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カースト最下位落ちの男と生徒会副会長と会計。
01
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比較的平穏だった学園生活が一変して一週間が経っただろうか。
一番ケ瀬は用事があると先に部屋を出ていったため、俺は仕方なく一人で教室に向かおうとしていた。
……あいつ、いないよな。
教室前、辺りにあの三軍の陰気臭い顔がないか確認したときだ。
「と、十鳥君……っ」
すぐ背後、耳元に吹き掛かる吐息に思わず飛び上がりそうになる。慌てて振り返れば、そこには見たくない顔があった。
「……っ、な、なんだよ、お前……っ!」
「ち、ちが、あの、僕、この前のこと……謝りたくて……本当、ごめん」
せっかく忘れようとしたのに、件の三軍野郎――二通はおどおどと怯えたように頭を下げる。
ごめんで済めば警察はいらない。が、こういうタイプは下手に刺激した方がやばいと身を持って経験した現状この謝罪を受け入れる他ない。
「それで、あのあとは大丈夫だった……?」
どう反応すればいいのかわからず、咄嗟に一歩後退ったとき。ずい、と迫ってくる二通に手を掴まれ「ひっ」と声が漏れる。乾いた指先から感じる生暖かさが余計嫌だ。
「さ、さわるな……っ!」
「あいつになにもされなかった?」
「あ、あいつって……」
さっきから何を言ってるのだ、こいつは。
咄嗟に手を振り払おうとするががっちりと握り締められた掌は硬い。
「おい、握るな! 指を絡めるな! 舐めるな!」とぎちぎちと指を引き剥がそうとしていたときだった。
「十鳥」
背後から聞こえてきたその声に全身から力が抜けそうになる。対する二通は俺の背後に目を向けたまま硬直した。
「……ッ! い、一番ケ瀬……!」
「……なんだ、二通。お前もいたのか。随分と珍しい組み合わせだな……」
どうやら用事が済んだらしい。そこには一番ケ瀬が立っていた。「なんだこの手は」と笑いながら俺たちの繋がれた手を突いた一番ケ瀬に、ひっと二通は慌てて俺から手を離した。
助かった……!
二通の手が離れた隙に救世主一番ケ瀬の後ろに隠れれば、「どうした? 十鳥」と言いながらも俺を庇ってくれる。そして二通に向き直るのだ。
「……と、十鳥く……」
「悪いな二通、どうやら十鳥は今誰とも話したくないらしい。……そっとしてやってくれないか?」
「……っ、お前……」
二通が何かを言いたそうにしていたが、それを聞く前に一番ケ瀬は俺の腕を掴んでそのまま「行くぞ」と歩き出した。
教室の前を通り過ぎていくのでどこに行くのかと思ったが、そのまま近くの便所に足を踏み入れた。幸い人気はない。
「……助かった」
「どうした? 二通となんかあったのか?」
「なんでもない……ただ、苦手なだけだ」
一番ケ瀬が相手でも、流石に二通のことを話す気にはなれなかった。……これは墓まで持っていくべきだろう。そう俺は一人頷く。
ふーん、と呟く一番ケ瀬だったが、ふと思い出したように「そういや十鳥」と俺を見た。
「どうした?」
「今日俺放課後生徒会あるから一人で帰ってもらわなきゃならないんだが大丈夫か?」
「そ……そうなのか……わかった」
「そんなに露骨に寂しがるなよ。なんなら終わるまで待っててくれてもいいからな」
「……一人で帰るくらいできる、人をなんだと思ってるんだ」
「はは、冗談だろ」
一番ケ瀬は笑う。からっとした笑い方。
色々あって関係が変わるかも、と心配したがどれも杞憂だった。カースト最底辺の俺に対しても以前のように接し続けてくれる一番ケ瀬の存在が今はただありがたい。
◆ ◆ ◆
――放課後。
俺は一番ケ瀬に言われた通り一人で学生寮へと戻ってきていた……のだけれど。
一番ケ瀬が帰ってこない。時計の針は二十時を過ぎそうになっていた。
生徒会っていつもこんなに遅いのか?
一番ケ瀬の本棚に並んだ漫画を読んで時間を潰していたが、そろそろ内容に集中できなくなっていた。まあ一番ケ瀬だし、俺のために直帰するほど暇なやつでもないはずだ。別に、別に寂しくなんてないが。
そう、一人でちらちら玄関の方を見ていたときだった。部屋の中にノックの音が響き渡る。
一番ケ瀬はわざわざノックなんてしない、だとすれば……来客か?
気になったが、緊急の可能性もある。無視するわけにはいかないだろうと扉を開けば、そこには予想外の人物の姿があった。
――七搦だ。
「なあ、一番ケ瀬のこと見てないか?」
「いや、まだ帰ってきてないすけど……」
「生徒会室にも来なくてさあ、どこ行っちゃったんだろうな」
「……一番ケ瀬が?」
一番ケ瀬は生徒会に行くと言っていた。そんな一番ケ瀬が生徒会室にも来てないということか?
「君、なんか心当たりとかねえの? てか探すの手伝ってくんね?」という七搦に俺は頷いた。一番ケ瀬の身に何か遭ったのではないか。
俺は七搦とともに部屋を出た。
心当たりのあった場所にもどこにもいない。
学生寮から学園へと戻り、既に人気の少なくなっていた学園内を俺は七搦とともに一番ケ瀬を探しながら歩いた。
「ん? なんだあれ」
不意に七搦が声を上げる。視線のする方へと目を向ければ、そこには何もないはずの空き部屋に向かって一軍の生徒たちが複数入っていくのだ。
……なんとなく嫌な予感がした。
「っ、先輩?」
「行ってみようぜ、十鳥ちゃん」
「もしかしたら一番ケ瀬がいるかもしれねえだろ」と七搦は笑う。なんとなくその笑顔が怖かった。窓の外は既に暗い。防音された空き教室からは人の声は一切聞こえてこない。
躊躇っていると七搦に肩を掴まれた。
そのまま背中を押されるような形で、俺は七搦とともにその扉を開いた。
空き部屋の中には椅子に座ってたむろしてる生徒たちがいた。どいつもこいつも一軍のようだ。連中は入ってきた俺、というよりも七搦を見るなり青褪める。
「ああ? ここじゃねえのかよ」
「あの」とか「待ってください」とか何か言い掛けて止めようとしてくる連中を無視して、七搦は俺を引きずったままその奥の扉へと近付いた。……微かにだが人の声が聞こえてくる。それも、複数のだ。そして、七搦は躊躇なくその扉を開いた。
瞬間、まず耳に入ってきたのは悲鳴のような声だった。七搦の背中越し、最初薄暗い部屋の中で何が行われているのかなんて分からなかった。
けれど、直感する。甘ったるい鼻につくような嫌な匂い。一人、いや二人か。一糸纏わぬ数人の生徒を囲む一軍連中。連中はソファーもベッドも関係なしに犯していた。
「うーわっ、やってんねえ」
硬直する俺に対して、七搦は顔色一つ変えない。まるでこの部屋で行われてる行為を初めから知っていたかのような口振りですらあった。
犯すことで頭がいっぱいになっていた連中もその声に気付いたようだ。青ざめる連中のその奥、壁を背に立っていたそいつも例外ではなかった。
「……っ、十鳥……?」
何故、こいつがここに居るのか。
七搦とともに現れた俺を見て、一番ケ瀬は目を見開いた。それは俺も同じだった。参加せずとも、一番ケ瀬がこいつらと同じ場所、同じ空気を吸っていたという事実に頭が真っ白になる。
「お、まえ……ここで、なにして……」
「なんで、そいつと一緒にいるんだよ」
「なんでって、俺が呼んだんだよ。お前が一人でコソコソ楽しそうなことしてっから」
