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サースティールート
ご褒美とグリーンカレーの日
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来週半ばからの期末試験を控える、憂鬱な土曜日。
前の中間試験の時には、これくらいの時期から一週間くらい異世界に訪問するのを諦めた。
だけど今回は……一味違う!
(サースが家に勉強を教えに来てくれる……!)
夢を見ているんじゃないかって思う。
大好きな人が、私のおつむを……じゃなくて勉強を気にしてくれて、わざわざ家まで教えに来てくれる。
その大好きな人は、この世界の男の子の家に寝泊まりしていて、カフェでバイトをしていて、私の部屋で二人きりで過ごしてくれる……。
ベッドの上で悶え転げまわっていたらまた頭をぶつけた……起きよう。
身支度をしてからペンダントを外してサースに伝言を送る。
『おはようサース』
『おはよう砂里』
『何時くらいに来れそう?』
『何時でも行ける。今はユズルと話をしていただけだ』
おお、まだ谷口くんちにいるのね?
『私も何時に来てもらっても大丈夫だよ。これからスーパーに買い物に行こうと思っていたんだけど』
『なら一緒に買い物に行こう。30分ほどで着く』
『うん』
今9時なので、9時半ごろ駅で待ってようかな、と思う。
最近部屋に男の人が入る機会が増えたからちょっと緊張するな……なんて考えながらペンダントを付け直して、簡単に掃除を始める。
そういえば谷口くんに、誰も居ない家に良く知らない男の子部屋にあげちゃダメでしょ、って言われたことがあったけど。
本当今更だけど……。
サースなら良いんだよね……?
良く知ってるし、大好きだし、信頼してるし、大好きだし、勉強教えてくれるし、大好きだし。
……最近の、手を繋ぎまくったり、抱きしめられまくったりしている過剰な触れ合いを思い出すと顔が赤くなる。
あまりに自然に、まるで私に触れたいと思ってくれているようなサースの気持ちが伝わってくるような気がして、私も吸い付くようにサースに触れてしまうのだ。こんなんでいいのだろうか。
サースが出てくると思う、地下鉄の地下改札の前でペンダントを外してサースを待った。
体の周りに伝言くんが舞い出して、触るとサースのイケボが再生される。
『今電車が着いた』
『うん。改札前に居るよ』
伝言くんって地下でも関係なく電波?が立ってるんだな……って思ったら、ふふふと笑ってしまった。
まぁ最近の地下鉄は携帯の電波も地下でもアンテナを立ててあるみたいで地上よりも高速に繋がったりするのだけど。
ペンダントを付け直して少し待つと、改札を出てくる人の波の中に、ひと際目立つ長身の男の人を見つけた。
長い髪をサラリとなびかせて、黒いTシャツの下の長い脚にはジーンズを履いていた。
その理知的な瞳が私を捉えると、ふわりと笑う。
「……砂里」
「おはよう、サース」
ドキドキとしながら声を掛ける。
毎日のように一緒に過ごしているのに、今でも最初に出会ったときから何も変わらず、サースを前にすると少しだけ緊張してしまう。
彼は私の前まで来ると、嬉しそうな微笑みを浮かべてから、私の手を取って歩き出す。
「駅前のスーパーで良いのか?」
「うん」
サースはすっかり私の住む世界に馴染んでくれているなぁと感じる。
「サース、お昼何食べたい?」
「なんでもいい。お前の作るものなら」
「うーん……」
そうだよね、サースに日本食の種類なんて分かるわけないのだから、もうちょっと説明しなくちゃダメだよね、そう思いながら、照り焼きとか、肉じゃが、とか、言葉で説明してみたのだけど、上手く伝えられなかった。
「本当に……一番食べたいと思うのは、お前が食べたいと思っているものだ。それを一緒に食べられるのが楽しいのだから」
「ほんとう?」
「ああ」
サースの言葉にちょっと顔を赤くしながら、スーパーに着くと、カゴの中に野菜を突っ込んでいく。
