最後の女

蒲公英

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14.

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「行ったことないんだもん。そんで、これから先に秀さん以外の人と行くこともないんだもん」
 前回秀一の喩えた「連れ込み宿でご休憩ご商談」の意味は、茜にはまったくわかっていなかった。今現在のラブホテル事情は知らないが、秀一が利用した頃には入り口にそう書いてあったものである。
「後学のために、行くー」
「何の後学だ、バカバカしい」
「何事も知らないより、知ってたほうがいいに決まってるじゃない」
「知らなくても人生に、一切の損はないっ」
「だって、友達もみんな普通に行ってるんだもん。秀さんだって行ったことあるのに、私だけがないー」
 普通に? 俺が十九の時には、結構勇気が必要な場所だったぞ。
「行ってみたいー! ねええ!」
 こういう言い方をする茜に、今まで勝てたためしはない。

 歩いて入るような場所は、あまりに抵抗がある。秀一と茜の組み合わせは、一言で言えば「若い女を誑かして連れ込む男と、後先考えずに遊びでおっさんの誘いに乗る女」だ。夫婦だっていう看板を背負っているわけじゃないし、大体夫婦ならば、そんなところは滅多に使わない。確か、国道沿いに下っていけば何軒か、車ごと入れる場所がある筈だ。
 ――でも、昼だぞ、おい?
 茜をはじめて押し倒したのは確か真昼間だったのだが、昼間にそのための行動をするってのは、半分くらい古い頭の秀一にはいささかの疑問がある。かといって、泊まるってのも妙な話である。茜は好奇心でウキウキしている。
 遊園地じゃないってんだ。何する場所か、知ってんのか。

 明るい時間に目隠しのある駐車場に入っていくまで、秀一はずっと苦虫を噛み潰した顔をしていた。いい年して何やってんだとか、昼間っから何考えてんだとか、他人様に言われそうなことを一通り、頭の中で自分に突っ込む。茜は暢気に隣で歌っている。
「おまえ、ちょっと顔、伏せとけ」
「なんでえ?」
「羞恥心はないのか!」
「恥ずかしくないもーん。夫婦だから、当然だもーん」
「夫婦生活を他人に主張するバカがあるか!」
 どうも感覚が、ずれているような気がする。

 あーだこーだと部屋を選び、きゃいきゃいとはしゃぐ茜を伴って部屋を開けると、立場が逆転した。
「うわ……こうなってるんだ……」
 そのことだけに特化された場所に、茜は急に緊張したらしい。
「なんか、薄暗い」
「ここで本読んだり食事したりするわけじゃないからな。風呂は明るいぞ?」
「なんで?」
「洗いながら、よく見えるようにじゃないか?」
「え? えっちくさい!」
「そういう場所だろうがよ。風呂、入るか」
 秀一が風呂にお湯を張っている間、茜は部屋の探検をしていたらしい。あっちこっちのスイッチを入れてみたりしている。ぎゃあ、とかいう悲鳴が聞こえる。
「どうした?」
「天井、鏡じゃないの!」
「ふふん。風呂、入んぞ」
「あ、秀さん先に……」
「バカか。何のための広い湯船だ」
 新婚旅行にも行かず、秀一のアパートの風呂は狭い。一緒に入浴したことなんて、今までにないのである。秀一がちょっと意外に思うほど、茜は尻込んだ。
「だってそんな、秀さんとお風呂に入るなんて……」
「夫婦だろ? ふ・う・ふ」
 ちょっと面白い。

「洗ってやるよ。スポンジ、貸してみ?」
 クリップで髪を纏めているので、剥き出しになったうなじが妙に色っぽい。液体のソープをスポンジに垂らし、秀一は茜の背中からそっと洗い出す。薄い皮膚が湯気に上気し、無駄な肉のない背中はすべらかだ。
「背中終わり。前向け」
 おずおずと体を向けた茜は、胸を隠している。
「洗う場所、隠してどうすんだ」
「だって、なんかさっきから秀さんの手がヤラシイような……」
「ヤラシイんだよ、こんな場所だからな」
 持っていたスポンジで、胸の先端をさっと撫でる。
「きゃ……」
「さて、茜が来たいって言った場所なんだから、楽しんでもらうかな」
 せりふはやっぱり、おっさんくさい。
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