聖姫調教物語

美絢

文字の大きさ
10 / 38

9.コウヤ

しおりを挟む
「な、んで……」

 俺はコウヤ以外と書いたはずだ。どうしてここに本人がいるのだろうか?

「あ!もしかして部屋間違えた?ここはハクヒの部屋だよ」
「間違えてないよ。私はハクヒの担当だから」

 思わず着物の裾から手を離す。
 腕を組んで頭を捻るが自分は絶対に『コウヤ以外』と書いたはずだ。ふふ、と上から笑い声が聞こえる。怜悧な見た目を裏切らない落ち着いた声だが、話し方がびっくりするほど優しい。

「名前を書くように言われたでしょ?そしてハクヒは私の名前を書いた」
「え…でも俺、コウヤ以外って書いたのに…」

 コウヤは目の前になにかを見せる。それは先ほどの紙きれだった。そこには確かに『コウヤ以外なら誰でもいい』と書いてある。
 ………が、『以外なら誰でもいい』が赤線で消されていた。

「え?!なんで!?」
「余計な事を書くからだよ。名前を書くように言われたのに」
「うそ!?なんで、なんでそうなるの…!?」

 女官の言葉を思い出す。確かに女官は名前を書けと言っていた。
 言ってたけど…さすがに意味分かるだろ…!

「やだ…っ俺はカショウかキスイがいい!!」
「もう決まったから変えられないよ。我儘言わないで」
「だって…おかしいよ!俺はコウヤ以外って書いたのに…!」

 その場に膝をついた。教育係は恐らく一度決まれば変わることはない。聖妃が決まるまで関係は続くのだろう。
 何としてでもそれは避けたかった。だって俺は…コウヤが、怖い。

「どうしても、イヤ?」
「…………!」

 床を見つめているとすぐ近くでコウヤの声がした。驚いて顔を上げようとしてそれを思い留まる。

「………い、いやだ…」

 コウヤからは絶対的な支配者のオーラを感じる。目を合わせてしまえば屈服させられるような気がした。下を向いたまま話を続ける。

「どうして、イヤ?」

 彼の傍にいたら自由がなくなりそうな気がして怖い。なにより俺が俺ではいられなくなる気がする。跪かせることはあっても、跪かない孤高さを感じる。
 そんな男が膝を折って俺の頭に手を乗せた。思わず息を呑む。

「…………っなんか…コウヤ、こわい……」

 言葉にしたら涙が滲んできた。
 コウヤとは初対面だ。こんな感情を抱く方がおかしいと分かっている。俺だって初めて会う人に怖いと言われたら傷つく。
 でも、言葉にしないと拒絶することはできない気がした。

「怖い?私が?」

 両手で顔を覆って、下を向いた。もしかしたらここに来るまでの疲れもあったのかもしれない。感情が壊れたみたいに、馬鹿みたいに頷いた。必死にコウヤを拒絶する方法を考える。
 しかし、泣いて訴える以外の方法が見つからない。

「…そう。怖いんだね」

 その艶やかな低い声に、少しだけ悦びが混ざっている気がした。表情と声音がアンバランスで脳が混乱する。
 涙を拭っていた時、ふと気がつく。着物の裾が広がっていてまるでお姫様のドレスのようになっていた。

「こんなに泣いて可哀想に。私が慰めてあげる」

 距離を取りたいのに逆に詰められてしまった。着物を着たままの俺を軽々と抱き上げると、どこかへ向かい歩き出す。
 それに驚いて思わず足をバタつかせた。

「やだ…!離して……っ」
「お転婆さんだね。もう少しだけ我慢して」

 コウヤは着物の裾を全く踏むことなく歩みを進める。俺が手足を激しく動かすほど意地悪をするみたいにゆっくりと歩いた。

「わっ…危ない」
「…!?」

 コウヤが一瞬、腕の力を緩めた。びっくりして咄嗟にコウヤの首に腕を回す。絶対わざとだ…!

