そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

サンドイッチはお好きですか?の日

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 学校から帰って来てサンドイッチを作っていたらミューラーが話し掛けて来た。

『昨日もミュトラスの力を5回も使ってて前代未聞なんだけど……』
「はぁ……」

 サース様からはこの間のランチの時に好き嫌いがないと聞いていたから、ハムチーズとかツナとかのサンドイッチを作ろうと思っているのだけど、食べてもらえるかなぁ。

『使い切れなくなるから、願い事教えてくれない?』
「そう言われましても」

 それとも、ベーコンレタストマトが鉄板だろうか。

「ミューラーは玉子サンド食べてもらえると思う?」
『僕に聞かれても』

 いっそ米でも炊いて、おにぎりもいけたりするのだろうか。

『願い事ないの?』
「願い事……?」

 はっ!願い事!

「……サース様の魔王堕ちエンド回避をお願いします!」
『僕でも、運命を変えるまでのことは出来ないよ』

 運命だったの!?
 ミュトラスの力なんて使えないんだ……。

「……じゃあなにもないです」
『……』

 今はサンドイッチ作りに忙しいのだ。
 無心でサンドイッチを作っているうちにミューラーはもう話しかけては来なくなった。






 作り終わってから支度をして、押入れをくぐり抜けて寮に着いた時には、もう5時になっていた。

 学校の鞄とランチバッグを持って、いざ研究室へ!

 扉は、今日も半開きになっていた。
 ひょこっと顔を出した私に気が付くと、真剣な顔をしてガラス瓶を見つめていたサース様は、ふわりと表情を柔らかくした。

 あああ、好き。ほんの少しの、その表情の変化が堪らなくどきどきする。

 無駄に緊張しながらも「お邪魔します」と当たり障りのない挨拶をしたら、「ああ」と返してくれた。短い言葉に込められたイケボの色気に勝手に倒れそうになる。

 実験の邪魔をしないように壁際の椅子に向かうと、ランチバッグを机の上に置いた。
 そしてスケッチブックを取り出し、いつものように描きだした。
 描きだしてしまうといつも無心になってしまう。
 7時を過ぎた頃サース様が話しかけてくれた。

「帰らないと寮の夕食に間に合わなくなるんじゃないか?」

 それは昨日間に合わなくなったから言ってくれた台詞みたいだったのだけど、ふふふ、今日は違うのです。

「……サンドイッチを持って来ました。良かったら食べませんか?」

 すると、驚いたような顔で私を見つめる。

「君の分が無くなるだろう」
「二人分作って来ましたから」

 サース様は、また不思議な顔をして私を見下ろしていた。
 彫刻のように整った顔立ちに表情の変化は見られなかったのだけど、その瞳が、まっすぐに私を見ていた。

「じゃあもらおうか……」
「良かったー」

 私は机の上を片付けて、バッグからサンドイッチケースを二つ取り出す。
 ぱかっと蓋を開けて、ハムチーズとBLTと玉子サンドをサース様に見せた。

「食べられそうなものを食べて下さいね。あ、これで手を拭いて下さい」

 私はおしぼりを渡した。最初は除菌ティッシュを持って来ようと思ったのだけど、そんなものこの世界に無さそうだったので自粛した。

「じゃあ、お茶を入れるか」

 サース様がそう言い出して、実験器具で火をつけ、お湯を沸かしだした。
 え、お茶、入れられたの……?
 見ていると、ガラス瓶でお湯を沸かし、そこになにかの茶葉を入れ、棚の中から取り出した器具でこし、マグカップに注いでいた。思ったより慣れた手つきだった。魔法実験室侮れない。

 差し出してくれたマグカップを手に取りお礼を言う。

「ありがとう、サース様……」

 そうすると、サース様は一瞬変な顔をした。あれ?何かおかしなことをしたかな?と不安になっていると、サース様は表情を変えずに言った。

「様は、いらない。サースだ」
「ささささ、サース」

 ですか。呼び捨てですか。

「礼を言うのはこちらの方だ。頂こう」

 そう言うと私の前に椅子を持ってきて、渡したおしぼりで手を拭き、サンドイッチを手に取った。
 口に含むその動作が、どうもよこしまな目線で見るとエロく見えてしまって直視出来ない。

 思わず顔を背けてしまったら、それを違う意味で解釈をしたのか、サース様は言った。
 違った、サースは、言った。あああ照れる。

「……食べられる、な」

 良かった食べられるんだ!と、私はサースを振り返って思い切り笑顔を向けてしまった。
 すると、その笑顔を見て、サースの方が顔を背けてしまった。な、なんで。

「……うまいな」

 なんだか知らないけど、横を向きながら不機嫌そうな口調で言い直してくれた。

「良かったーーー。サ、サースは、いつも晩御飯どうしてるんですか?」
「あまり食べてないな。稀に寮で食べるが」
「なんでですか?」

 育ち盛りの男子が夕食抜きとか。だからそんなにモデルのように痩せていらっしゃったの?