詰め寄ってくる一番ケ瀬の前に出た七搦はそう笑って一番ケ瀬の胸を叩く。
「いけないよな~? 三軍ちゃんたちの人権守るために四軍出来たのに、四軍そっちのけで裏でこんなことやったら」
「……っ、……」
「会長に言わねえとなあ? 一番ケ瀬君は俺たちに内緒で裏切ってましたって」
その七搦の言葉にハッとする。
俺が四軍落ちが決まったとき、なんとかすると一番ケ瀬は俺に約束してくれた。その結果がこれだったのか。そう思うと嫌悪感よりも罪悪感の方が増す。けれど、そういうことか。一番ケ瀬は俺を選んでくれたのだ。
言葉も出ない俺に、一番ケ瀬は冷ややかに笑った。それは見たことのない顔だった。
「何を言い出すかと思えば……馬鹿馬鹿しい。俺が会長を裏切るわけないだろ」
「じゃあこれはなんだよ」
「俺の趣味だ。俺、流石に十鳥じゃ勃起しないから好みの子たちこっちで選んで集めてきただけだ」
「へえ、お前一番ケ瀬の好みじゃないんだってよ、可哀想に」
一番ケ瀬にキスされたことを思い出す。全部、フリなのだろう。ここで七搦に目的をバレてしまえば今度こそ本末転倒だ。
一番ケ瀬がここまでしてくれてるのに俺は七搦をここへと連れてきてしまったのか。それとも、七搦は最初から分かって俺をここに連れてきたのか。どちらにせよ、七搦の存在がネックだった。
「っ、別に……いいじゃないですか、こいつがどうだろうと俺には関係……」
「じゃ、俺が十鳥君抱いたって問題ないんだろ?」
ないですから、と言いかけた矢先だった。
そう七搦が俺の後頭部掴むのとそれはほぼ同時だった。
「っん、ぅ」
噛み付くように開いた七搦に、わざとリップ音を立てるように唇を甘く噛まれる。そのままぬるりとした舌で唇を舐められたときだ。
「おい七搦ッ!!」
聞いたことのない怒声に思わず俺まで驚いてしまう。けれど、七搦だけは唯一変わらぬ態度だった。顎の下、頬と輪郭を撫でるように這わされる指にサブイボが立つ。やめろ、と七搦の手首を掴むがやつの腕は離れない。それどころか、わざとらしく一番ケ瀬の目の前で俺の唇を撫でるのだ。
「……ッぅ」
「何ムキになってんだ? ……元よりこいつを差し出したのはお前だろうが、一番ケ瀬」
「っ、それは……」
「お前がこいつ使えねえってんなら俺と他の奴らで相手してやるよ」
言い淀む一番ケ瀬を前に、七搦は何事かと静観していた周りの一軍連中を見渡した。
「一人くらいいるだろ? 十鳥君でイケるやつ、はい挙手~」
「な、に言って……」
他のやつらって言ったか、今。
七搦の言葉に、自分たちが許されたのだとでも思ったのだろう。順番待ちなやつ、手持ち無沙汰なやつ、飽きていたやつ、面白半分なやつ。気付けば俺たちの周りは一軍連中に囲まれていた。
「いい加減にしろ、これ以上勝手な真似を……っ」
「勝手な真似をしてたのはどこのどいつだよ、なあ? ……一番ケ瀬、お前はそこの可愛い子と好きなだけセックスでもしとけよ。その間こっちも楽しませて貰うから。それなら黙っておいてやるよ」
「ふざけんな、そんなの……っ」
「……――やっぱお前、裏切ってんな?」
空気が凍りつく。冷ややかな七搦の目線を向けられた一番ケ瀬に、これ以上はまずいと俺は一番ケ瀬の方を止めた。
「一番ケ瀬……っ! っ、俺は……大丈夫……だから……っ」
「……ッ大丈夫って、なんだよ」
そんなの、俺だって分からない。分からないけど、これ以上一番ケ瀬の立場が悪くなるくらいなら俺は。……元より押し付けられた役目だ、運良く逃れればと思ったがそれを更に他人に押し付けようとした罰でも当たったのか。
七搦は上機嫌に笑った。
「……へえ? 一番ケ瀬なんかよりもずっと素直でいいじゃねえの?」
「っ、やるなら、さっさと済ませてください……」
「なんだ、処女臭えと思ったけど話が早くて助かるわ。んじゃ取り敢えず、フェラして勃たせてくれよ」
「……ッ、しなくていい、十鳥」
「お前ら、一番ケ瀬のやつ捕まえとけよ。多少痛めつけてもいい、俺が許可する」
「……っ、テメェ、七搦……ッ!!」
七搦の合図とともに、他の生徒たちに羽交い締めにされる一番ケ瀬を見た瞬間血の気が引いた。
「一番ケ瀬」と助けようと手を伸ばすが、その手首ごと掴まれる。振り返れば七搦の顔がすぐ側にあって、驚くよりも先に掴まれた手をぐっと引かれるのだ。
「お前はこっちに集中しろ」
「……ッ」
な? と、やつの下腹部に持っていかれた掌。その指に当たるものがなんなのか考えたくもない。
一番ケ瀬の目の前でこんな真似。けれど、これで済むなら逆にましなのではないか。……そう思い込むのが精一杯だった。
片膝を付き、丁度目の前に来るやつの下腹部に触れる。ベルトを緩めるがもたついてしまい、「十鳥ちゃんは不器用か~?」と茶化すように七搦は俺の手ごとファスナーを下ろすのだ。そして。
「ほら、さっさとしろよ」
ここが薄暗くてまだ良かった。直視などしたくない、俺は薄目のまま恐る恐る目の前の萎えた性器に唇を寄せる。探るように舌を出したとき、舌先に触れる熱にぎくりとした。……ここで躓いてる場合ではない。
「ふ、ぅ……」
一番ケ瀬が「やめてくれ」というのを必死に聞き流しながら、俺は鼻で呼吸をしないように気をつけながらもその舌先に当たる性器に舌を這わせる。……性経験などない、口淫の仕方などわかるはずもない。取り敢えず舐めればいいのだろうかと恐る恐る舌を這わせれば、舌の先、七搦が反応するのがわかった。
「くすぐってー。……十鳥ちゃん、もっと真面目にやってくんねえ? これじゃ朝になんだけど」
「……っ、んなほと、ひはへへも……」
どうしろと、と言いかけたとき。七搦の指が口の中にねじ込まれる。そのまま強引に下顎を開かされ、開いたそこにやや頭を擡げ始めた性器を口いっぱいにねじ込まれるのだ。瞬間、口の中に広がる吐き気を催すような匂いと味に堪らずえずきそうになる。
「んむ゛……ッ!!」
「十鳥ちゃーん、歯ァ立てんなよ? ……そうそう、大事に可愛がってやんねえと。お互いに気持ちよくなるために頑張れよ十鳥ちゃん」
「ふッ、ぅ゛……」
頬の裏、粘膜に擦り付けるように亀頭を頬張らされ、拒もうとするのにその性器は意思に反して奥へと入ってきては器官を圧迫する。苦しい、顎が外れそう。これ以上でかくなるのなんて無理だ。もごもごと首を横に振って吐き出そうとしたとき、泣きそうな顔をしてこちらを見ていた一番ケ瀬と目が合った。
……そうだ、俺が我慢をしなければ一番ケ瀬が……。
そう思うと、駄目だった。せめて苦しくないよう、必死に喉を広げて唾液で滑りをよくしようと半ばやけくそで舌を這わせる。
不格好でみっともない、酷い顔だろう。俺の前髪を掴み、人の顔を見下ろしていた七搦の口元には笑みが浮かんでいた。
「ん゛、ぅ゛ぶ……ッ!」
「そうそう、いー感じ……十鳥ちゃん、もーちょっと口とかその喉使ってさあ……」
言われるがまま、口輪筋を使って全体を愛撫したり犬よりも下手な舌遣いで性器を刺激する。口の中、唾液と先走りがグチャグチャと混ざり合い、唇の端からどろりと垂れるのを七搦は指で拭うのだ。
明らかに七搦が反応してる。このままさっさと終わらせよう。顎が閉じれないまま、一刻も早くこの地獄のような時間を終わらせようとやつの股間に顔を埋めていたときだった。
咥えた一物で膨らんでいた頬に、にゅるりとなにかが押し付けられる。
