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新学期!!
公認外泊
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本当は折角だしオナ禁して、興奮と期待が最高潮な状態で挑もうと思ったのだが、目を閉じる度に夏休みのしょっぱい経験を思い出してしまい、我慢出来ず逆に毎日してしまった。
余裕はあった方がいいと自分に言い聞かせ、スッキリさせてから眠る事、数日。
ついに約束の日がやってきた。掃除当番も当たっていなかったので、丸一日キャンプ用品を探す事に費やし、ようやく寝袋一つを回収。その喜びを肴にオレは今夜の確認をさり気なく始める。
「あのさ、今日、オレ行くからな」
すっとぼけられたら蹴り入れてやると、少しドキドキしながら切り出す。けれど、本日の戦利品である寝袋を嬉しそうに抱えながら、先輩は素直に頷いてくれた。
「同室の奴らには、先輩の所に行くって言っとくから、消灯したらすぐに部屋出る。だから先輩は部屋で待ってろよ」
忍ぶ必要がなくなれば、他の奴が寝るまで待たなくても部屋を出られるのだ。まだ言っていないので、三人がどういう反応をするのか不安ではあるのだが、先輩が待っていると思えば、少々のホモ疑惑は乗り切ってみせる。
そう心の中で決意を固めていると、先輩は「それは嫌だ」とオレの提案をバッサリ切り捨てた。
「ただ待ってるのは嫌だ。ん、そうだな、待ち合わせをしよう」
ワガママ言うなとオレが反論する前に、先輩は魅力的な単語をちらつかせる。
「本当はお前の部屋まで迎えに行きたいんだけど、そこまで過保護にされるのは嫌だろ?」
別に嫌ではないが『夜な夜な先輩に連れられ学校に消えていくオレ』が、あいつらの目にどう映るのか考えると、愉快な気持ちにはなれない。
「だから間を取って、旧館の食堂で待ち合わせだ」
先輩は決定と言う代わりにオレの手を取り「約束だ」と小指を絡めてきた。約束と言われてしまうと反論し辛い。別にオレが行けばいいだけじゃないかと、素直に頷けず、ジッと自分の小指を見ていると、何故か先輩がグリグリと頭を撫でてきた。
「もう、あんな思いはしたくないからな」
気持ちよさに目を瞑ると、小さく先輩の声が聞こえた。先輩は後悔を滲ませた顔で笑い、オレの頬を親指の腹で撫でる。
「俺のわがままだ。誰もセイシュンに触れさせたくない」
マジな顔でそんな事を急に言われたら、心臓がヤバイくらい早くなってしまう。オレは湯気でも上がりそうなくらい熱くなった顔を俯けて「わかった」と震える声で了承した。
先輩と一時別れた後もさっき言われた台詞が、頭の中で何度も繰り返される。好きだと言われた時と同じくらいの破壊力に、オレの頭はすっかり更地になり、その上に花さえ咲き乱れていた。ここが幸せの極致かと思う程に高揚感が凄まじく、気を抜くと誰かを殴ってしまいそうになる自分が恐い。
「あんな思い……あんな思い……あんな思い」
そこから脱するべく、先輩の言葉を消化する為に、うわごとのように呟いてみる。先輩に辛そうな顔をさせてしまう出来事を思い返し、割と結構な量の該当材料があり、自省が浮かび上がっていたオレの足を地に着けさせた。
「あぁ、アレだな」
先輩が待ち合わせをしようと言い出したのは、消灯後にオレを一人で出歩かせない為だ。遠足の時に先輩の部屋へ突撃しようとして、笹倉たちに見つかり先輩に助けて貰った事を思いだして、高揚感は一気に霧散した。
何か妙なモノを嗅がされて、意識が朦朧としていたせいか、その後で先輩が不快感をキレイさっぱり拭い去ってくれたおかげか、今の今まで忘れていたが、人の体を好き勝手しやがった連中にオレ自身は何一つ礼が出来ていない事を思いだし腹の底が熱くなる。
けれど、そんな些細な事は問題じゃあない。
「オレのせいで、先輩に暴力を振るわせたんだ」
そのせいで……そのせいで、どうなったんだ? 会長が動いて番長が動いて、なんとか謹慎程度で済んだが、もし色々な事が間に合っていなかったら、先輩はどうなっていたんだ。
