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サースティールート
夢から覚めてくれませんの日
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翌日から連日一夜漬けを繰り返す。
うう……勉強は毎日コツコツやるようにしよう。やったことないけど、これからは毎日コツコツだ、と追い込まれてから心に決める。
こんな私でも、サースの爪の垢でも煎じて飲めば……。
と思いついたところで、なんだか今となっては生々しいサースのお姿を思い出し、すると一瞬、生々しくサースの爪の垢を想像しそうになり、自分の変態具合に頭が痛くなる。
もう駄目かもしれない……。
とはいえ、駄目は駄目なりに勉強し、気が付くと金曜日、中間試験の最終日になっていた。
試験が終わったその日……私はゆっくりお風呂に入ってから、パジャマを着てベッドに横になる。
本当は、もう今日の夕方からあっちの学園に行くことも出来たのだけど行かなかった。
疲れていて、顔がやつれていたのもあったけれど、行く前にちょっと考える時間が欲しい。
(押入れが繋がったあの日から。ずっとずっと熱に浮かされるようにサースに会いに行っていたけれど……)
姿を見るだけで泣きたくなるほど幸福で、笑ってもらえると嬉しくて、ただ大好きで、なのに胸が痛くなるくらい悲しくなる。
(側に居て楽しくて、絵を描かせてもらえて満たされて、あの時間がこのまま続けばいいのにって)
なんにも考えずに、行ってた。
(でも……きっと私はサースの邪魔をしているんだ)
だって、サースの不幸なエンディングを回避するには、彼がヒロインと幸せにならなくちゃいけない。
訳の分からない異世界人がウロチョロしていたら、彼の時間を無駄に過ごさせてしまう。
――サースに会えなくなって、もう5日目。私はちょっとだけ冷静になれた。
気が付くと眠っていて、土曜日の朝。
ぼんやりと目を覚ましてから、支度をして、学園の制服に着替える。
まだ早い時間だったから、今日は朝から向こうの世界で授業を受けられるんじゃないかと思ったのだ。
(今更だけど……聖女?とかミュトラスとか?力?とか、未だに全く分かってない……)
そろそろ、もうちょっと分かっておきたいなって思う。
なにか私にも出来ることがあるかもしれないし。
というわけで、6日ぶりに押入れから異世界へ!……本当に久しぶりだー。
学園の屋上の方に顔を出すと、私は聖女の特別教室に向かう。
まだ朝早かったみたいで、誰ともすれ違わない。教室に着くと私は一番乗りだった。
(む。誰もいないと、ここで待っていてもいいのか心配になるな)
そんな気持ちでそわそわとしていたら、メアリー様がやって来た。
「おはようございます。サリーナ様。お久しぶりですね」
今日も輝くばかりに美しいメアリー様は、にこやかに挨拶を交わすと、私の隣の席に座った。
「今日からはまた夕食をご一緒出来ますの?」
「はい!そのつもりです」
「まぁ、それはサース様が喜びますわね」
「えっ……と?」
私が返事に困っていると、メアリー様がふふふ、と笑って私を見つめた。
「あの方、まるで義務のように寮の食堂にはいらして居たんですけど、やはりサリーナ様がいらっしゃらないと笑顔にならないのですね」
「そうなんですか……?」
「そうですね、一度も笑った姿を見ませんでしたよ」
私はサースの笑った顔ばかりを見ているから、どうしてなのかなと、不思議に思う。
そうこうしているうちにローザ様もやってきて、今日の放課後はアラン王子と図書室で勉強をするのだと頬を赤らめて言っていた。
とても幸せそうなその表情に、私は少しだけ、途方に暮れるような気持ちになる。
聖女クラスの授業は、今日は、聖女についてだった。
聖女は、ミュトラスの意思を継ぐもの。
ミュトラスというのは、世界を構成する「意思」のような存在で、「神」に等しいものだと言う。
聖女は、そのミュトラスの意思を具現化するもの。
聖女はそれぞれの人の特性で違った能力を持っているけれど、その能力で出来るのは、ミュトラスの意思を「形」にすること。
それが出来た聖女には、「対価」が与えられる、ということ。
(もう本当に、欠片も分かりませんでした……)
もしかしたら分不相応なことを私は考えずに、サースに丸投げしたら丸く収まるのではないか、と、人類を超えた英知にすがりたくなった。
昼休みになると、メアリー様とローザ様は私を食堂に誘ってくれた。
だけど私はそれを断って、サースの様子を見に行くことにする。
(久しぶりだから緊張するけど、昼ごはん食べてるか心配だし……!)