「お、俺のも……十鳥君……っ」
我慢できなくなったという様子で鼻息荒く頬に擦りつけられるのは既に勃起した性器だった。エラ張った亀頭は先走りで肉色に濡れ、それを擦り付けるように頬に押し付けられれば白濁混じりの糸が伸びる。……最悪だ。
「十鳥ちゃんの口はちっちゃいからな~。手で扱いてやれよ、せっかく勃起させてんだからさ」
な、十鳥ちゃん。と七搦は俺の手を掴み、そのモブの性器に握らせやがるのだ。嫌なのに、ぬとぬととした感触に背筋がぶるりと震える。十鳥君、と耳元で名前をささやくな。二通を思い出してしまう。やけくそだった。手で雑に性器を扱く。勝手に勃起して人に押しつけんじゃねえ、そう少し乱暴にすれば、やつは萎えるどころか「ぁ、十鳥君、きもちぃ」なんて言って更に勃起しやがった。そしてすぐにどぷりと性器から濃い白濁を飛び散らせる。髪にも顔にもかかってもうめちゃくちゃだ。
それを見て、「俺も俺も」とベルトを外しだす連中に血の気が引いた。七搦に集中したいのに、伸びてきた手に尻を撫でられれば口から性器が外れてしまいそうになる。
無遠慮にベルトを抜かれ、下着を下げるように尻を撫でられる。やめろ、と慌てて下腹部を庇おうとするが遅かった。
「や……ッん゛ぐぷッ」
めろ、と言いかけた矢先だった。七搦は俺の後頭部を鷲掴み、そのまま喉奥を犯すように性器を一気に根本までねじ込む。
先程までの萎えた性器とは別物だ。既に芯を持ったそれは最早凶器に等しい。口蓋垂を掠める亀頭に鼻の穴が開き、口いっぱいに広がる野郎の匂いに吐き気がするもののそもそも口が閉じれないので余計拷問だった。七搦の股間に頭を埋めたまま見悶える俺を無視して、七搦は笑った。
「一番ケ瀬、お前なんで勃起してんだ?」
その言葉に数人が笑う。視界には七搦しかいない。一番ケ瀬の顔を見ることは叶わなかったが、あいつがどんな顔をしてるのか今は見えなくてもよかったと思えてしまった。
そんなの、男だから仕方ないだろ。そう言ってやりたいのに、口の中のブツがそれを邪魔する。固まっていると、「休むなよ十鳥ちゃん」とわざと後頭部をグリグリ押し付けるように性器を動かすのだ。鼻先に当たるやつの陰毛のざりっとした感触が嫌で七搦の腰を掴むが、吐き出せない。
「っ、ぅ゛……」
「大好きな十鳥の顔じゃイケねえとか言ってなかったか? なあ、一番ケ瀬」
「……黙れよ」
「勃起させておいて何言ってんだ、犯されそうになってる親友見て興奮してますだろうが。なあ、一番ケ瀬」
「……っ」
やめろ、これ以上一番ケ瀬を辱めるな。馬鹿にするのは俺だけにしろ。そう七搦の腰を掴んだとき、伸びてきた手に思いっきりケツの穴に指をねじ込まれる。
「ん゛ぅ……ッ!!」
「……あれ? 十鳥お前処女だよな。のわりに、けっこー柔けえな。自分でいじった? それとも彼氏にでもやってもらってんのか?」
「ふ……ッ、ぅ゛ぅ゛ッ!」
ケツにローションを垂らされ、それを指に絡めた七搦は更に指を増やしてぐちぐちと中を弄くり回すのだ。まだ記憶に新しい二通との行為が蘇り、背筋が凍りつく。逃げることもできない。長く細い七搦の指は的確に俺の弱いところを探り当て、躊躇なく責め立てるのだ。
「ふ、ぅ゛ッ」
「……っ、なあ、一番ケ瀬、一番乗りはお前にくれてやってもいいぜ」
「……ッ!」
一瞬、七搦が何を言ったのか分からなかった。
前立腺を指先で撫でられ、そのまま執拗に揉まれるだけで腰が震え、一人で立つこともできない。
七搦、この男が何を考えてるのか分からなかった。
「このパーティーの主催者はお前だからなあ、花くらい持たせてやるよ。一番ケ瀬」
「っ、ふざけんな、テメェ……」
「じゃあ俺が代わりにやっちゃっていいのかよ」
嫌だ、嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。必死に頭を振れば、「嫌がりすぎだろ」と七搦は笑い、そして俺の口から性器を引き抜いた。唇につながった太い唾液の糸は重さに耐えきれずに落ちていく。
「っ、い、ちばん、がせ……」
口の中が臭い、ぬとりと粘着いた唾液を飲み込むこともできないまま俺はその名前を呼んだ。こいつに、こいつらにヤラれるくらいならまだましだ。
「っ、十鳥……お前……」
「お前じゃなきゃ、いやだ」
「……っ」
「だってよ一番ケ瀬、お前が嫌でも十鳥ちゃんはやる気満々みてーだしな」
一番ケ瀬を捕まえていたモブたちは拘束を緩める。投げ出された一番ケ瀬は、迷子の子供のようにフラフラとこちらへと歩み寄ってくるのだ。
薄暗い中、一番ケ瀬の表情はよく見えない。それでも、ここにいるのが一番ケ瀬だということだけで酷く安心できた。
「っ、いちば……」
一番ケ瀬、と呼び掛けたときだった。両の掌が臀部に這わされる。がっちりと掴むように指が食い込み、思わず息を飲んだ。
背後にいるのは一番ケ瀬だ、そうだ。一番ケ瀬は優しくて、いつも爽やかで、いいやつで、それで。……一瞬でも怖いなんて思うのはおかしな話だ。
「ま、っ、まて、一番ケ瀬……ッ」
「……ッ、十鳥……ッ!」
「いちばんが、ッ、ァ゛ぐぅ……――~~ッ!!」
待てって、言ったのに。
七搦の指ごと巻き込んで、いきなり勃起した性器を押し当てられたかと思った次の瞬間思考ごと潰される。喉から飛び出たのではないかと思うほどの衝撃に全身がびんと伸び、目の前の七搦にしがみついた。堪えようと食いしばった歯の奥からは空気と呻き声が漏れ、目の前が白く染まったと思った矢先、腰がゆっくりと引かれる。抜かれるのかと思えば、再び腰を打ち付けられる。亀頭で奥を突き上げられる都度全身がビクビクと痙攣し、文字通り熱に飲まれそうになるのだ。
「ッ、あッ、ぁ、ぅ゛ッ!!」
「っ、十鳥……悪い……俺……ッ」
「い゛ッ、ちば、ぁ゛ッ、ひぅ……ッ!」
腹の中が、一番ケ瀬と繋がった部位が恐ろしく熱くなる。
自分が何されてるのかも分からなかった。何故一番ケ瀬とセックスしてるのか、それも、こんな人前で。悪い夢でも見ているようだった。それなのに、襲いかかってくる快感はどれも本物だ。
「っ、十鳥……っ」
「っ、う゛、ぁ゛ッ」
「余裕ねえなあ、よっぽどお前とやりたくて我慢してたんだってよ一番ケ瀬君は」
「ッ、――~~ッ!!」
「……って、聞こえてねえし」
緩急つけて腰を打ち付けられる。苦しいのに、ローションの助けがあってか痛みは和らいだがそれでも圧迫感や恐怖までもは紛らわせない。どこまで届くのだというほど奥までこじ開け侵入してくる性器がただ恐ろしく、逃げようと腰を動かすが、臀部を掴む指はがっちりと俺の腰を固定して離れない。そこを更に腫れ上がった亀頭で突き上げられ、開いた口からは悲鳴にならない声が漏れる。思わず目の前の七搦に助けを求めてしまいそうになり、憐れむような顔をした七搦だったがそれも一瞬、俺の唇に亀頭を押し付けた七搦は「じゃこっちも続きよろしく~」と俺の唇を捲りそのままちんぽごとねじ込んできた。
喉とケツの穴、各々に犯され全身が悲鳴を上げるのが分かった。精液の匂いと甘い香水が混ざったような悪臭にただ吐き気が込み上げた。
それからは休む暇などなかった。
