圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

お節介と無鉄砲

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「セイシュン、別にお前の事が嫌いとか言ってるんじゃないからな。俺がお前に執着してるって、あいつが勝手に思ってるだけで、それが誤解だって言ってるだけなんだ」

「……嫌いって訳じゃ、ない?」

 先輩の言葉に少しだけ冷静になれた気がした。でも、言葉はちゃんと選択できてないらしく、自分の中にぽつぽつと浮かび上がってくるモノをそのまま出してしまってる感じがする。

「嫌いじゃないよ。嫌いだったら、ここまで構ったりしないだろ、普通」

「……してるじゃん……色んな奴に、色んなおせっかい」

 髭も会長も言っていた。今日の生徒会室でだって、向田を助けてたし、自分を刃物持って追いかけ回す奴を背中に背負って連れ帰ろうとしてた。

 オレが先輩の顔を見つめていると、先輩は思わず胸が締め付けられるような笑顔を浮かべた。

「ここまで色々と世話焼かせてくれるのは、セイシュンくらいだよ」

 それって……単にオレが他の奴より、人一倍迷惑かけまくってるだけじゃね? 全く喜べないんだけど。

「お前にとっては、うっとおしい先輩かもしれないけどな」

 グリグリと撫でられて、思わず目を閉じ、心地よさに身を任せてしまう。うっとおしいなんて思ってる訳ねぇだろ。

「じゃあ……誤解って言わないだろ、それ」

 会長がどう思うかではなく、オレは先輩がどう思ってるかが知りたい。『嫌いじゃない』なんて言い方より、もっと安心出来る言葉が欲しい。どうして、自分がここまで必死なのか、分かりたくなかった。

「会長の言う通りでいいじゃん……何が駄目なんだよ」

 そんな勝手な事を棚上げにして、先輩を見上げ、そう聞いてみれば、困ったような顔をされてしまった。

「セイシュンの事は好きだよ。でも、あれなんだよ。あいつの言ってる意味って、そうゆう好きじゃなくて、その……生徒会的なって言うのかな」

 先輩が言葉を濁しまくってる。言いたい事は分かる。髭に吐いた嘘を信じ込まれているって事だろう。オレは最初の一言で思わず笑いそうになったが、なんとか飲み込んで、落ち着くまでに一呼吸した後、真面目な顔を作って先輩を見た。

「いいじゃん、別に。会長には誤解させとけよ。なんか、そうだった方が良いみたいな言い方してただろ」

「いや、よくない。真山の誤解もほとぼりがさめたら、ちゃんと解くつもりでいる。セイシュンがそんな嫌な役をいつまでも引き受ける事はないんだよ」

 なんでこんな融通がきかないんだ、この人は。だいたい嫌じゃねーし。いや、そういう意味じゃなくて、ホモでも良いって意味じゃなくて、先輩との接点がなくなるのって寂しいって言うか、色々迷惑かけたのオレだし、そもそも誤解の原因ってのがオレの為にやってくれた事だし……。

 頭の中が暴走し始めて、色々と出揃ってようやく気付いた。オレが嫌じゃなくても、先輩が嫌なのかもしれない、と。

「お前も見ただろ。生徒会の様子。あいつらに名前を覚えられるって、それだけで十分すぎるくらい危ないんだよ。だから、どうしても誤解は解きたい。セイシュンは俺と無関係だって事にしたい」

 先輩が嫌だからって理由じゃないのは分かってる。オレが勝手に暴走してるだけだって。それでも、その言葉は受け止めきれない。どんな理由があるにせよ、無関係になんてなりたくない。

「先輩がさ……どんなに言っても無駄だと思うよ。人の話なんて聞かない人だろ、会長って」

 明らかに思い当たる事があるのだろう。先輩は苦い顔をする。オレの頭は、暴走で熱を上げたが、今はどんどん冷えていく。自分でも驚くくらい冷静になっていく。

「先輩はどうなったらいいって思ってる?」

 オレがそう問いかけると、先輩は真っ直ぐこちらを見つめて、なんの迷いもなく答えをくれた。

「セイシュンが平穏無事に三年間を過ごせたらいいと思ってる」

 なるほど……どうして、そう思うのか聞いてみたい気がしたが、それより、なにより、それはかなり無理な相談だというのを今のオレは知っている。先輩との関係の有無に関わらず、それは非常に難しいのだ。

「それは無理だろ」

 オレがそう返すと、先輩は「どうして」と表情で語る。どうもこうもない、何故って、それは

「ここが普通の高校じゃあないからだ。残念ながらオレは圏ガクに居るんだよ。もう、すでに、数えられるくらい恨みも買ってる。先輩とは関係ない所でな」

 肩を竦めて畳に視線を落とす。向田やその取り巻き程度なら、まあ平穏無事と言えない事もないだろうが、久戸と笹倉だったか、あいつらは見るからに根に持ちそうな面してたからな。完全にケンカ売りつけた自覚があるので、余計にそう思うのかもしれないが。

 ちょっと憂鬱になりつつ、視線を上げると先輩が真剣な顔で待ち受けていた。

「一人は久戸だな。あとは、ん、生徒会で絡んでた奴か。他にも居るのか?」

 見事に言い当てられて驚いた。思わず頷いてしまいそうになるが、グッと堪えて言葉を返す。

「そうだけど、それがどうしたの? そいつらの前でちゅーでもしてくれんの?」

 茶化すようなオレの口調に、先輩は怒ったような視線を返してきた。

「それが通用するのは真山くらいだよ。それだと平和でいいんだけどな……その二人とは、一度俺が話してみるよ」

「話して駄目だったら、どうするんだよ。注意されたからって、大人しくしてるような奴らじゃなさそうだったけど?」

 意地の悪い言い方だなと、自分でも思う。それでも自己嫌悪を無視して、先輩の答えを待っていた。

「セイシュンには何もさせないよ。心配ないから」

 どんどん先輩の顔つきが険しくなっていく。心の底から、自分は嫌な奴だと思った。それでも、先輩に認識を改めて貰うまでは止める訳にはいかない。

「ぶちのめしてくれんの? あいつらを」

「…………そうだよ」

 オレ、嫌われたかな。ごめん、先輩。嫌な事、言わせて。

 オレは何も言わず、その強ばった頬に手を伸ばした。図体はでかいくせに、顔は小さめなんだな。肌も少しカサカサしてる。あーなんだろ、このまま、ちゅーでもして驚かせてやりたい。もちろん、しないけど。