急いでサースの居そうな教室に向かい、教室の中を覗くと、他の生徒たちはみんな食堂に行っているのだろう、静かな教室の中にサースが一人ポツンと座っていた。
出窓に腰掛け、長い足を組むように座っている。開いた窓からの景色を見つめながら、その細身の体を覆う長い黒髪を風になびかせている。
光が彼を覆う。視線の先には瑞々しい木々が生えている。静かな教室は彼の心の中のよう。
一枚の絵画のように美しい光景に息を飲む。
彼が大好きだって強烈な思いが湧き上がる。
独りぼっちの教室で、澄んだ宝石みたいに光の中できらめいている、とても美しい寂しい人。
この人が、世界で一番、好きだなぁと思う。
凝視するように見ている私の視線にさすがに気が付いたように、サースが振り返った。
長い睫毛の下の黒い瞳が私をとらえると、ぼんやりと見つめた。
しばらくすると、ゆっくりと歩いてきた。
そして私の前で立ち止まると無表情に見下ろした。
何も言わないサースを不思議に思っていると、彼は腕をあげ、私の頭に撫でるように手を置いた。
え、っと思っていると、サースはポツリと言う。
「……夢を、見ているのか?」
「え?」
私はようやく気付く。サースはもしかして目を開けたまま寝ていたのだ!今は寝ぼけているのだ、と。
寝ているようには見えなかったけれど、天才ならそれくらいのこともあるのかもしれないし。
「……もしもし?寝ぼけてますか?」
「……」
私の言葉に、サースの黒い瞳に色が戻ってくるように、じっと私の瞳を見つめ出した。
「サリーナ?」
「はい!久しぶりです。サース」
にこっと笑って言う私に、なぜかサースは渋い顔をした。なんなんだ?
それでも私の頭に乗せた手が動かない。なんなんだ?
「ずっと夢を見ていたのかと、思っていたから」
「はい?」
サースがそっと手を動かして私の頭を撫でる。
こそばゆくて、緊張するけれど、なぜかあったかくて気持ちがいい。
「サース?」
絞り出す私の声には返事がなく、彼は頭を撫で続ける。
なんなんだ。なんだなんだ。
「……サース、ご飯……」
昼休みが終わってしまいますよ。
私は恥ずかしくなって俯きながら、言葉を絞り出す。
「まだなのか」
「サースは?」
「食べてない」
「ご飯ちゃんと食べるって言ったじゃないですかーー!」
私は彼の腕をむんずと掴むと、引っ張って食堂に連れて行く。
寝ぼけているサースは放っておくと、このまま私をペットと勘違いして撫で続けてしまいそうだと思った。ご飯も食べてなかったし!
「しまった、食堂がどこだか分からない……」
そう言って立ち止まったら、サースが噴出すように笑い出した。
肩を揺すって笑っている。
その様子を見て、ああ、目を覚ましてくれたんだ、とやっとほっとする。
サースに連れられて食堂に着くと、メアリー様とローザ様、そしてロデリック様とアラン様も居た。
おお!アラン様、遠目で見たことはあったけれど、初対面ですね。
メアリー様に声を掛けられ、私たちは同じテーブルの椅子に着かせてもらった。
とは言え王子様相手にどんな挨拶をしたらいいのかも分からず、何が不敬になるのか見当も付かないので私は簡単に挨拶をしたあとは大人しくしていた。
ローザ様とアラン様は恋人同士のようにしか見えずとても親し気に微笑み合っていた。
サースはどんな思いで二人を見つめているのかな……そう考えながら、隣に座るサースを見上げたら、全く二人の事を見ていなかった。
なぜだか、じっと私を見つめていた。
「サース?ご飯ちゃんと食べてますか?」
視線が痛くて誤魔化すようにそう聞くと「食べてる」とそっけない返事が返って来た。
確かにお皿は空になっていた。そうなんだサースは良く食べるし食べるのも早い。
うう、なぜ見られているのか全く分からないけれど、食べ終わっている人に、食べ物を咀嚼しているところをガン見されるのはいたたまれない……。
「サース、まだ寝ぼけてます?」
今日のサースはだいぶおかしい。
何がなんだか分からないけれど、とにかくおかしい。
「どうなんだろうか。この夢は、覚めるのだろうか」
ああ、サースはおかしくなっている。
天才のことは私には分からない。
病院に連れて行った方がいいのだろうか。
「……どうしたら夢から覚めるの?」
