そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

魔法ですよの日

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 学校の、昼休み。
 ゲームwik〇を見ながら、サース様の死亡フラグについて考えていた。

 ノートも広げて、時系列も書き出してみる。
 ヒロインの攻略ルートによって発生するイベントは違うけれど、サース様に訪れる不幸はだいたい似たような感じだった。

 何て言うのか、序盤から、ヒロインと攻略対象者との間を邪魔するように、度々現れてはヒロイン達を邪険にするような暴言を吐いて去って行き、攻略対象者を貶める発言をすることで、サース様自身が悪者になっていくようなストーリーなのだ。

 あからさまな引き立て役で。攻略対象者ageサース様sageが出来上がっている。
 ヒロイン、攻略対象者、生徒、教師、家族、全てに疎んじられた末に、彼は心を壊し、膨大な魔力を爆発させるように、この世界の魔王となってしまう。
 それを、力を合わせたヒロイン達に倒されて死亡する。
 ヒロインは自分で殺しておいて号泣するんだよね。なんなんだよ、おまえは、と何度思ったことか。

 攻略ルートによって、サース様が傷付けられていくイベントは違って、その一つ一つに、私は注意しないといけないなって思いながらノートに書き写す。


・ロデリック様ルート
 主に勉学関係で対立していた。
 というのも、両親にロデリック様のような子供だったら良かったのにと、度々比較されていたから成績を抜かれないように気を張っていた。ロデリック様自身はサース様の態度を気にすることもなく常に彼をかばう発言をしていた為、余計に彼のプライドは傷つけられていた。
(今思うと幼馴染だと言っていたからそのせいだったんだね)

・ラザレス様ルート
 主に交友関係で対立していた。
 学園を楽しみ和を大事にしているラザレス様は、調和を乱すサース様を毛嫌いしていた。
 ラザレス様は何を言おうと耳を貸さないサース様にいらだちを隠せなかったけれど、サース様は、本当はラザレス様のように人に愛され友を持てる人として生まれたかったと思っていたから、サース様は余計に、傷付いてしまう。
(今のラザレスだとサースに懐いているようにしか見えないからそんなに心配はしてないんだけど)

・アラン様ルート
 作られたような完璧な王子アラン様。性格良し、容姿良し、会話の全てに隙がなく、ヒロインに幸福を与えるために生まれてきたようなキャラだった。
 生まれながらの恵まれた容姿と家系と才能を持つアラン王子を、サース様は自分と比べてしまい、王子を見るだけで、どんな行いも、どんなイベントも、サースは比べては傷付き、落ち込んでいた。
(今思うといとこだったから、余計にそう思っていたんだろうね)


 学園ルートだとこんな感じ。まだ出て来てない攻略対象者はとりあえず割愛。


 愛されず、上手く生きられず、傷つき絶望し、魔王になってしまったサース様。
 たった一つのヒロインに愛されて終わるサースティールートだけが彼が魔王にならず人として幸せになれるエンドだったけれど、でも、ローザ様とサースにはおそらくなんのフラグも立っていない。

 ヒロインが居ない状態で、どうしたらサースの魔王堕ちが止められるのか、私には見当もつかない。

(一つずつ、彼が傷つくことがなくなるように、側にいたいな)

 まだ何も出来ていない。
 本当は存在もしていないはずの、完全な部外者の私にも、彼の人生にほんの少しでも関われることがあるのかな。

(なにも、分からない……でも)

 毎日ご飯を一緒に食べているだけでは魔王堕ちを止められないと言うのは分かる。何か私にも出来ることがあるのか、もう少し、探したいなって思う。






 さて。放課後です。
 屋上へ集合!とのことだったので、さっそく制服に着替えてから、押入れから異世界へ。
 するりと屋上に抜け出ると、目の前にサースが立っていた。

 長い黒髪を風に揺らしながら、何か道具を持って作業していただろう彼は、屋上の壁の扉から突然現れた私を見ると、ぎょっとするように目を見開いて固まる。
 たぶん、今まで見た中で一番の驚きの表情をしてる。

