いぼ石の河童

関シラズ

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 河童の京助キョウスケは、昼の見回りに出たところだった。赤く錆びた岩と岩の間を縫うように須川スカワをすいすいと泳いでいく。

 桜が舞う花敷ハナシキを抜け、引沼ヒキヌマへ至ると川が大きくうねっている。ここは、昔から人々が崖の上から死んだ馬を川原へ投げ落とす……そんなところだった。

(クソ、忌々しい……!)

 京助は一息にそこを泳ぐ。ほどなくして、引沼と京塚キョウヅカの間に架かる界橋カイバシが見えてくる。橋の手前で、京助は川面から顔を出す。

「……橋の上に畜生がいるな」

 こちらから見えるのは、後ろ姿であった。その人の隣には川木がはみ出た籠が置かれていた。この頃、ここでよく見かける川木拾いの小僧だろう、と京助は目を細めた。

 しばらく待っても、その人は橋の上から動かないので京助は首をかしげた。

(……なぜ橋を渡り切らぬ? まさか、橋の向こうに何かあるというのか?)

 そう思った京助がさらに橋へ近づこうとしたその時だった。
 
「ああ、来たか! 川の者よ!」

 橋の上の人がこちらへ振り返った。京助は慌てて川へ潜り、岩陰へと身を隠す。わずかに見えた顔は、やはり見覚えのある小僧のものだった。

「おーい! 川の者よ、いるのだろう?」

 小僧が問いかけてくるが、京助は答えずに考える。

(……川の者、か)

 須川には、河童の他に棲む者はいない。川下まで行けばともかく、この川上の縄張りにいるのは京助だけのはずだ。

 川の者というのは京助のことだろうが、小僧はなぜこちらに気づいたのか。

 そっと橋の上を覗くと、小僧は京助のいる川上の方を見渡していたが、その顔は妙に的はずれな方を向いている気がした。

(……さっき姿を晒したと思ったのは、気のせいだったのか?)

 だが、そうだとしたら川の者とは誰か。京助が首をひねっていると、小僧が叫んだ。

「川の者よ、聞こえるか! 本当は手渡ししたいが、出てこねえなら仕方ねえ!今から流すのは、川の者への土産だあ!」

 小僧は川へ向かって何かを放り投げた。狐色をしたそれが、ぽちゃんと音を立てて須川へ落ちる。それを見た京助は怒りに体を震わせた。

「あの畜生! 川を汚す気か!」

 川を守るということは河童の役目だ。京助はすぐさま水の中へ潜る。

 小僧のことも気にはなるが、まずは川へ入った異物の片付けが先だ。

 小僧に見つからないよう、潜ったままそれを追う。

 橋からやや離れたところで掴み取ったそれは、水を吸ってふやけたのか柔らかかった。

(……何だこれは? 川の者への土産と言っていたが……)

 まじまじと見つめてもその正体はわからない。やがて得体の知れぬ不快さが込み上げてくる。京助は川原へ上がると、それを茂みの奥へ放り投げた。
 そのすぐ後、京助は須川へ飛び込んだ。水をかき分け、先ほどの橋を目指して泳ぐ。
 界橋の下まで来たが、すでにあの小僧の姿はなかった。

「クソ、逃したか……」

 川底から川原まで検めてみるが、変わったことは特にない。京助はそのことにわずかにほっとする。

「だが……」

 これまで京助は、あの小僧の川木拾いに関しては大目に見てきた。

 川木というのも溜まれば、須川を汚す元になる。そのため、いずれ京助が片付けないといけないものだったからだ。

 しかし、先ほどの須川へ何かを流そうとしたこと。それだけは絶対に許せない。

「あの川木拾いの畜生め! 次に会った時は、必ず始末してやる!」

 京助はそう吐き捨てると、途中だった見回りへと戻った。

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