圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

妖怪エプロン男

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「メガネ! おかわり持ってこい!」

 口の周りを食べかすだらけにしたスバルが、上機嫌で空の皿を振り回し、エプロン男に美味しそうな匂いの元であるクッキーのおかわりを要求した。

「僕は眼鏡などかけていませんが、それは僕の事ですか?」

 生徒会室の中で見た家具と同じ意匠の小ぶりのテーブル、その上で優雅に、恐らく皆元とスバル二人分の紅茶を用意するエプロン男は、スバルの言動に少し眉を顰めつつも皿を受け取ると、側に置いた配膳台に置かれたカゴの中から、ご丁寧にもトングを使って器用にクッキーを盛りつけている。

「菓子しかないのか? もっと腹に溜まる物がいいんだが」

 皆元も口をモゾモゾさせながら、空の皿をエプロン男に差し出し「飯を出せとは言わんが、餅とかだな……気の利いた物はないのか?」とスバル以上の無茶な要求を口走った。

「どこの世界に餅をついて意中の相手を待つ乙女がいるんですか。本日の茶請けはこのお手製クッキーのみです!」

 皆元の皿にもクッキーを盛って返すエプロン男は、再び『おかわり』を連呼するスバルにカゴごとクッキーを渡し「仲良く二人で召し上がって下さい」と溜め息を一つ吐く。

 廊下で喫茶店ごっこをやらかす三人に呆れた目を向けていると、エプロン男がその輪から抜けて出て来る。

「……何をやってるんだ?」

 オレが尋ねると「お待たせしました」とエプロン男は台車を押して先に生徒会室へと戻ってしまった。

 おかわり用のクッキーを前にして、目を血走らせている二人に背中を向け、エプロン男の後を追って生徒会室に戻る。

「同席して頂く訳にはいきませんので、お友達には外でお茶を振る舞わせて頂きました」

 緊張が抜けたせいか色々と警戒するのも阿呆らしくなったのだが、それでも一応と何度か扉の開け閉めをしていると、エプロン男は台車から新たなカップやポット、クッキーが盛られたカゴを手際良くテーブルに用意し始めていた。

「心配しなくても君の分もあります。さあ、こちらへどうぞ」

 椅子を引いて待つエプロン男に不躾な視線を浴びせた後、オレは目の前に置かれたクッキーの山を視線で指しながら、食欲が削がれるであろう答えの返ってくる質問を口にする。

「このクッキー、あんたが作ったのか?」

 外の二人がガツガツと食っていた所を見るに味は悪くないようだが、フリル付きのエプロンを纏う男の姿は珍しくオレから食欲を奪う。

「えぇ、もちろん。隠し味である愛情もたっぷり込めました」

 曲芸のように紅茶を注ぐエプロン男は、自信満々にオレの疑問を肯定する。

「なんの修行も行っていない僕では、パティシエの真似など不可能。ですが、一生懸命お菓子を作る女子高生の真似事なら出来るのです。さぁさ、僕が片思いをしている女子高生になりきって意中の相手、即ちあの恋文バージョンの呼び出し状を片手にやって来た君に少しでも気に掛けて貰えるよう、不器用ながらも必死に作り焼き上げた姑息なアプローチ作戦をたんと召し上がれ」

 着用しているエプロンを見せつけるよう、変態男はその場でクルリと小さくターンし、両の手を軽く握り自分の口元へ寄せて気色の悪い視線を向けてきた。殴ってくれというアプローチにしか見えず、その顔へ条件反射で一発、つい叩き込んでしまったのだが、オレの手は空振りする。

「おかしいですね。恋文バージョンで呼び出しに応じたという事は、こういったもてなしを期待していたのではありませんか。何かご不満でも?」

 男子校でこんな気色の悪い手紙を送りつけられて、意気揚揚と呼び出しに出向く馬鹿がどこにいる! 怒鳴りつけたい気持ちを飲み込み、長く息を吐きながら言葉を選んで口を開く。

「オレに話があるんだろ……先輩の、金城先輩の事で」

 目の前にいるのは、正真正銘の変態なのだ。相手のペースに付き合う必要はない。それに生徒会、先輩に執着する会長相手に、先輩との付き合いを隠す気はないからな。いつ切り出されるか考え、自滅的に動揺する前に自分から先手を打つ。

