かわいいお兄さんは好きですか?

すずかけあおい

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かわいいお兄さんは好きですか?④

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 今日は鼓さんの家庭教師日。十二月に入り、クリスマスも近づいてきた。俺は毎晩寝る前に鼓さんにプレゼントを渡す練習をしている。「いつもありがとう。これ、よかったら使って」……うん、もうすらすら言える。
 でも気になるのが、最近鼓さんの様子がずっとおかしいこと。あの買い物の日以来、上の空のような状態のときが多くて、話しかけてもぼうっとしていることがある。

「鼓さん」

 問題が解けたので声をかけると、無反応。

「鼓さん?」
「っ!」

 もう一度呼びかけるとはっとしたようにこちらを見てくれてほっとする。本当にどうしたんだろう。

「なに考えてたの?」
「それは……」

 もごもご。鼓さんがなにか考え込んでいたのは当たっているらしい。それはなんだ。家庭教師中にそんな風になるなんて、あの買い物の日以前はなかった。あの日、なにかあったんだろうか。

「教えてよ」
「……好きな人のこと」
「!」

 鼓さんにも好きな人がいるんだ……いるよな。こんなときでも考えてしまうくらいその人のことが好きなのか。
 ショックを隠せず、どう反応していいかわからずにいると、鼓さんが自分のバッグの中をがさがさと漁る。

「あ、あれっ」
「え?」

 妙に演技臭い「あれ」が聞こえてきて何事かと鼓さんを見ると、少し頬を赤く染めてバッグの中に視線を落としている。

「参考書、部屋に忘れてきちゃったみたいだ」
「そうなの?」
「う、うん。あの」
「?」
「よかったら続きは俺の部屋でやらない?」

 行くに決まってる。鼓さんの部屋はいい香りがするし、ここで生活しているんだな、と思うととてもどきどきするので大好きだ。即頷くと鼓さんが机の上を片付け始めるので手伝ったら手が当たってしまった。

「あっ」
「ごめん」

 過剰に反応されてしまって慌てて謝るけれど、そんなに驚くことだっただろうか。挙動不審な鼓さんと一緒に俺の部屋を出た。



「お邪魔します」
「誰もいないから、気にしなくていいよ」
「そうなんだ」

 二人きり……。冷静なふりをして「そうなんだ」なんて返したけれど心臓はばくばく言っている。部屋に入ると、鼓さんはバッグを置いて勢いよく俺に抱きついてきた。

「えっ」

 どういうことだ。

「……史崇、童貞だよね?」
「えっ!?」

 なにを聞かれているのかわからず、脳内で今の言葉を繰り返してからびびる。なんだ、なんなんだ。

「な、なんで?」

 なんとか聞き返すけれど、声が震えているのが自分でもわかる。だってこの状況、わけがわからなすぎる。

「味見していい?」
「待って、なにこれどういうこと!? ちょっ、待って!」

 鼓さんがしゃがんで俺の履くジーンズを脱がせようとするので慌てて止める。でも鼓さんは俺の制止を振り切ってジーンズのファスナーを下ろす。

「なに!? ほんとになんで!?」
「だってこのままじゃ史崇取られちゃう!」
「は……?」

 ぺたりと床に座り込み、俯いている鼓さんは泣いているようだ。とりあえずジーンズを直してしゃがみ、鼓さんの肩に触れる。ぴくりと震えて俺の顔を見るその表情は、不安と悲しさがごちゃ混ぜになったような、心が痛くなるものだった。

「どういうこと?」
「っ……」
「わっ」

 しゃがんだ俺にまた襲いかかってくるのでよけると、鼓さんが悲痛な顔をする。

「味見くらい、いいじゃん!」

 とんでもないことを言っている。

「だめ! 鼓さんは俺が好きなわけじゃないだろ?」
「好きだよ! 好きだから史崇の初めて欲しいんだ!」
「……え?」

 今なにを言われた? 好き? 鼓さんが俺を?
 ぽかんとする俺の前で鼓さんが泣き崩れる。これはどういう状況で俺はどうしたらいいんだ。とりあえず一度深呼吸をして、鼓さんの頭を撫でる。

「史崇の馬鹿……」

 馬鹿って言われても。

「ねえ鼓さん、なんでこんなことするの?」
「……」

 鼓さんも少し落ち着いたようで、俯いたまま、だって、と言う。

「友達に『好きな人が手に入らないけど諦められない』って相談したら、『じゃあそいつの初めてなんでもいいからもらってしまえ』ってアドバイスされたから……」
「いやいやいや」
「史崇の初めて欲しいんだもの……くれたっていいじゃない。全部好きな子にあげるなんて許さない」

 涙目で睨んでくる表情がめちゃくちゃかわいい。わけのわからないことを言っているのに、それすらかわいい。なんだろう、この人……勘違いはすごいし、とんでもないアドバイスしたお友達もすごいし、かわいさもすごい。俺の好きな子のことをなんでもない顔で話していたくせに、心の中ではそんなことを考えていたのだろうか。

「つまり、鼓さんに全部あげたら許さないの?」
「え?」
「俺の好きな人、鼓さんなんだけど」
「……え?」
「ずっと鼓さんが大好き」

 さらっと告白してしまった……少し後悔。鼓さんは固まってしまった。

「じゃ、じゃあ……前に言ってた、しっかりしてる、とか年の割に子どもっぽいとか、……ぜ、全部かわいい、って……」
「鼓さんのこと」

 驚いた表情もかわいいな、と思って見ていたら、鼓さんの頬がどんどん赤く染まっていく。そして俺は部屋から追い出された。

「もうやだ帰って!」
「つまり付き合ってくれないってこと? ノーなの?」

 ここにきてそれはショックだ。

「イエスだけど恥ずかしすぎて消えたいから帰って!」
「イエスなら帰らない」
「帰って!」

 謎の攻防が始まって、ドア越しに鼓さんに気持ちを送る。俺がどれくらいあなたを好きかが届いて欲しい、と。それが届いたのか、鼓さんがドアの隙間から顔を覗かせる。

「鼓さん、クリスマスイブ空けておいて」
「へ?」
「デートしよう」

 バタンと勢いよく閉まったドアの向こうから悲鳴が聞こえる。大丈夫か。


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