夜も食べられるくらい、多めに買っておこう。
「私作れる料理のレパートリー少ないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。日頃両親があまり家に居ないから、自分で作り出しただけで……誰かに教わったりとかもしたことないの。たぶん料理の仕方も間違ってることも多いと思う。それについ自分の好きなものばかり作っちゃうから」
「俺はお前が好きなものが食べたいが」
ぐっ……。
サースはナチュラルに殺し文句みたいな台詞を吐き出してくるなと思う。
乙女心が簡単に瞬殺されてしまう。
「……タイ料理が食べたいな」
「ほう」
「この間食べてもらったカレーがもっとくせが強くなった感じになるんだけど、食べられるかな?」
「お前が好きなら問題ない」
サースの返事を少し考えた後に、私はニヤリと笑いながら、パクチーをカゴに入れる。
カレーコーナーでグリーンカレーの素を買うのも忘れなかった。
家に着くとまだ10時過ぎで、サースに麦茶を出した後しばらく勉強を教えてもらうことにした。
私の部屋のミニテーブルに向かい合わせに座ったサースは、真面目な表情で書き出す解答を見つめている。
開けた窓からは、そよそよと柔らかな風が入って来る。天気の良い土曜日だった。
「サースここ……」
質問しようとしたら顔が近づいて来て、ふわりと甘苦いような良い匂いが私の鼻腔を刺激する。ああ、ドキドキする。
「砂里?」
サースは真っ赤になっている私を不思議そうに見つめて言う。
私は煩悩を振り払うように首を振る。
「……具合が悪いのか?」
深く突っ込まれると思わなくて、慌てる。
「ううん。大丈夫」
「大丈夫そうには見えないが……」
両手で頬を押さえて、熱を冷まそうと努力した。するとサースは私の両手を掴んで顔から引き離し、覗き込むように私を見つめた。
「顔が赤いようだが」
(ぎゃあああ)
あわわわわわ、と声にならない声を絞り出すと、サースが怪訝な顔をする。
「ち、ちが……」
「なんだ。何か遠慮しているのか?」
「そうじゃなくて……」
涙目になりながらサースを見つめると、心配そうに私を見つめるサースの瞳がそこにあった。
私は心の中が罪悪感でいっぱいになる。
「ごめんなさい……」
「なぜ謝る」
「緊張して」
「緊張?」
「自分の部屋にサースと二人きりですごく近くに居て」
「……」
私がそう言うとサースは私の手を離し、身を引いて少し距離をあけた。
「すまない……」
顔を背けるようにして、少し照れたように言うサースは年相応の男の子のように見えて、少しほっとするような気持ちになる。
「今度から別の場所にするか?」
「え!」
「兄のカフェでもいいが」
「ううん。大丈夫。うちでいいの。私がドキドキしちゃうだけなの。でもそれは嬉しいドキドキなの。いやじゃないの……」
言っているうちに墓穴を掘っているような気がしたけれど、テンパっていて何を言っているのかも分からない。
サースは立てた片膝に頬杖を突くようにして、まっすぐに私を見つめた。
「……ならお互い様だ」
少し考える時間を置いた後にそう言った。
長いまつ毛を伏せるようにして、言葉を選んでいるようだった。
「……女性を意識するのも、嫌われることを恐れるのも、お前が初めてだ。だが少しも嫌なものではない。それはとても好ましいもので、一番に大事にしたいと思う」
サースの言葉は、明るい土曜日の昼の空気に溶けるように爽やかに響いて来て、私の心の中の少しだけ苦しかった部分が一緒に溶けて無くなっていくような気がした。
不思議な気持ちでサースを見つめて、彼もまっすぐに私を見つめてくれていた。
なんて言ったらいいのか分からなくて、じっと吸い込まれそうな漆黒の瞳を見つめていたら、彼は急にふっと微笑んだ。
そうして立ち上がると私の隣に歩いて来る。
私の肩を抱くようにしてしゃがみこむと、少しだけ顔を近づけた。
(うぎょぎょぎょ!?)