よく考えたら天才に直接聞いた方がいいと判断し、サースの答えを待つ。
「覚めない方法を、探している」
もう、駄目だと、思った。
午後は「団体」についての授業だった。
聖女は、国でも教会でもなく、聖女だけの独立団体に所属するのだという。
聖女の使える魔法は、依頼がある度に駆り出させる形で、聖女を派遣させて使えるようになるのだと言う。
(まだまだ聖女の魔法については、触れてなかったので分からなかった)
放課後、アラン様との図書館デートに向かうローザ様を見送ったあとは、教室にはメアリー様と私が残された。
「ローザ様は、アラン様ルートを進んでいるんですよね……?」
私の言葉に、メアリー様は少し考えるようにしてから言う。
「そうですわね。少なくともロデリック様ルートには進んではいませんね」
メアリー様は少しだけ頬を赤らめて、言葉を続けた。
「実はわたくし、ロデリック様と婚約していますの」
「えええ!!」
それは衝撃的だった。あれ、そう言えば、ゲームの中では、メアリー様がアラン様の婚約者じゃなかったっけ……?
「ミュトラスの対価を、わたくし、使ってしまいましたの」
「え?」
「ゲームの知識がありましたから、どうしても、アラン様の婚約者にはなりたくありませんでしたし、子供の頃に、ミュトラスにお願いを致しました。アラン様の婚約者にならないように」
私は、この世界に来て、今が一番驚いたと思う。
「そんな状況に使えるの……?」
「使えましたわ。なんでも、運命を変えることではないから出来る、と言われました。その後は、ロデリック様とは、子供の頃から親しくして頂いていたうちに、双方の親から自然に婚約の話になりましたのよ」
なんてこと……かなり驚きだ……。
サースのバッドエンド回避は出来ないって言ってたくせにー!
「運命がなんだか分かりませんが、少なくとも私の運命は変わったと思っています。サリーナ様、サース様の運命も変わっていると思いますよ」
「サースも?」
「ええ、わたくしや、ロデリック様、またアラン様もローザ様も、ゲーム通りではありません。現に私がこうして聖女として彼女の友としてここにいて、そうして、異世界からの聖女、サリーナ様、あなたもいます。わたくしたちは日々変わって行っています。みなが変わっているのであれば、未来も大きく変わるのかもしれません」
私の中で、何かが、カチリ、とハマるように、今一つの確信が生まれた。
「ミューラー……?」
空を見上げるようにして、ミューラーを呼んだ。
『なんだいサリーナ』
「一つずつ、変化を積み重ねていけば、今変えられないという運命は、変えられるようになるの?」
『そのとおりだよ、サリーナ』
その答えに、私はボロボロと涙を流していた。
「サリーナ様?」
心配そうなメアリー様の声が聞こえてくる。だけれど私の涙は止まらない。
「ずっと、サースの運命を変えられないのかと思って、ふ、不安だったの……」
我慢して来た気持ちを吐き出すように泣き出してしまう私をメアリー様が心配してくれていた。
私はしばらく泣き続け、瞼を腫らしてしまい、すぐには研究室には行けなくなったので、一時間ほど教室で腫れが引くのをまっていた。
メアリー様はその間、穏やかに話をしながら隣に居てくれた。
魔法研究室に着くと6時近くになっていた。
サースは白衣で研究をしていて、私に気が付くと優し気な笑顔を向け「待っていた」と言った。
サースがそんなことを言うのは初めてでびっくりする。
不思議に思いながらも椅子に座り、スケッチブックを広げた。試験の間描けていなかった分、欲求不満を解消するかのように集中して描きだした。
その後はサースに声を掛けられて寮の夕食に向かい、いつものテーブルで夕食を食べる。
知らない間に、サースはロデリック様から話しかけられると穏やかに会話をするようになっていた。
別れ際、サースが言う。
「また、絵を貰えないか?」
「うん?いいよ?」
スケッチブックを彼に手渡す。
サースはパラパラとめくってから私を見つめた。
「今日の中ではどれが一番好きだ?」
「そうですね、私としましては、この一枚なんかが一番好みですね」
つい真面目に選んでしまった私の一枚を、サースはピリピリと破って貰って帰った。
絵が気にいったのかなぁ?