 何をしたいのか分からないのだろう。先輩が戸惑ってるのが指先からも伝わってくる。何か言いかけたその瞬間を見計らい、オレは思いっきり指先に力を込めた。そして力の限り、先輩のほっぺたを横へと引っ張り伸ばす。

「馬鹿な事ばっか考えてんじゃねぇよ。そんなふうに考えてたら、学校中の奴をぶちのめさなきゃいけなくなるぞ。オレの無鉄砲を舐めんなよ!」

 威張って言うような台詞じゃないだろ! と、先輩はふひゃふひゃした言語でツッコんで来た。座ったままの先輩を見下ろすオレは強気なのだ。中腰で啖呵切るのは、中々骨が折れるけどな。

「生徒会の事だってなぁ、こんなふうに会長から呼び出されなくても、いずれ同じような結果になってた。クラスで生徒会に入ってるって自慢気に口にする奴と、入学前から睨み合ってるんだぞ、オレは!」

 早々にツッコミを放棄したらしい先輩は、ほっぺたを弄られながらも、ジッとオレを見上げてくる。

「あんたが無関係だったら、オレ、あの化け物共に今頃……掘られてたと思う」

 考えたくもない事を口にして、背筋に悪寒が走った。けれど、それは紛れもない事実だ。あのまま先輩が来てくれなかったら、睡眠薬入りの菓子を口にねじ込まれて、多分そのまま……。

「セイシュン」

 手の力が抜けていたらしい。先輩はまともな言語を取り戻し、オレの名前を呼んでくれた。その響きが、初めて会った時から変わっていない事に心底ホッとしている自分が居る。

「だから、だからって理由だけでもないけど……無関係にしたいなんて言うなよ。オレ、迷惑しかかけてないけど、いつかちゃんと、お礼とか、するから」

 もっとビシッと言ってやるつもりが、情けないかなグタグタになってしまった。いつかっていつだよ! お礼って何するつもりだよ! 本当にいい加減で、先輩の顔をしっかりと見ていられなくなり、その場で崩れ落ちるように座り込んだ。

 自慢にもならないが、オレは本当に何も持っていない。あいつらが仕送りなんて寄越すとは思えないから、金は今ある微々たる小銭くらいだし、得意な事って何一つないから、先輩にしてあげられる事もない……狭間みたいに家事が得意だったら、身の回りの世話とか出来るのかもしれないが、今のオレがやろうとすると確実に先輩の仕事を増やす自信がある。

 ヤバイ……本気で顔を上げられなくなってきた。先輩にオレとの関係を断ち切りたいって思われても文句言えない。現状、先輩がオレとの関わりで得られるモノって迷惑だけだもんな。

「お礼か……そうだなぁ」

 オレが自分の情けなさに肩を落としていると、先輩は何か考えているらしく、ぼんやりそう呟いた。その後、何か悩むような小さな唸り声が聞こえていたが、答えが出たのかポンと手を叩き、先輩はオレのしょげ返った頭の上で

「じゃあ次、セイシュンが無鉄砲やらかしたら、その時はお礼にちゅーでもして貰おうかな」

どう反応していいのか分からない提案をした。どう反応するのが正解か分からないのに、オレは勢いよく顔を上げて、先輩の顔を見上げてしまう。

「そ、そそ、そんなの、礼になんのかよ!」

 動揺ってか、今回の分と称して飛びかかってしまいそうな自分を押さえる為に、言葉が少々怪しくなったが、気にせずジッと先輩の目を見つめた。そこには、いつもの暢気な顔があって、いつもの安堵を運ぶ優しい目があって、あぁまた気を遣われたなと分かってしまった。

 その証拠に、オレの頭に温かな手が置かれると、自分の中にあった欲求が見る見る内に萎んでいく。先輩のそういう雰囲気は心地良いんだけど、ある種のバリアみたいになってしまっていた。

「なるよ。嫌じゃないって言っただろ? まあ、セイシュンにとっては、無鉄砲をやらかさない為の抑止力にもなるしさ、一石二鳥だろ」

 ゆるく笑う表情にオレが抱える何かは窺えない。それに似たモノすらなさそうなのは、さすがに落ち込む。オレはちょっとふて腐れて、先輩に意地の悪い事を言ってみた。

「オレだって嫌じゃなかったって言ってるじゃん。オレにとっても先輩は最初で最後の相手なんだからな」

 他の奴とする気なんてない。てか、普通はしないだろ。おかしそうに笑う先輩に、オレは冗談では済まない事を言おうとしていた。

「たまには……誰かと、その……アレだよ。その、うん。したいって思うかも、だから……あんまり抑止力にはならないと思うよ、このお礼」

 オレとしては、自分の中で一線をかなり越えた所に足を踏み入れてしまった感が強いのに、先輩は何も感じてはいないらしく「そうか」と軽い調子で笑って見せた。

 そのまま、その日は他愛ない話をして終わった。キスの事も、今後の事も、何も満足に話せず、その話題はいつしか部屋の隅のへと追いやられてしまっていた。極々自然に。
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