「えぇ、お察しの通り……お二人の交際に関して、僕の方からご提案したい事があり、この場を設けました」

 ようやく意思の疎通が可能になったエプロン男は、女子高生の真似事のつもりだったのだろう、妙になよなよした態度を改め、向かいの席にスッと音もなく椅子を引き座った。

 どう転んでもロクな話じゃあないので、席に着くのは少し躊躇われたが、オレを待つようにエプロン男が口を閉じてしまったので、仕方なく用意された椅子に浅く腰掛ける。

「金城先輩が生徒会の備品を持ち出したのはご存じですか?」

 生徒会の備品と聞き、一回で既に半分以上を使ってしまったローションが頭に浮かび、一瞬息を飲んでしまった。覚悟していたのに顔まで熱くなる。動揺で声が裏返りそうだったので、ゆっくりと首を縦に振って答える。

「六岡君からその報告を受け……ああ、すみません。六岡君は分かりますか? 見目麗しいメイド姿を披露していた彼です。彼は会長の身の回りのお世話と、それに伴う生徒会の備品の管理を一手に任されているんです」

 奴が口を開くまで、完全に見惚れてしまった屈辱を忘れられるはずもない。

「失礼、そう言えば僕も自己紹介がまだでした」

 性悪メイドを思い出し、顔を顰めていると、エプロン男は唐突に手を打ち、話の腰を自分でポッキリ折った。改めて紹介された事はないが、確か……カシワギとか呼ばれていたような気がする。

「会長から生徒会書記という役職を賜っております、二年の柏木です。僭越ながら会長の身辺警護と穴奴隷も兼任しております」

 エプロン男改め柏木の自己紹介に、何かとんでもない単語がサラッと混じっていた気がしたが、聞き間違いだと思い込む事にして聞き流す。

「僭越ながら会長の身辺警護と穴奴隷も兼任しております」

 無反応で通そうとしたら、柏木にとっては大事な部分だったらしく、オレが聞き流したい部分をリピートされてしまった。

「馴染みがないようでしたら、こう言い換えましょう、肉便器と。僭越ながら会長の身辺警護と穴奴隷もとい肉便器も兼任しております」

「……………………それで、会長の穴奴隷だか肉便器が、オレに何の用があるんだ」

 気の遠くなるような単語を延々に捏ねくり回されそうだったので、お望み通り呼んでやると、『穴奴隷』や『肉便器』と名乗っていた時は顔色一つ変えずに淡々としていたのに、突如机に突っ伏して「あぁぁあぁぁあーッッ!」と頭を抱えて喚き出した。

「会長の望みとは言え、下級生にも蔑まれるなんて、ぼ、ぼくは、僕はもう、もぉーた、耐えられなぃー」

 どうしろと言うんだ、この変態は。てか、オレの認識が甘かった。生徒会にまともな奴は一人もいない。やっぱり先輩に相談するべきだったと大後悔。

「でもぉ、こんなぼくを会長はお望みなんだ。あぁぁー、こんな僕を会長は求めて下さる。ああ、なんて良い日だ」

 その目に涙すら浮かべて、変態がゆっくり顔を上げる。顔だけでなく耳まで赤くした柏木は、取り乱した事すら忘れたように姿勢を正した。そして、スッと立ち上がり何故かベルトに手をかけやがった。

「オイッ! いきなり脱ぎ出すなッ!」

 真性の変態にビビって成り行きに任せようとした自分に活を入れ、机を勢いよく叩き牽制する。

「何を言うんです。『クソ垂れ流すしか能のないテメェの締まり悪いケツを出せ。穴奴隷として機能してるか確かめてやるから感謝しろ、この肉便器が』と君が言ったんじゃないですか」

 すげぇぞコイツ。冗談一つ差し挟めない真剣な顔で、オレが悪いと責めてくる。てか、単語二つでよくそこまで妄想出来るな。完全に病気の域だろ、コレ。

「何が悲しくて、んな阿呆な事するかッ! とっとと用件を言え!」

 今すぐ廊下に転がり出て、皆元とスバルを連れ一目散に逃げ帰りたいが、グッと堪えて踏み止まる。
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