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圏ガクの夏休み
圏ガクの女神
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「私は先生ほど甘くはない。その痛みを覚えておくことだ。今のはお前らが本を無茶苦茶にした事への罰だと思え」
再びオレの正面へ回り込んだ女神は、ケツを抱えて蹲る男子の前で腕を組み仁王立ちなされた。これぞ飴と鞭か……そんなふうに思ってしまう眺めに平伏したい気分だったが、これ以上罰を受けたら自力で立ち上がる自信はない。痛みからくる切実な反省を口にして、なんとか立ち上がる。
「見てみろ、この本を。古本とは言え、まだまだ読める状態だったのに、ここまで破損の酷い物は、誰にも本として手に取って貰えない」
目の前に積まれた本の山から一冊、手渡されたそれを見れば確かに酷い。踏み付けられた足跡に折れや破れ、本として体裁をなしていない物も数多くある。
「反省は口先だけで済むものではない。しっかり行動で示すものだ」
もっともな言葉に素直に頷くと、女神の雰囲気が柔らかくなるのが分かった。
「いきなり手荒な真似をして悪かったな。私は橘だ。説明が面倒なのでフルネームは名乗らないようにしている。イナツギかエビスガワだったかな?」
「はい、オレは夷川と言います。もう一人の稲継先輩は霧夜先生が、その、面談のような事をされるそうで、遅れています」
「了解した。では夷川、そこに昼食用にパンを買って来てある。適当に腹ごしらえをしてから、作業を手伝ってくれ」
あのケツバットのような強烈な蹴りからは想像出来ない、思わず見とれる華やかな笑顔を浮かべて女神は本の中へと戻って行った。
女神が視線で指した通り、教卓にはビニール袋と数本のペットボトル飲料が置いてあった。連日連食缶詰などという不健康な生活が続いていたせいで、数日ぶりのまともな食い物に頭より先に体が動き、遠慮するという気持ちが欠片も湧かず、本に埋もれた部屋の奥にまで届く大きな声で「いただきます」と言うなり、中身に手を伸ばした。
中身は奉仕活動時に朝食のサンドウィッチを用意してくれる梅川製パンの総菜パンで、小吉さんと食べた贅沢カレーパンもあった。色々なパンを五個ほど腹におさめて、お茶で水分補給をし、オレも片付けに参加する。
霧夜氏はオレらの片付け方についても女神に説明していたらしく、やたら「無理に運ぼうとするな」と注意を受けた。おかげで、オレが破壊神としての本領を発揮する事はなく、しっかりと本日の成果を実感出来るくらいに片付けは捗った。
「帰る前に先生に挨拶しておきたいんだが、どこにいるか知っているなら案内を頼めないか?」
部屋全体を眺めれば台無しになる達成感を前に、女神はパンの入ったビニール袋から一つを取り出すと、残りをオレに手渡しながら聞いてきた。
「えっ、帰るんですか。暫く滞在するんじゃあ……」
チーズたっぷりのピザパンを頬張りながら女神は「心配するな」と豪快に笑う。
「明日の昼前にまた来るさ。ここを一人で片付けろとは言わないから安心しなさい」
ホテルや旅館といった、宿泊施設が近場にあるとは思えない。あったとしても、圏ガクにわざわざ通うのは大変だろうと、寮に泊まる事を提案してみたのだが、知人の家でお世話になっているそうで丁重に断られてしまった。
決して下心があった訳ではないが、この男ばかりのむさ苦しい夏の圏ガクに一時の清涼剤として女神がいたら、もしかしたら嬉しいハプニングがあったかもしれない、そう思うと心の底から落胆した。
霧夜氏の所にまで案内する事になり、帰り支度を済ませた女神と旧館へ向かう。道中、第二図書室で大暴れした不届き者の片割れ、稲継先輩の事が話題に上がり、これ幸いと現状マイナススタートの好感度を少しでも上げようと、有ること無いこと色々と話した。
最悪、また窓から吊される可能性もあるが、女神との年齢の差や稲継先輩の大人げないまでの人見知りとか、オレがパッと思いつくだけでも相当に険しそうな恋路なのだ。文句や苦情を言ってきたら、縋れるモノなら藁でも縋る精神で行くべきだと説得しよう。