『私が知りたいのは、私の友人が、どうして自身の将来を閉ざすであろう、軽率な行動をしたのか……その原因についてだ』
記憶の中に埋もれていた誰かの声が鮮明に蘇る。随分前に治った手のひらが熱い。痛みを思い出す熱と呼応して、胸がドクドクと嫌な音を立てる。
先輩を失っていたかもしれない。
冷たい汗が背中に流れる。浮かれていた自分をぶん殴りたくなった。先輩に守ってもらうようじゃあ駄目だ。オレも先輩を守れるようにならないと駄目だ。
オレには会長みたいな財力もないし、髭みたいな人望もないけど、オレが先頭に立って先輩を守ってやらなきゃ嘘だ。
「先輩はオレの恋人なんだ。頭に花なんか咲かせてるようじゃあ、またドジ踏んで先輩に迷惑かけちまう」
パンと両手で自分の顔を思い切り叩く。痛みが足らず二三度続けて叩き、ようやくオレは不抜けた自分から脱却。花を毟り、荒野になった頭で、先送りにしていた問題と対峙する為、覚悟を決めて自室へと戻った。
早めに風呂を終え、オレらは自室で何をするでもなく、のんびり消灯を待っていた。いつもならゴロゴロして過ごす時間だが、その穏やかな空気を掻き乱すであろう、事案をいつぶちまけようか悶々と悩み、あげく手洗い場に逃げていたオレは、消灯十分前にようやく部屋に戻った。
「おかえり、随分遅かったね。あ、もしかして、お腹痛い?」
テキパキと四人分の布団をセットする狭間は、部屋に入るなり扉の前で仁王立ちするオレに気付くと、顔を上げて声をかけてくれる。体調不良かという言葉に、ウトウトしていた皆元と、スマホを弄っていた由々式も視線を向けてきた。
「イヤ、ダイジョウブ」
今夜、先輩と一発ヤるぞ! という興奮すら、今の緊張感の前では小さく縮こまり、情けないくらい棒読みの返事をしてしまう。三人が寝てから抜け出すってのもアリじゃね? とか頭の中でチラついて、自分の情けなさに拍車をかける。
「あの、な。えー、と、その」
ちゃんと予行演習しとくんだった! てか、予行演習する為に部屋を出たのに、何やってんだオレ!
何か言おうとするオレに注意を向けてくれているのは、狭間だけになった。いつもの調子で「どうしたの?」と優しい視線が申し訳なさを倍増させる。嘘を吐く訳ではないが、後ろめたさは半端なかった。
「今日、ちょっと夜、出かける」
「金城先輩と?」
「あぁ、まあ、そんなかんじ……かな」
見抜かれたという思いが、歯切れの悪い返事をさせた。けれど、狭間は「それなら安心」と笑い、せっせと就寝準備に戻ってしまった。
「日曜は早朝点呼ないしな。問題ないだろ」
さっそく敷かれた布団に寝転びながら、特に興味もないと言いたげに欠伸混じりに皆元が言う。
「裏番トコに行くんじゃろ。ワシも学校で残業があるでな、一緒に行くべ」
狭間と皆元の反応はあまりに淡泊で、拍子抜けしたが由々式のそれには、思わず「は?」と声を上げてしまった。
「由々式君も今日は外泊?」
「あー出来れば帰って来て寝たいがのう。明日までに片付けにゃならん仕事が残っとるから完徹だべ」
「そっかぁ、大変だね。一応、二人の分の布団も敷いとくね」
当然のように流されるオレの外泊宣言。ありがたいのにポツンと一人取り残されたような感覚に陥ってしまうのは贅沢だろうか。
「あ、夷川。お目付役がおるから大丈夫じゃろうが、夜中の校舎で騒動起こすでねーべ。ワシの仕事が中断させられたら困るでな」
注意まで受けてしまった。オレはソッと室内履きを手に取り、由々式に全力投球した。オレの緊張で縮こまった興奮を返せと言いたかったが、おかげで無駄な緊張はなくなり、憂いなく消灯時間を迎える事が出来た。
消灯と同時に部屋を出た。「気を付けてね」と見送ってくれたのは狭間だけで、皆元は既に鼾が聞こえてくる。
圏ガクに来た初日と同じく、由々式が先行し見回り等がいないか確認しながら行こうと言われたのだが、オレはワザとらしく腹の調子が悪いから先に行ってくれと、別行動を取った。