 私は立ち上がり扉を閉めてから、にこりと微笑んだ。

「おまたせ!」
「……」

 めっちゃ凝視されているのですけれど……。

 サースは黙ったまま視線を扉に移し、取っ手に手を掛け開けようとする。
 扉は、鍵が閉まっているように開かない。
 サースが何かを呟き出した。キラキラとした光が扉の周りを舞う。魔法を呟いたんだと思う。
 もう一度扉を開けようとしても、びくともしないようだった。

「……なんだこれは?」
「……なんだろう?ミュトラスの願い?でミューラーがこの世界と繋げてくれた場所の一つで……」
「開けてみてくれないか?」
「うん」

 言われた通りに扉を開ける。
 押入れの先に私の部屋が見えた。

 サースはじっと見つめてから、扉の中に手をかざしていた。

「……何も、ないが」
「え?」

 何もない?
 私は扉の中に入り、押入れをくぐり、一度部屋に出る。そうしてまた戻ってくる。
 サースの顔を見上げると、難しい表情をして私を見下ろしていた。

「見えた?」
「見えないな。お前が入ったら、姿が見えなくなる」
「へぇぇ」

 サースはかがむようにして扉の中に入ったのだけど、小さな物置くらいのスペースしかないみたいで、すぐに動けなくなってしまう。

「ここで止まってしまう」
「そうなんだ?私だけ通り抜けられるのかなぁ?」
「だろうな……」

 サースは急ぐように外に出てくると扉を閉める。

「ラザレスが向こうで待っている。行こう」
「うん」

 促されて壁の向こうに歩いて行くと、ラザレスが床に座り込んで待っていた。

「よっ!」
「やっほーラザレス!魔法楽しみだね」
「お前魔法好きだよなぁ」

 ニコニコと話している私たちを、サース先生が腕を組むようにして見つめている。

「ラザレスは帰っても構わない」
「そりゃないよ!?」

 そう言いながらもラザレスは楽しそうに笑っている。なんで気にしないんだろう?
 ちらりとラザレスを見つめると、私の視線を受けて、ラザレスは小声で言う。

「やー。本気じゃないでしょ?まぁ、本気な部分はあるだろうけど、ちょっと意味が違うし」

 ラザレスの言葉に私は首を傾げたけれど、ラザレスは笑っているだけだった。

 サースが私たちに魔法の道具を渡す。
 それは細長く真っ黒な木の棒のようなもの。

「サリーナにはあとでゆっくり教えるが、ラザレス、それに、自身の魔力を注ぎ込んでみてくれ」
「これに?ほい」

 ラザレスが両手で剣を持つように体の前でその棒を握りしめる。目を瞑り、集中するように息を吐く。黒い木のような棒がキラキラと輝きだし、黒さが薄れてどんどんと白くなっていく。

「色が変わっているのを、見ろ」
「おお」
「自分の魔力の強弱が目に見えて分かるものだ。微細なコントロールが出来るようになれば、いずれ強い魔力を放出することも可能になる」
「すげーな!ってか、これなに?どうやって作ったの?」
「そこには、先に俺の魔力を注ぎ込んである。お前たちの魔力とは属性の違うものを入れてあるから、色に変化があらわれる」
「……へぇ?」

 魔力の属性?初めて聞いたな。

「しばらくそれを使って自分の魔力を感じ取れるようになるといい」
「おー。ありがとう。恩にきるよ!」

 サースは集中しだしたラザレスをしばらく見た後、さて……と言って私に向き直った。
 わくわくと瞳を輝かせてサースを見上げている私と目が合うと、急に吹き出すように笑う。

「な、なんで笑うの……」
「なんでだろうか。いや、楽しそうで、何よりだが……」

 サースは私の片手を持ち上げると、彼の両手で包み込み、大事なことを言うように私の瞳をじっと見つめた。

「約束してほしい。この先魔法を使い、何かがあったときには俺を呼ぶこと。大丈夫だ、その為に契約をした」
「契約って伝言の?」
「そうだ。魔力が暴走したり、抑えられなかったら、すぐに俺を呼ぶこと」
「……え!?契約したの!?」

 ラザレスが目を見開いてこちらを見た。え?そんなに驚くことだった?
 サースはラザレスを一瞥もすることなく話を続ける。

「どこにいても駆けつけて、助ける」
「うん……ありがとう」

 なんだろう。魔法の勉強をするためとは思えないこの雰囲気のある会話は……。
 私の心が常に邪だから、サースがいつもキラキラして見えるのかなぁ。

「サリーナペンダントは?」
「まだつけてるけど、取っていいの?」
「ああ……俺が取ろう」

 俺が……取る?