最早射精してるのか絶頂してるのかという感覚すらも危うい中、譫言のように俺の名前を呼ぶ一番ケ瀬に犯され続ける。口の中で七搦が射精しようが、一番ケ瀬は関係ない。文字通り俺を犯し続けた。絶え間ない挿入のお陰で内壁は腫れ上がり、ただでさえ過敏になるそこを更に精液とローションを塗り込むように犯されるのだ。休む暇もない。他の奴らには触らせないとでもいうかのように体を抱き締められ、時には腿を掴まれ、腰を抱えられるときもあった。下から突き上げられるだけで女みたいな声が出てしまい、何度も一番ケ瀬を止めようとしたがそれも叶わない。
七搦の精液が残ってようが一番ケ瀬は構わず俺にキスをした。食い込む指の感触が全身に残っていた。ぐるりと反転する世界。
なんで俺は一番ケ瀬に抱かれてるのだろうか。
そうだ、俺が一番ケ瀬がいいと言ったのだ。それはあいつが優しくて、いいやつで、それで……。
……。
…………。
………………。
飛び起きる。
……正確には飛び起きようとしたが、あまりの体の痛みと倦怠感に堪えきれず指を動かすので精一杯だった。
長い間悪い夢を見ていたようだった。
軋む関節。恐る恐る自分の体に目を向ければ、服の下、至るところに指の跡が残っていた。
「…………」
夢では、ない。
「……十鳥?」
掛けられた声に、全身に冷水をぶっかけられたかのように凍り付いた。顔をあげれば、ベッドの横には一番ケ瀬が立っていた。
……ここは一番ケ瀬の部屋だ、そして、ここは一番ケ瀬のベッドで……。
「一番ケ瀬……」
「大丈夫……なわけないか。そうだよな、……悪かった、七搦の手前とは言え、ああすることしかできなくて」
そこにいたのは、いつもの一番ケ瀬だった。
申し訳なさそうに一番ケ瀬はうなだれる。あの夜、俺を無言で犯し続けた一番ケ瀬とは違う。けれど、やはり夢ではなかった。その事実に俺は言葉に迷う。
……元はといえば、俺のせいだ。一番ケ瀬が七搦に捕まったのも、俺が……。
そうだ、あれは七搦の前だったからだ。……七搦に脅された手前、ああやるしかなかった。そう言い聞かせることでしか考えられない、考えたくなかった。
「……悪かった、俺のせいで……俺が、あいつにホイホイ着いていくから……」
「お前は何も悪くない。どうせあいつの口車に乗せられたんだろ?」
「っ、でも……俺のせいであいつに……」
バレた。全部。もし一番ケ瀬まで処罰を受けることになってしまったらと思うと背筋が凍るようだった。
そのときだった、一番ケ瀬に抱きしめられる。
ふわりと甘い香りが広がる。……あの夜に嗅いだものと同じ香りだ。
「……大丈夫だ。後のことは俺がなんとかするし、お前は気にしなくていい」
「一番ケ瀬……」
「俺、正直ほっとしたんだ。……お前の初めての相手が俺でよかったって」
「っ、な、に……言って……」
「だってそうだろ、もし……七搦のやつがお前の初めての相手だったら俺……」
「……」
「初めて、だよな?」
「っ、あ、当たり前だろ……あんなの……」
咄嗟にムキになって言い返せば、一番ケ瀬の頬がふわりと緩んだ。そして伸びてきた指先に頬を撫でられる。
「そうか、良かった」
「っ、一番ケ瀬……っ、ん、ぅ……」
当たり前のように唇を重ねられ、全身が凍り付く。ほんの一瞬一番ケ瀬の目が細められたとき、確かにあのときと同じ恐怖を感じたのに思いの外優しく唇を吸われ、重ねられればその恐怖も溶けていく。ちゅ、と音を立て唇が離れる。至近距離で見つめられたまま、そのまま髪を指で掬われた。
「……ちゃんとお前としたい」
「っ、駄目だ……今は……」
「今じゃなかったらいいのか?」
「……っ、お前は……意地が悪いぞ……」
一番ケ瀬は小さく笑ってもう一度唇を甘く吸い、そのまま顔を離した。ごめんな、と俺にだけ聞こえる声で謝るのだ。それがどれに対する謝罪かわからないまま、俺はただ一番ケ瀬から逃げるように布団に潜った。
「十鳥? ……怒ったか?」
「……違う、疲れたから……二度寝する」
「ああ、そうだな。今日は休日だ、好きなだけ寝たらいい」
「……一番ケ瀬は?」
「俺は……少しすることがあるからな、それが終わったらお前に添い寝しようかな」
しなくていい、という言葉は続けられなかった。布団越し撫でられたと思いきや、すぐに一番ケ瀬が離れていくのを感じた。結局俺は一番ケ瀬に何も言えなかった。
「……お前がわかんねえよ、一番ケ瀬」
見たことのない一番ケ瀬の顔を見る度に迷いが生じる。それを必死に忘れようとしても付き纏ってくる。
……だから、嫌なんだ。今までのままで良かったのに。俺は、お前を怖いと思いたくなかった。
「……ええ、やはり七搦のやつがどうやら一軍と三軍を集めて乱交させて金稼ぎをしていたみたいですね。内部からの告発もあったので間違いないかと」
「なるほどな。……悪かったな、お前に汚れ仕事ばかりさせて」
「いえ、不安の種は一つでも早めに摘むべきかと」
「それで、七搦はどこにいる?」
「恐らく自室かと。会長に合わせる顔がないと引きこもってるのではないでしょうか」
「あの男がか? 何かの間違いだろう、寧ろお前がそうさせてるんじゃないだろうな」
「俺は何も。けれど、七搦に不満を持つ三軍は少なくはないので今回の件でそれが爆発した可能性はあるでしょうね」
「……もういい、下がれ」
「……はい、それでは失礼します」
「……どう思う?」
「それを僕に聞く? ……ふふ、一番ケ瀬君。面白いじゃないか。頑張り屋さんで君への忠誠心もある、けど……あそこまで息巻いてると、その内君の喉元齧り付いてきそうだね」
「……八雲、暫く一番ケ瀬を……いや、十鳥文也を張っていろ。四軍が機能していないようなら……いや、お前の好きなようにしていい」
「はあい、仰せのままに。……――九重会長」
一番ケ瀬は用事があると先に部屋を出ていったため、俺は仕方なく一人で教室に向かおうとしていた。
……あいつ、いないよな。
教室前、辺りにあの三軍の陰気臭い顔がないか確認したときだ。
「と、十鳥君……っ」
すぐ背後、耳元に吹き掛かる吐息に思わず飛び上がりそうになる。慌てて振り返れば、そこには見たくない顔があった。
「……っ、な、なんだよ、お前……っ!」
「ち、ちが、あの、僕、この前のこと……謝りたくて……本当、ごめん」
せっかく忘れようとしたのに、件の三軍野郎――二通はおどおどと怯えたように頭を下げる。
ごめんで済めば警察はいらない。が、こういうタイプは下手に刺激した方がやばいと身を持って経験した現状この謝罪を受け入れる他ない。
「それで、あのあとは大丈夫だった……?」
どう反応すればいいのかわからず、咄嗟に一歩後退ったとき。ずい、と迫ってくる二通に手を掴まれ「ひっ」と声が漏れる。乾いた指先から感じる生暖かさが余計嫌だ。
「さ、さわるな……っ!」
「あいつになにもされなかった?」
「あ、あいつって……」
さっきから何を言ってるのだ、こいつは。
咄嗟に手を振り払おうとするががっちりと握り締められた掌は硬い。
「おい、握るな! 指を絡めるな! 舐めるな!」とぎちぎちと指を引き剥がそうとしていたときだった。
「十鳥」
背後から聞こえてきたその声に全身から力が抜けそうになる。対する二通は俺の背後に目を向けたまま硬直した。
「……ッ! い、一番ケ瀬……!」
「……なんだ、二通。お前もいたのか。随分と珍しい組み合わせだな……」
どうやら用事が済んだらしい。そこには一番ケ瀬が立っていた。「なんだこの手は」と笑いながら俺たちの繋がれた手を突いた一番ケ瀬に、ひっと二通は慌てて俺から手を離した。
助かった……!