「食欲がそんなにあるわけでもないが……」

 言葉を濁す言い方で、私は察してしまった。寮の食堂に行きづらいんだ。ゲームの中でも、サース様が来るだけで教室の空気がシンとしてしまう描写が度々あった。
 グループワークの件もそうだったけれど、学校でも寮でもこんなにも気を使っている。
 どうしてこんなに優しい良い人なのに、そんなにも怖がられてしまうのだろうかと、実際に彼を知ってしまうと心から思う。

「良かったら明日も持ってきますね」

 あ、でも、と思う。

「私寮の食堂に行ったことがないんですけど、そこは男女兼用なんですか?」
「……ないのか?」

 あ、この発言はまずかったかも。一度も行ったことがないとか普通ではない。

「……自炊派でして。行ったことないから行ってみたいなーって」
「男子寮と、女子寮の中間に、食堂があり、男女兼用だ」
「じゃあ、今度連れて行ってくださいね」

 聖女枠としても、きっと食堂使ってもいいんだろう。
 さすがに一度くらい聖女枠の説明ちゃんと聞きにいかないといけない気もしてきた。今度早退して帰って来ようかなぁ……。

 そんなことを思っていたら、サースがポツリと言った。

「明日でもいいが」
「じゃあ、明日お願いします!」

 ニコニコと言ったら、サースは顔を背け、不機嫌そうな口調で言った。

「本当に変な人間なんだな、お前は」

 私はサースが大好きなだけのストーカーですよ!失礼な!
 何を言われても嬉しくなってしまって、ニマニマとしていたら、そんな間にサースはサンドイッチをたいらげてしまっていた。おおぅ……足りなかったかも。食欲旺盛じゃないですか。

 食事の片付けをしていたら、結局8時近くになってしまっていた。
 いつもはこのまま私が先に研究室から帰っていたのだけど、今日はサースが声を掛けて来た。

「送っていく」
「ふへ!?」

 だって、寮ですよ、すぐ近くですよ。

「大丈夫ですよ。女子寮そこですし」
「……最近物騒だからな」

 ……あれ、物騒?なんかそんなイベントがあった気がするけど、なんだったっけ?
 考えている間に、サースは明かりを消して、研究室の戸締りをはじめた。

 荷物を持って、ぼーっと扉の前で待っていた私に、サースは「行くぞ」と言った。

(あれ、本当になんだったっけ。なにか大事なイベントが――)

 そんなことを考えながら、寮へと続く、暗い中庭を二人で歩いていると、突然ヒュッと何かが通り抜ける音がした。

 ガツンッと、壁に何かが当たる。

(え?――)

 と思いながら壁を見ると、大きな球でも当たったかのように、円形に壁が割れていた。

「何……?」
「危ない……!」

 サースが私を抱え込み、のしかかって来た。重さで立っていられなくて床に倒れ込むと、さっきと同じ音が何度も続き、壁に穴がガツンガツンとあいていった。

「サース……」

 彼に当たっているのを感じていた。壁が割れる程の衝撃を受けながら、私をかばっていることを分かっていた。
 だけど何が起こっているのか分からなかった。

「ミューラー!止めて。助けて!願いを叶えて」

 私は叫ぶ。何が起きているのか、何を助けて欲しいのかも分からないのに。
 ああ、でも本当は分かっていたのかもしれない。

 ――これはあのイベントだ。

 学校で孤立していたサース様に、学内の魔力の強い何人かが彼を排除しようと襲ってくるイベントがあった。だけどあのイベントは、サース様は一人で軽く逃げてしまって、印象も薄く終わっていた。なのに今日は、私をかばってくれていた。私が居なければこんなことにならなかった。
 一緒に帰らなければ、良かった――

『願わないのかと思えば急にやっかいなことを』

 ミューラーの声と同時に、攻撃が止んだ。
 動かなくなったサースが私の上にずしりとのしかかっていた。

「サース?」

 声を掛けても返事がない。
 私は体をずらすようにして彼の腕の中から抜け出し、血だらけで倒れている彼を見つめた。
 長い黒髪が乱れて、血に濡れている。制服には穴が開いている。意識がない。

「ミューラー、助けて、彼を助けて……」
『叶えるよ』

 ミューラーの言葉と同時に、サースの身体が輝きだし、血の跡が消えていく。

「傷……消えた?」
『怪我は治せた。制服も直しておこう』

 そう言うと制服の穴も修復されていく。
 ミュトラスの力凄い……使えないなんて思ってたけど凄い!
 怪我を治してくれたミュトラスに心から感謝をする。
 だけど……これはつまり運命を変えない範囲のことなんだなってぼんやり思う。

 ぼろぼろと涙を流して泣いていると、いつの間にか意識を戻したサースが半身を起こして私を見上げていた。

「無事だったか……」
「無事じゃないです~~」

 情けない顔で号泣してしまった。

「巻き込んでしまって悪かった……」
「巻き込んだのは私です~~っ」

 もう何がなんだか分からず泣きわめいてしまった。

「……体に穴があいていた、はず、だが」

 起き上がったサースが自分の身体を確認した後に、私をまっすぐに見つめた。
 私の前に跪き、顔を覗き込んだ。

「君がしたんだな?」

 大好きな漆黒の瞳が間近に私を見つめていたから、悲しくて愛しくてどうしようもない気持ちになって、私はただわんわんと泣いてしまった。

 泣いている間、サースは私の頭を軽く撫でていた。
 断片的に私が語る、つたない説明を、少しずつ聞いてくれていた。
 突然襲われたこと、恐らく魔法だろうこと、ミューラーに助けてもらったこと。

「聖女だったのか……」

 サースがそう呟いたことも、私にはあまり聞こえていなかった。

「巻き込んですまない……」

 そんな彼の言葉にも私はただ首を振って応えていた。
 泣き止んだころ、彼に支えられるようにして寮に帰った。あまりよく覚えていなかった。
 私は寮の部屋に戻ると、クローゼットから押入れに帰り着いた。

 明日の宿題もまだやっていないけれど。もう何も考えられずに、朝早起きすればいいと思いながら制服のままベッドに横になった――



(ミューラーは襲ってきた生徒たちの魔力を奪ってしまっていたらしく、まさかそこまでのことをしていたとも知らずに、生徒たちは自主退学をして辞めていったのだそうだ。結果として終盤に再度襲ってくるフラグが折られていたそうなのだけど、そんなことを疲労困憊のその時の私は知るよしもなく、ただ泣いていた日でした)
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