最後の女

蒲公英

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「お布団に、ダーイブ!」
 気持ち良くなる程度の酔い加減で、茜は布団に転がった。さっきまでの不機嫌が嘘のようだ。仕事先で思い通りにならないのなんて、当たり前じゃないかなんて思う。自分はまだ新人なんだから、どんなに子供のころ学芸員の話を熱心に聞いたかなんて、関係ない。運営側には運営側のプランや役割があるのだ。
「秀さん。こっち来て、ぎゅってして」 
 うつぶせに寝たまま布団の横をぽんぽんと叩くと、秀一は居間の灯りを消した。隣に寝転がった秀一の腕を引いて、茜は胸の中に納まった。
 秀一の胸板は厚くて、胸が広い。抱きしめてもらえば、自分の居場所はここしかないと思える。こんな感情を表す言葉は知らない。強いて言うなら、幸福だ。

 腕の中に、柔らかい身体がある。それが苦しくないように力加減しながら、秀一は腕に力をこめて引き寄せる。委ねられたものは、やわやわと溶けてしまいそうに軽い。これを開くことができるのは、自分だけだ。本人にすら見えぬ部分を見、触れられぬ部分に触れることができるのは、秀一だけなのだ。
 寝室の灯りを消さないまま、茜のパジャマを捲り上げる。なだらかな膨らみを手で包むと、伸びてきた腕が唇を強請った。薄く開けた唇を舌先で舐めると、焦れた腕が首に強く巻きついた。
 すべらかな肌に透ける血管の色まで、覚えておきたいと思う。この女が俺を選ばなければ、生活を誰かと分け合うことも覚えずに死んでいくところだった。気障なだけの言葉だと思っていたものは、ここに存在する。

「しゅうさ……ん……んっ……」
 暗くしない部屋の中で、白い身体が揺れる。秀一の腰の上で身体を揺らす茜は、口元を軽く押さえている。尻を掴んで前に引き寄せると、こすれた部分に痛みでもあるかのように顔を歪めた。茜の手が後ろにまわり、秀一自身の付け根をまさぐると、秀一の口からも荒い息が漏れる。これを教えたのは、自分だ。性行為に大した経験のなかった茜に、自分で身体を揺することを覚えさせたのは秀一だ。
 若い女なんて、それだけの価値だと思っていた。衰えてしまうものに価値を見出して自分の生活を変えてしまうほど、何も知らないわけじゃない。それなのに瞳を潤ませて自分を見下ろす、この女の愛らしさはどうだ。
「もぉだめ……秀さん、して……」
 秀一の胸に唇を寄せ、茜が懇願する。それを受けて、身体の位置を入れ替えた。

「持ってろ」
 手を引いて、茜自身の膝の裏を掴ませる。
「声、出ちゃうっ……」
「耐えろ」
 耐えろったって、無茶である。秀一の動きは茜に耐えがたい快感を味あわせるためのもので、自分のための動きじゃない。ぎゅっと閉じた目から、涙が流れる。
 何の責め苦なんだろう、これは。苦しい苦しい息ができない、早く終わらせてまだ終わらせないで。止めて動かないで、でも連れてって辿りつくのはもうじき、手が届くからそこに行かせて。
「やーっ……やっあっあっ……あっんんんっ……」
 茜の手が自分の脚から離れ、秀一に向かって差し出された。
「もうちょっと、我慢しろ」
 告げる秀一の息は熱い。擦り合わされる粘膜も発火しそうだ。この熱をすべて自分の中に取り込んでしまいたいとばかりに、茜は腕も脚も秀一の身体に絡め、力いっぱいにしがみつく。
「だ、めぇっ……!」
 もう耐え切れず悲鳴を上げようとする刹那、茜の声は秀一に飲み込まれた。出口のない感覚に、ますますしがみつく指に力がこもる。茜を貫く秀一自身が一際力を得て、その後強く腰が押し付けられた。

 自分に注ぎ込まれた熱い波を感じながら、覆いかぶさる秀一の重さが嬉しい。茜は目を閉じたまま、まだ中に残る秀一に、そのままでいて欲しいと願う。
「まだ、こうしてて……」
 汗ばんだ身体を、こうして感じていたい。好きで好きで、好きだった人。やさしくて強くて、それでいて不器用な私の好きな人は、今私の中にいるの。
「秀さん、大好き」
 返事なんていらない。秀さんがしてくれない返事は、私の中にちゃんと持ってるから。

 枕元に置いたタオルで身体を拭き始めた秀一の横で、茜はまだ気だるげに横たわっていた。
「どうした」
「力、入んない……何かの罰ゲームやったみたい」
 確かに今夜の茜は、よく応えた。少々アルコールが入っていたせいか、やけに仕草が大胆で。
「罰ゲームじゃなくて、褒美のつもりなんだが」
「褒美? 秀さんへのご褒美でしょ?」
「プレゼントしたじゃないか。俺はアウトで、お前はインだろ」
「そういう理屈なのー?」
 そんなこんなで不機嫌同士の気詰まりな日は、日々の中である。
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