二通の手が離れた隙に救世主一番ケ瀬の後ろに隠れれば、「どうした? 十鳥」と言いながらも俺を庇ってくれる。そして二通に向き直るのだ。
「……と、十鳥く……」
「悪いな二通、どうやら十鳥は今誰とも話したくないらしい。……そっとしてやってくれないか?」
「……っ、お前……」
二通が何かを言いたそうにしていたが、それを聞く前に一番ケ瀬は俺の腕を掴んでそのまま「行くぞ」と歩き出した。
教室の前を通り過ぎていくのでどこに行くのかと思ったが、そのまま近くの便所に足を踏み入れた。幸い人気はない。
「……助かった」
「どうした? 二通となんかあったのか?」
「なんでもない……ただ、苦手なだけだ」
一番ケ瀬が相手でも、流石に二通のことを話す気にはなれなかった。……これは墓まで持っていくべきだろう。そう俺は一人頷く。
ふーん、と呟く一番ケ瀬だったが、ふと思い出したように「そういや十鳥」と俺を見た。
「どうした?」
「今日俺放課後生徒会あるから一人で帰ってもらわなきゃならないんだが大丈夫か?」
「そ……そうなのか……わかった」
「そんなに露骨に寂しがるなよ。なんなら終わるまで待っててくれてもいいからな」
「……一人で帰るくらいできる、人をなんだと思ってるんだ」
「はは、冗談だろ」
一番ケ瀬は笑う。からっとした笑い方。
色々あって関係が変わるかも、と心配したがどれも杞憂だった。カースト最底辺の俺に対しても以前のように接し続けてくれる一番ケ瀬の存在が今はただありがたい。
◆ ◆ ◆
――放課後。
俺は一番ケ瀬に言われた通り一人で学生寮へと戻ってきていた……のだけれど。
一番ケ瀬が帰ってこない。時計の針は二十時を過ぎそうになっていた。
生徒会っていつもこんなに遅いのか?
一番ケ瀬の本棚に並んだ漫画を読んで時間を潰していたが、そろそろ内容に集中できなくなっていた。まあ一番ケ瀬だし、俺のために直帰するほど暇なやつでもないはずだ。別に、別に寂しくなんてないが。
そう、一人でちらちら玄関の方を見ていたときだった。部屋の中にノックの音が響き渡る。
一番ケ瀬はわざわざノックなんてしない、だとすれば……来客か?
気になったが、緊急の可能性もある。無視するわけにはいかないだろうと扉を開けば、そこには予想外の人物の姿があった。
――七搦だ。
「なあ、一番ケ瀬のこと見てないか?」
「いや、まだ帰ってきてないすけど……」
「生徒会室にも来なくてさあ、どこ行っちゃったんだろうな」
「……一番ケ瀬が?」
一番ケ瀬は生徒会に行くと言っていた。そんな一番ケ瀬が生徒会室にも来てないということか?
「君、なんか心当たりとかねえの? てか探すの手伝ってくんね?」という七搦に俺は頷いた。一番ケ瀬の身に何か遭ったのではないか。
俺は七搦とともに部屋を出た。
心当たりのあった場所にもどこにもいない。
学生寮から学園へと戻り、既に人気の少なくなっていた学園内を俺は七搦とともに一番ケ瀬を探しながら歩いた。
「ん? なんだあれ」
不意に七搦が声を上げる。視線のする方へと目を向ければ、そこには何もないはずの空き部屋に向かって一軍の生徒たちが複数入っていくのだ。
……なんとなく嫌な予感がした。
「っ、先輩?」
「行ってみようぜ、十鳥ちゃん」
「もしかしたら一番ケ瀬がいるかもしれねえだろ」と七搦は笑う。なんとなくその笑顔が怖かった。窓の外は既に暗い。防音された空き教室からは人の声は一切聞こえてこない。
躊躇っていると七搦に肩を掴まれた。
そのまま背中を押されるような形で、俺は七搦とともにその扉を開いた。
空き部屋の中には椅子に座ってたむろしてる生徒たちがいた。どいつもこいつも一軍のようだ。連中は入ってきた俺、というよりも七搦を見るなり青褪める。
「ああ? ここじゃねえのかよ」
「あの」とか「待ってください」とか何か言い掛けて止めようとしてくる連中を無視して、七搦は俺を引きずったままその奥の扉へと近付いた。……微かにだが人の声が聞こえてくる。それも、複数のだ。そして、七搦は躊躇なくその扉を開いた。
瞬間、まず耳に入ってきたのは悲鳴のような声だった。七搦の背中越し、最初薄暗い部屋の中で何が行われているのかなんて分からなかった。
けれど、直感する。甘ったるい鼻につくような嫌な匂い。一人、いや二人か。一糸纏わぬ数人の生徒を囲む一軍連中。連中はソファーもベッドも関係なしに犯していた。
「うーわっ、やってんねえ」
硬直する俺に対して、七搦は顔色一つ変えない。まるでこの部屋で行われてる行為を初めから知っていたかのような口振りですらあった。
犯すことで頭がいっぱいになっていた連中もその声に気付いたようだ。青ざめる連中のその奥、壁を背に立っていたそいつも例外ではなかった。
「……っ、十鳥……?」
何故、こいつがここに居るのか。
七搦とともに現れた俺を見て、一番ケ瀬は目を見開いた。それは俺も同じだった。参加せずとも、一番ケ瀬がこいつらと同じ場所、同じ空気を吸っていたという事実に頭が真っ白になる。
「お、まえ……ここで、なにして……」
「なんで、そいつと一緒にいるんだよ」
「なんでって、俺が呼んだんだよ。お前が一人でコソコソ楽しそうなことしてっから」
詰め寄ってくる一番ケ瀬の前に出た七搦はそう笑って一番ケ瀬の胸を叩く。
「いけないよな~? 三軍ちゃんたちの人権守るために四軍出来たのに、四軍そっちのけで裏でこんなことやったら」
「……っ、……」
「会長に言わねえとなあ? 一番ケ瀬君は俺たちに内緒で裏切ってましたって」
その七搦の言葉にハッとする。
俺が四軍落ちが決まったとき、なんとかすると一番ケ瀬は俺に約束してくれた。その結果がこれだったのか。そう思うと嫌悪感よりも罪悪感の方が増す。けれど、そういうことか。一番ケ瀬は俺を選んでくれたのだ。
言葉も出ない俺に、一番ケ瀬は冷ややかに笑った。それは見たことのない顔だった。
「何を言い出すかと思えば……馬鹿馬鹿しい。俺が会長を裏切るわけないだろ」
「じゃあこれはなんだよ」
「俺の趣味だ。俺、流石に十鳥じゃ勃起しないから好みの子たちこっちで選んで集めてきただけだ」
「へえ、お前一番ケ瀬の好みじゃないんだってよ、可哀想に」
一番ケ瀬にキスされたことを思い出す。全部、フリなのだろう。ここで七搦に目的をバレてしまえば今度こそ本末転倒だ。