「大丈夫か? まあ、出すモン出したら治まるべ。食堂の鍵は開けとくから、気を付けての」
声をひそめ短くやり取りすると、由々式は音もなく階段を駆け下りていく。耳をすませば、小さくカタンと食堂の鍵が外れる音がして、由々式が旧館を脱した事を確認する。
「てか、本気で忍者みたいな奴だな。先輩といい、非常識な奴が多すぎだろ」
「セイシュンは忍者が好きなのか?」
「は? 違うし。そうじゃなくて、オレだって別に運動神経鈍い訳じゃないのに、手も足もでなくて悔しいっつーか……」
ちょっとしたコンプレックスを告白させられたオレは振り返って、当たり前みたいに背後から声をかけてきた奴を睨み付ける。
「なんでいんの? 待ち合わせは食堂だろ」
どうやら消灯前から、一年フロアに潜んでいたらしい先輩は、気まずそうに頬を指で掻いた。
「ん……今、来たところだ」
その答えおかしくない? いや待ち合わせのお約束なんだろうが、そんな恥ずかしそうに言われたら「勝手に迎えに来んな」とか言えねーし。
「それより、お前、腹が痛いのか?」
由々式を撒く為の方便だと説明すると、心配そうな顔がふにゃっと笑った。よかったと安堵するような顔からは、先輩も今夜を楽しみにしていた事が伝わって来て、さっきまで縮こまっていた緊張が大きくなる。誰もいない事が前提なので、先輩は自然とオレの手を握り「じゃあ、行くか」と歩き出す。
「せ、せんぱい。ちょっと、食堂で待ってて」
先輩に手を引かれながら、階段を下りた所で、オレは慌ててその手から逃れる。
「オレ風呂寄ってく。まだケツが洗えてないから」
どうしたと言われてので、正直に答えたのだが、先輩は「さっさと行って済ませて来い」とは言ってくれず、目にも止まらぬ早さでオレの手首をガシッと掴んだ。
「大丈夫だ。あまり長居すると先生に見つかる。行くぞ」
大丈夫じゃねーし! 騒ぐ訳にもいかず全力で先輩の手を引き剥がそうと奮闘するが、全く緩まる気配もなくズルズルと引きずられる。
「風呂には入ったけど、他の奴がいる前でケツに指突っこんだりできねーだろ! だから汚いんだってば!」
小声で抗議するが、先輩は何故か溜め息で返事しやがった。
「ちゃんと風呂には入ってるんだろ? なら十分だ。怖じ気づいたのか、セイシュン」
怖じ気づいたのかと言われて、思わずカッと顔が熱くなる。んな訳あるかッ! と叫びそうになったが、ガクンと体が揺れたせいで叫び損なってしまった。
余裕はあった方がいいと自分に言い聞かせ、スッキリさせてから眠る事、数日。
ついに約束の日がやってきた。掃除当番も当たっていなかったので、丸一日キャンプ用品を探す事に費やし、ようやく寝袋一つを回収。その喜びを肴にオレは今夜の確認をさり気なく始める。
「あのさ、今日、オレ行くからな」
すっとぼけられたら蹴り入れてやると、少しドキドキしながら切り出す。けれど、本日の戦利品である寝袋を嬉しそうに抱えながら、先輩は素直に頷いてくれた。
「同室の奴らには、先輩の所に行くって言っとくから、消灯したらすぐに部屋出る。だから先輩は部屋で待ってろよ」
忍ぶ必要がなくなれば、他の奴が寝るまで待たなくても部屋を出られるのだ。まだ言っていないので、三人がどういう反応をするのか不安ではあるのだが、先輩が待っていると思えば、少々のホモ疑惑は乗り切ってみせる。
そう心の中で決意を固めていると、先輩は「それは嫌だ」とオレの提案をバッサリ切り捨てた。
「ただ待ってるのは嫌だ。ん、そうだな、待ち合わせをしよう」
ワガママ言うなとオレが反論する前に、先輩は魅力的な単語をちらつかせる。
「本当はお前の部屋まで迎えに行きたいんだけど、そこまで過保護にされるのは嫌だろ?」
別に嫌ではないが『夜な夜な先輩に連れられ学校に消えていくオレ』が、あいつらの目にどう映るのか考えると、愉快な気持ちにはなれない。
「だから間を取って、旧館の食堂で待ち合わせだ」
先輩は決定と言う代わりにオレの手を取り「約束だ」と小指を絡めてきた。約束と言われてしまうと反論し辛い。別にオレが行けばいいだけじゃないかと、素直に頷けず、ジッと自分の小指を見ていると、何故か先輩がグリグリと頭を撫でてきた。