声にならない声を上げそうになった。
目の前にサースの瞳が煌めいて私を見つめている。
「……嫌か?」
「ううん。恥ずかしいだけです……」
「そうか……」
またきっとタコみたいに顔を赤くしている私を、サースは面白そうに笑って見ていた。
「嫌なことは、決してしない」
「うん……」
「だから怖がらなくていい」
「うん……」
怖がっていたわけじゃないんだけど。
サースは満足そうに微笑むと立ち上がろうとしたのだけど、私は慌てて彼の腕を引っ張って引き止める。
「も、もう少しこのまま……」
「……」
「勉強のご褒美?みたいな」
自分でも何を言っているのか分からない私の発言を、サースは真面目な表情で少しだけ考えていた。
「褒美、か……」
ポツリとサースは言い、座り直した後今度は私を両腕で抱きしめた。
むせ返るような良い匂いに、もう何度目かの昇天を迎えそうになる。
「嫌じゃないか?」
耳の側で静かに響いてくる、蕩けそうに甘いサースの低い声に体が震える。
「……最高のご褒美ですよ」
彼の背中に軽く手をまわした私は小さな声でそう言った。
彼の肩が少しだけ笑ったように震える。
「どっちに対してだか分からないな」
サースもそう思ってくれているならいいのになぁと思いながら、私は彼の体温に包まれ、心の底から温まっていく自分を感じていた。
なんだかんだと昼ご飯を食べ。
なんだかんだと午後の勉強をした。
お昼のグリーンカレーは二人で美味しく頂いた。
サースはパクチーを食べた最初の一口目は顔を顰めていたのだけど、だんだんと慣れて来たころには「うまかった」と言っていた。
パクチーが平気なら今度はトムヤムクンとか、ベトナムフォーとかアジアン料理を色々試して見ようかなぁと料理の妄想の幅が膨らんだ。
晩御飯は谷口くんと池袋で約束をしていると言っていた。
私も一緒に行きたいと言ったのだけど、試験が終わったらな、と止められてしまう。致し方ない。
明日の日曜日も勉強を教えてくれると言っていたけれど、うちには両親が居るから来てもらうと鉢合わせしてしまう。
それを伝えると、挨拶をしようか、と言いだして、私は慌てて止めた。一体なんて挨拶するつもりなんだ。こんなにも気品のある外国人モデルさんみたいな人が娘のボーイフレンドとして現れたらうちの親はきっと卒倒してしまうだろう。
明日の午後に駅前のモ〇バーガーで少しだけ、ご飯を食べたあと勉強を教えてもらうことになった。
モ〇!そうそう、サースにはまだハンバーガーを食べて貰ってなかったもんね。
人探しはしなくて良いのか聞いたのだけど、今はネットで調べているとのこと。
ネットなんかで調べられるのだろうか。
玄関の前で、今日もサースとはお別れだ。
いつものことだけれど、名残惜しい。
「……また明日ね」
「ああ、勉強頑張れ」
「うん。ありがとう」
「また明日……」
そう言うと、サースはふわりと私を抱きしめてくれる。
暖かな胸の中で、大好き、と彼への想いが溢れる。
今は、見上げた彼の瞳の中にも、私と同じ想いが感じられるような気がしていた。
そうして寝るまで、必死に勉強をした。覚えた端から忘れそうになる自分の頭をどうにかしたい。
サースに聞いたところ、谷口くんは日頃勉強をしているので試験前の勉強はさほどしていないとのこと。すごいなぁ。毎日のように塾行ってるもんな……。
(その日見た夢の中で、私は山のようにパクチー料理を作り、サースに食べて貰っていた。サースはさすがにその量の多さに辟易していたようだったけれど、文句も言わずに食べてくれていた。いつか、毎日サースの為にご飯を作ってあげられるようになったらいいのになぁ、でもそれは難しい事なんだろうなぁ……と夢の中でも思っていた日)
前の中間試験の時には、これくらいの時期から一週間くらい異世界に訪問するのを諦めた。
だけど今回は……一味違う!
