最後の女

蒲公英

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 母親から譲り受けた服を、引っ張り出してきた姿見の前であれこれ組合わせていた茜が、秀一に向かって言う。
「どう?似合う?」
 オフホワイトのジャケットに茄子紺の膝丈スカート、襟元には淡い紫のブラウスが覗いている。新人OLさん一丁上がりってなもんである。デザインは最新じゃないかも知れないが、古臭くはない。自分が勤めている会社の女の子たちは制服があることもあり、私服はラフだ。秀一が茜の存在に気がついたときには、茜はもうショートパンツだった。多分入社式はスーツだったのだろうが、そんなことは知らない。だから茜のそんな服装を、はじめて見たのだ。
「悪くないんじゃないか?」
 一応テレビから目を離して返事をしようとして、二度見した。見慣れなくて新鮮であるからなのか、それとも好みの問題なのか、とりあえず目を逸らそうとして、失敗した。
「ねえ、可愛い?」
 畳み掛ける茜は、普段通りの口調だ。

 新しい勤め先には、当然男もいる。いや、そういう問題じゃない。秀一だって社内に女はいるのだから、男のいない職場に行けなんて言うんじゃない。じゃなくって、自転車通勤じゃないのだ、今度は。
「電車に乗るんだよな?」
「うん。電車通勤、久しぶり。ラッシュなんて忘れちゃった」
 そのラッシュの時間に、つきものといえばアレだ。秀一は普段自動車通勤だが、会社に車を置いて帰宅した翌朝は、読みもしないのに新聞を持っていく。わざとらしくなく両手を持ち上げているアピールにしているのだ。
「痴漢とか、されたことあるか?」
「あるよ、電車通学してたし。経験ない人のほうが珍しいんじゃない?」
 そうか、そんなに多いのか。そうだよな、吊革に掴まってても睨まれることがあるし。てめえみたいなブスは頼まれたって触らねえ、なんて腹の中では思ってたって、そんなに多いんじゃ被害妄想にもなるかな。
「手とかぎゅっと握られたこともある。大学生くらいの男の人に」
 鏡の中を覗き込んだ茜は、手で髪を纏めてみたりしている。
「こうやって結んだほうが、お勤め向き……きゃっ!」
 秀一が立ち上がったのは、手洗いにでも行くのかと思っていた。後ろにのっそりと立った秀一が尻を撫でたので、茜は思わず身体を捻った。
「痴漢ってのは、こうやって尻撫でたりするのか」
 家庭内痴漢、ここに誕生。

「撫でるだけじゃ、バッグ持ってる手が偶然当たってるだけかも知れないし、わかんない。混んでるとどこかしら触れてるもん。じゃなくて、あからさまに掴まれたり押しつけられたり」
「逃げないのか」
「ラッシュだもん。動くには限界があるし」
「大声出すとか」
「気持ち悪いし恥ずかしいし、バッグで隙間作るのが……ちょっとっ!」
 スカートの上から撫でていた手が尻を覆い、ぎゅっと掴んだ。
「こんなもんか?」
「ひどい人だと、スカートの中に手を入れたり。ねえ、実践しなくていいから!」
 ストッキングを着けていない生の脚に、秀一の手が触れた。逃げようとすると、後ろから肩に腕が巻きつく。さわさわと脚の間を指が動き、茜の顔が上気した。
「スカートの中に手ぇ入れられて、どうなんだ?」
「そ、それ以上はバッグで庇ったり、引っ掻いてみたり……ん……」
 進入しようとする不埒を引き剥がそうと、ショーツの横で茜と秀一の手が攻防戦を繰り広げる。
「感じちゃったりしないのか。こうやって押しつけられて」
 着衣越しに秀一の下腹が押し付けられ、脚の付け根から指が強引に入った。
「感じたりしないってば……」
「もう感じてんじゃねえか、ほれ」
 表面を撫でられ、防ごうとする茜の力が弱くなる。
「秀さん、だからだよ……やっ……んんっ……」
 身体を捩ろうとする茜の肩を巻いたまま、秀一の指はジャケットのボタンを外した。姿見の中には顔を上気させた茜と、それを後ろから抱きすくめている男(つまり、秀一)が映っている。痴漢行為をはたらく男に翻弄される女の図である。
 ショーツから指を引き抜き、ブラウスのボタンを上から外すと、身体を捩った分だけ大きくはだけた。
「やだっ! なんか、三流AVみたい!」
「見たことあんのか」
「ないけど……ダメだってば……」
 下着の中から胸を掴み出し、片手で羽交い絞めにして鏡に向かせた。
「見てみろ、いいカッコだ」
 言いながらスカートをたくし上げ、ショーツもあらわにしてみせる。自分でさせたその格好に、秀一の息が荒くなった。
「やっ……だめっ……恥ずかし……っ!」
 尚も逃げようとする肩を力いっぱい押さえ、ショーツの中に手を入れる。踵の間に足をこじ入れ、腰を押し付けた。

 ショーツの中を探り、指が尖りを見つけると、そこを小さく揺する。鏡の中で俯いた茜の胸が大きく揺れ、いい眺めである。
「……んっ……んん……やだぁっ……」
 抗いの声さえ、興奮を煽る。もう抵抗をやめた身体は、秀一の腕だけで支えられている。
「皺になっちゃう……んんっ…せめて、脱がせてぇ……」
 肩を支えているほうの手で胸を掴むと、こらえていた筈の喘ぎ声が漏れた。脱がせる気なんてない。片方だけ飛び出た乳房と乱れたスカートが、どれほど扇情的であるか。
 そのまま部屋の隅に引っ張って行き、茜を壁に押しつけて、胸の先端を噛んだ。もう、止まらない。戯言ではじめた筈が、痴漢の気持ちがよくわかる。この乱れた姿と恥ずかしがって俯く姿に、劣情を催すのだ。
 ショーツを片足から抜くと、秀一は片方の腕で茜の膝を持ち上げ、自身を埋め込んだ。
「しゅう、さ……あああっ……やぁっ……」
 一刻の余裕もない、茜を楽しませてやろうなんて考えられない。いきなり加速のついた腰に慄き、茜は息を詰めたまま秀一にしがみつく。
 ああ、喉がカラカラだ。息が切れる。
 奥まで突き込んで精を放ったとき、秀一の腰からも、力が抜けた。

「いきなりあんなことするなんて、信じられないっ! 痴漢! エロ親父! スカートまで皺になった!」
 文句を言いながら部屋着に着替える茜を放っておき、秀一は発泡酒のプルタブを引く。電車通勤ってのは、あんな危険と隣り合わせだったか?いや、今のは合意だから……でも、たとえば痴漢が茜好みの男だったりしたら?(この時の想像力には、「知らない相手は気持ち悪い」が含まれていないことに、秀一は気づいていない)
「茜」
「何よ?」
「電車通勤はやめとけ。原付の免許かなんか取って……」
「雨の日に困るから、イヤです」
「……そうか」
 しょーもないおっさんは、せめて茜の通勤着にパンツスタイルを増やさせようと考えるのだ。
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