悪役令息イアン・ラッセルは婚約破棄したい

小山有

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番外編

【番外編】初デート3

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「イアンも碧色ばかりだ」
(嬉しそー)

 いつになく顔面が崩れているアルフレート(当社比)を横目に、再び並んだ宝石をじっくり眺めていく。
 朝市の宝石店では基本的に屑石がそのまま沢山売られていて、石だけを購入して終わりだ。アクセサリーにするならば、その屑石を持って装飾加工店にていくつかあるデザイン画から好みのものを選び、加工してもらうことが多い。どちらも低価格であるが、保証は一切ない。

 貴族街の宝飾店であれば、宝石は多種多様でデザインは己の意見を取り入れることも出来るし、加工する職人やクセサリーデザイナーを指定することも出来る。加工とデザイナーを兼任する人間もいるし、料金さえ上乗せすれば結構色んな要望を受けてもらえる。魔力を付与するのは流石に色々と規制があるけれども、アルフレートの名があれば出来る。当然保障もある。

 緊張感漂う店内にて、アルフレートとイアンだけはマイペースに石を選んでいく。イアンはアルフレートの碧目に近い色を探し、アルフレートは黒曜石、黒翡翠、オニキスやブラックダイヤモンドという黒色ばかりの中から、イアンの目の色に近い色を探していた。

「妻の目に近いのはこれかと思うが、店主はどうだ」
「こちらも大変近しいと思います。ですが、こちらは如何でしょうか」

 アルフレートはマジマジと至近距離でイアンの目を覗き込み、幸せそうに微笑む。僅かに口角が上がっただけでも破壊力の強い顔面に、壁際で息を殺して立っている店員が腰を抜かしそうになっているので色気を押さえて欲しい。

「……アル、近いぞ?」
「かわいい」
「んっ⁉」

 チュッと可愛く一瞬だけ唇を合わせてきたアルフレートに、店主が一瞬目を泳がせて直ぐに立ち直った。流石である。どちらかというとイアンの方が無理だ。耳まで真っ赤になっているが分かって視線を置く場所が分からない。

(が、我慢だ。恥ずかしいくらいなんだ! アルが楽しそうだから頑張れ俺!)

 羞恥心をぶん殴り、腰を更に抱き寄せそのまま頬ずりをしてくるアルフレートの所業に耐え忍ぶ。互いに座っている椅子は、知らぬ内にピッタリくっ付いているのだから、アルフレートの素早さには驚いたものだ。

「いいな。これがいい。俺はこれで頼む」
「あ、お、俺はこれで。アルの目に一番近いと思うので」
「かしこまりました。デザインや職人に希望はございますか?」
「イアン、どうする?」

 愛しいと隠しもせずイアンの覗き込むアルに、壁際で必死に存在感を消そうと頑張っている店員が顔を真っ赤にしたままついに腰を抜かしている。バレない様に四つん這いで裏に入っていくのを、先輩店員らしき人が補助していた。

(みんな、すまん。だが俺の方が恥ずかしい)
「え、えっと……実は色々と考えてることがあって」
「言ってみろ」
「なんなりとお申し付けくださいませ」

 イアンが何やら意見を言うのが大好きらしいアルフレートの目にはワクワク、と言った高揚感が見て取れた。それを苦笑して眺めると、店主に向かって一通りの意見を出していく。

「指輪がいいんですけど、デザインはシンプル目でお揃いにしたいです。それから、指輪の内側に文字を彫っていただきたのですが、可能ですか」
「文字、をですか?ちなみにどのような?」
「ありきたりな誓いの言葉で良いんですけど……例えば、運命とか永遠の愛とか私の全てとか。互いの名前でもいいんです。ただ、ちょっと言語が違ってて……アル⁉」

 話している途中に、アルフレートが立ち上がってイアンを持ち上げた。目を白黒させている内に態々カウンターから離れてイアンを抱えてクルクル回り始めた。確かに店内は広いし、基本的に入り口からカウンターまでは無駄なものは一切置いていないので危険はない。一応配慮しているらしく激しく回っているわけではないが、平民の出で立ちのままダンスをしているような優雅さで静かに回るこのシュールさが分かるだろうか。

