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学生の本分
学校暮らし!
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「セイシュン?」
先輩の声、優しくて、大好きな声だ。
「どうしたんだ。腹でも痛いのか?」
オレの背中や頭を撫でてくれる大きな手、泣きたいのに顔が自然とにやけてくる。
「体調悪いなら医務室に行こう。セイシュン、一人で歩けるか? 無理そうなら俺が連れてってやるからな」
顔を上げると、心配そうな先輩の表情が、目の前にあった。一番好きなのは、暢気そうに笑っている顔だけど、これも捨てがたい。
ジッと見つめると、どうした? と視線で聞いてくる。アイコンタクトとか普通に使うなよ。益々オレが自分に都合良く勘違いするだろ。
「……狭間に……はしゃぎすぎって怒られた」
多分、間違ってないと思う。そう言うと、先輩はホッとしたように破顔して、少し乱暴にオレの頭をグリグリと撫で回した。
「セイシュンが怒られたなら、俺も一緒だな。ん、しっかり反省しよう」
食堂では騒がないと呟きながら、うんうんと頷く先輩を見ていると、なんだか気持ちが軽くなった。現金なものだ。
「セイシュンもちゃんと反省したか?」
神妙に頷くと、先輩はオレの腕を引いて立ち上がらせてくれた。
「じゃあ、行くか」
片手にオレの靴を持ち、もう一方ではオレの手を握って、先輩はゆっくり歩き出す。あったかいモノと冷たいモノが混ざり合った気持ちが、先輩を呼び止める。後悔するかもしれないと分かっているのに、女々しくもオレは情けない問いを口にする。
「どうしてオレなんかを構ってくれるの?」
振り返った先輩は、オレの情けない顔を見て、一瞬だけポカンとした後、おかしそうに笑ってくれた。
「お前と一緒だと楽しいからだよ」
どうして、この人はオレの欲しいモノが分かってしまうんだろう。見透かされたようで、少し悔しい。それでも、その言葉に少しくらいは先輩の本心も混ざっているように思えて、安堵してしまった。
真っ昼間から、手を繋いで歩く訳にはいかず、階段を下りると先輩は自然と手を離した。名残惜しくて、今度は自分から手を繋いでしまいそうになったが、ついさっき反省をしたばかり、全力で我慢する。
「先輩の部屋って、新館の方? それとも校舎の方?」
先輩に触れたくてウズウズする気持ちを押さえつけ、行き先を尋ねてみた。今から行くのは校舎の方だろうが、前に訪ねた時に追い返されてしまった新館にある先輩の部屋も、実はずっと気になっていたのだ。
「俺の部屋は校舎にしかない」
嫌そうな顔で断言されてしまった。なんでそこまで嫌がるのか怪訝に思っていると、何かを思い出したらしく、先輩は大きく身震いした。
「しょうがないとは言え、あの部屋での謹慎は辛かった」
旧館の玄関を出て、しみじみと隣の建物、新館の壁を見上げながら言う先輩。謹慎の原因を作らせてしまった身としては、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「先輩、会長と仲悪いの?」
「仲悪いと言うか、それ以前の問題だな。羽坂は共同生活とか一番しちゃいけない人種だ。人としての常識はもちろん、理性すら持ち合わせてないから」
豪奢な生徒会室を思い出すと、一般常識など通用しない人物なのは想像に難くないが、人としての理性すらってどういう意味だろう?