「到着。少し落ち着こう、感情的になりすぎ」

 ベッドに降ろすとすぐ隣に座った。小さい顎を掴まれる。彼の手は大きすぎて顔面を覆われてしまうかと思った。
 覗き込んできた瞳は漆黒で縁取られている。その中に金を溶かしたような色が見えて思わず息を呑んだ。

「私の名前はコウヤ。今日からハクヒの教育係だ」

 そう告げると口元に笑みを浮かべた。顔を離そうとしたがしっかりと顎を掴まれていてそれは叶わない。
 俺は一度目を伏せた後、目の前の男を睨みつける。

「聖妃なんてなりたくない…教育係もいらない」
「そうなんだ。どうして聖妃になりたくないの?」
「俺は自由になりたい…早く二十歳になって聖姫をやめたい」

 たまたま選抜に残ってしまったからここにいるに過ぎない。
 スイヒも聖妃になりたくないと言っていた。でも正直俺は、スイヒとエンキ、どちらが聖妃になっても構わなかった。早くこの選抜を終えて聖宮に戻りたい。そこでオツトメをしながら二十歳になる時を待ちたい。

「自由に?自由になったら何をするの?」
「何って…旅行とか?あと結婚して幸せに暮らしたい」

 俺の夢は好きな人と結婚して幸せに暮らすことだ。幸せの部分はまだはっきりとしてないけど、好きな人と暮らせば見つかると思っている。聖姫をやめることに関しては二十歳までに心の準備をしようと考えていた。

「……結婚?ハクヒは好きな人がいるの?」
「え…それはまだ、というか探し中だけど」

「……そう。」

 好きな人、という言葉に一瞬動揺する。無意識にスイヒのことを思い浮かべたからだ。
 コウヤが顎から指を離して、そのまま親指で涙のあとを拭う。

「残念だけど、それは叶わない」
「え?」

「この選抜に参加している聖姫たちは女御になるんだ」

 咄嗟に聞き返して、コウヤの言葉に目を見開く。何を言われているか理解できない。

「王の側室として仕えるんだよ」
「側室…?」

「王様の愛人になるということ」

 頭が真っ白になった。つまりそれは王が死ぬまで仕えるということだ。二十歳になったら解放される保証なんてない。

「は…?どうして、そんな……」
「この選抜は優れた聖姫が招集されている。ハクヒ、君もその一人だ」

「そんなの嬉しくない!愛人じゃなくて聖宮に帰りたい!!」
「だからそれはできない。ここに来た時点で君たちは帰れないんだ」

 訳が分からずパニックになる。そして、一つの可能性に行き当たる。

「まさか…荷物をまとめたのはそのため……?」
「残念だけどそういうことになる」

「ふざけんな!!!!!」

 コウヤの手を振り払った。立ち上がって距離を取る。二十歳になれば自由になれると信じて、俺たちは今まで一生懸命オツトメをしてきた。
 そんな奴隷みたいなことをするなら堕ちた方がマシだ。あの日のギョクヒのようにココに指を突っ込んでーーーー


「やめろ、ハクヒ」


 我を忘れてソコに指を突っ込もうとして、下着の中に手を滑らす。でも、それより前にコウヤが手首を掴んだ。
 そして声色も口調も、変わった。

「……それはやめて。今までの努力が水の泡になってしまう」

 気づいたら体が震えていた。今までこんなに強い力で手首を掴まれたことも、低い声を出されたこともなかった。
 何より口調がこわい、聖姫のみんなはこんな言い方をしない。すぐにさっきと同じものに戻ったけれど、乾いた涙がまた滲み出す。

「ちょっと感情的になっちゃった。私もハクヒと同じだね」

 ふふ、と言いながらこちらに指先を伸ばしてくる。手首を拘束されているからこれ以上後退することはできない。
 俺はギュッと目を瞑る。

「今日はもう休もう。お風呂は自分で入れる?」

 予想に反し、その指先は優しく輪郭を撫でた。温度を感じさせない美しい顔に柔和な笑みを浮かべている。首を縦に振った。

「私は夕餉の準備をしているね」

 コウヤは風呂場へ案内すると元来た方へと消えていった。俺はしばらくそこに蹲っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

花香る人

佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。 いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。 自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。 ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。 もしも親友が主人公に思いを寄せてたら ユイト 平凡、大人しい カイ 美形、変態、裏表激しい 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...