「そうか、文芸部が出来たのか。それはさぞお喜びになっただろう……ん、しかし、どうして文芸部を作ろうと思うような奴が、あそこまで本をぞんざいに扱うのか」
女神自身も霧夜氏と同じく司書をしていると聞いていたので、稲継先輩が文芸部を発足させた事は好印象に違いないと思い話したのだが、既にボロが出てしまった。
「そ、えーっと、それはですね! そのオレ……が……あ! オレが文芸部の事をダサいと言って馬鹿にしたせいなんです。『霧夜先生とおれの文芸部を馬鹿にすんな!』って、すごい剣幕で」
即席の言い訳に「馬鹿にしているのか?」と睨まれてしまったが、畏まって「改心しました」と言えば肩パン一つで許してくれた。スキンシップは嫌ではないが、少々痛いのが玉に瑕だな。
「本を読みもせず堂々と図書室に居座る奴もいるからな。少しやんちゃすぎる気もするが、先生の読書好きに付き合ってくれる熱心な生徒がいてくれるのは僥倖だな」
本を読みもせず堂々と図書室に居座る奴って、それ稲継先輩の事なんじゃあと思いもしたが、女神の学校にいる変な生徒の事らしく、本を開くのを徹底的に邪魔してくるという迷惑と言うか異常な奴がここ最近の悩みの種らしい。
溜め息を吐きながらも、どこか楽しそうに学校の事を話す女神と、旧館の玄関をくぐる。奉仕作業組はまだ帰って来ておらず、館内は静かなものだった。校舎と違って、旧館の玄関口に履き物など用意されていないので、近くの部屋を漁り来客用のスリッパを発掘して、女神の前に揃えたのだが
「私は大丈夫だ。それは君が履きなさい」
スッと避けられてしまった。女神は履いていた靴をヒョイと片手で摘まみ、ペタペタと裸足で廊下を歩き出す。反省室への道筋を説明すると、足の裏が汚れるのも気にせずズンズンと先へ行ってしまうので、オレも慌てて追いかけようとしたが、ふと横へ目を向けるとガランとした食堂の中に目的の後ろ姿を見つけてしまう。
読書に夢中の霧夜氏は、大声で呼びかけようと平気でスルーしてくれるので、女神を一人反省室へ向かわせ、オレは食堂に立ち寄る。まだ日も沈んでいないのに、非番なのか既に晩酌中の野村に軽く頭を下げ、湯飲み一つ机にポツンと置いて黙々と読書中の霧夜氏の前に立つ。
「おや、夷川君ではありませんか、片付けの方は終わりましたか?」
あの部屋が一日で片付く訳ねーだろとツッコミを入れたくなったが我慢。目の前に立って、即座に気付いてくれただけ上等だ。
「橘さんが先生に挨拶がしたいと言われ、案内してきました」
読みさしの本へ押し花だろうか、キレイな花のしおりを挟み、霧夜氏は読書モードを終了してくれる。
「あの、霧夜先生。稲継先輩はどうなりましたか?」
気になっていた事をずばり口にすると、氏は首を傾げ「稲継君?」と呟き、何故か疑問符をプカプカさせ始めた。反省が見えないから話してみると言っていた事を小声で伝えれば、明らかに忘れていた響きの声を上げる。
「すいません。すっかり忘れていました。年を取ると物忘れが多くなっていけませんね」
朗らかに笑う霧夜氏は、誤魔化すように横の椅子に積まれていた本を隠そうと、椅子を机の下へと押し込んだ。
多分、忘れていたのは年のせいではないんだろうな。霧夜氏の中では読書が最優先事項で、オレらの事なんて二の次でしかないのだ。
「夷川、あの部屋はなんだ。まるで牢屋じゃないか。先生もいないし、一体どうなっているんだ」
霧夜氏が女神の元へ向かおうと腰を上げた時、少し興奮したような色っぽい声を上げて女神が食堂に飛び込んで来た。
女神の疑問に「アレが圏ガクの反省室です」と教えれば「信じられん」と顔を手で覆ってしまわれた。実に健全な反応に苦笑しつつも、女神と入れ替わり食堂を出る。向かうのは、もちろん反省室だ。
昼間一瞬躊躇した、稲継先輩への助言をする為、霧夜氏が女神と話している隙に急ぎ地下へ下りた。ひんやりした空気の中、一番奥の独房へ駆け寄り、鉄格子を掴んで声をかける。
「稲継先輩! 女神もう来てますよ。いつまでここに居るつもりですか!」
檻の中でベッドに横になって、狸寝入りを決め込む童貞を叩き起こす。ガバッと起き上がった稲継先輩は、オレの姿を確認するなり「聞いたか!」と訳の分からない事を言ってきた。オレの「はぁ?」と思わず出た後輩にあるまじき返事を無視して、稲継先輩は気合いの入った声で