「謹慎中、毎日のように何人も連れ込みやがってさ。そいつら全員の垂れ流す様が絶えず視界の端に映り込むんだ。そんな広い部屋って訳じゃないから、ヘタしたらこっちまで飛んで来そうで全くの無視も出来なくて……もう、ほんと地獄だった」
真っ白に燃え尽きた表情で淡々と語られ、新館への興味は瞬く間に引っ込んだ。てか、それ以上は恐すぎて聞けなかった。あの時、変態に付いて行かなくて本当によかった。
「あ……だから、来るなって言ったんだ。あの時」
先輩の口から出た絶交という単語が衝撃的で、理由とか考える余裕はなかったが、単に拒絶されたのではないと知って、今更ながらホッとしてしまう。
「まあ、そうゆう訳だ。だから、今から行くのは校舎の方な。冷房はないが、男の尻を拝まなくていい安心安全快適な部屋だぞ」
復活した先輩は、ちょっと誇らしげに胸を張って見せた。
「勝手に住み着いてるの、バレたら怒られるだろ」
「んー、あの階は一応な、基本的に教師は入らないって暗黙の了解があるんだ」
確かに授業で使うような教室はなかったが、だからって学校に住み着いていいとは寛大すぎる。
「歴代番長のテリトリーならしいぞ。まあ、今は真山が番長だからなぁ、立ち入り禁止みたいな雰囲気はないけど、ここの教師ってOBが多いせいか、そういうの尊重してくれてるみたいだ」
圏ガクの教師の柄が悪い理由はそれか。妙に納得してしまった。
校舎に向かう途中、ちらほらと補習回避組も見られたが、殆ど三年ならしく、新館の方へと吸い込まれていったので、あまり人目を気にする必要はなく助かった。まあ、こうゆう現状を承知で誘ってくれたのだろう。遠慮無く、先輩の隣を歩く。
下駄箱で上靴に履き替え、先輩の部屋へと足を向けたのだが、俺は肝心の物が手元にない事に気付き「あっ」と声を上げて立ち止まった。隣を歩いていた先輩が、どうしたと言いたげな顔でこちらを振り返る。
「ごめん、先輩。オレ、教科書とか教室に置きっ放しなんだ。ちょっと先に行ってて。すぐに取って来る」
今は補習の真っ最中だと思うが、自習する為に取りに行くのだから、咎められたりはしないはず。来た道を戻ろうと背中を向けると、先輩がオレの腕を掴んで待ったをかけた。
「補習中に関係ない奴が出入りするのは止めた方がいい。殺気立ってるから、みんな」
教科書は自分のを貸してやると言う先輩に甘え、オレは手ぶらで先輩の部屋へ、遊びに行くような感覚を拭えぬまま向かった。
階を上がる毎に上昇するような気温に、多少うんざりしつつも、先輩の部屋へ入れる事にテンションが上がってしまう。キャンプの準備で何度も出入りしているが、何度でも同じ気持ちになるのだ。……我ながら、おめでたい頭をしているなと思う。
当然のように鍵のかかっていない扉を開けると、乾いた風が勢いよく抜けていく。窓から照りつける日差しで茹だった空気が、一瞬で入れ換えられたようで、部屋の中はどこか爽やかな暑さが居座っていた。
部屋の一角を占領するガラクタの山に目をやる。ガラクタとは失礼な、敷地内を探し回って発掘したキャンプ用品一式だ。
しかし見れば見るほどにゴミの山だな。唯一ゴミに見えないのは、先輩が普段から使っている寝袋ぐらい……まあ、他は廃棄されていた物を集めて、それらしい物(テントなど)を自作した正真正銘のガラクタなんだけどな。
これで本当にキャンプなんて出来るのかと思わないでもないが、奮闘した日々を思い返すと、自然と口元が緩んでしまった。
ガタガタと隣の部屋から机を運び込んできた先輩は、その表面をサッと手のひらで撫でると顔を顰め、衣類の山から引っ張り出してきたタオルを手に、そそくさと部屋を出て行ってしまう。手持ち無沙汰になったオレは、隣の部屋へと続く扉を興味本位で覗き込む。