 驚きすぎて誰も一言も発しない。イアンも沢山の疑問符を浮かべながら意識が停止していた。

「イアン、嬉しい。幸せだ」
(なるほど、嬉しさの限界を突破したか)

 一瞬スンと冷静に分析したものの、恥ずかしいし危ないし迷惑なので何とか止めなければ、とやっと思考が働いた。あわあわしつつも、嬉しそうにダンスをしているアルフレートを見ると、叱るのも可哀想で覚悟を決めてターンしてアルフレートの腕に戻った瞬間にブチュッと口付ける。

「……⁉ ちょ、っと、おちつ……っ」

 結果的に暫く貪られてしまったが、漸く止まったダンスに息も絶え絶え安堵する。

「俺も嬉しいよ。文字は前世の文字を使おうかなって」
「いいな、俺も文字を見てみたい」
「だろ? 二人にしか分からないってのがいいじゃん? 短めの文章がいいんだけどアルはなんて彫りたい?」
「私の運命、がいい。でも永遠の愛もいいな。俺のもの、でもいいしどうしよう」

 うんうん悩みだしたアルフレートの手を引いて元の席に戻った。店の雰囲気はまだ唖然としているものの、店主は既に気を取り直しており、真っ赤な顔で謝罪したイアンにニッコリ優しく微笑んでくれた。流石である。

 暫く冷めぬ熱を持て余しながらなんとか文字を決めて、店主に依頼した。

「できますか?」
「できるよな?」
「最善を尽くします。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「あぁ。頼むぞ」

 なんとなくアルフレートが圧をかけた気がしたが、店主の顔色は一切変わらず朗らかに請け負ってくれた。流石である。指のサイズを測ったり、デザインを決めたり、文字を書いてみせたり、と色々と手配して店を出ていく。流石に直ぐに出来る者ではないので、出来上がりが楽しみだ。

 馬車へ乗り込むと、そろそろ帰らなくてはいけない時間になった。あまり遅い時間になると危険が増すのでこれ以上の長居は出来ない。久しぶりに燥いだお陰で、二人とも割と疲れていて、帰りの馬車の中は静かなものだった。

 横並びに座り、アルフレートに抱き寄せられ肩に頭を乗っけている。馬車の揺れは相変わらずだが、何処か眠気も誘ってくる。ひたすらイアンを眺めているらしいアルフレートは、イアンが小さく欠伸をするとヒョイっと膝の上に向かい合わせに乗せた。突然の移動に驚いて、ジト目でアルフレートに文句を言ってみる。

「俺を簡単にヒョイヒョイ持ち上げるなよ。そんなに軽くもないのに」
「軽いぞ。羽のようだ」
「んな訳ないでしょ。どこの少女漫画だ」
(俺だって鍛えてんのに……この高スペックめ!)

 心の中でブツブツと高スペック具合に文句を言っていると、アルフレートが目を細めてコツンと額と額をくっつけた。

「ここ最近、怖いくらいずっと幸せだ」
「……俺もだよ」

 クスクスと笑い合うと、チュッチュと顔中に口付けられる。くすぐったくてまた笑って抱きしめ合う。ドクドクとアルフレートの心音が聞こえて、再び小さな欠伸が出た。

「んー……寝るかも」
「寝ていいぞ」

 幸せそうなアルフレートを見るのはとても気分がいい。次から次に溢れ出るこの気持ちが今までどこに行っていたのか不思議なくらいだ。そうこうする内に意識はゆったり沈んでいく。起きた途端にまた乱れることになるけれど、そんなことも知らずにスヤスヤと眠りについた。

 軟禁中にあと二度ほどデートに出向いてまたもや羞恥心の限界を試されたり、時間間隔が消えていて正気に戻った時には血の気が引いたりするけれど、それはもう少し後の話だ。
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