最後の女

蒲公英

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番外/正月風景

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 茜の体調が心配だから、実家には帰って来なくて良いと言われた年の初め。引っ越したばかりの部屋で、秀一と茜は向かい合って雑煮を食べた。細身の身体に腹だけが大きくなっている茜は、何かを思い出させる。
「六道の餓鬼の絵って、そんなだったよなあ。手足が細くて腹だけ……」
 普段口数は多くないくせに、余計なことは言う。
「何それ超失礼!」
 茜が湯呑み茶碗を叩き付けるようにテーブルに置いた。前のアパートより少々広いリビングダイニングには、ダイニングテーブルの他に座れる床のスペースがある。秀一はソファが好きでないので、座卓と座布団は変わらぬ風景だ。
 茜がどんな顔をしたって、大して怖くない。それどころか、秀一は面白がっているのである。
「地獄絵図で見たことないか?」
「いや、あるからわかるんですけど!」
 誰のせいでこんな体型をしていると思っているのだ。まして本人は体型が変わらないどころか、痛くも痒くもなーんともないのである。

 去年はお互いの実家回りの正月だった。来年にはもう、真ん中に子供を挟んでいるのだ。最初で最後のふたりきりの正月に、茜は少し期待していたのである。手足を冷やさない程度に外出して、初詣でちゃんと安産祈願しようとか、初売りセールで気の早いベビー小物を買ってしまおうとか、そんなに無茶でなくとも楽しみな事柄を組み立てていた。初詣の帰りは、おしゃれなカフェに寄っちゃおうなんて。
 それが、正月早々六道の餓鬼と来たもんだ。結婚してから一年半経っているからといって、茜はまだ二十一になったばかりの若い娘なのである。ただし、ここで涙ぐむほど秀一に不慣れじゃないし、反撃方法はある。
 言われっ放しでなんて、ストレス溜まるもん。胎教に絶対良くない。

「秀さん、忘れてないよね?七日に父親学級があるの、忘れないでね」
 第一子予定の父親対象に、産院で教室がある。沐浴の手順だとか、抱き方、ミルクの調合などを教えるらしい。秀一は仕事を盾に、それを回避しようとしていた。
「いや、現場だって……」
「多分お正月休み明けに、有給休暇の申請許可が下りると思うよ」
「俺は申請してないぞ」
「ううん、この前総務の先輩と電話で話しててー。秀さんが仕事があるから出席してくれないって言ったら、任しといてって」
 そっちのルートか! 社内結婚だったので、自分とは別のルートで繋がっているのである。
「父親学級って、新生児の父対象だよな……」
 おそらく二十代・三十代が主な対象で、四十代も半ばの自分は居心地が悪いだろう。それが腰を重くする。まして妊娠ってのは、「やった結果」なのである。つまり秀一は茜と「やりました」と顔晒しで公言するようなものだと思う。

「大丈夫。私も一緒なんだから、秀さんの顔が怖くたって敬遠したりしないって」
 茜の言葉は方向が明後日である。敬遠されるほうがいい。若い奥さんですねとも、年齢がいってからの子供は楽しみだろうとも、言われたくない。
「それに、四十代のお父さん、他にもいるよ。この前お隣に座ってた人、四十二で初産だって言ってたもん」
 そいつから見れば、俺は絶対若い娘を孕ませたエロ親父だ。逆を言えば、自分と同じ立場の人間を見たときに俺もそう思うからである。そして間違いじゃない。


 億劫がる秀一を初詣に連れ出す。数駅で到着する神社は、結構な混雑だ。人混みに茜が潰されぬよう、庇いながら歩くのに秀一は骨を折る。
「甘酒飲みたい」
 茜はそう言うが、外の吹きさらしで妊婦を立たせておきたくない。
「いや、御籤引いたら店に入ろう」
「じゃ、行ってみたいカフェがあるの! いい?」
 どうせ小洒落た高価いカフェで、食うものなんて大して置いていないんだろう。そう思いながら、秀一は頷く。今一番大事にしなくてはならないものを、間違えてはならない。

 並んで御籤を引く。
「あちゃ、末吉。難産なのかなあ」
 細長く畳んだ神を、茜は木の枝に結ぶ。
「秀さん、どうだった?」
 秀一は答えない。口に出したら、こぼれて落ちてしまいそうな気がする。その代り、丁寧に畳んで財布にしまった。
「良い御籤だった」
『待ち人・音信あり、早く来る』
 そんなに急がないで、茜の腹の中でしっかり育っていてくれよ。多少の遅れは待っていられるから。

 初詣の雑踏を抜けて、秀一と茜は歩き出した。




fin
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