そして今日も、押入れから推しに会いに行く

ツルカ

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サースティールート

仲間が増えた!の日

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 昨日から私は真剣に考え続けていた。
 出会って10日目くらいって一体いつだったっけ、と……。

 気になって仕方がなくてカレンダーまで見返してしまう。
 すると、やっぱり中間試験の勉強で一度向こうの世界に行けなくなったころみたい。次に向こうの世界へ行ったときにはサースの様子がおかしくなっていたんだよね。

 寝ぼけてるみたいに、私の頭を撫で続けて、何かを言っていた気がする。
 夢から覚めない方法を、探しているって……。

(……)

 あれ?あれってもしかして。

(……私のこと、だよね?)

 顔からボンっと火が出るみたいに、体中の熱が顔に集まるのを感じる。

(え?え?え?)

 あの時――

 私は、サースから身を引こうとしていたと思う。

 ローザ様とのフラグがどうなっているのか分からなかったから、私がうろちょろしていたら知らないうちに邪魔をしてしまうんじゃないかと心配だった。
 だから、確認したのだ。
 明るい昼間の公園で、ランチを食べ終わった後ののどかな午後。
 好きな人がいるのかって私はサースに聞いた。

(私のことを想ってくれていた人に……そんな質問をしてしまったってことだよね?)

 眩暈がするような気持ちになりながら、あの時サースがなんて答えたのか思い出そうと頑張った。
 試験の時よりずっと自分の記憶力に頼ろうとした。サースのことだけには私の記憶力は案外頼りになる。

「た、確か……。邪魔にならないって……」

 言っていた気がする。

 ――『お前が側に居て、気にするような異性など、いるわけがない』――

 ああ、なんだか急に明確なビジョン付きであの時のことを思い出せてしまう。頭が沸騰しそうだ。

 いるわけがないってなに!?
 サースに凄いこと言わせてない!?

 それからずっとサースは昼間は学校に来ていなくて、調べ物をしていると言っていたけれど……それはきっと私のことを調べてくれていた訳で……。

 だけど私は、好きになっちゃいけないんだって、伝えてはいけないってずっと思っていたから、気持ちを閉じ込め続けていた。

 今思うと……。
 サースは時々、私をクラクラとさせるような台詞を言っていたと思う。

 私のことを知りたい、とか、知ることが出来て嬉しい、とか。
 後、確か、こんなことも言ってた。

 ――『俺はもう、離れることを考えてはいない』――

(ぎゃああああ!?)

 ベッドの中で一人悶え転がる。ガンッと頭が壁にぶつかった音が響き渡った……痛い。

 ……あれ、いつだっけ?この台詞。池袋に行った日?
 駄目だ、全部思い出したら私死んじゃうかも……命がいくつあっても足りない……。
 動悸息切れに苦しむJKそれが私。

 ベッドの上にむくりと起き上がり、両手で熱くなっている頬を押さえた。

 ――起きよう……。

 今日も、サースと異世界に行く予定になっている。







 おにぎりを作ってから、魔法を使って異世界へ!
 サースからは、自分の所へ飛んで来るようにとしか聞いていない。
 さて異世界へ飛ぼうと思い、靴を履き手にはランチバッグを持って、ペンダントを外し、サースの……匂いと温かさを思い出した……。

 ああ、あのサラサラとした髪の毛も凄く好きなんだよな、って思う……。
 つやっとしてて、つるっとしてて、肌触りが気持ち良くて、ものすごく良い匂いがして、ずっと触っていたくて、むしろくるまれたいくらいで……。

 気が付くと、目の前の鏡に、顔を赤くさせた自分の姿が映っていた。

(う……。サースが待っているのに私と来たら……)

 サースの運命を変えるために頑張っている時だと言うのに、正直、サースのことなら何時間でも考え続けられる自信があった。

 駄目だ。サースのことが好き過ぎてすぐに幸福感で舞い上がってしまう。

 深呼吸をして、自らの煩悩を削ぎ落すと、私は少し冷静に、ちょっとだけ遠く離れたところから見たサースの姿を思い出して――

 異世界へと、飛んだ。






 すると、思い浮かべていたサースと丁度同じくらい、少し離れた場所に居るサースの前に着いた。

「……砂里」

 サースは私に気が付くとふわりと笑う。
 ここは聖女団体の施設の前の、木々の陰になっている場所だった。
 白いシャツに黒いズボン、長い髪を束ねたサースが立っていた。