「女神のスリーサイズに決まってるだろうがッ!」
オレらが仲良く反省室に入る事になった原因をほじくり返した。
初対面の相手にする質問ではない。面識があるからと言って出来る質問でもないがな。てか、どんだけ知りたいんだよ、この人。もう呆れるのを通り越して、なんとか聞き出してやりてぇーよバカ。
「ここから出たけりゃ、霧夜先生に反省の意思をちゃんと見せて下さい。変な意地張ってたら、あっと言う間に女神が帰っちゃいますよ」
悠長にしていたら、何の進展もなく女神を帰してしまう事になりかねない。とにかく稲継先輩を反省室から出さなくては。そう必死で訴えるも『反省』の言葉を聞くや、稲継先輩は迷うような表情を見せながらも、自分には関係ないとでも言うようにオレに背中を向けやがった。
教師や学校には迎合しないという意思表示なのだろうが、そんな安っぽいプライドはブチ砕く。
「女神、かなり積極的な人でしたよ。すげぇいい匂いだし、スキンシップもビビるくらい多いし。明日からも図書室で二人きりとか、ちょっとヤバイかもなぁ」
煽るように今日の出来事を報告してやると、ものすごい勢いで稲継先輩が鉄格子に突撃してきた。鼻息が異常に荒くて、目が血走っている。すごくおっかない。
「スキンシップってなんだッ! どこ触ったッ!」
檻の中に入れられた猛獣のように、鉄格子を激しく揺らす稲継先輩から距離を置こうと一歩退いたが間に合わず、襟ぐりを掴まれてしまい無理矢理引き寄せられ、頬を思い切り打ちつけてしまった。
頬は痛いし、顔に鼻息はかかるし、いい加減腹が立ったので、シャツを犠牲にして強引に拘束から逃れてやる。そして、お望みの答えを聞かせてやると、現実は童貞の妄想を越えていたらしく、途端に大人しくなった。もう一押しか。
「……明日は……おっぱい、かもしれないなぁ」
おっぱいという単語に見る見る力を取り戻した稲継先輩は、後輩の前だというのに形振り構わず机に向かうと、猛烈な勢いで反省文を量産し出した。それを見届け、オレは反省室を後にする。
一応嘘は吐いていない。女神はオレのケツを触ったし、明日はオレのおっぱいを触るかもしれない。決して嘘ではないのだ。稲継先輩が勝手に勘違いしているだけで。
「……あの調子だと告白どころか、痴漢騒ぎになるかもな」
まあ、それはそれで面白そうだ。少なくとも、反省室で一人引きこもっているよりは断然いいだろう。何もせずに終わるより断然いい……女神にとっては迷惑かもしれないけどな。
再びオレの正面へ回り込んだ女神は、ケツを抱えて蹲る男子の前で腕を組み仁王立ちなされた。これぞ飴と鞭か……そんなふうに思ってしまう眺めに平伏したい気分だったが、これ以上罰を受けたら自力で立ち上がる自信はない。痛みからくる切実な反省を口にして、なんとか立ち上がる。
「見てみろ、この本を。古本とは言え、まだまだ読める状態だったのに、ここまで破損の酷い物は、誰にも本として手に取って貰えない」
目の前に積まれた本の山から一冊、手渡されたそれを見れば確かに酷い。踏み付けられた足跡に折れや破れ、本として体裁をなしていない物も数多くある。
「反省は口先だけで済むものではない。しっかり行動で示すものだ」
もっともな言葉に素直に頷くと、女神の雰囲気が柔らかくなるのが分かった。
「いきなり手荒な真似をして悪かったな。私は橘だ。説明が面倒なのでフルネームは名乗らないようにしている。イナツギかエビスガワだったかな?」
「はい、オレは夷川と言います。もう一人の稲継先輩は霧夜先生が、その、面談のような事をされるそうで、遅れています」
「了解した。では夷川、そこに昼食用にパンを買って来てある。適当に腹ごしらえをしてから、作業を手伝ってくれ」
あのケツバットのような強烈な蹴りからは想像出来ない、思わず見とれる華やかな笑顔を浮かべて女神は本の中へと戻って行った。