一番ケ瀬がここまでしてくれてるのに俺は七搦をここへと連れてきてしまったのか。それとも、七搦は最初から分かって俺をここに連れてきたのか。どちらにせよ、七搦の存在がネックだった。
「っ、別に……いいじゃないですか、こいつがどうだろうと俺には関係……」
「じゃ、俺が十鳥君抱いたって問題ないんだろ?」
ないですから、と言いかけた矢先だった。
そう七搦が俺の後頭部掴むのとそれはほぼ同時だった。
「っん、ぅ」
噛み付くように開いた七搦に、わざとリップ音を立てるように唇を甘く噛まれる。そのままぬるりとした舌で唇を舐められたときだ。
「おい七搦ッ!!」
聞いたことのない怒声に思わず俺まで驚いてしまう。けれど、七搦だけは唯一変わらぬ態度だった。顎の下、頬と輪郭を撫でるように這わされる指にサブイボが立つ。やめろ、と七搦の手首を掴むがやつの腕は離れない。それどころか、わざとらしく一番ケ瀬の目の前で俺の唇を撫でるのだ。
「……ッぅ」
「何ムキになってんだ? ……元よりこいつを差し出したのはお前だろうが、一番ケ瀬」
「っ、それは……」
「お前がこいつ使えねえってんなら俺と他の奴らで相手してやるよ」
言い淀む一番ケ瀬を前に、七搦は何事かと静観していた周りの一軍連中を見渡した。
「一人くらいいるだろ? 十鳥君でイケるやつ、はい挙手~」
「な、に言って……」
他のやつらって言ったか、今。
七搦の言葉に、自分たちが許されたのだとでも思ったのだろう。順番待ちなやつ、手持ち無沙汰なやつ、飽きていたやつ、面白半分なやつ。気付けば俺たちの周りは一軍連中に囲まれていた。
「いい加減にしろ、これ以上勝手な真似を……っ」
「勝手な真似をしてたのはどこのどいつだよ、なあ? ……一番ケ瀬、お前はそこの可愛い子と好きなだけセックスでもしとけよ。その間こっちも楽しませて貰うから。それなら黙っておいてやるよ」
「ふざけんな、そんなの……っ」
「……――やっぱお前、裏切ってんな?」
空気が凍りつく。冷ややかな七搦の目線を向けられた一番ケ瀬に、これ以上はまずいと俺は一番ケ瀬の方を止めた。
「一番ケ瀬……っ! っ、俺は……大丈夫……だから……っ」
「……ッ大丈夫って、なんだよ」
そんなの、俺だって分からない。分からないけど、これ以上一番ケ瀬の立場が悪くなるくらいなら俺は。……元より押し付けられた役目だ、運良く逃れればと思ったがそれを更に他人に押し付けようとした罰でも当たったのか。
七搦は上機嫌に笑った。
「……へえ? 一番ケ瀬なんかよりもずっと素直でいいじゃねえの?」
「っ、やるなら、さっさと済ませてください……」
「なんだ、処女臭えと思ったけど話が早くて助かるわ。んじゃ取り敢えず、フェラして勃たせてくれよ」
「……ッ、しなくていい、十鳥」
「お前ら、一番ケ瀬のやつ捕まえとけよ。多少痛めつけてもいい、俺が許可する」
「……っ、テメェ、七搦……ッ!!」
七搦の合図とともに、他の生徒たちに羽交い締めにされる一番ケ瀬を見た瞬間血の気が引いた。
「一番ケ瀬」と助けようと手を伸ばすが、その手首ごと掴まれる。振り返れば七搦の顔がすぐ側にあって、驚くよりも先に掴まれた手をぐっと引かれるのだ。
「お前はこっちに集中しろ」
「……ッ」
な? と、やつの下腹部に持っていかれた掌。その指に当たるものがなんなのか考えたくもない。
一番ケ瀬の目の前でこんな真似。けれど、これで済むなら逆にましなのではないか。……そう思い込むのが精一杯だった。
片膝を付き、丁度目の前に来るやつの下腹部に触れる。ベルトを緩めるがもたついてしまい、「十鳥ちゃんは不器用か~?」と茶化すように七搦は俺の手ごとファスナーを下ろすのだ。そして。
「ほら、さっさとしろよ」
ここが薄暗くてまだ良かった。直視などしたくない、俺は薄目のまま恐る恐る目の前の萎えた性器に唇を寄せる。探るように舌を出したとき、舌先に触れる熱にぎくりとした。……ここで躓いてる場合ではない。
「ふ、ぅ……」
一番ケ瀬が「やめてくれ」というのを必死に聞き流しながら、俺は鼻で呼吸をしないように気をつけながらもその舌先に当たる性器に舌を這わせる。……性経験などない、口淫の仕方などわかるはずもない。取り敢えず舐めればいいのだろうかと恐る恐る舌を這わせれば、舌の先、七搦が反応するのがわかった。
「くすぐってー。……十鳥ちゃん、もっと真面目にやってくんねえ? これじゃ朝になんだけど」
「……っ、んなほと、ひはへへも……」
どうしろと、と言いかけたとき。七搦の指が口の中にねじ込まれる。そのまま強引に下顎を開かされ、開いたそこにやや頭を擡げ始めた性器を口いっぱいにねじ込まれるのだ。瞬間、口の中に広がる吐き気を催すような匂いと味に堪らずえずきそうになる。
「んむ゛……ッ!!」
「十鳥ちゃーん、歯ァ立てんなよ? ……そうそう、大事に可愛がってやんねえと。お互いに気持ちよくなるために頑張れよ十鳥ちゃん」
「ふッ、ぅ゛……」
頬の裏、粘膜に擦り付けるように亀頭を頬張らされ、拒もうとするのにその性器は意思に反して奥へと入ってきては器官を圧迫する。苦しい、顎が外れそう。これ以上でかくなるのなんて無理だ。もごもごと首を横に振って吐き出そうとしたとき、泣きそうな顔をしてこちらを見ていた一番ケ瀬と目が合った。
……そうだ、俺が我慢をしなければ一番ケ瀬が……。
そう思うと、駄目だった。せめて苦しくないよう、必死に喉を広げて唾液で滑りをよくしようと半ばやけくそで舌を這わせる。
不格好でみっともない、酷い顔だろう。俺の前髪を掴み、人の顔を見下ろしていた七搦の口元には笑みが浮かんでいた。
「ん゛、ぅ゛ぶ……ッ!」
「そうそう、いー感じ……十鳥ちゃん、もーちょっと口とかその喉使ってさあ……」
言われるがまま、口輪筋を使って全体を愛撫したり犬よりも下手な舌遣いで性器を刺激する。口の中、唾液と先走りがグチャグチャと混ざり合い、唇の端からどろりと垂れるのを七搦は指で拭うのだ。
明らかに七搦が反応してる。このままさっさと終わらせよう。顎が閉じれないまま、一刻も早くこの地獄のような時間を終わらせようとやつの股間に顔を埋めていたときだった。
咥えた一物で膨らんでいた頬に、にゅるりとなにかが押し付けられる。
「お、俺のも……十鳥君……っ」
我慢できなくなったという様子で鼻息荒く頬に擦りつけられるのは既に勃起した性器だった。エラ張った亀頭は先走りで肉色に濡れ、それを擦り付けるように頬に押し付けられれば白濁混じりの糸が伸びる。……最悪だ。