(サースが家に勉強を教えに来てくれる……!)
夢を見ているんじゃないかって思う。
大好きな人が、私のおつむを……じゃなくて勉強を気にしてくれて、わざわざ家まで教えに来てくれる。
その大好きな人は、この世界の男の子の家に寝泊まりしていて、カフェでバイトをしていて、私の部屋で二人きりで過ごしてくれる……。
ベッドの上で悶え転げまわっていたらまた頭をぶつけた……起きよう。
身支度をしてからペンダントを外してサースに伝言を送る。
『おはようサース』
『おはよう砂里』
『何時くらいに来れそう?』
『何時でも行ける。今はユズルと話をしていただけだ』
おお、まだ谷口くんちにいるのね?
『私も何時に来てもらっても大丈夫だよ。これからスーパーに買い物に行こうと思っていたんだけど』
『なら一緒に買い物に行こう。30分ほどで着く』
『うん』
今9時なので、9時半ごろ駅で待ってようかな、と思う。
最近部屋に男の人が入る機会が増えたからちょっと緊張するな……なんて考えながらペンダントを付け直して、簡単に掃除を始める。
そういえば谷口くんに、誰も居ない家に良く知らない男の子部屋にあげちゃダメでしょ、って言われたことがあったけど。
本当今更だけど……。
サースなら良いんだよね……?
良く知ってるし、大好きだし、信頼してるし、大好きだし、勉強教えてくれるし、大好きだし。
……最近の、手を繋ぎまくったり、抱きしめられまくったりしている過剰な触れ合いを思い出すと顔が赤くなる。
あまりに自然に、まるで私に触れたいと思ってくれているようなサースの気持ちが伝わってくるような気がして、私も吸い付くようにサースに触れてしまうのだ。こんなんでいいのだろうか。
サースが出てくると思う、地下鉄の地下改札の前でペンダントを外してサースを待った。
体の周りに伝言くんが舞い出して、触るとサースのイケボが再生される。
『今電車が着いた』
『うん。改札前に居るよ』
伝言くんって地下でも関係なく電波?が立ってるんだな……って思ったら、ふふふと笑ってしまった。
まぁ最近の地下鉄は携帯の電波も地下でもアンテナを立ててあるみたいで地上よりも高速に繋がったりするのだけど。
ペンダントを付け直して少し待つと、改札を出てくる人の波の中に、ひと際目立つ長身の男の人を見つけた。
長い髪をサラリとなびかせて、黒いTシャツの下の長い脚にはジーンズを履いていた。
その理知的な瞳が私を捉えると、ふわりと笑う。
「……砂里」
「おはよう、サース」
ドキドキとしながら声を掛ける。
毎日のように一緒に過ごしているのに、今でも最初に出会ったときから何も変わらず、サースを前にすると少しだけ緊張してしまう。
彼は私の前まで来ると、嬉しそうな微笑みを浮かべてから、私の手を取って歩き出す。
「駅前のスーパーで良いのか?」
「うん」
サースはすっかり私の住む世界に馴染んでくれているなぁと感じる。
「サース、お昼何食べたい?」
「なんでもいい。お前の作るものなら」
「うーん……」
そうだよね、サースに日本食の種類なんて分かるわけないのだから、もうちょっと説明しなくちゃダメだよね、そう思いながら、照り焼きとか、肉じゃが、とか、言葉で説明してみたのだけど、上手く伝えられなかった。
「本当に……一番食べたいと思うのは、お前が食べたいと思っているものだ。それを一緒に食べられるのが楽しいのだから」
「ほんとう?」
「ああ」
サースの言葉にちょっと顔を赤くしながら、スーパーに着くと、カゴの中に野菜を突っ込んでいく。
夜も食べられるくらい、多めに買っておこう。