女神が視線で指した通り、教卓にはビニール袋と数本のペットボトル飲料が置いてあった。連日連食缶詰などという不健康な生活が続いていたせいで、数日ぶりのまともな食い物に頭より先に体が動き、遠慮するという気持ちが欠片も湧かず、本に埋もれた部屋の奥にまで届く大きな声で「いただきます」と言うなり、中身に手を伸ばした。
中身は奉仕活動時に朝食のサンドウィッチを用意してくれる梅川製パンの総菜パンで、小吉さんと食べた贅沢カレーパンもあった。色々なパンを五個ほど腹におさめて、お茶で水分補給をし、オレも片付けに参加する。
霧夜氏はオレらの片付け方についても女神に説明していたらしく、やたら「無理に運ぼうとするな」と注意を受けた。おかげで、オレが破壊神としての本領を発揮する事はなく、しっかりと本日の成果を実感出来るくらいに片付けは捗った。
「帰る前に先生に挨拶しておきたいんだが、どこにいるか知っているなら案内を頼めないか?」
部屋全体を眺めれば台無しになる達成感を前に、女神はパンの入ったビニール袋から一つを取り出すと、残りをオレに手渡しながら聞いてきた。
「えっ、帰るんですか。暫く滞在するんじゃあ……」
チーズたっぷりのピザパンを頬張りながら女神は「心配するな」と豪快に笑う。
「明日の昼前にまた来るさ。ここを一人で片付けろとは言わないから安心しなさい」
ホテルや旅館といった、宿泊施設が近場にあるとは思えない。あったとしても、圏ガクにわざわざ通うのは大変だろうと、寮に泊まる事を提案してみたのだが、知人の家でお世話になっているそうで丁重に断られてしまった。
決して下心があった訳ではないが、この男ばかりのむさ苦しい夏の圏ガクに一時の清涼剤として女神がいたら、もしかしたら嬉しいハプニングがあったかもしれない、そう思うと心の底から落胆した。
霧夜氏の所にまで案内する事になり、帰り支度を済ませた女神と旧館へ向かう。道中、第二図書室で大暴れした不届き者の片割れ、稲継先輩の事が話題に上がり、これ幸いと現状マイナススタートの好感度を少しでも上げようと、有ること無いこと色々と話した。
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「そうか、文芸部が出来たのか。それはさぞお喜びになっただろう……ん、しかし、どうして文芸部を作ろうと思うような奴が、あそこまで本をぞんざいに扱うのか」
女神自身も霧夜氏と同じく司書をしていると聞いていたので、稲継先輩が文芸部を発足させた事は好印象に違いないと思い話したのだが、既にボロが出てしまった。
「そ、えーっと、それはですね! そのオレ……が……あ! オレが文芸部の事をダサいと言って馬鹿にしたせいなんです。『霧夜先生とおれの文芸部を馬鹿にすんな!』って、すごい剣幕で」
即席の言い訳に「馬鹿にしているのか?」と睨まれてしまったが、畏まって「改心しました」と言えば肩パン一つで許してくれた。スキンシップは嫌ではないが、少々痛いのが玉に瑕だな。
「本を読みもせず堂々と図書室に居座る奴もいるからな。少しやんちゃすぎる気もするが、先生の読書好きに付き合ってくれる熱心な生徒がいてくれるのは僥倖だな」
本を読みもせず堂々と図書室に居座る奴って、それ稲継先輩の事なんじゃあと思いもしたが、女神の学校にいる変な生徒の事らしく、本を開くのを徹底的に邪魔してくるという迷惑と言うか異常な奴がここ最近の悩みの種らしい。
溜め息を吐きながらも、どこか楽しそうに学校の事を話す女神と、旧館の玄関をくぐる。奉仕作業組はまだ帰って来ておらず、館内は静かなものだった。校舎と違って、旧館の玄関口に履き物など用意されていないので、近くの部屋を漁り来客用のスリッパを発掘して、女神の前に揃えたのだが
「私は大丈夫だ。それは君が履きなさい」
スッと避けられてしまった。女神は履いていた靴をヒョイと片手で摘まみ、ペタペタと裸足で廊下を歩き出す。反省室への道筋を説明すると、足の裏が汚れるのも気にせずズンズンと先へ行ってしまうので、オレも慌てて追いかけようとしたが、ふと横へ目を向けるとガランとした食堂の中に目的の後ろ姿を見つけてしまう。
読書に夢中の霧夜氏は、大声で呼びかけようと平気でスルーしてくれるので、女神を一人反省室へ向かわせ、オレは食堂に立ち寄る。まだ日も沈んでいないのに、非番なのか既に晩酌中の野村に軽く頭を下げ、湯飲み一つ机にポツンと置いて黙々と読書中の霧夜氏の前に立つ。
