みつき、唇に貪るよう吸い付いている。変態はその姿を物欲しそうに眺め、化け物はオレらの反応をニヤニヤしながら観察している。向田は初見ではないのだろうが、先ほどメイドに与えられた快感と、目の前の異常な雰囲気に当てられて、随分と情けない顔を披露していた。その中でメイドだけは変わらず無表情で、淡々とティーカップに紅茶を注ぎ、それぞれの席の前へ配膳をしていた。
「待たせてしまったな。遠慮は無用、いや、私は無礼だと考える。さあ君たち、早く席に着け」
喋るのには邪魔だろう女装をやんわりと引き離し、その口内に会長は舌の代わりか、自分の指を二本与えながら、空いた方の手を広げ、オレらにさっさと座れと脅してきた。女装は一瞬不満そうな顔を見せたが、こちらを艶めかしい視線で一瞥すると、会長の指を時折すすり上げるように音を立てて舐めはじめた。
紅茶を配膳し終わったメイドが、オレらの方へとやって来て、目の前の椅子を引いて着席を促す。出来れば全力で逃げ出したかったが、それを許す空気はどこにもなかった。渋々座ると、続けて向田も同じように隣に腰掛けた。
「で、君らは何者だ?」
会長がノンフレームの眼鏡越しに、鋭い視線を向けて来る。それに答えたのは、待ちに待っていましたという顔をした向田だった。
「一年の向田です。会長のご要望通り、夷川を連れて参りました」
まるで自分が連れてきたみたいな言い草に腹が立ち、机の下で思い切り足を蹴り飛ばしてやった。結構痛かったらしく、頬が小刻みに痙攣をしながら必死で表情に出すまいとしていて面白かったので、ついでに足の甲も踏みつけてやった。
まあ座った状態なので大した威力はないのだが、大人しくしているよりマシだ。この不快な空間から脱したく、用件を聞こうと口を開きかけると、
「ほう、そいつが『セイシュン』か」
会長が聞き捨てならない言葉を漏らした。
それはこんな奴から聞きたい言葉じゃない。オレは無意識に会長を睨み付けていたらしく、その背後に控えていた化け物を酷く刺激してしまっていた。馬鹿げた芝居を捨てて、恐らく本性である獰猛な顔がこちらを見据えている。
化け物が動き出さないよう、思わず立ち上がりそうになる自分を押さえ込んで、何も反論しないよう下唇を噛んだ。
「実に愛らしい反応をするじゃないか。随分とあの男に執心しているようだな、夷川」
癇に障る笑いを浮かべ、会長はそう問いかけてきた。オレの反応を面白がっているのだろう、それなら一切悟られないようにしてやる。心を冷静に、メイドがやったみたいに自分の顔から感情を削いでいく。
「あの男もお前を気に入っているようだ。よかったなぁ、相思相愛という奴だ」
オレをからかう為の嘘だと見え見えなのに、心が大荒れになってしまう。本当かもしれないと、会長の言葉の真意を知りたくて、さりげなくを装い顔を上げると一瞬で後悔に押し潰された。
「すまない、さっきのは冗談だ。金城はいつもあんな感じだ。誰彼構わず、な。しかし、お前の方は……冗談では済まされないようだな」
恥ずかしさを抉るように、会長の声はオレに大きなダメージを与える。けれど、恥ずかしさよりも、どこか心が寒くなるような、妙な感情の方が大きくて厄介だった。心が拠り所をなくしたみたいに、足下が揺らいでいた。目の前には問題しかないのに、まともに頭が動いてくれない。
「本当に愛らしい反応をする。顔を上げろ夷川、私を見ろ」
言われるまま会長へと視線をやると、女装が向田に向けていたような表情をこちらに向けていた。
自分の口から指をゆっくりと引き抜き、女装は会長の耳元で何かを囁く。会長はオレを真っ直ぐ見たまま、女装の髪をさっきまで舐められていた指先で梳いた。
会長の膝から腰を上げた女装は、何を思ってか、突然その場にしゃがみ込み机の下に姿を隠す。ぼんやりする頭で、その一部始終を眺めていると、妙な音が耳に入り込んできた。カチャカチャとベルトでも外すような音に、チャックを引き下げるような音。それに続いた溶けかけのアイスをしゃぶるような音に、血の気が一気に引いた。こいつら、本気で頭おかしい!
「あらぁーん。ダメよ、まだお話、終わってないでしょ。まだ帰っちゃダ、メ、よ」
席を立とうとしたら、肩をがっしり掴まれ押さえつけられた。化け物の生臭い息が首筋にかかり、全身を寒気が襲った。化け物の手の温度が、自分の肩に染みこんでいく。吐き気がする。なんとか振り払おうとしたが、上から押さえ込まれてしまうと、完全にお手上げだった。
「うまそうな肌してんなぁ」
耳元で露骨に舌舐めずりをされ、抵抗するのを諦めかけていた自分に火が入った。ゆらゆらと昇る紅茶の湯気の向こうでは、変態までもが会長の膝元に縋り付こうとしている。あぁ、本当に知りたくなかったな。これから三年間を過ごす場所に、こんな胸くそ悪い奴らが居るなんて。
オレはフッと肩の力を抜いた。すると化け物も押さえつけていた手から力を抜き、オレの体を撫でるように手を胸元へと伸ばしてきた。
べっとりと汚泥を塗られている気分だ。無駄に蒸気を発散させているせいか、化け物の顔が徐々に近づいて来る気配が、手に取るように分かった。汚らしい舌をダラリと垂らし、オレの首筋か、頬か、それとも耳か……そこら辺を舐めようとしているらしい。
執拗に胸をじっとりとした手のひらで撫で回すこの馬鹿は、こちらのタイミングを計ったように耳元で合図を送ってくれた。
「お前には、おれのをたっぷりしゃぶらせてやるからな」
こんな連中に遠慮は無用、いや、会長の言うように無礼だ。
オレは手元のティーカップをその中身を化け物の顔面に投げた。咆哮のような絶叫と、無茶苦茶に振り回される腕から椅子を倒しながら逃れる。
狙いの定まらない化け物の拳は、オレの隣に居た向田の側頭部に当たり、盛大に椅子ごとぶっ倒れた。人を売り飛ばそうとした天罰だなと、向田の顛末を横目に、扉へ駆け寄ろうとした瞬間、横開きの扉が弾けるように室内に吹っ飛んできた。
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