初めてここに来た日、オレが潜り抜けた机や椅子は、台風でも通り過ぎたように扉の前から一掃されていた。あの時、オレを探していた奴らが蹴ったか投げたかしたまま、ものの見事に放置されていた。
埃っぽい教室に入ると、前に見た時は暗くて見えなかった全貌を目の当たりにし、先輩の言っていた、この階が生徒だけのテリトリーというのは本当なんだなと実感した。
壁には時代を感じさせる切り抜きが一面に貼られ、床にはいくつも煙草の吸い殻が落ちている。隅の方ではジュースやアルコールの缶が潰れて放置されているし、何年も前の週刊誌が塔のように積み上げられ、黒板は馬鹿な書き込みだらけだ。所々に点々とドス黒い染みの散る床を避けながら、それらにそろりと近づく。
黒板に書かれた文字を一つ一つ、なんとはなしに目で追う。どれも実にバカバカしく品のない落書き、中には今も絶賛教鞭を振るっている教師の名前もいくつか見て取れる。オレらが教室で駄弁っている内容と大差ない落書きを見ていると、ちょっと面白くなってしまい、汚い字を判読する事にした。
『ヤリマンみゆみゆ』
『ヤらせて若狭チャン』
『生好きユッキーサイコー!』
壁に貼られたエロ雑誌の切り抜き、その一部が黒板にも出張していた。その周りに書かれている卑猥な戯れ言は、実に男子校らしい。とは言え、あまりの多さにうんざりし始めた頃、オレは見知った名前を見つけて少しギョッとした。
読み流したどうでもいい妄言の後に見た、チョークが砕けるくらいの筆圧で書かれていた『金城』という名前とそれに向けられた悪意ある言葉にゾクッと背筋が寒くなった。
「何か面白いものでもあったか?」
戻ってきていた事に全く気付かなかったオレは、突然聞こえてきた先輩の声に驚いてしまう。振り返ると、真っ黒になった元タオルの雑巾を片手に、首を傾げている先輩が扉からこちらを覗いていた。
「…………ここ。ここに先輩の名前がある」
書き込みを指さし伝える。黒板を見に来た先輩は「本当だ。俺の名前が書いてある」と暢気そうに笑った。
「すごい嫌われてるなぁ」
圏ガクでは日常的に聞く言葉だが『死ね』や『殺す』など書かれた黒板を前に、本人はあまりに暢気だがオレは居心地悪くなった。
先輩の声、優しくて、大好きな声だ。
「どうしたんだ。腹でも痛いのか?」
オレの背中や頭を撫でてくれる大きな手、泣きたいのに顔が自然とにやけてくる。
「体調悪いなら医務室に行こう。セイシュン、一人で歩けるか? 無理そうなら俺が連れてってやるからな」
顔を上げると、心配そうな先輩の表情が、目の前にあった。一番好きなのは、暢気そうに笑っている顔だけど、これも捨てがたい。
ジッと見つめると、どうした? と視線で聞いてくる。アイコンタクトとか普通に使うなよ。益々オレが自分に都合良く勘違いするだろ。
「……狭間に……はしゃぎすぎって怒られた」
多分、間違ってないと思う。そう言うと、先輩はホッとしたように破顔して、少し乱暴にオレの頭をグリグリと撫で回した。
「セイシュンが怒られたなら、俺も一緒だな。ん、しっかり反省しよう」
食堂では騒がないと呟きながら、うんうんと頷く先輩を見ていると、なんだか気持ちが軽くなった。現金なものだ。
「セイシュンもちゃんと反省したか?」
神妙に頷くと、先輩はオレの腕を引いて立ち上がらせてくれた。
「じゃあ、行くか」
片手にオレの靴を持ち、もう一方ではオレの手を握って、先輩はゆっくり歩き出す。あったかいモノと冷たいモノが混ざり合った気持ちが、先輩を呼び止める。後悔するかもしれないと分かっているのに、女々しくもオレは情けない問いを口にする。
「どうしてオレなんかを構ってくれるの?」
振り返った先輩は、オレの情けない顔を見て、一瞬だけポカンとした後、おかしそうに笑ってくれた。
「お前と一緒だと楽しいからだよ」