(今日は長い一日だったけど、あああああああ、とうとう明日はピクニックの日だーーーーー!と興奮して寝付けなくなる。あとサースがおかしくなってた?日)
うう……勉強は毎日コツコツやるようにしよう。やったことないけど、これからは毎日コツコツだ、と追い込まれてから心に決める。
こんな私でも、サースの爪の垢でも煎じて飲めば……。
と思いついたところで、なんだか今となっては生々しいサースのお姿を思い出し、すると一瞬、生々しくサースの爪の垢を想像しそうになり、自分の変態具合に頭が痛くなる。
もう駄目かもしれない……。
とはいえ、駄目は駄目なりに勉強し、気が付くと金曜日、中間試験の最終日になっていた。
試験が終わったその日……私はゆっくりお風呂に入ってから、パジャマを着てベッドに横になる。
本当は、もう今日の夕方からあっちの学園に行くことも出来たのだけど行かなかった。
疲れていて、顔がやつれていたのもあったけれど、行く前にちょっと考える時間が欲しい。
(押入れが繋がったあの日から。ずっとずっと熱に浮かされるようにサースに会いに行っていたけれど……)
姿を見るだけで泣きたくなるほど幸福で、笑ってもらえると嬉しくて、ただ大好きで、なのに胸が痛くなるくらい悲しくなる。
(側に居て楽しくて、絵を描かせてもらえて満たされて、あの時間がこのまま続けばいいのにって)
なんにも考えずに、行ってた。
(でも……きっと私はサースの邪魔をしているんだ)
だって、サースの不幸なエンディングを回避するには、彼がヒロインと幸せにならなくちゃいけない。
訳の分からない異世界人がウロチョロしていたら、彼の時間を無駄に過ごさせてしまう。
――サースに会えなくなって、もう5日目。私はちょっとだけ冷静になれた。
気が付くと眠っていて、土曜日の朝。
ぼんやりと目を覚ましてから、支度をして、学園の制服に着替える。
まだ早い時間だったから、今日は朝から向こうの世界で授業を受けられるんじゃないかと思ったのだ。
(今更だけど……聖女?とかミュトラスとか?力?とか、未だに全く分かってない……)
そろそろ、もうちょっと分かっておきたいなって思う。
なにか私にも出来ることがあるかもしれないし。
というわけで、6日ぶりに押入れから異世界へ!……本当に久しぶりだー。
学園の屋上の方に顔を出すと、私は聖女の特別教室に向かう。
まだ朝早かったみたいで、誰ともすれ違わない。教室に着くと私は一番乗りだった。
(む。誰もいないと、ここで待っていてもいいのか心配になるな)
そんな気持ちでそわそわとしていたら、メアリー様がやって来た。
「おはようございます。サリーナ様。お久しぶりですね」
今日も輝くばかりに美しいメアリー様は、にこやかに挨拶を交わすと、私の隣の席に座った。
「今日からはまた夕食をご一緒出来ますの?」
「はい!そのつもりです」
「まぁ、それはサース様が喜びますわね」
「えっ……と?」
私が返事に困っていると、メアリー様がふふふ、と笑って私を見つめた。
「あの方、まるで義務のように寮の食堂にはいらして居たんですけど、やはりサリーナ様がいらっしゃらないと笑顔にならないのですね」
「そうなんですか……?」
「そうですね、一度も笑った姿を見ませんでしたよ」
私はサースの笑った顔ばかりを見ているから、どうしてなのかなと、不思議に思う。
そうこうしているうちにローザ様もやってきて、今日の放課後はアラン王子と図書室で勉強をするのだと頬を赤らめて言っていた。
とても幸せそうなその表情に、私は少しだけ、途方に暮れるような気持ちになる。
聖女クラスの授業は、今日は、聖女についてだった。
聖女は、ミュトラスの意思を継ぐもの。
ミュトラスというのは、世界を構成する「意思」のような存在で、「神」に等しいものだと言う。
聖女は、そのミュトラスの意思を具現化するもの。
聖女はそれぞれの人の特性で違った能力を持っているけれど、その能力で出来るのは、ミュトラスの意思を「形」にすること。
それが出来た聖女には、「対価」が与えられる、ということ。
(もう本当に、欠片も分かりませんでした……)
もしかしたら分不相応なことを私は考えずに、サースに丸投げしたら丸く収まるのではないか、と、人類を超えた英知にすがりたくなった。
昼休みになると、メアリー様とローザ様は私を食堂に誘ってくれた。
だけど私はそれを断って、サースの様子を見に行くことにする。
(久しぶりだから緊張するけど、昼ごはん食べてるか心配だし……!)