 サースの言葉を頭の中に反芻させてると、彼は握っていた私の手を離し私の首筋へと指先を伸ばして来た。

「ひ……うっ!?」

 思わず変な声を出し、身体を縮こまらせる。するとサースは両手を私の首の後ろに回し、ゆっくりとペンダントを外した。

「俺が預かっておこう」
「は、はい……」

 彼は制服の胸ポケットにそれをしまう。

「……サリーナ、教えても?」

 顔を赤くさせボケらっとしている私に、サースが言う。

「お、お、お願いします……」

 何も始まる前から一日が終わったような気分になってしまう。

「魔力は、常に、体の中にある。それを感じて動かせるようになれれば、魔法が使えるようになれる第一歩だ」
「うん」
「ちょうどよくラザレスが、その基本から躓いているから、彼を見本にして覚えていけばいい」
「なんか言った?」

 ラザレスが突っ込んでくれているけれど、サースは気にせず続ける。

「魔力は、自分の意思で、動かせる」

 そう言うと、サースは片手を上げて、その手の平にぼんやりとした光の球体を出現させた。

「わぁ。綺麗だね」

 私の興奮した様子にサースがちょっとだけ笑う。

「この光の玉は、魔力を凝縮させただけのもの、体の中にあるもの。これを、感じながら動かして行く」

 サースはそう言うと、その光の玉を少しずつ、腕を上らせるように動かしていった。玉は腕を上りきると、背中を通ってから反対の腕に向かい、もう片方の掌にたどり着く。
 今度はその玉を、腕を上らせ、頭の上まで持ち上げてから、徐々に体を通して足元に向かわせた。

「これはただ、自分の身体を感じるだけで出来るようになる」
「……俺、出来ねーけど……」

 すっかり自分の訓練を止めてこっちを見ているラザレスが言う。

「訓練次第で、二人ともすぐに出来るようになる」
「まじで」
「おお」

 出来るようになるんだ!私にも!

「目に見える形で光らせる必要はない、そこに確かにあると、想像してやってみるだけでいい。そのうち本当に動かせるようになる」
「……分かった!」

 正直分かってはいないのだけど、言っていることは分かったからやってみようと思う。

「えーと光の玉を……」

 って自分の掌を見つめながら思ってみたけれど、そこには何もないのでイメージが湧かない。私は目を瞑ることにした。

 頭の中だけでイメージをする。
 右手の掌に、体の中の魔力をぎゅーーっと濃縮する。
 掌の上に感じ取るように、どんどん、大きくなるように、まるで暖かくなっていくように。
 サースが何度も生み出してくれた、あの綺麗な光のキラキラみたいなものを私の中から集めるのだ。