 もしかして、サースの前に飛ぶときの距離感って、思った通りの場所にたどり着けるのかな。
 あれ?じゃあ今までサースに直撃してたのって、私がサースに抱き着くイメージしかしてなかったってことなのかな。は、恥ずかしいな……。

 サースは私の前に歩いて来ると、少し不思議そうな顔をした。

「……顔が赤いが?」
「な、なんでもないよ?」

 サースを前にすると、いつだって嬉しくて恥ずかしくなってしまうだけなのですよ。

 挙動不審も日常茶飯事な私を、サースはちょっとだけ考えるように見つめてから言う。

「ペンダントは?」

 くはっ!?

 私はサースの手が伸びてくる前にと慌ててポケットから取り出してペンダントを首に付ける。

 そりゃ、付けてもらうのだってやぶさかではないのだけど、いまこれ以上恥ずかしくなったら顔が爆発してしまう。

 サースはそんな私を見つめてから手を握りしめた。

「行こう」
「うん……」
「あとで、ユズルも合流する」
「うん?」

 谷口くんとは別行動なんじゃなかったっけ?

「ユズルは、昨日から帰還していない……」
「ふへ!?」
「帰れなかったそうだ……」

 一体何が……。

「大丈夫なの?」
「ああ、連絡は取っている。危険もない。詳しくは後で話す」

 そう言えば、私や谷口くんは、サースよりも魔力が多いんだよね。
 谷口くんってサースよりも強いんだろうか。
 だったら、サースも大丈夫って言うくらいだから、心配ないんだろうな。
 っていうか連絡取ってるんだよね……伝言出せてるんだよね……?





 そうして、今日もサースは安定の速読で資料を読みはじめ、私はそんなサースの絵を描いて過ごすことにした。
 昨日はちょっと資料を読んでみたけれど、私には何も思い付けなくて、諦めて絵を描いた方がいいなと気が付いたのだ。

 ゆっくりと時間が過ぎて行く。
 本をめくる音と、鉛筆で絵を描く音が響く。
 サースの髪が時々サラっと揺れている。

 5月に、初めてこの世界に来てから、こんな時間を何度も過ごした。
 とても幸福で、大事な、宝物みたいな時間が流れていたなって思う。

 そんなことを思っていたら、サースがふっと顔を上げた。
 漆黒の瞳を流れるように私に向けると、柔らかく微笑む。

「……なんだ?」

(う……!)

 胸が高鳴る。気遣ってくれる優しさが、愛しすぎて辛いなんてとても言えない……。

「今日も幸せだなって、思って」
「……」

 サースの眼差しはいつもとてもまっすぐに、私に向けられている。
 不純物の混ざらない何か綺麗なものが心に入って来るような気持ちになって、彼に見つめられることが私はとても好きだった。

「出会ってから、毎日ずっと、幸せだなって」

 それは本当の気持ちだった。

「……俺もだよ、砂里」

 私たちしかいない静かな資料室。サースの低い声は、私の心を満たすように響き渡る。
 えへへ、と笑うと、サースも微笑んでくれた。

 そんな時。

「――――え、このいちゃついてる二人なんなの?」

 と、その声は、突然響いて来た。

 振り返ると、出入り口のところに、谷口くんともう一人男の子が立っている。

 谷口くんと同じくらいの背丈の、日焼けした肌が健康そうな、短い金色の髪の男の子だった。
 歳も同じくらいなんだろう。その子は、私たちをジロジロと見つめ、顔を顰めて言う。

「……帰っていい?」
「駄目」

 苦笑いしている谷口くんが男の子を引き留める。

 はて。誰なんだろう。
 谷口くんとはここで合流することになっていて、受付のところで同伴者として伝えてあったから入れたのだろうけど、同伴者の同伴者も入れたのかな?