急いでサースの居そうな教室に向かい、教室の中を覗くと、他の生徒たちはみんな食堂に行っているのだろう、静かな教室の中にサースが一人ポツンと座っていた。
出窓に腰掛け、長い足を組むように座っている。開いた窓からの景色を見つめながら、その細身の体を覆う長い黒髪を風になびかせている。
光が彼を覆う。視線の先には瑞々しい木々が生えている。静かな教室は彼の心の中のよう。
一枚の絵画のように美しい光景に息を飲む。
彼が大好きだって強烈な思いが湧き上がる。
独りぼっちの教室で、澄んだ宝石みたいに光の中できらめいている、とても美しい寂しい人。
この人が、世界で一番、好きだなぁと思う。
凝視するように見ている私の視線にさすがに気が付いたように、サースが振り返った。
長い睫毛の下の黒い瞳が私をとらえると、ぼんやりと見つめた。
しばらくすると、ゆっくりと歩いてきた。
そして私の前で立ち止まると無表情に見下ろした。
何も言わないサースを不思議に思っていると、彼は腕をあげ、私の頭に撫でるように手を置いた。
え、っと思っていると、サースはポツリと言う。
「……夢を、見ているのか?」
「え?」
私はようやく気付く。サースはもしかして目を開けたまま寝ていたのだ!今は寝ぼけているのだ、と。
寝ているようには見えなかったけれど、天才ならそれくらいのこともあるのかもしれないし。
「……もしもし?寝ぼけてますか?」
「……」
私の言葉に、サースの黒い瞳に色が戻ってくるように、じっと私の瞳を見つめ出した。
「サリーナ?」
「はい!久しぶりです。サース」
にこっと笑って言う私に、なぜかサースは渋い顔をした。なんなんだ?
それでも私の頭に乗せた手が動かない。なんなんだ?
「ずっと夢を見ていたのかと、思っていたから」
「はい?」
サースがそっと手を動かして私の頭を撫でる。
こそばゆくて、緊張するけれど、なぜかあったかくて気持ちがいい。
「サース?」
絞り出す私の声には返事がなく、彼は頭を撫で続ける。
なんなんだ。なんだなんだ。
「……サース、ご飯……」
昼休みが終わってしまいますよ。
私は恥ずかしくなって俯きながら、言葉を絞り出す。
「まだなのか」
「サースは?」
「食べてない」
「ご飯ちゃんと食べるって言ったじゃないですかーー!」
私は彼の腕をむんずと掴むと、引っ張って食堂に連れて行く。
寝ぼけているサースは放っておくと、このまま私をペットと勘違いして撫で続けてしまいそうだと思った。ご飯も食べてなかったし!