 たっぷり時間を掛けてそれを想像し、今度は掌から腕を少しずつ転がすように動かして行く。
 背中を回して反対の腕を回す。今度は頭へ。足へ。もう一度手へ。頭へ。

「サリーナ、もういい」
「うん?」

 サースの言葉にふっと目を開けると、真剣な表情で私を見下ろすサースと、驚愕したような表情で私を見つめるラザレスがいた。

「……自我が確立してから、魔法の訓練をはじめたから、なのか?」
「え?」
「完全に制御が出来ている。ありえないことだが」
「お前どうなってるの!?」

 サースの言葉に、驚いた様子のラザレスも言う。

「……出来てたの?」
「ああ。サリーナ、今度はこれを持ってやってみて」

 サースは私にさっきの魔法道具を渡した。
 戸惑いながら受け取ると、私の不安そうな視線を受けて、サースは優しく微笑んでくれる。

「大丈夫だ」

 ああ、サースが大丈夫って言ってくれたらそれだけで安心してしまう……。

「魔力をこれに移すんだ」
「うん」

 今度は目を開けたまま想像してみる。
 さっき動かした光の玉のイメージを私の身体から黒い木の棒のようなものに移し込んでいく……。

 黒い棒は、次第に色が薄くなり、最後には真っ白になってしまった。
 びっくりして動揺すると、色がどんどん黒に戻って行く。

「自分の意思で、魔力量の強弱を想像してやってみて」
「うん」

 少しだけ入れるイメージをしたり、たくさん入れるイメージをしたりしながら何度か繰り返した。
 想像通りに色が変わる様子が面白くて私は集中してやり込んでしまった。

「……聖女だから、なのか?」
「聖女?」

 気が付くとどれくらいの時間が経っていたのだろう、サースがポツリと言った。

「ああ、膨大な魔力量と制御能力が、通常の人間とは違うな」
「あ~そっか、サリーナも聖女なんだっけ」

 ラザレスの言葉に、私はまだ言ってなかったんだっけ?と思い当たる。

「異世界人だって言ったっけ?」
「え、聞いてないよ!?」

 聖女テーブルにいる限りはいつか知られると思うので先に言っておくことにした。

「内緒だよ~」
「いや~言わないけど、おまえら本当にぶっとんでるよな」

 そう言ってラザレスはおかしそうにケラケラと笑う。
 そんなラザレスの陽気な態度とは裏腹に、私の目の前に立つサースは、ひどく真面目な表情で考え込んでいた。思考の底に沈みこむように黙り込んでいて、たぶん私たちの会話も聞いていないんだろうなって思う。

「あなたの魔法剣を悪さに使わないというのなら、今度異世界のお菓子を差し上げますよ……」
「悪さってなに!?菓子は気になるけど!」

 おかしなことを言い出した私を、ラザレスは笑ってくれる。

「正義と言う名に隠された悪のことです」
「なにそれ……」

 ラザレスは「異世界人って変わってるの?」などと言っていたけれど、そろそろラザレスも様子のおかしいサースに気が付いたみたいで、立ち上がって私たちの元へ歩いて来てくれた。

「どうかしたのか?」

 ラザレスがサースを覗き込むようにして言うと、サースははっとしたように私達の顔を見つめた。

「サース?」

 心配になって、サースの上着の裾をぎゅっと握りしめながら呼びかけると、サースは私の手を見つめながら、そっと彼の片手を添えるようにして微笑んだ。

「なんでもないサリーナ」

 目の前の、優しさの中に甘さが煌めくような漆黒の瞳に、私はドキドキする。







 その後は、寮の夕食に向かった。今日は普通の勉強も絵を描くことも出来なかった。
 ラザレスは「頭を使った~」と言いながらもりもり食べていた。
 明日は魔法の道具で自分で訓練して、明後日また魔法を教えてくれるとのこと。





 別れ際、サースが真面目な表情で、私の手を取ると優しく握りしめた。
 う!?
 最近急な触れ合いが増えて来ている気がする……。心臓が爆発しそうになりながら、彼の言葉を待った。

「サリーナ、魔法を使えることや、魔力量のことを、出来るだけ人に言わないように」
「うん?」
「……誰に何を求められ利用されるかも分からないものなんだ」
「え……!?教えてくれてありがとう。気を付けるね?」

 魔法を使えるようにさえなっていないのに、そんなことを考えてもいなかったから、驚く。

「ああ。また明日サリーナ」
「うん。また明日ね」

 もう今日は手を洗わないで寝たいなって思う。
 うう、お風呂に入りたくない……。




(魔法の訓練だって聞いていたけれど、自分では何をしているのかさっぱり分からなかった。でもサースに伝言を出せるようになりたい!それに……魔法を使えるようになれたら、何も出来ない私でも、なにか出来るようになれるかもしれないから頑張ってみたい。結局、泣く泣くお風呂にはいった日)
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