「十鳥ちゃんの口はちっちゃいからな~。手で扱いてやれよ、せっかく勃起させてんだからさ」
な、十鳥ちゃん。と七搦は俺の手を掴み、そのモブの性器に握らせやがるのだ。嫌なのに、ぬとぬととした感触に背筋がぶるりと震える。十鳥君、と耳元で名前をささやくな。二通を思い出してしまう。やけくそだった。手で雑に性器を扱く。勝手に勃起して人に押しつけんじゃねえ、そう少し乱暴にすれば、やつは萎えるどころか「ぁ、十鳥君、きもちぃ」なんて言って更に勃起しやがった。そしてすぐにどぷりと性器から濃い白濁を飛び散らせる。髪にも顔にもかかってもうめちゃくちゃだ。
それを見て、「俺も俺も」とベルトを外しだす連中に血の気が引いた。七搦に集中したいのに、伸びてきた手に尻を撫でられれば口から性器が外れてしまいそうになる。
無遠慮にベルトを抜かれ、下着を下げるように尻を撫でられる。やめろ、と慌てて下腹部を庇おうとするが遅かった。
「や……ッん゛ぐぷッ」
めろ、と言いかけた矢先だった。七搦は俺の後頭部を鷲掴み、そのまま喉奥を犯すように性器を一気に根本までねじ込む。
先程までの萎えた性器とは別物だ。既に芯を持ったそれは最早凶器に等しい。口蓋垂を掠める亀頭に鼻の穴が開き、口いっぱいに広がる野郎の匂いに吐き気がするもののそもそも口が閉じれないので余計拷問だった。七搦の股間に頭を埋めたまま見悶える俺を無視して、七搦は笑った。
「一番ケ瀬、お前なんで勃起してんだ?」
その言葉に数人が笑う。視界には七搦しかいない。一番ケ瀬の顔を見ることは叶わなかったが、あいつがどんな顔をしてるのか今は見えなくてもよかったと思えてしまった。
そんなの、男だから仕方ないだろ。そう言ってやりたいのに、口の中のブツがそれを邪魔する。固まっていると、「休むなよ十鳥ちゃん」とわざと後頭部をグリグリ押し付けるように性器を動かすのだ。鼻先に当たるやつの陰毛のざりっとした感触が嫌で七搦の腰を掴むが、吐き出せない。
「っ、ぅ゛……」
「大好きな十鳥の顔じゃイケねえとか言ってなかったか? なあ、一番ケ瀬」
「……黙れよ」
「勃起させておいて何言ってんだ、犯されそうになってる親友見て興奮してますだろうが。なあ、一番ケ瀬」
「……っ」
やめろ、これ以上一番ケ瀬を辱めるな。馬鹿にするのは俺だけにしろ。そう七搦の腰を掴んだとき、伸びてきた手に思いっきりケツの穴に指をねじ込まれる。
「ん゛ぅ……ッ!!」
「……あれ? 十鳥お前処女だよな。のわりに、けっこー柔けえな。自分でいじった? それとも彼氏にでもやってもらってんのか?」
「ふ……ッ、ぅ゛ぅ゛ッ!」
ケツにローションを垂らされ、それを指に絡めた七搦は更に指を増やしてぐちぐちと中を弄くり回すのだ。まだ記憶に新しい二通との行為が蘇り、背筋が凍りつく。逃げることもできない。長く細い七搦の指は的確に俺の弱いところを探り当て、躊躇なく責め立てるのだ。
「ふ、ぅ゛ッ」
「……っ、なあ、一番ケ瀬、一番乗りはお前にくれてやってもいいぜ」
「……ッ!」
一瞬、七搦が何を言ったのか分からなかった。
前立腺を指先で撫でられ、そのまま執拗に揉まれるだけで腰が震え、一人で立つこともできない。
七搦、この男が何を考えてるのか分からなかった。
「このパーティーの主催者はお前だからなあ、花くらい持たせてやるよ。一番ケ瀬」
「っ、ふざけんな、テメェ……」
「じゃあ俺が代わりにやっちゃっていいのかよ」
嫌だ、嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。必死に頭を振れば、「嫌がりすぎだろ」と七搦は笑い、そして俺の口から性器を引き抜いた。唇につながった太い唾液の糸は重さに耐えきれずに落ちていく。
「っ、い、ちばん、がせ……」
口の中が臭い、ぬとりと粘着いた唾液を飲み込むこともできないまま俺はその名前を呼んだ。こいつに、こいつらにヤラれるくらいならまだましだ。
「っ、十鳥……お前……」
「お前じゃなきゃ、いやだ」
「……っ」
「だってよ一番ケ瀬、お前が嫌でも十鳥ちゃんはやる気満々みてーだしな」
一番ケ瀬を捕まえていたモブたちは拘束を緩める。投げ出された一番ケ瀬は、迷子の子供のようにフラフラとこちらへと歩み寄ってくるのだ。
薄暗い中、一番ケ瀬の表情はよく見えない。それでも、ここにいるのが一番ケ瀬だということだけで酷く安心できた。
「っ、いちば……」
一番ケ瀬、と呼び掛けたときだった。両の掌が臀部に這わされる。がっちりと掴むように指が食い込み、思わず息を飲んだ。
背後にいるのは一番ケ瀬だ、そうだ。一番ケ瀬は優しくて、いつも爽やかで、いいやつで、それで。……一瞬でも怖いなんて思うのはおかしな話だ。
「ま、っ、まて、一番ケ瀬……ッ」
「……ッ、十鳥……ッ!」
「いちばんが、ッ、ァ゛ぐぅ……――~~ッ!!」
待てって、言ったのに。
七搦の指ごと巻き込んで、いきなり勃起した性器を押し当てられたかと思った次の瞬間思考ごと潰される。喉から飛び出たのではないかと思うほどの衝撃に全身がびんと伸び、目の前の七搦にしがみついた。堪えようと食いしばった歯の奥からは空気と呻き声が漏れ、目の前が白く染まったと思った矢先、腰がゆっくりと引かれる。抜かれるのかと思えば、再び腰を打ち付けられる。亀頭で奥を突き上げられる都度全身がビクビクと痙攣し、文字通り熱に飲まれそうになるのだ。
「ッ、あッ、ぁ、ぅ゛ッ!!」
「っ、十鳥……悪い……俺……ッ」
「い゛ッ、ちば、ぁ゛ッ、ひぅ……ッ!」
腹の中が、一番ケ瀬と繋がった部位が恐ろしく熱くなる。
自分が何されてるのかも分からなかった。何故一番ケ瀬とセックスしてるのか、それも、こんな人前で。悪い夢でも見ているようだった。それなのに、襲いかかってくる快感はどれも本物だ。
「っ、十鳥……っ」
「っ、う゛、ぁ゛ッ」
「余裕ねえなあ、よっぽどお前とやりたくて我慢してたんだってよ一番ケ瀬君は」
「ッ、――~~ッ!!」
「……って、聞こえてねえし」
緩急つけて腰を打ち付けられる。苦しいのに、ローションの助けがあってか痛みは和らいだがそれでも圧迫感や恐怖までもは紛らわせない。どこまで届くのだというほど奥までこじ開け侵入してくる性器がただ恐ろしく、逃げようと腰を動かすが、臀部を掴む指はがっちりと俺の腰を固定して離れない。そこを更に腫れ上がった亀頭で突き上げられ、開いた口からは悲鳴にならない声が漏れる。思わず目の前の七搦に助けを求めてしまいそうになり、憐れむような顔をした七搦だったがそれも一瞬、俺の唇に亀頭を押し付けた七搦は「じゃこっちも続きよろしく~」と俺の唇を捲りそのままちんぽごとねじ込んできた。