「私作れる料理のレパートリー少ないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。日頃両親があまり家に居ないから、自分で作り出しただけで……誰かに教わったりとかもしたことないの。たぶん料理の仕方も間違ってることも多いと思う。それについ自分の好きなものばかり作っちゃうから」
「俺はお前が好きなものが食べたいが」
ぐっ……。
サースはナチュラルに殺し文句みたいな台詞を吐き出してくるなと思う。
乙女心が簡単に瞬殺されてしまう。
「……タイ料理が食べたいな」
「ほう」
「この間食べてもらったカレーがもっとくせが強くなった感じになるんだけど、食べられるかな?」
「お前が好きなら問題ない」
サースの返事を少し考えた後に、私はニヤリと笑いながら、パクチーをカゴに入れる。
カレーコーナーでグリーンカレーの素を買うのも忘れなかった。
家に着くとまだ10時過ぎで、サースに麦茶を出した後しばらく勉強を教えてもらうことにした。
私の部屋のミニテーブルに向かい合わせに座ったサースは、真面目な表情で書き出す解答を見つめている。
開けた窓からは、そよそよと柔らかな風が入って来る。天気の良い土曜日だった。
「サースここ……」
質問しようとしたら顔が近づいて来て、ふわりと甘苦いような良い匂いが私の鼻腔を刺激する。ああ、ドキドキする。
「砂里?」
サースは真っ赤になっている私を不思議そうに見つめて言う。
私は煩悩を振り払うように首を振る。
「……具合が悪いのか?」
深く突っ込まれると思わなくて、慌てる。
「ううん。大丈夫」
「大丈夫そうには見えないが……」
両手で頬を押さえて、熱を冷まそうと努力した。するとサースは私の両手を掴んで顔から引き離し、覗き込むように私を見つめた。
「顔が赤いようだが」
(ぎゃあああ)
あわわわわわ、と声にならない声を絞り出すと、サースが怪訝な顔をする。
「ち、ちが……」
「なんだ。何か遠慮しているのか?」
「そうじゃなくて……」
涙目になりながらサースを見つめると、心配そうに私を見つめるサースの瞳がそこにあった。
私は心の中が罪悪感でいっぱいになる。
「ごめんなさい……」
「なぜ謝る」
「緊張して」
「緊張?」
「自分の部屋にサースと二人きりですごく近くに居て」
「……」
私がそう言うとサースは私の手を離し、身を引いて少し距離をあけた。
「すまない……」
顔を背けるようにして、少し照れたように言うサースは年相応の男の子のように見えて、少しほっとするような気持ちになる。
「今度から別の場所にするか?」
「え!」
「兄のカフェでもいいが」
「ううん。大丈夫。うちでいいの。私がドキドキしちゃうだけなの。でもそれは嬉しいドキドキなの。いやじゃないの……」
言っているうちに墓穴を掘っているような気がしたけれど、テンパっていて何を言っているのかも分からない。
サースは立てた片膝に頬杖を突くようにして、まっすぐに私を見つめた。
「……ならお互い様だ」
少し考える時間を置いた後にそう言った。
長いまつ毛を伏せるようにして、言葉を選んでいるようだった。
「……女性を意識するのも、嫌われることを恐れるのも、お前が初めてだ。だが少しも嫌なものではない。それはとても好ましいもので、一番に大事にしたいと思う」
サースの言葉は、明るい土曜日の昼の空気に溶けるように爽やかに響いて来て、私の心の中の少しだけ苦しかった部分が一緒に溶けて無くなっていくような気がした。
不思議な気持ちでサースを見つめて、彼もまっすぐに私を見つめてくれていた。
なんて言ったらいいのか分からなくて、じっと吸い込まれそうな漆黒の瞳を見つめていたら、彼は急にふっと微笑んだ。
そうして立ち上がると私の隣に歩いて来る。
私の肩を抱くようにしてしゃがみこむと、少しだけ顔を近づけた。
(うぎょぎょぎょ!?)