どうして、この人はオレの欲しいモノが分かってしまうんだろう。見透かされたようで、少し悔しい。それでも、その言葉に少しくらいは先輩の本心も混ざっているように思えて、安堵してしまった。
真っ昼間から、手を繋いで歩く訳にはいかず、階段を下りると先輩は自然と手を離した。名残惜しくて、今度は自分から手を繋いでしまいそうになったが、ついさっき反省をしたばかり、全力で我慢する。
「先輩の部屋って、新館の方? それとも校舎の方?」
先輩に触れたくてウズウズする気持ちを押さえつけ、行き先を尋ねてみた。今から行くのは校舎の方だろうが、前に訪ねた時に追い返されてしまった新館にある先輩の部屋も、実はずっと気になっていたのだ。
「俺の部屋は校舎にしかない」
嫌そうな顔で断言されてしまった。なんでそこまで嫌がるのか怪訝に思っていると、何かを思い出したらしく、先輩は大きく身震いした。
「しょうがないとは言え、あの部屋での謹慎は辛かった」
旧館の玄関を出て、しみじみと隣の建物、新館の壁を見上げながら言う先輩。謹慎の原因を作らせてしまった身としては、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「先輩、会長と仲悪いの?」
「仲悪いと言うか、それ以前の問題だな。羽坂は共同生活とか一番しちゃいけない人種だ。人としての常識はもちろん、理性すら持ち合わせてないから」
豪奢な生徒会室を思い出すと、一般常識など通用しない人物なのは想像に難くないが、人としての理性すらってどういう意味だろう?
「謹慎中、毎日のように何人も連れ込みやがってさ。そいつら全員の垂れ流す様が絶えず視界の端に映り込むんだ。そんな広い部屋って訳じゃないから、ヘタしたらこっちまで飛んで来そうで全くの無視も出来なくて……もう、ほんと地獄だった」
真っ白に燃え尽きた表情で淡々と語られ、新館への興味は瞬く間に引っ込んだ。てか、それ以上は恐すぎて聞けなかった。あの時、変態に付いて行かなくて本当によかった。
「あ……だから、来るなって言ったんだ。あの時」
先輩の口から出た絶交という単語が衝撃的で、理由とか考える余裕はなかったが、単に拒絶されたのではないと知って、今更ながらホッとしてしまう。
「まあ、そうゆう訳だ。だから、今から行くのは校舎の方な。冷房はないが、男の尻を拝まなくていい安心安全快適な部屋だぞ」
復活した先輩は、ちょっと誇らしげに胸を張って見せた。
「勝手に住み着いてるの、バレたら怒られるだろ」
「んー、あの階は一応な、基本的に教師は入らないって暗黙の了解があるんだ」
確かに授業で使うような教室はなかったが、だからって学校に住み着いていいとは寛大すぎる。
「歴代番長のテリトリーならしいぞ。まあ、今は真山が番長だからなぁ、立ち入り禁止みたいな雰囲気はないけど、ここの教師ってOBが多いせいか、そういうの尊重してくれてるみたいだ」
圏ガクの教師の柄が悪い理由はそれか。妙に納得してしまった。
校舎に向かう途中、ちらほらと補習回避組も見られたが、殆ど三年ならしく、新館の方へと吸い込まれていったので、あまり人目を気にする必要はなく助かった。まあ、こうゆう現状を承知で誘ってくれたのだろう。遠慮無く、先輩の隣を歩く。
下駄箱で上靴に履き替え、先輩の部屋へと足を向けたのだが、俺は肝心の物が手元にない事に気付き「あっ」と声を上げて立ち止まった。隣を歩いていた先輩が、どうしたと言いたげな顔でこちらを振り返る。
「ごめん、先輩。オレ、教科書とか教室に置きっ放しなんだ。ちょっと先に行ってて。すぐに取って来る」
今は補習の真っ最中だと思うが、自習する為に取りに行くのだから、咎められたりはしないはず。来た道を戻ろうと背中を向けると、先輩がオレの腕を掴んで待ったをかけた。
「補習中に関係ない奴が出入りするのは止めた方がいい。殺気立ってるから、みんな」