「もう、あんな思いはしたくないからな」
気持ちよさに目を瞑ると、小さく先輩の声が聞こえた。先輩は後悔を滲ませた顔で笑い、オレの頬を親指の腹で撫でる。
「俺のわがままだ。誰もセイシュンに触れさせたくない」
マジな顔でそんな事を急に言われたら、心臓がヤバイくらい早くなってしまう。オレは湯気でも上がりそうなくらい熱くなった顔を俯けて「わかった」と震える声で了承した。
先輩と一時別れた後もさっき言われた台詞が、頭の中で何度も繰り返される。好きだと言われた時と同じくらいの破壊力に、オレの頭はすっかり更地になり、その上に花さえ咲き乱れていた。ここが幸せの極致かと思う程に高揚感が凄まじく、気を抜くと誰かを殴ってしまいそうになる自分が恐い。
「あんな思い……あんな思い……あんな思い」
そこから脱するべく、先輩の言葉を消化する為に、うわごとのように呟いてみる。先輩に辛そうな顔をさせてしまう出来事を思い返し、割と結構な量の該当材料があり、自省が浮かび上がっていたオレの足を地に着けさせた。
「あぁ、アレだな」
先輩が待ち合わせをしようと言い出したのは、消灯後にオレを一人で出歩かせない為だ。遠足の時に先輩の部屋へ突撃しようとして、笹倉たちに見つかり先輩に助けて貰った事を思いだして、高揚感は一気に霧散した。
何か妙なモノを嗅がされて、意識が朦朧としていたせいか、その後で先輩が不快感をキレイさっぱり拭い去ってくれたおかげか、今の今まで忘れていたが、人の体を好き勝手しやがった連中にオレ自身は何一つ礼が出来ていない事を思いだし腹の底が熱くなる。
けれど、そんな些細な事は問題じゃあない。
「オレのせいで、先輩に暴力を振るわせたんだ」
そのせいで……そのせいで、どうなったんだ? 会長が動いて番長が動いて、なんとか謹慎程度で済んだが、もし色々な事が間に合っていなかったら、先輩はどうなっていたんだ。
『私が知りたいのは、私の友人が、どうして自身の将来を閉ざすであろう、軽率な行動をしたのか……その原因についてだ』
記憶の中に埋もれていた誰かの声が鮮明に蘇る。随分前に治った手のひらが熱い。痛みを思い出す熱と呼応して、胸がドクドクと嫌な音を立てる。
先輩を失っていたかもしれない。
冷たい汗が背中に流れる。浮かれていた自分をぶん殴りたくなった。先輩に守ってもらうようじゃあ駄目だ。オレも先輩を守れるようにならないと駄目だ。
オレには会長みたいな財力もないし、髭みたいな人望もないけど、オレが先頭に立って先輩を守ってやらなきゃ嘘だ。
「先輩はオレの恋人なんだ。頭に花なんか咲かせてるようじゃあ、またドジ踏んで先輩に迷惑かけちまう」
パンと両手で自分の顔を思い切り叩く。痛みが足らず二三度続けて叩き、ようやくオレは不抜けた自分から脱却。花を毟り、荒野になった頭で、先送りにしていた問題と対峙する為、覚悟を決めて自室へと戻った。
早めに風呂を終え、オレらは自室で何をするでもなく、のんびり消灯を待っていた。いつもならゴロゴロして過ごす時間だが、その穏やかな空気を掻き乱すであろう、事案をいつぶちまけようか悶々と悩み、あげく手洗い場に逃げていたオレは、消灯十分前にようやく部屋に戻った。
「おかえり、随分遅かったね。あ、もしかして、お腹痛い?」
テキパキと四人分の布団をセットする狭間は、部屋に入るなり扉の前で仁王立ちするオレに気付くと、顔を上げて声をかけてくれる。体調不良かという言葉に、ウトウトしていた皆元と、スマホを弄っていた由々式も視線を向けてきた。
「イヤ、ダイジョウブ」
今夜、先輩と一発ヤるぞ! という興奮すら、今の緊張感の前では小さく縮こまり、情けないくらい棒読みの返事をしてしまう。三人が寝てから抜け出すってのもアリじゃね? とか頭の中でチラついて、自分の情けなさに拍車をかける。
「あの、な。えー、と、その」
ちゃんと予行演習しとくんだった! てか、予行演習する為に部屋を出たのに、何やってんだオレ!