喉とケツの穴、各々に犯され全身が悲鳴を上げるのが分かった。精液の匂いと甘い香水が混ざったような悪臭にただ吐き気が込み上げた。
それからは休む暇などなかった。
最早射精してるのか絶頂してるのかという感覚すらも危うい中、譫言のように俺の名前を呼ぶ一番ケ瀬に犯され続ける。口の中で七搦が射精しようが、一番ケ瀬は関係ない。文字通り俺を犯し続けた。絶え間ない挿入のお陰で内壁は腫れ上がり、ただでさえ過敏になるそこを更に精液とローションを塗り込むように犯されるのだ。休む暇もない。他の奴らには触らせないとでもいうかのように体を抱き締められ、時には腿を掴まれ、腰を抱えられるときもあった。下から突き上げられるだけで女みたいな声が出てしまい、何度も一番ケ瀬を止めようとしたがそれも叶わない。
七搦の精液が残ってようが一番ケ瀬は構わず俺にキスをした。食い込む指の感触が全身に残っていた。ぐるりと反転する世界。
なんで俺は一番ケ瀬に抱かれてるのだろうか。
そうだ、俺が一番ケ瀬がいいと言ったのだ。それはあいつが優しくて、いいやつで、それで……。
……。
…………。
………………。
飛び起きる。
……正確には飛び起きようとしたが、あまりの体の痛みと倦怠感に堪えきれず指を動かすので精一杯だった。
長い間悪い夢を見ていたようだった。
軋む関節。恐る恐る自分の体に目を向ければ、服の下、至るところに指の跡が残っていた。
「…………」
夢では、ない。
「……十鳥?」
掛けられた声に、全身に冷水をぶっかけられたかのように凍り付いた。顔をあげれば、ベッドの横には一番ケ瀬が立っていた。
……ここは一番ケ瀬の部屋だ、そして、ここは一番ケ瀬のベッドで……。
「一番ケ瀬……」
「大丈夫……なわけないか。そうだよな、……悪かった、七搦の手前とは言え、ああすることしかできなくて」
そこにいたのは、いつもの一番ケ瀬だった。
申し訳なさそうに一番ケ瀬はうなだれる。あの夜、俺を無言で犯し続けた一番ケ瀬とは違う。けれど、やはり夢ではなかった。その事実に俺は言葉に迷う。
……元はといえば、俺のせいだ。一番ケ瀬が七搦に捕まったのも、俺が……。
そうだ、あれは七搦の前だったからだ。……七搦に脅された手前、ああやるしかなかった。そう言い聞かせることでしか考えられない、考えたくなかった。
「……悪かった、俺のせいで……俺が、あいつにホイホイ着いていくから……」
「お前は何も悪くない。どうせあいつの口車に乗せられたんだろ?」
「っ、でも……俺のせいであいつに……」
バレた。全部。もし一番ケ瀬まで処罰を受けることになってしまったらと思うと背筋が凍るようだった。
そのときだった、一番ケ瀬に抱きしめられる。
ふわりと甘い香りが広がる。……あの夜に嗅いだものと同じ香りだ。
「……大丈夫だ。後のことは俺がなんとかするし、お前は気にしなくていい」
「一番ケ瀬……」
「俺、正直ほっとしたんだ。……お前の初めての相手が俺でよかったって」
「っ、な、に……言って……」
「だってそうだろ、もし……七搦のやつがお前の初めての相手だったら俺……」
「……」
「初めて、だよな?」
「っ、あ、当たり前だろ……あんなの……」
咄嗟にムキになって言い返せば、一番ケ瀬の頬がふわりと緩んだ。そして伸びてきた指先に頬を撫でられる。
「そうか、良かった」
「っ、一番ケ瀬……っ、ん、ぅ……」
当たり前のように唇を重ねられ、全身が凍り付く。ほんの一瞬一番ケ瀬の目が細められたとき、確かにあのときと同じ恐怖を感じたのに思いの外優しく唇を吸われ、重ねられればその恐怖も溶けていく。ちゅ、と音を立て唇が離れる。至近距離で見つめられたまま、そのまま髪を指で掬われた。
「……ちゃんとお前としたい」
「っ、駄目だ……今は……」
「今じゃなかったらいいのか?」
「……っ、お前は……意地が悪いぞ……」
一番ケ瀬は小さく笑ってもう一度唇を甘く吸い、そのまま顔を離した。ごめんな、と俺にだけ聞こえる声で謝るのだ。それがどれに対する謝罪かわからないまま、俺はただ一番ケ瀬から逃げるように布団に潜った。
「十鳥? ……怒ったか?」
「……違う、疲れたから……二度寝する」
「ああ、そうだな。今日は休日だ、好きなだけ寝たらいい」
「……一番ケ瀬は?」
「俺は……少しすることがあるからな、それが終わったらお前に添い寝しようかな」
しなくていい、という言葉は続けられなかった。布団越し撫でられたと思いきや、すぐに一番ケ瀬が離れていくのを感じた。結局俺は一番ケ瀬に何も言えなかった。
「……お前がわかんねえよ、一番ケ瀬」
見たことのない一番ケ瀬の顔を見る度に迷いが生じる。それを必死に忘れようとしても付き纏ってくる。
……だから、嫌なんだ。今までのままで良かったのに。俺は、お前を怖いと思いたくなかった。
「……ええ、やはり七搦のやつがどうやら一軍と三軍を集めて乱交させて金稼ぎをしていたみたいですね。内部からの告発もあったので間違いないかと」
「なるほどな。……悪かったな、お前に汚れ仕事ばかりさせて」
「いえ、不安の種は一つでも早めに摘むべきかと」
「それで、七搦はどこにいる?」
「恐らく自室かと。会長に合わせる顔がないと引きこもってるのではないでしょうか」
「あの男がか? 何かの間違いだろう、寧ろお前がそうさせてるんじゃないだろうな」
「俺は何も。けれど、七搦に不満を持つ三軍は少なくはないので今回の件でそれが爆発した可能性はあるでしょうね」
「……もういい、下がれ」
「……はい、それでは失礼します」
「……どう思う?」
「それを僕に聞く? ……ふふ、一番ケ瀬君。面白いじゃないか。頑張り屋さんで君への忠誠心もある、けど……あそこまで息巻いてると、その内君の喉元齧り付いてきそうだね」
「……八雲、暫く一番ケ瀬を……いや、十鳥文也を張っていろ。四軍が機能していないようなら……いや、お前の好きなようにしていい」
「はあい、仰せのままに。……――九重会長」
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