教科書は自分のを貸してやると言う先輩に甘え、オレは手ぶらで先輩の部屋へ、遊びに行くような感覚を拭えぬまま向かった。
階を上がる毎に上昇するような気温に、多少うんざりしつつも、先輩の部屋へ入れる事にテンションが上がってしまう。キャンプの準備で何度も出入りしているが、何度でも同じ気持ちになるのだ。……我ながら、おめでたい頭をしているなと思う。
当然のように鍵のかかっていない扉を開けると、乾いた風が勢いよく抜けていく。窓から照りつける日差しで茹だった空気が、一瞬で入れ換えられたようで、部屋の中はどこか爽やかな暑さが居座っていた。
部屋の一角を占領するガラクタの山に目をやる。ガラクタとは失礼な、敷地内を探し回って発掘したキャンプ用品一式だ。
しかし見れば見るほどにゴミの山だな。唯一ゴミに見えないのは、先輩が普段から使っている寝袋ぐらい……まあ、他は廃棄されていた物を集めて、それらしい物(テントなど)を自作した正真正銘のガラクタなんだけどな。
これで本当にキャンプなんて出来るのかと思わないでもないが、奮闘した日々を思い返すと、自然と口元が緩んでしまった。
ガタガタと隣の部屋から机を運び込んできた先輩は、その表面をサッと手のひらで撫でると顔を顰め、衣類の山から引っ張り出してきたタオルを手に、そそくさと部屋を出て行ってしまう。手持ち無沙汰になったオレは、隣の部屋へと続く扉を興味本位で覗き込む。
初めてここに来た日、オレが潜り抜けた机や椅子は、台風でも通り過ぎたように扉の前から一掃されていた。あの時、オレを探していた奴らが蹴ったか投げたかしたまま、ものの見事に放置されていた。
埃っぽい教室に入ると、前に見た時は暗くて見えなかった全貌を目の当たりにし、先輩の言っていた、この階が生徒だけのテリトリーというのは本当なんだなと実感した。
壁には時代を感じさせる切り抜きが一面に貼られ、床にはいくつも煙草の吸い殻が落ちている。隅の方ではジュースやアルコールの缶が潰れて放置されているし、何年も前の週刊誌が塔のように積み上げられ、黒板は馬鹿な書き込みだらけだ。所々に点々とドス黒い染みの散る床を避けながら、それらにそろりと近づく。
黒板に書かれた文字を一つ一つ、なんとはなしに目で追う。どれも実にバカバカしく品のない落書き、中には今も絶賛教鞭を振るっている教師の名前もいくつか見て取れる。オレらが教室で駄弁っている内容と大差ない落書きを見ていると、ちょっと面白くなってしまい、汚い字を判読する事にした。
『ヤリマンみゆみゆ』
『ヤらせて若狭チャン』
『生好きユッキーサイコー!』
壁に貼られたエロ雑誌の切り抜き、その一部が黒板にも出張していた。その周りに書かれている卑猥な戯れ言は、実に男子校らしい。とは言え、あまりの多さにうんざりし始めた頃、オレは見知った名前を見つけて少しギョッとした。
読み流したどうでもいい妄言の後に見た、チョークが砕けるくらいの筆圧で書かれていた『金城』という名前とそれに向けられた悪意ある言葉にゾクッと背筋が寒くなった。
「何か面白いものでもあったか?」
戻ってきていた事に全く気付かなかったオレは、突然聞こえてきた先輩の声に驚いてしまう。振り返ると、真っ黒になった元タオルの雑巾を片手に、首を傾げている先輩が扉からこちらを覗いていた。
「…………ここ。ここに先輩の名前がある」
書き込みを指さし伝える。黒板を見に来た先輩は「本当だ。俺の名前が書いてある」と暢気そうに笑った。
「すごい嫌われてるなぁ」
圏ガクでは日常的に聞く言葉だが『死ね』や『殺す』など書かれた黒板を前に、本人はあまりに暢気だがオレは居心地悪くなった。
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