声にならない声を上げそうになった。
目の前にサースの瞳が煌めいて私を見つめている。
「……嫌か?」
「ううん。恥ずかしいだけです……」
「そうか……」
またきっとタコみたいに顔を赤くしている私を、サースは面白そうに笑って見ていた。
「嫌なことは、決してしない」
「うん……」
「だから怖がらなくていい」
「うん……」
怖がっていたわけじゃないんだけど。
サースは満足そうに微笑むと立ち上がろうとしたのだけど、私は慌てて彼の腕を引っ張って引き止める。
「も、もう少しこのまま……」
「……」
「勉強のご褒美?みたいな」
自分でも何を言っているのか分からない私の発言を、サースは真面目な表情で少しだけ考えていた。
「褒美、か……」
ポツリとサースは言い、座り直した後今度は私を両腕で抱きしめた。
むせ返るような良い匂いに、もう何度目かの昇天を迎えそうになる。
「嫌じゃないか?」
耳の側で静かに響いてくる、蕩けそうに甘いサースの低い声に体が震える。
「……最高のご褒美ですよ」
彼の背中に軽く手をまわした私は小さな声でそう言った。
彼の肩が少しだけ笑ったように震える。
「どっちに対してだか分からないな」
サースもそう思ってくれているならいいのになぁと思いながら、私は彼の体温に包まれ、心の底から温まっていく自分を感じていた。
なんだかんだと昼ご飯を食べ。
なんだかんだと午後の勉強をした。
お昼のグリーンカレーは二人で美味しく頂いた。
サースはパクチーを食べた最初の一口目は顔を顰めていたのだけど、だんだんと慣れて来たころには「うまかった」と言っていた。
パクチーが平気なら今度はトムヤムクンとか、ベトナムフォーとかアジアン料理を色々試して見ようかなぁと料理の妄想の幅が膨らんだ。
晩御飯は谷口くんと池袋で約束をしていると言っていた。
私も一緒に行きたいと言ったのだけど、試験が終わったらな、と止められてしまう。致し方ない。
明日の日曜日も勉強を教えてくれると言っていたけれど、うちには両親が居るから来てもらうと鉢合わせしてしまう。
それを伝えると、挨拶をしようか、と言いだして、私は慌てて止めた。一体なんて挨拶するつもりなんだ。こんなにも気品のある外国人モデルさんみたいな人が娘のボーイフレンドとして現れたらうちの親はきっと卒倒してしまうだろう。
明日の午後に駅前のモ〇バーガーで少しだけ、ご飯を食べたあと勉強を教えてもらうことになった。
モ〇!そうそう、サースにはまだハンバーガーを食べて貰ってなかったもんね。
人探しはしなくて良いのか聞いたのだけど、今はネットで調べているとのこと。
ネットなんかで調べられるのだろうか。
玄関の前で、今日もサースとはお別れだ。
いつものことだけれど、名残惜しい。
「……また明日ね」
「ああ、勉強頑張れ」
「うん。ありがとう」
「また明日……」
そう言うと、サースはふわりと私を抱きしめてくれる。
暖かな胸の中で、大好き、と彼への想いが溢れる。
今は、見上げた彼の瞳の中にも、私と同じ想いが感じられるような気がしていた。
そうして寝るまで、必死に勉強をした。覚えた端から忘れそうになる自分の頭をどうにかしたい。
サースに聞いたところ、谷口くんは日頃勉強をしているので試験前の勉強はさほどしていないとのこと。すごいなぁ。毎日のように塾行ってるもんな……。
(その日見た夢の中で、私は山のようにパクチー料理を作り、サースに食べて貰っていた。サースはさすがにその量の多さに辟易していたようだったけれど、文句も言わずに食べてくれていた。いつか、毎日サースの為にご飯を作ってあげられるようになったらいいのになぁ、でもそれは難しい事なんだろうなぁ……と夢の中でも思っていた日)
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