「こいつ、フリードの、孫」

 谷口くんが言った。

 孫!?
 フリードさんというのは、魔法院でのサースの上司にあたる魔法使いさん。かつて異世界で冒険をしたという谷口くんとはお友達だったという人だ。
 谷口くんには魔法院を調べに行ってもらっていたから、フリードさんに連絡を取っていたみたい。
 50年前の出来事だと言っていたから、お孫さんが出来ていてもおかしくはなかったけど……。

「ライ・マリールだ」

 面倒くさそうに視線を外しながら彼は言う。

「サースティー・ギアンだ。彼女は、サリーナ・リタ」

 お?サースが私を偽名で紹介してくれた。

 ライくんは、ちらっとサースを見ると、不機嫌を隠さないような口調で言う。

「……じいちゃんが手伝ってやれって言ってたからどんな可哀そうな奴かと思ってたら」

 ジロリ、と私たちを睨んだ。

「すげえ女にモテそうな男が恋人といちゃいちゃしてて、俺帰りたい」

 ……恋人!?って言ったよ?
 ライくんって見る目ある人なんじゃない!?

 瞳を輝かせて見つめると、視線に気づいたライくんが訝しむように私を見つめ返した。

「サリーナです。ライくんに力になって貰えると嬉しいです……!」

 ライくんの側に駆け寄り、彼の前で祈るように両手を組み満面の笑顔で伝えると、ライくんは少したじろいで「お、おう……」と返事をしてくれた。

「サリーナは異世界から来ている」
「……ユズルと一緒なのか。ああ、じゃあ、世界越えて付き合ってるのかぁ……」

 ライくんは、初めて同情するような顔をした。

「まぁ、何かの縁だし俺も手伝うよ」

 やった!
 フリードさんのお孫さんなら魔法使いなんだろうか?
 仲間が増えるのはとても心強いと思う。
 それに付き合ってるって言ってくれてたし、きっといい人に違いない!

「……有難い。感謝する」
「ありがとう、ライくん!」

 照れくさそうに笑ってくれるライくんと、谷口くんにも、私はランチのおにぎりを食べてもらうことにした。

 休憩室に移動して、机の上に取り出すと、珍しいものを見るような視線を向けていたけれど、私たちが食べ出した様子を見てからライくんも食べてくれた。

「何これうめぇ」

 驚くことに、ライくんも梅が好きらしい。梅がうめぇ。

 あれ?もしかして、異世界の人の味覚の好みの傾向なのかしら。
 需要があるなら将来的に、梅干しのおにぎり屋さんを開業しちゃったりなんかして……。
 旦那様は……この世界の偉大な魔法使いで、魔法院へのお勤めがあるのだけど、私は自宅兼お店で彼の帰りを待つのだ。

 旦那様は……ああ、何度でも言いたくなるけど旦那様は……帰ってくると、私の手料理を毎日うまい、と言って食べてくれる人で、私は、お風呂にしますかご飯にしますかそれともわ………

「――砂里、聞いているか?」

 ……聞いてません。

 分かりやすくハッとした表情で顔を上げると、小さく「ふむ」とサースは言った。

「今、ユズルの説明をしている」

 谷口くん!
 そう言えば昨日どうしてたんだろう?伝言の契約もどうやったんだろう?

「さすがに50年ぶりに魔法院に行ったら、拘束されちゃって……」
「拘束!?」

 衝撃的な台詞が出て来た。

「行方不明者が、姿形も変わらず現れたから、そりゃ不審者扱いだよね。フリードと話してるうちに分かってもらえたんだけど、そっからはめちゃくちゃ怒られたよ」

 と、谷口くんはため息を吐くようにして言った。

「日本に帰ったときって、たまたま発動出来た魔法で帰った感じなんだよね。だから説明もしないで、やりかけの仕事も中途半端にしたまま居なくなったから、心配かけてて。だいぶ経ってから日記を見つけたみたいで帰ったんだろうって推測してくれてたみたいなんだけど」

 そうして、一晩お説教された話を憂鬱そうに語る。

「フリード、酒入ってからは愚痴みたいに絡んできて。俺が居なくなってからの失恋の話とか、今の奥さんとの馴れ初めとか、小遣い少ないとか、俺一滴も飲んでないのに付き合わされて……」