何か言おうとするオレに注意を向けてくれているのは、狭間だけになった。いつもの調子で「どうしたの?」と優しい視線が申し訳なさを倍増させる。嘘を吐く訳ではないが、後ろめたさは半端なかった。
「今日、ちょっと夜、出かける」
「金城先輩と?」
「あぁ、まあ、そんなかんじ……かな」
見抜かれたという思いが、歯切れの悪い返事をさせた。けれど、狭間は「それなら安心」と笑い、せっせと就寝準備に戻ってしまった。
「日曜は早朝点呼ないしな。問題ないだろ」
さっそく敷かれた布団に寝転びながら、特に興味もないと言いたげに欠伸混じりに皆元が言う。
「裏番トコに行くんじゃろ。ワシも学校で残業があるでな、一緒に行くべ」
狭間と皆元の反応はあまりに淡泊で、拍子抜けしたが由々式のそれには、思わず「は?」と声を上げてしまった。
「由々式君も今日は外泊?」
「あー出来れば帰って来て寝たいがのう。明日までに片付けにゃならん仕事が残っとるから完徹だべ」
「そっかぁ、大変だね。一応、二人の分の布団も敷いとくね」
当然のように流されるオレの外泊宣言。ありがたいのにポツンと一人取り残されたような感覚に陥ってしまうのは贅沢だろうか。
「あ、夷川。お目付役がおるから大丈夫じゃろうが、夜中の校舎で騒動起こすでねーべ。ワシの仕事が中断させられたら困るでな」
注意まで受けてしまった。オレはソッと室内履きを手に取り、由々式に全力投球した。オレの緊張で縮こまった興奮を返せと言いたかったが、おかげで無駄な緊張はなくなり、憂いなく消灯時間を迎える事が出来た。
消灯と同時に部屋を出た。「気を付けてね」と見送ってくれたのは狭間だけで、皆元は既に鼾が聞こえてくる。
圏ガクに来た初日と同じく、由々式が先行し見回り等がいないか確認しながら行こうと言われたのだが、オレはワザとらしく腹の調子が悪いから先に行ってくれと、別行動を取った。
「大丈夫か? まあ、出すモン出したら治まるべ。食堂の鍵は開けとくから、気を付けての」
声をひそめ短くやり取りすると、由々式は音もなく階段を駆け下りていく。耳をすませば、小さくカタンと食堂の鍵が外れる音がして、由々式が旧館を脱した事を確認する。
「てか、本気で忍者みたいな奴だな。先輩といい、非常識な奴が多すぎだろ」
「セイシュンは忍者が好きなのか?」
「は? 違うし。そうじゃなくて、オレだって別に運動神経鈍い訳じゃないのに、手も足もでなくて悔しいっつーか……」
ちょっとしたコンプレックスを告白させられたオレは振り返って、当たり前みたいに背後から声をかけてきた奴を睨み付ける。
「なんでいんの? 待ち合わせは食堂だろ」
どうやら消灯前から、一年フロアに潜んでいたらしい先輩は、気まずそうに頬を指で掻いた。
「ん……今、来たところだ」
その答えおかしくない? いや待ち合わせのお約束なんだろうが、そんな恥ずかしそうに言われたら「勝手に迎えに来んな」とか言えねーし。
「それより、お前、腹が痛いのか?」
由々式を撒く為の方便だと説明すると、心配そうな顔がふにゃっと笑った。よかったと安堵するような顔からは、先輩も今夜を楽しみにしていた事が伝わって来て、さっきまで縮こまっていた緊張が大きくなる。誰もいない事が前提なので、先輩は自然とオレの手を握り「じゃあ、行くか」と歩き出す。
「せ、せんぱい。ちょっと、食堂で待ってて」
先輩に手を引かれながら、階段を下りた所で、オレは慌ててその手から逃れる。
「オレ風呂寄ってく。まだケツが洗えてないから」
どうしたと言われてので、正直に答えたのだが、先輩は「さっさと行って済ませて来い」とは言ってくれず、目にも止まらぬ早さでオレの手首をガシッと掴んだ。
「大丈夫だ。あまり長居すると先生に見つかる。行くぞ」
大丈夫じゃねーし! 騒ぐ訳にもいかず全力で先輩の手を引き剥がそうと奮闘するが、全く緩まる気配もなくズルズルと引きずられる。
「風呂には入ったけど、他の奴がいる前でケツに指突っこんだりできねーだろ! だから汚いんだってば!」
小声で抗議するが、先輩は何故か溜め息で返事しやがった。
「ちゃんと風呂には入ってるんだろ? なら十分だ。怖じ気づいたのか、セイシュン」
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