「しまった、食堂がどこだか分からない……」
そう言って立ち止まったら、サースが噴出すように笑い出した。
肩を揺すって笑っている。
その様子を見て、ああ、目を覚ましてくれたんだ、とやっとほっとする。
サースに連れられて食堂に着くと、メアリー様とローザ様、そしてロデリック様とアラン様も居た。
おお!アラン様、遠目で見たことはあったけれど、初対面ですね。
メアリー様に声を掛けられ、私たちは同じテーブルの椅子に着かせてもらった。
とは言え王子様相手にどんな挨拶をしたらいいのかも分からず、何が不敬になるのか見当も付かないので私は簡単に挨拶をしたあとは大人しくしていた。
ローザ様とアラン様は恋人同士のようにしか見えずとても親し気に微笑み合っていた。
サースはどんな思いで二人を見つめているのかな……そう考えながら、隣に座るサースを見上げたら、全く二人の事を見ていなかった。
なぜだか、じっと私を見つめていた。
「サース?ご飯ちゃんと食べてますか?」
視線が痛くて誤魔化すようにそう聞くと「食べてる」とそっけない返事が返って来た。
確かにお皿は空になっていた。そうなんだサースは良く食べるし食べるのも早い。
うう、なぜ見られているのか全く分からないけれど、食べ終わっている人に、食べ物を咀嚼しているところをガン見されるのはいたたまれない……。
「サース、まだ寝ぼけてます?」
今日のサースはだいぶおかしい。
何がなんだか分からないけれど、とにかくおかしい。
「どうなんだろうか。この夢は、覚めるのだろうか」
ああ、サースはおかしくなっている。
天才のことは私には分からない。
病院に連れて行った方がいいのだろうか。
「……どうしたら夢から覚めるの?」
よく考えたら天才に直接聞いた方がいいと判断し、サースの答えを待つ。
「覚めない方法を、探している」
もう、駄目だと、思った。
午後は「団体」についての授業だった。
聖女は、国でも教会でもなく、聖女だけの独立団体に所属するのだという。
聖女の使える魔法は、依頼がある度に駆り出させる形で、聖女を派遣させて使えるようになるのだと言う。
(まだまだ聖女の魔法については、触れてなかったので分からなかった)
放課後、アラン様との図書館デートに向かうローザ様を見送ったあとは、教室にはメアリー様と私が残された。
「ローザ様は、アラン様ルートを進んでいるんですよね……?」
私の言葉に、メアリー様は少し考えるようにしてから言う。
「そうですわね。少なくともロデリック様ルートには進んではいませんね」
メアリー様は少しだけ頬を赤らめて、言葉を続けた。
「実はわたくし、ロデリック様と婚約していますの」
「えええ!!」
それは衝撃的だった。あれ、そう言えば、ゲームの中では、メアリー様がアラン様の婚約者じゃなかったっけ……?
「ミュトラスの対価を、わたくし、使ってしまいましたの」
「え?」
「ゲームの知識がありましたから、どうしても、アラン様の婚約者にはなりたくありませんでしたし、子供の頃に、ミュトラスにお願いを致しました。アラン様の婚約者にならないように」
私は、この世界に来て、今が一番驚いたと思う。
「そんな状況に使えるの……?」
「使えましたわ。なんでも、運命を変えることではないから出来る、と言われました。その後は、ロデリック様とは、子供の頃から親しくして頂いていたうちに、双方の親から自然に婚約の話になりましたのよ」
なんてこと……かなり驚きだ……。
サースのバッドエンド回避は出来ないって言ってたくせにー!
「運命がなんだか分かりませんが、少なくとも私の運命は変わったと思っています。サリーナ様、サース様の運命も変わっていると思いますよ」
「サースも?」
「ええ、わたくしや、ロデリック様、またアラン様もローザ様も、ゲーム通りではありません。現に私がこうして聖女として彼女の友としてここにいて、そうして、異世界からの聖女、サリーナ様、あなたもいます。わたくしたちは日々変わって行っています。みなが変わっているのであれば、未来も大きく変わるのかもしれません」
私の中で、何かが、カチリ、とハマるように、今一つの確信が生まれた。
「ミューラー……?」
空を見上げるようにして、ミューラーを呼んだ。
『なんだいサリーナ』
「一つずつ、変化を積み重ねていけば、今変えられないという運命は、変えられるようになるの?」
『そのとおりだよ、サリーナ』
その答えに、私はボロボロと涙を流していた。
「サリーナ様?」
心配そうなメアリー様の声が聞こえてくる。だけれど私の涙は止まらない。
「ずっと、サースの運命を変えられないのかと思って、ふ、不安だったの……」
我慢して来た気持ちを吐き出すように泣き出してしまう私をメアリー様が心配してくれていた。
私はしばらく泣き続け、瞼を腫らしてしまい、すぐには研究室には行けなくなったので、一時間ほど教室で腫れが引くのをまっていた。
メアリー様はその間、穏やかに話をしながら隣に居てくれた。
魔法研究室に着くと6時近くになっていた。
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