「おや、夷川君ではありませんか、片付けの方は終わりましたか?」
あの部屋が一日で片付く訳ねーだろとツッコミを入れたくなったが我慢。目の前に立って、即座に気付いてくれただけ上等だ。
「橘さんが先生に挨拶がしたいと言われ、案内してきました」
読みさしの本へ押し花だろうか、キレイな花のしおりを挟み、霧夜氏は読書モードを終了してくれる。
「あの、霧夜先生。稲継先輩はどうなりましたか?」
気になっていた事をずばり口にすると、氏は首を傾げ「稲継君?」と呟き、何故か疑問符をプカプカさせ始めた。反省が見えないから話してみると言っていた事を小声で伝えれば、明らかに忘れていた響きの声を上げる。
「すいません。すっかり忘れていました。年を取ると物忘れが多くなっていけませんね」
朗らかに笑う霧夜氏は、誤魔化すように横の椅子に積まれていた本を隠そうと、椅子を机の下へと押し込んだ。
多分、忘れていたのは年のせいではないんだろうな。霧夜氏の中では読書が最優先事項で、オレらの事なんて二の次でしかないのだ。
「夷川、あの部屋はなんだ。まるで牢屋じゃないか。先生もいないし、一体どうなっているんだ」
霧夜氏が女神の元へ向かおうと腰を上げた時、少し興奮したような色っぽい声を上げて女神が食堂に飛び込んで来た。
女神の疑問に「アレが圏ガクの反省室です」と教えれば「信じられん」と顔を手で覆ってしまわれた。実に健全な反応に苦笑しつつも、女神と入れ替わり食堂を出る。向かうのは、もちろん反省室だ。
昼間一瞬躊躇した、稲継先輩への助言をする為、霧夜氏が女神と話している隙に急ぎ地下へ下りた。ひんやりした空気の中、一番奥の独房へ駆け寄り、鉄格子を掴んで声をかける。
「稲継先輩! 女神もう来てますよ。いつまでここに居るつもりですか!」
檻の中でベッドに横になって、狸寝入りを決め込む童貞を叩き起こす。ガバッと起き上がった稲継先輩は、オレの姿を確認するなり「聞いたか!」と訳の分からない事を言ってきた。オレの「はぁ?」と思わず出た後輩にあるまじき返事を無視して、稲継先輩は気合いの入った声で
「女神のスリーサイズに決まってるだろうがッ!」
オレらが仲良く反省室に入る事になった原因をほじくり返した。
初対面の相手にする質問ではない。面識があるからと言って出来る質問でもないがな。てか、どんだけ知りたいんだよ、この人。もう呆れるのを通り越して、なんとか聞き出してやりてぇーよバカ。
「ここから出たけりゃ、霧夜先生に反省の意思をちゃんと見せて下さい。変な意地張ってたら、あっと言う間に女神が帰っちゃいますよ」
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煽るように今日の出来事を報告してやると、ものすごい勢いで稲継先輩が鉄格子に突撃してきた。鼻息が異常に荒くて、目が血走っている。すごくおっかない。
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檻の中に入れられた猛獣のように、鉄格子を激しく揺らす稲継先輩から距離を置こうと一歩退いたが間に合わず、襟ぐりを掴まれてしまい無理矢理引き寄せられ、頬を思い切り打ちつけてしまった。
頬は痛いし、顔に鼻息はかかるし、いい加減腹が立ったので、シャツを犠牲にして強引に拘束から逃れてやる。そして、お望みの答えを聞かせてやると、現実は童貞の妄想を越えていたらしく、途端に大人しくなった。もう一押しか。
「……明日は……おっぱい、かもしれないなぁ」
おっぱいという単語に見る見る力を取り戻した稲継先輩は、後輩の前だというのに形振り構わず机に向かうと、猛烈な勢いで反省文を量産し出した。それを見届け、オレは反省室を後にする。
一応嘘は吐いていない。女神はオレのケツを触ったし、明日はオレのおっぱいを触るかもしれない。決して嘘ではないのだ。稲継先輩が勝手に勘違いしているだけで。
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