 まぁ、仕方がないんだけど……と続けて言うと、ライくんに視線を移した。

「朝までかけて色々話して……歳取ってない理由とか、帰ってきた理由とか、当時のこととかも。謝ったり、分かってもらったりしたんだ。魔法院のことも教えて貰えることになった。ライは、なんとなく気が合って連れて来た」
「俺もじいちゃんに話聞いてたから他人の気がしないんだよな」

 確かに、二人はずっと友だちだったみたいに仲が良さそうにつるんでいる。

「飯もうまかったし、楽しそうだから、俺も加わるよ」

 梅干しおにぎり、万歳!
 ライくんが仲間に加わりました。

 話を聞くと、ライくんも魔法を使える学生さんらしい。

 サースが言うには、魔法院では、闇魔法のこと、そしてギアン家の魔法について何か分かることがないか調べて貰っているのだそう。

 私たちは、聖女団体の資料で、ギアン家の子孫が残した聖女の願いから生み出されたものを調べていた。

「何か分かった?」

 谷口くんの問いに、サースは「ああ……」と答えると、ちらり、と私に視線を寄越した。

 ん?なんですか?

「もう少し確証が欲しいから、サリーナのツテで話を聞いて来ようと思う」

 ツテ?

「恐らく……聖女団体は、我が家のことには無関係だ」

 無関係?

 よく分からず、きょとんとしていると、サースが柔らかく微笑んだ。

「サリーナのおかげで、聖女団体のことを調べることが出来ている。団体の者から話を聞いてもう少し調べたい」
「うん」

 サースは谷口くんたちに向き直ると、言った。

「詳しいことは、分かり次第連絡する」
「僕達もそうするよ」
「ああ」

 ランチを食べた後二人は帰って行き、私たちは受付で話を聞ける人がいないか相談したのだけど、今日は休日なので明日来て欲しいとのことだった。

「砂里、明日は?」
「学校の後でもいい?」
「ああ」

 私は明日からも学校があるのだけど、サースに聞くとなんと谷口くんは明日からは試験休みなのだと言う。くっ!私立高め……。

 夕方までまた資料室で過ごし、暗くなったころ、私たちは魔法で日本へと戻った。

 戻って来たとき、サースに思い切り抱きついてしまい、もしかして自分のこれは無意識レベルの確信犯なのではないかと、顔を赤くして思っていた。






 サースは今日も家まで送ってくれた。
 別れ際、私の髪をすくように撫でて言う。

「髪が伸びたな」

 サースに出会ってから2ヶ月。
 長い髪に憧れて、ほんの少しずつ伸ばしはじめていた。

「サースみたいになりたくて……」

 なれる訳もないのに、こんな事を思っているのが恥ずかしくなって声がしぼんでしまう。

 だけどサースは私の台詞に応えるように私の髪を少しすくい上げると、彼の形の良い指でクルクルと巻き出した。

「サース?」
「俺は……この柔らかな髪の方が好ましいと思うが」
「……!」
「日が当たると透き通るように色が変わる。繊細で優しい肌触りは、触っていてとても気持ちがいいと感じる」

 息が……止まりそうだった。

 心臓が高鳴り過ぎて、動悸が辛い……。
 私に必要なのはもはやときめきではなく、動悸息切れに効きそうな、救し◯や命のは◯なのでは……!?

(気持ちがいいとか、サースが言ったし……)

 嬉しいのだか恥ずかしいのだか、くすぐったいのだか照れくさいのだか、自分でも分からないくらいごちゃ混ぜの気持ちで見上げると、涼しげな表情をしたサースはただふわりと微笑んだ。

 好き……。

 今日も私は一日、朝から晩までサースの事を大好きだと思いながら過ごして終わるのでした。





 寝る前にサースと伝言を交わしたら、谷口くんは今夜も向こうで過ごすと言っていたらしい。


(私はと言うと、ベッドの中でまた旦那様妄想を始めそうになり……最近妄想の幅が以前より広がってるなって気が付いて、緊張感の足りない自分に恥ずかしくなってしまった日)
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